2007年09月28日
川淵キャプテンについては地位が上になってもファンの視点を忘れないのでそのことについては高く評価している。
しかし、時々判断をまちがう。まちがえることは愛嬌で済まされない立場でもある。(以前は中田浩二の移籍問題でまちがえた*。)
今回の川崎フロンターレ問題(Jリーグの試合で8人入れ替えた)もそうだ。
Jリーグ事務局に前もって規約違反が無いことを確かめたと言うのが事実なら、それは規約に違反していないのであって咎められる筋合いのものではない。
また「関係者と報道陣の前で慶大サッカー部の後輩である武田社長を怒鳴りつけた」(スポニチ紙)というJリーグの犬飼専務理事も実にみっともない。
先輩後輩で何をしてもいいというのはなんとも幼稚きわまりないと言わざるを得ない。
すでにお互い社会的にそれなりの立場を築いているのであるから対等の存在としてお互いを認めあわねばならないしお互いの立場を尊重すべきだろう。
また、犬飼氏はJリーグ事務局の責任者という立場を忘れている。
事務局がいいと言ったのなら、それは犬飼氏がいいと言ったのとおなじことなのだ。なぜなら事務局の責任を犬飼氏らが負っているのだから。
規約に反していないのに8人替えるのはは多すぎる、というのであれば元々規約がおかしいのだ。常に7人以下にせよ、と規約を変える必要があったということだ。
若しそうだとしても今回の規約は7人以下になっていなかったのだから川崎側にはいかな過失もない。
起こった事態に応じて規約以外の「暗黙の」決まりを認めては行けない。それは為政者(ではないが要するに権力側)の恣意的な判断を認めることになる。
また今回川崎が勝っていたら何も言われなかったとすれば何をか言わんやである。
勝てばOK、負ければダメ、という泥縄式の判断をするのでは、もともと根本的な理念が欠落していると言わざるを得ない。
川淵氏は「ファンをばかにしている」と言ったと伝えられているが、ファンがばかにされたと思っているかどうかまず川崎のファンに聞くのが先だろう。(本人が川崎のファンなら理屈は合っているが。)
川崎フロンターレのファンが抗議行動を起こしたというならそれは規約違反とは別の問題となる。
つまりこのような規約自体がファンを無視したものであり元来欠陥規約だということになる。規約を変えるべきだという話である。
契約が切れて移籍金なしで海外移籍するという中田浩二に対して鹿島アントラーズ側が不満を言い川淵Cはそういった形での海外移籍を問題視した。
しかしこれは元々あった規約を身内が困ったから変えようという発想で、原則論が欠如しているいきあたりばったりの意見であった。
(これについてはすべての規約を世界化すべしと某所で述べたが詳細は省く。)
posted by ぜつあつし |09:39 |
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2007年09月25日
まえの考察で気がついたのだが、日本代表選手はファンに対して、日本国民に対して、なんら責任を負っていない。
これはくりかえし指摘しておく必要があると思った。
責任を負ってない理由は先に書いたとおり国民に選ばれた選手ではないからだが、なぜそれをことさら指摘しておくべきなのか、といえば、「代表」の重圧に負けてはつらつとしたプレーができてないと思われるからだ。
たしか先週のサッカー雑誌に外人記者の意見が載っていてなかなか興味深かった。
「ゴールエリアで歩いている選手がいる!」というのはなかなか気づかない指摘だった。
「GKと1対1になるまでシュートを打たないつもりのようだ。」というシュートを打たないという指摘はさんざん言われてきたことだがやはり外人の目から見てもそうなのかと納得させられた。
いや、GKが目の前にいる場面でもあえて横パスをしてDFにひっかかる、というのはわたしは「柳沢病」と呼んでいるのだが、代表だけではない、先日のJリーグでもあったようだ。
なぜシュートを打たないか、といえばやはり、「はずして非難されるのがこわい」からではないか?
単純すぎる意見だとは思うが、どうもそれはひとつの原因として否定できないと思う。
ここに書いたことだが、スイスに先制されてから積極的にゴールに迫るようになった、オリンピック代表は1点早々と先制してから消極的になった、というのは作戦的なことはあるとしてもどうも上に上げたと同様の心情があったのではないかと疑う。
「やらなきゃどうせだめなんだからやって失敗しても非難されないだろう」「へまをしたら非難されるだろうからなるべく安全に行こう」
といった具合に。
そこで日本代表の必勝策が浮かんでくる。
それは、
「まず一点相手に取らせる!」
という作戦だ。
そうすれば日本人選手はひるまず消極的にならず安全を賭してでも勝負するようになるだろう。
(もちろんこれは冗談である。わからない人はいないと思うが・・・。)
で、結局何が言いたいかというと、選手にこう伝えたいということ。
みなさんは国民になんの責任も負ってないのだから、のびのびと好きなようにプレーしなさい。小学生の時のように無心でゴールを目指して、そして自分の創造性をうんと発揮しなさいということ。
サッカーは観客に見せるスポーツ、あえて言えばひとつのショーなのだからぜひ観客を魅了するプレーを期待したい。
(もちろんスポーツとしての本質、勝つということ、ゴールを目指すという本質に従ってのプレーを見たいのだ。)
posted by ぜつあつし |01:13 |
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2007年09月23日
もし日本代表チームが日本サッカー協会代表だったらどうか、と考えた。
日本代表対ブラジル代表ではなく、日本サッカー協会代表対ブラジルサッカー協会代表の試合。
なんとも奇妙だが?
いや実のところ、FIFAのワールドカップでも日本国民が直接選んだコーチと選んだ選手が出るわけではない。あれは日本サッカー協会が選んだコーチとそのコーチの選んだ選手が出ているわけだから日本サッカー協会代表チームのほうが名称としてはむしろふさわしいはずだ。
しかし、もし日本代表でなく日本サッカー協会代表チームだったら、われわれはまったく熱狂できないだろう。
どこのサッカー協会が世界一になろうと、そんなの関係ねぇ、わけである。
「ああ、そうですか、今回の世界協会杯はブラジル協会がとりましたか・・・」てなことになる。
ただ、いったん日本代表を名乗ったら、彼らの立場は一変する。
そのチームは「われわれ」のチームとなり、勝敗はわれわれ国民の勝敗となる。
賞賛、感動、落胆、よろこび、その他もろもろの感情をひきおこすことができるようになる。
そして応援の声と同時に批判も受けるようになる。
落胆させれば怒りの声が飛ぶ、というわけだ。
これは実に不思議なことで、われわれは一度も監督の人選について相談されたことが無い。
ただ勝手にわれわれの代表である、と宣言されてしまっているだけなのである(笑)。
さてそこで、代表選手は批判すべきでない、というひとたちの話だ。そういった声は「お国のために戦っているんだから批判すべきでない。」という代表チームを自国の「軍隊」視するところから生まれるように思われるのだがどうだろう。
(いちおう言っておくが、この議論に今の日本に軍隊があるかどうかは関係がない。)
もちろんスポーツは戦争ではないし、試合の前後には握手をしなければならない。戦い終わればどこかのチームの同僚であり、いつか同僚となるかもしれない相手なのだから、選手にとっては相手は国の仇ではない。
(北朝鮮チームの選手にとっては違うかもしれないが・・・。)
じつは軍隊が「お国のため」にあるものという考え方自体が間違っているのだが、私の経験ではかなり意識の高い人でもそれに気づいていないことが多いように思う。
軍隊は国民が対外(国)的に意思を示すための存在だと思っているのだ。
じつは軍隊は国民の人権を守るために国民が税金で雇っているパブリックサーバントの一種であり警察や消防と変わらないのだが、そういうと怪訝な顔をされることがあるのである。
サッカーあるいはスポーツ(たとえばオリンピック)日本代表も、べつに国家の威信を示すためにプレーするわけではない。
いやそれは国民から委ねられたわけですらなく、ほんとうは彼らには何の義務もないのである。
以前、たしか石原慎太郎が日本代表チームのコーチは日本人であるべきだというような意味のことを言っていたように記憶する。
ひょっとすると帰化選手についても否定的なことを言っていたかもしれない。
(まことに滑稽なことに、大学でプレーした彼は自分はサッカー選手としては2流だったと言っていた。わたしはむしろ作家として2流だと思うのだが。)
サッカーチームが人種で決められるとは普通の人はもはや思っていないが、代表チームを批判すべきでないという意識には「おらが軍隊」意識がしのびこんでいるように思う。
わたしはむしろ彼ら(協会か、あるいは選手たちか)は、国民・人々の応援を得、観客から入場料を得ることのトレードオフとして批判を受ける立場にいることを甘受せざるを得ないだろうと思う。
批判と応援は表裏であり、不可分である。
批判したくならないチームとは応援もしたくないチーム(協会代表チームのように)なのだから。
posted by ぜつあつし |02:44 |
サッカー日本代表 |
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2007年09月16日
いやぁ、おどろいた。
プレー全体のそっとしていると思っていたらとんでもなかった。
マラドーナかメッシかはたまたヒラヤマか。
コンスタントにこんなトライができれば言うこと無い。
問題はお調子者だというところか?
(安定して結果が出せないということ。)
かなり前だが、セレッソと横浜(FC?)との試合を観に行って、たしかセレッソの外人DFがドリブルで持ち上がり、あれよあれよと言う間にシュート、ゴールを奪ったのを思い出した。
相手の予想を超え、チャンスとみたらシュートまで行くというさすがブラジル人らしいアイデア、ヒント、ウィットにあふれたプレーだと思った。
今回の平山も、相手DFはまさか平山がシュートをするとは思っていなかったのではないか。
相手の予想の上を行ったのがうまく行った理由だと思う。
真価はチェックがきびしくなる次の試合で試される。
がんばってね。
posted by ぜつあつし |21:23 |
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2007年09月16日
雑誌でとあるジャーナリストが書いていたことだが、オシムがインタビュー等ではっきり断定しないものの言い方をするのを「複眼的な見方」、すなわちものごとの一面だけでなく他の面も見るように促しているのだととらえていた。
逆に「オシムはもっと分かりやすく喋るべきだ」などと書いている評論家もいた。これはまったくもって笑止千万である。
思い出すのは中田英寿だ。彼は質問をせずに「◯◯でしたが・・・?」と、選手から自発的にコメントがでてくるはずだと思い込んだ質問をするインタビュアーを嫌った。「で、質問は何なの?」と返していた。その聞き手に似ている。
相手に喋らせろ、というのが論理性に欠けた日本ジャーナリズムらしい伝統的やり方なのだろう。
このタイプの質問は試合後のインタビューをする若いアナウンサーに多い。若い記者を教育できないことはテレビ局のデスクの無能さを物語っている。
(スポーツジャーナリズムとは関係ないが、省庁の記者クラブが非難されているのも、役所から簡単に得られる情報をそのまま報じるだけ、つまり役所のスポークスマンのように情報を垂れ流しているだけという点である。)
インタビューする相手に「記事にしやすい様に喋ってください。」などというのでははっきりいってジャーナリスト失格である。理由はあえてここでは述べないが、なぜかわからないようではもはや言うべき言葉は無いだろう。
それに比べれば複眼的見方というアイデアにたどり着いたのはオシムを理解する努力をきちんとしているという点で評価できるものだ。
ただ、惜しむらくはやや表面的な分析にとどまっている。
オシムは「複眼的たれ」と言っているのではない。
「語り得ぬものについては沈黙しなければならない。」
これが数学者の、あるいは自然科学社の未知なものにたいする一般的な態度であろう。
オシムが断定しないのは、「断定しようとすればできるのだが、それでもいろんな面から検討すべきだ」と言っているのではない。断定できないから断定しない、と言っているのだ。
ヴィトゲンシュタインはたしかオーストリアの出身で、オシムが知らないはずは無い。(ただしオシムが数学のどの分野を勉強したかは知らない。)
ジャーナリスト諸子も、数学者のインタビューをするならブルーバックスの数冊は必ず読んでいなければなるまい。
欧米ではオシムのインタビューをするジャーナリストは少なくとも3冊の数学書を読む、という根拠の無い噂もあるのではないかと私は想像している。
いまからでもかの一冊は読んでおくべきだ。
posted by ぜつあつし |21:00 |
サッカー日本代表 |
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2007年09月13日
スイス戦を見て、やはり日本サッカーはまだまだ発展途上だなと思った方は多いと思う。
この感想はいったい毎度のことで、もはやジーコトルシエそれ以前から進歩していないと言ってもおかしくないのではないかと思う。
(後半の結果は相手陣容が変わったのでまったく参考にならない。)
素人の私の目にも明らかだった。
スイスの守備に日本は付け入る隙を見つけられなかったのに対して、スイス側はさっさと日本陣内深くまで侵入してくる。
この差はいったいどこからくるのだろう?
スポーツナビなどの記事でコメントを読むとさすがに中村俊輔はわかっている。
いわく、「スイスは皆が連動して守備をする」「5メートルずれるだけでプレッシャーがかけられる」云々。
彼はさすがに欧州の常識を心得ていると感心させられた。
問題は他の選手にこの連動した守備、一枚のネットのように動く守備の意識あるいは認識が共有されてないことだろう。
あるいはこうして欧州で闘うことによりひょっとすると気づいているとしても現時点での日本代表でそのような守備を実践することはできないということ、そこが問題だ。
コーチ(オシム)は今のところかなり荒削りな感じで攻撃的要素中心に現代サッカーのリズムのようなものを体得させているところのように思われる。
今後守備の連動性あるいは有機的なメカニズムと呼べるようなものを如何にして習得させるか、どの時点でそれを教え始めるか、といったところに注目したい。
ただ、これはコーチが教えることも不可能ではなかろうが、やはり欧州遠征などを繰り返し、彼の地の常識を選手の血肉となるよう体験させることが絶対に必要だろう。
日本に強豪国を呼んで興行することも協会の必要経費を賄う上ではたしかに大切なことだが、ここはやはり強化のために海外遠征をくりかえし行うこと、収入より強化を目的とすることを協会には望みたい。
(じつは私も最近はキリンカップが日本チームの進化のためには却って阻害要素となっている気がするので、テレビ観戦しながら飲むビールも別のメーカーにしているところだ。)
ところで「日本は1人に付いて、それからやっとプレッシャーをかけにいく。そこが違う。」とは中村俊輔の言葉だ。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200709/at00014628.html
かなり、重い。
posted by ぜつあつし |23:14 |
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2007年09月09日
スポーツ紙の記事によると、水野は羽生のことを「ハニピー」と呼んでいるらしい。果たしてこれはいかがなものか。
ハニピーなどとピーをつけるんのは恰も小リン星人の小倉優子みたいである。
せいぜい「キューティー羽生」から「キューティー」くらいが妥当と思われるがどうだろう。
(しかしこれも小中学校の渾名みたいでやや幼稚である。)
将棋ではハブにらみ(羽生にらみ)ということばがあるが、サッカーでは羽生フラッシュか。
附:
代表戦を見たが、いつのまにかドラゴン久保がオーストリアチームに移籍していたのには驚いた。新天地でがんばってほしい。
posted by ぜつあつし |09:40 |
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2007年09月07日
報道によればA代表のほうは松井らの融合が進んでいるようだ。
松井にスピードがあればスーパーだとオシムが言ったらしい。
これは素直に松井にスーパープレーヤーを期待していると私はとる。
明日未明のオーストリア戦では多いに期待したい。
さて、本題である。
オリンピック代表のほうはいまいちすっきりしない。進歩している印象がないというのは素人の私だけの感想ではない。
ここはあえてすっきり負けて監督が替えられるのを期待したい。
実を言えば一連のメディアの監督バッシングに乗るようでしゃくにさわるのだが、どうもあの監督のコメントは「選手が精神的に情けない」とか「選手の力不足だからだめなのだ」としか言ってないような気がする。
当然のことながら選手の起用、新旧世代の融合などすべてひっくるめて監督の責任だし、それよりなにより現有勢力でわれわれが納得できるような有効な解決策を提出できてないのではなかろうか。
選手たちのコメントが反町監督を支持しているように見えるのも、自分たちを選んでくれるからというぬるま湯的理由からであるように聞こえてならない。
J2新潟で夢を見せた実績もあるし慶応出のインテリだから協会が期待するのもわかるが、指導者として老かいあるいはベテランと言えるほどの経験はないだろう。(そういった理由もあって、もし予選をうまく通過できてオリンピックに出られるならオーバーエイジで藤田俊哉を呼んでほしいと思っている。藤田が後輩にしたアドバイスをどこぞで読んで感心したからだが、思いつきにしてもなんとなくうまく行く気がする。)
しかし今回のサウジ戦ではむしろ負けを期待したい。
どうがんばっても今の監督ではダメだということがわかれば非常にすっきりする。もやもやが残った上で勝つより良い。
予想としては1-3で負け。あらすじとしてはこうだ。
最初守備的な相手に前がかりになったところで速攻で一点取られる。その後必死に反撃し、なんとか同点にもちこむが相手が前にでてきた圧力に耐えきれなくて失点し、ゲーム終了間際にまたも速攻で一点を失い1-3で終了、というのが僕の予想だ。
もし私の期待が叶えられず日本が勝ってしまったとしても協会幹部にはパフォーマンス次第で監督交代を考えてほしい。ジーコをひっぱってW杯で後悔したようなことは繰り返すべきでない。
その協会の責任者川淵キャプテンだが、「ピチピチ感が足りない」などなかなかうまいことを言う。思わず「そうそう」と首肯せしむる処がある。
彼があの地位でなお素人の発想ができることは大いに評価しているのだが、はたして「ピチピチ感」といった感覚的表現の具体的な内容について分析的に検討しているかどうかが問題だ。
それははたして選手たちが走らないことなのか、ドリブル突破しないことなのか、バックパスをすることなのか、感情を表に現さないことなのか、それともほかの何かか?
今後の改善の指標となるようプロフェッショナルな具体的な分析ができないなら、単に私たちと同じ素人レベルということになってしまうだろう。
posted by ぜつあつし |01:25 |
サッカー日本代表 |
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