2007年07月15日
試合巧者とは?
選手の試合後のコメントを読むと、それだけで僕ら観客のいいたいことはほとんど言い尽くされている気がして、あえて素人がコメントすることは無いかな、と思った。
ただ一点カシワギの試合後のコメントだったと思うが、「試合巧者になれなかった云々」というのについては何か言い尽くされていないモノを感じた。
ぼくのような素人の見方だけではなく、テレビのコメンテーター(解説者)も「ここでこうしたほうがいい」と言っていることがよくある。
なるほど、そうだろうとこちら観客の側は思うのだが、選手たちにはそれが聞こえてないようでイライラさせられる。なぜできないんだろうと思っちゃう。
将棋で言えば大局観が欠けているように思われる。
試合後、試合巧者になれなかった、と自覚しているにもかかわらず、それを毎度くりかえすのはなぜだろう?
そこのところ、教える立場の日本サッカー協会などは分かっているのだろうか?
論理的にはいろいろな可能性が考えられる。
・試合巧者がいったいどんなものなのか、何をすれば試合巧者になれるのか実のところはわかっていない。
試合巧者がどんなものなのかしっかりした分析がなされていないのでそもそも身につけることもできない。
(解説者はわかっているようだが・・・。)
・試合巧者とはどういうことかわかっている。しかし試合中そうできない。
それはさらに、
・選手には分かっているが個々の選手間ですべきことが同じでない。
・ただあわててしまってすべきことを思いだせない。
・どういう場合にどうするかという意思統一が練習やミーティングでなされていない。
・その他の可能性?
が、考えられる。
さて?
posted by ぜつあつし |21:20 |
U-20 日本代表 |
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