2007年09月07日
報道によればA代表のほうは松井らの融合が進んでいるようだ。
松井にスピードがあればスーパーだとオシムが言ったらしい。
これは素直に松井にスーパープレーヤーを期待していると私はとる。
明日未明のオーストリア戦では多いに期待したい。
さて、本題である。
オリンピック代表のほうはいまいちすっきりしない。進歩している印象がないというのは素人の私だけの感想ではない。
ここはあえてすっきり負けて監督が替えられるのを期待したい。
実を言えば一連のメディアの監督バッシングに乗るようでしゃくにさわるのだが、どうもあの監督のコメントは「選手が精神的に情けない」とか「選手の力不足だからだめなのだ」としか言ってないような気がする。
当然のことながら選手の起用、新旧世代の融合などすべてひっくるめて監督の責任だし、それよりなにより現有勢力でわれわれが納得できるような有効な解決策を提出できてないのではなかろうか。
選手たちのコメントが反町監督を支持しているように見えるのも、自分たちを選んでくれるからというぬるま湯的理由からであるように聞こえてならない。
J2新潟で夢を見せた実績もあるし慶応出のインテリだから協会が期待するのもわかるが、指導者として老かいあるいはベテランと言えるほどの経験はないだろう。(そういった理由もあって、もし予選をうまく通過できてオリンピックに出られるならオーバーエイジで藤田俊哉を呼んでほしいと思っている。藤田が後輩にしたアドバイスをどこぞで読んで感心したからだが、思いつきにしてもなんとなくうまく行く気がする。)
しかし今回のサウジ戦ではむしろ負けを期待したい。
どうがんばっても今の監督ではダメだということがわかれば非常にすっきりする。もやもやが残った上で勝つより良い。
予想としては1-3で負け。あらすじとしてはこうだ。
最初守備的な相手に前がかりになったところで速攻で一点取られる。その後必死に反撃し、なんとか同点にもちこむが相手が前にでてきた圧力に耐えきれなくて失点し、ゲーム終了間際にまたも速攻で一点を失い1-3で終了、というのが僕の予想だ。
もし私の期待が叶えられず日本が勝ってしまったとしても協会幹部にはパフォーマンス次第で監督交代を考えてほしい。ジーコをひっぱってW杯で後悔したようなことは繰り返すべきでない。
その協会の責任者川淵キャプテンだが、「ピチピチ感が足りない」などなかなかうまいことを言う。思わず「そうそう」と首肯せしむる処がある。
彼があの地位でなお素人の発想ができることは大いに評価しているのだが、はたして「ピチピチ感」といった感覚的表現の具体的な内容について分析的に検討しているかどうかが問題だ。
それははたして選手たちが走らないことなのか、ドリブル突破しないことなのか、バックパスをすることなのか、感情を表に現さないことなのか、それともほかの何かか?
今後の改善の指標となるようプロフェッショナルな具体的な分析ができないなら、単に私たちと同じ素人レベルということになってしまうだろう。
posted by ぜつあつし |01:25 |
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2007年08月27日
あたかも少女売春を援助交際と言うが如し。
各年代のサッカー日本代表の敗因の一つにあげられるのが「個の力不足」だ。
しかしこれ、単にヘタだと言うと選手に悪いので体よく言い直しているに過ぎないのではないか。
もったいぶった言い方に直しただけで何かたいそうなことを言っているつもりになっていないか。
本当に必要なのは何か、を考えずに済ませていないか。
それが気になっている。
負けたとたんに「頭を切り替えて」と、常套句のように繰り返される愚かしさ。
オシム監督がアジア杯について会見を開いてはどうかと言っているのに応えない腰の引けたメディア。(おそらく読者や視聴者のニーズが無いという理由だろう。)
頭を切り替えて、というのは負けたからといって落ち込むな、という落ち込むことを前提としたなぐさめの言葉であるが、ぼくはむしろ頭を切り替えてはいけないといいたい。
たとえば、U-17のフランス戦。あれを徹底的に選手と指導者たちは見直してみるべきだ。(やっていたら失礼。しかし繰り返しおなじような欠陥が見られる以上あまり有効な分析は行われていないと感ずる。)
ビデオを数十回は見直し、いったい日本のどこが悪かったのか、フランスのどこがよかったのか、どの要素が劣っていたのか、テクニックなのか(敵を近くにしてのトラップなのか実践的なシュートの確率なのか)、判断なのか(大局観としてのいますべきことをわかっているかどうか、球を受けてからのすばやい判断力なのか)あるいは”体力”(これもあいまいな言葉かもしれない。持久力なのか足の速さ)なのか等々を明らかにすべきだ。
細かな個々のプレーについてどこでどうプレーすべきだったのか、それを実現するにはどうしたらよいのか。ぼくは風間氏の解説は当を得たもののように思ったが、プレーしている選手たちはどう考えるか。(先輩の言っていることだからといって決してなんでもかんでも認めてしまってはいけない。あくまで理屈の上で正しいかどうかを考える必要がある。)
しつこく、徹底的に考える必要がある。たとえあなたが17歳であろうとも、だ。
そういう基礎的な態度がないためにいつまでも我々を失望させる試合をくりかえすのではないのか。
たしかセルジオ越後がワールドカップの反省が無いサッカー協会のことを非難していたが、技術部(委員会?)の分析も不十分で頼りないものではなかったか。
敗因を言えばそれで責任を果たしたと思っていないか?
ミーティングでオシムが質問したのにたいして選手から自発的な答えが無かったとか。A代表ですらそんなものだ・・・
彼ら日本代表選手たちは「正しい」ことを言わなければいけないという日本的なまちがいに陥っていたのではないか?
まちがったことを言ったら恥ずかしい、あるいは評価を下げる、と思っていないか?
彼らにもっとも欠けているのは徹底的に考える能力ではないか。あるいは考えたことをみなで共有する能力ではないか。
日本人が協調性が高い、というのはまちがいである。
単に同じことをやるのが得意というだけだ。
あるいは上からの指示に文句を言わずに従うというだけだ。
以心伝心は同じ民族だから成り立つ、というのも幻想である。
同じ心性ならプレーにバラエティーが少なくなるというくらいのもの。
協調とは本来、個人の主張が先にあり、それをすり合わせた上で成り立つものだ。個人の主張をもたず、指示待ちをし、しかも自分の意見を仲間に伝えられないでは協調ということ自体できない。
サッカーはすぐれて民主的なスポーツである。
それは貧乏な国の人々でも平等対等に戦えるという意味だけではない。
各プレーヤーが個人として確立したのち、グループとして有機的につながるという意味である。
個の力不足なのではなく、「個」そのものが欠けているのではないか。
posted by ぜつあつし |06:03 |
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2007年07月24日
試合の中で特に面白かったのは遠藤のループ気味のシュートだ。
オーストラリアのGK が捕球後、「そんなの俺には通用しないぜ」とばかりに指を左右に振っていたのがユーモラスでなかなか受けた。
残念なのはPK戦で遠藤がリベンジとも言える相手をあざわらうかのようなシュートを入れたのに、遠藤がガッツポーズをしていたことだ(後でスポーツ誌の写真で見た。)
あれはやはり指を同じ様に振って「そんなキーピングじゃ通用しないよ」と言ってやるべきだった。
しかし、PKを外さない3人(中村、遠藤、駒野)というのも面白い。
中村は高原同様、堂々とプレーしていて臆する所が無い。
遠藤もシュート際まで冷静のようで、あがっちゃってた山岸とかは見習ってほしい。
ただ駒野がPK得意とは知らなかった。
プレー中にもぜひクールに決めてほしい。
(駒野に限らず、日本にはなんだか威力の無いミドルシュートが多かった印象がある。Jリーグでならもっと思い切り良く打てているんじゃないの?)
posted by ぜつあつし |06:56 |
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2007年07月19日
川淵キャプテンが U-20 はオリンピック代表より強いんじゃないか、フル代表にも無いものを持っていると言っていたらしい。
それならぜひU-20 対 オリンピック代表、U-20 対 フル代表の練習試合を実現させてほしい。
30分か45分づつ、U-20 対 オリンピック代表、オリンピック代表 対 フル代表、フル代表対 U-20 の順でどうだろう。
欧州組は参加できないだろうが、観客は集めそうである。
そしてもしU-20がオリンピック代表より強ければ、U-20をそのままオリンピック代表にすれば良い。
20才以下なら当然23才以下なのだから問題ないはずだ。
posted by ぜつあつし |20:39 |
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2007年07月15日
いささか旧聞に属することではあるが、アジア杯カタール戦について。
選手の感想、オシムの発言、すべてなるほどと思わされるものがあり、あえて素人がいいたいこともほぼ無い。
ただ、阿部が「ふつうのブロックだった。」というのはどうもおかしいと思う。
日刊スポーツだったと思うが、解説者(たしか宮沢ミシェル)も「Jリーグでならファウルじゃないかもしれないが云々」と述べていたと記憶する。
もし阿部が本気でそう思ってるとしたら彼のサッカーの認識はかなり低いと言わざるを得ない。
あれは素人の僕が見ても明らかにファウル。
セリエAでもどこでもファウルにとられないとしたらそのほうがおかしい、と思う。
ビデオを見れば誰でもそう思わなかったろうか?
これは素人の僕だけの感想ではない。分析的な解説はしない松木安太郎ですら「後ろふりむいてますねぇ~」と言っていた。
相手の位置を確かめて、あきらかに横から身体をぶつけていた。
あれでアンフェアと感じないとしたら審判の方がおかしい!
(むろんもし後ろを振り向いてなければ審判に与える心証は全然違うものになっていただろう。後ろからぶつかられる形になればむしろ阿部のほうが同情される。)
ファウルかどうか、それは結局素人の観客が見てスポーツマンシップを感ずるかどうかによる。
法律が結局常識を根拠とする様に、常識とかけ離れたジャッジはどう考えてもおかしいのである。
国際試合ではああいうこと(ミスジャッジ?)も起きる、というようなコメントもあったようだ(たしか川口)が、それも以上の理由で正しいとは思えない。
posted by ぜつあつし |21:46 |
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2007年07月06日
なんだか今ひとつだった U-20 コスタリカ戦。
なんであんなに簡単にサイドをえぐられるのか?
理解できず。
こちらは相手陣にはなかなか侵入できないのに・・・??
DF二人が特に世界レベルに至ってない感じ。
ミスしたりスカスカ裏をとられちゃってた。
一度ブラジルでも行って修行して来いよといいたい。
MFも走り回りはするんだけど・・・相手にうまくパスをつながれて振り回されてる感じ。
いったいどこが悪いのか。
指導者からしてまず国際レベルに無いんじゃ?
彼我の違いを分析できているサッカー関係者は、日本に居るのだろうか?
私にはさっぱり原因わからず。
posted by ぜつあつし |17:57 |
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2007年06月29日
先日数年前のサッカー雑誌をみつけた。
3バックと4バックのどちらが良いかという評論家たちの議論が載っていた。
ジーコはどちらも使っていたが、選手には3バックのほうがやりやすい云々という声があったらしい。
つい数年前のことだ。
しかし今3バックと4バック、どちらが優れているかを論ずる人はいない。
システムは相手に合わせ流動的に変わるのが当たり前だ、と選手も評論家も一般のファンも理解している。
これもオシムがうまく皆を教育したからではないか?
後進国日本のサッカージャーナリズムもようやく世界に近づいて来たのだ。
posted by ぜつあつし |03:53 |
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2007年06月27日
以前代表の世代交代は粛々として進むものだ、というようなことをオシムが言っていた。
そういえば最初はレギュラー格で出ていた三都主だが、けっこう存在感もあったのに今では誰も(?)日本代表に入ると予想しなくなっている。
その点でオシムはマスコミやサッカーファンをうまいこと教育していると思う。
posted by ぜつあつし |23:31 |
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