2008年05月24日

『採点』は本当に難しい

『採点』というものは(当たり前だが)本当に難しい。フィギュア・スケート・体操などの採点協議において、一部は「転倒したら -1.0」などの完全ポイント制が導入されているが、主観的な要素を必要とする部分も多く残っている。ことサッカーにおいては、全てを客観的に採点することは現時点では不可能に近く、議論の的となりやすい採点だと言えるだろう。(アメリカ・MLSでは完全客観的採点にチャレンジしていると聞いたことがある。)

採点方式も各国によって異なり、有名なところではイタリア式「10点満点/0.5点刻み」であったり、ドイツ式「5点満点/1点が最高点」などが挙げられる。日本で目にするのはイタリア式がほとんどである。


と、前置きはこの辺にして、今日の本題に入りたいと思います。私自身も趣味で採点を行ったりしますが、余りにも他のサッカーを見る人とかけ離れているのではないかと不安になることがあります。そこで今回は以前にメモした私の採点を晒し、「ここは私と合ってます」「ここは間違ってないですか?」などの議論・指摘をしていただけたらと思います。

対象となる試合は、2008年3月26日(水)に行われたW杯アジア三次予選「バーレーン vs 日本」です。この試合の日本代表を採点しました。この試合を選んだ理由は『負け試合であること』『少し前の試合だが実際見て採点している人は記録アリのはず』などの理由に因ります、勝手ですがご容赦ください。それでは参ります。

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W杯アジア三次予選 / バーレーン vs 日本

■ 敗戦

日本代表がW杯予選を戦ってきた中で、最終予選以外で負けを喫するというのは実に19年ぶりのことらしい。確かに10年前のマカオ戦ではFWカズが6点とって圧勝したりしてたものだった。三次予選にはそういった楽なイメージを持っている。

これは日本が弱くなった、ってわけでは多分無くて、間違いなくアジアのレベルが上がっていることによる。それは昨今のアジアカップや各大会のアジア予選で明らかになっていたことではあったが。

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■ 試合・前半

日本のシステムは 3-5-2 のドイスボランチでスタート。前半はDFラインと前線の間延びがひどすぎて終始攻撃の形が作れず。MF山瀬は素晴らしい攻撃センスをもってはいるが、中盤でボールをキープする選手がおらず得意の飛び出しができない。DF3人とボランチ2人、そして両ウイングバックを加えた7人が守り、前線ではMF山瀬とFW2人が孤立する形となった。

いつもはキープしてスルーパスを配給するパサーであるMF遠藤がいるはずだが、中央の中盤が3枚のため先発から外れていた。この場合FW大久保に下がり目でボールを受けてFW巻の足元でのポストプレイ、MF山瀬の飛び出しを促す器用さを求めたかったが、FW大久保は前線で張り続けたままだった。FW巻の高さのポストプレイもバーレーンのDF山脈に阻まれ攻め手がない。攻撃は両サイドからの単発のドリブル突破、クロスがほとんどであった。

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■ 試合・後半

後半11分、MF遠藤がMF山瀬に代わって投入される。するとMF遠藤のキープによってやっとビルドアップ、そしてパスサッカーが形になり始めた。MF駒野からFW大久保へクロスは非常に惜しかった。27分、日本は疲れが見えたMF安田に代えてMF山岸を投入。その5分後、FKから長いロングボールを放りこまれサイドの突破を許し、センタリングからGK川口のファンブルも手伝って失点。37分にDF阿部に代えてFW玉田を投入し4バックにして攻め込むも、引いたバーレーン相手の牙城を崩せず。試合終了となった。

一体何本のミドルシュートを打たれたのか。MF鈴木のポジショニングが下がりすぎだったことと、MF中村(憲)のフォロー不足によりDFラインの前に広大なスペースが発生していた。当然ながらこれには修正が必要である。攻撃に関してはボールの落ち着くプレーメーカー(今回でいえばMF遠藤)の存在は今の日本に欠かせないことがわかった。6月の予選四連戦にはMF中村(俊)とのどちらかの先発は確実に必要だと思う。

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■ 採点

私が採点なんておこがましいですが、勇気を出してみます!

GK:
1 川口能活 4.5 キャッチング、何より判断にミスが目立った。
DF:
6 阿部勇樹 5.5 やはり阿部はボランチである。
2 中澤佑二 6.5 必要不可欠な存在。
15 今野泰幸 5.0 やはり今野はボラ…(ry ファールが多かった。
MF: 
13 鈴木啓太 5.0 アンカーを意識しすぎてポジショニングが低すぎた。
14 中村憲剛 5.5 何度か効果的なパスを通した。
3 駒野友一 5.5 アーリークロス等良かったが精度がいまひとつ。
5 安田理大 5.0 守りの判断が危なすぎる。攻撃もドリブルのみ。
10 山瀬功治 5.0 ほぼゲームから消えていた。
FW: 
12 巻誠一郎 5.5 奮闘はしたが、スルーではなくシュートが欲しかった。
16 大久保嘉人 5.0 前半はかなり攻撃のブレーキになっていた。

SUB:
7 遠藤保仁 6.0 キープ、パス、起点となった。
9 山岸智 5.5 良くも悪くもない、いつもの感じ。
11 玉田圭司 5.5 下がり目でボールを受けることを意識しすぎた。

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■ 感想

まだあと四戦あるが、焦りはある。この予選で負けたら、当然ながら日本のW杯は早くも終わってしまうのだ。6月の四連戦、初戦のホーム・オマーン戦は絶対に落とせない。

各方面でいわれていることだが、やはり最近(2000年代に入ってから)の代表には『気持ち』が感じられない(時にアジアカップなどで感じることはあるが。)。精神論だが、皆がその空気を感じているはずだ。

ラモス・カズ、ゴンらがチームを鼓舞していた時代の代表は皆熱かった。形相からして違っていたのだ。そんな気持ちが今一番必要なじゃないかとも、皆が感じている。中田英寿が鼓舞し続けても、いつからか代表からは気持ちが失われていった。

個人的には、Jリーグ屈指のレジスタに変貌を遂げた鹿島アントラーズの闘将・小笠原満男の代表復帰を今こそ熱望したい。昔からあった技術だけではなく、鹿島で見せるあの気持ちを代表に持ち込んでほしいものだ。

posted by zeppelin |14:51 | 国内 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年05月22日

『典型的な10番』の思い出 【後編】

先日の「前編」にコメント頂いた方々、ありがとうございました。

それでは後編です。第5位以降から順番に。
※あくまで私の好みの順であって、選手の優劣の順位ではありません。


⑤ ズボニミール・ボバン(クロアチア)

クロアチアの10番、そしてACミランでも10番を背負ったクロアチアの英雄。的確なタイミングで正確に放つパスセンス、コーナーすれすれに放つコントロールされたシュートなどが印象的で、そういった状況判断に優れたMFであった。

またクレバーなディフェンスも光る点であった。そう、ボバンはトップ下というよりはレジスタであり、今回のリストの趣旨とは若干異なる。が、ポジションは違えどタイプは似ている、ということでご容赦いただきたい(だったらグァルディオラやレドンドも入れたかったと勝手に後悔し始めている…。)。

ボバンという選手には、プレー面以外でもその生き様に魅了された。1990年5月13日、ディナモ・キエフ対レッドスター・ベオグラード戦において暴動が発生した。暴動制圧のため、子供も含むクロアチア人に容赦の無い暴力を振るう警官隊。そのうちの一人の警官に対して、ボバンは少年を守るために跳び蹴りを食らわしてしまう。それによりボバンは9ヶ月の出場停止処分を受け、1990年イタリアワールドカップへの出場を棒に振ってしまう。しかし、その行為に対してボバンはこう言ったのだ。

「私はまずサッカー選手である前に人間である。人生の中で自分として一番大切なことをやったまでで、そのためにサッカー選手としてワールドカップに出場出来なかったことは全く後悔していない。」


④ イバン・デ・ラ・ペーニャ(スペイン)

スペインの司令塔というと、最近ではファブレガスやイニエスタら『現代サッカーの申し子』とでも言うべき素晴らしいセントラルMFが思い浮かぶが、今回の趣旨から言うと間違いなくこのデ・ラ・ペーニャである。

30-40メートル先の味方目掛けて正確に放たれるグラウンダーのスルーパスは、正にデ・ラ・ペーニャ(とバルデラマ)にしか出来ない芸当、いや芸術品である。そんなデ・ラ・ペーニャの代表デビューは何と28歳、しかもほとんど出場できていないことを考えると、クラシックタイプのパサーの終わりが真に感じられる。

蛇足だが、何故背番号が9番なのか。一番似合わないと思うのだが…。


③ アレクサンドル・モストボイ(ロシア)

『ロシアの皇帝』たる10番。まさに天才である。

個人的にはロベルト・バッジョに継ぐファンタジスタだと思っている。想像性溢れるプレーを一試合の中で何度も連発できる高い技術と発想力を誇っていた。ボールキープ、巧みなパス、判断のいいドリブル、広い視野、正確なFK、強烈なミドルシュート…。全ての基本技術を持った上で、それをファンタジーに転換できる希有な司令塔である。

ちなみに私の理想像であるプレイヤーでもある。かっこいい顔も含めて。


② マヌエル・ルイ・コスタ(ポルトガル)

ポルトガル黄金世代の10番、通称『マエストロ』。背筋を伸ばした柔らかいドリブル、絶妙のタイミングで放たれるスルーパス、舞うようなボールタッチ。特に浮き球のロングパスは素晴らしいアートであった。

※ 詳しくは先日のエントリー「ルイ・コスタ、引退に寄せて」をご覧ください。


① カルロス・バルデラマ(コロンビア)

パサーのある一種の完成形といえる。私は彼のスルーパスを見て、サッカーは本当に美しいと感じた。

1メートル先だろうと40メートル先だろうと、バルデラマはインサイドキックで、それもグラウンダーで正確無比なパスを通す。ピッチ上を完全に把握する広大な視野を持ち、味方へのパスの通り道を見つけ出すのだ。
バルデラマはいつも大概歩いている。だが走らなくともボールは司令塔の足元に集まり、バルデラマはいつものパスでいつものようにアシストを記録する。まさに現代サッカーではありえない『典型的な10番』の最たる典型であるが、それがバルデラマの職人的魅力なのだ。

W杯(90年・94年・98年)に三度出場したコロンビア史上最高の10番である。リンコン、アスプリージャといった世界レベルの仲間と共に、コロンビアは90年代のサッカー界に旋風を巻き起こした。

蛇足だが、私が必死でバイト代を貯めて初めて購入したユニフォームが、バルデラマ(コロンビア代表モデル)であった。


以上

いかがだったでしょうか。つたない文章力ではありますが、頑張って書いてみました。この投稿で初めて知った選手などがいましたら、是非映像を見てみることをお勧めいたします。それではこのへんで。

ご意見、ご感想、ご批判、間違い指摘、等何でもお待ちしております。

posted by zeppelin |02:10 | 海外 | コメント(7) | トラックバック(0)
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2008年05月21日

『典型的な10番』の思い出 【前編】

先日「ルイ・コスタ引退に寄せて」という記事を初投稿させていただいたが、私は彼に代表されるようないわゆる『典型的な10番』タイプの選手を非常に好んでいる。ルイ・コスタは割と近代的なMFになっていったが、私が何故か心打たれてしまうのは以下のようなタイプの10番だ。

・守備はあまりしないが素晴らしいスルーパスを連発する『典型的な10番』
・現代のコンパクト・サッカーでは通用しないであろう『クラシックな司令塔』
・1.5列目でもなく、サイドでゲームを作るでもなく、レジスタでもなく、
 2列目!トップ下!センター!にドンと居座るゲームメーカー

少し自虐的ではあるが、間違ってはいないと思う。私がサッカーを見始めた90年代というのは、そういった10番達が活躍した最後の時代であった。雑誌やTVにおいても、「プレスの浸透によって旧時代の司令塔は…」とか「広大なスペースがあった昔とは違って今や…」といった論述が山のように積み上げられ、何となく、時代の終わりを感じながら彼等を見ていた。そしてそういった状況こそが、私に彼等を輝かせて見せたのかもしれない。

今回の投稿ではそういった『典型的な10番』の中で、私の好きな10傑をご紹介したいと思います。皆さんも思い入れのある選手がいたら、是非ご意見をコメントいただければ幸いです。

それでは第10位から順番に。
※あくまで私の好みの順であって、選手の優劣の順位ではありません。


⑩ アンドレアス・メラー / トーマス・ヘスラー (ドイツ)

いきなり反則技の同時ランクイン…『甲乙付け難し』であった。硬派な司令塔タイプであるメラーも好きだが、ファンタジスタ臭が混じったヘスラーも捨てがたい。ヘスラーは多少代表での存在感が薄かったが、どちらにせよ、双方で90年代のドイツを担ったダブル司令塔である。

背番号でいえばヘスラーが10番、メラーは7番だった。わずか身長166cmの体格ながらドイツの10番を担ったヘスラー、数々のタイトルを獲得しながら「才能を出し切れていない」といわれたメラー。ドラマを持った司令塔達であったと思う。


⑨ アレックス・アギナガ(エクアドル)

私が南米代表同士の試合のビデオを集め漁っていた時代、つまり90年代の南米各国には象徴的な10番の司令塔が数多く存在した。ブラジル・アルゼンチンの二強は割愛するが、コロンビアの10番「バルデラマ」、ペルーの10番「パラシオス」、ボリビアの10番「エチェベリ」、そしてこのエクアドルの10番「アギナガ」である。

その姿は正に『司令塔』であり、ザ・南米、ザ・90年代、である。ゆったりとした動きから繰り出されるパスは美しく、正確そのもの。ピークは過ぎていたが、エクアドルを初のW杯出場に導き、2002年の日本でW杯初出場を果たした。


⑧ エンツォ・シーフォ(ベルギー)

1998年フランスワールドカップは、『10番の墓場』(ここが正確な記憶でないのですが…『司令塔の墓場』でしたっけ…?)といったような名称で呼ばれた。多くの10番にとって、最後のワールドカップになると考えられていたためである。ハジ、バルデラマ、ヘルツォーク…。その中の一人と数えられたのがベルギーの10番「シーフォ」だ。

『20世紀最後の10番』と呼ばれたこの偉大なゲームメイカーは、正に彼中心のチームでしか成り立たない存在であり、ファンタジックなパスと広大な視野でゲームを支配した。シーフォの全盛期は80年代だったといわれているが、私はその時代のプレーをほぼ見たことが無い(90年代のプレーは割と見たのだが。)。是非見たい…どれだけ凄かったのかを見たいのだ。


⑦ ゲオルゲ・ハジ(ルーマニア)

衝撃的な選手であった。周りと明らかにレベルの違いを見せ付けるプレーをしていた。左足から繰り出されるパス・ドリブル・シュート、とその全てが一級品だった。『東欧のマラドーナ』とも呼ばれる史上最高のレフティーの一人。

ハイライトは1994年アメリカワールドカップ。1次リーグでバルデラマとの司令塔対決を制したハジ率いるルーマニアの快進撃は見事だった。尚、1998年フランスワールドカップでも両雄は対決し、またもやハジに軍配が上がっている。


⑥ フアン・カルロス・バレロン(スペイン)

10番タイプ、だけど背番号は21番(ちなみに私のサッカー/フットサルチームでの背番号はバレロンにあやかって21番だ)。バレロンはクラシックな司令塔、という意味では少し違うかもしれないが、その線の細さなどにクラシカルな香りを感じさせる。そもそも90年代の選手ではないのだが。

絶妙なタイミングのドリブル、不意をついたループパス・スルーパス、それを活かすためのボールキープ力も持ち合わせる司令塔。10番タイプらしく(?)怪我が非常に多いのが難点である。


以上。

5位以降はまた後日アップさせていただきます。
ご意見、ご感想、ご批判、間違い指摘、等何でもお待ちしております。

posted by zeppelin |00:22 | 海外 | コメント(10) | トラックバック(0)
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2008年05月18日

ルイ・コスタ、引退に寄せて

上記の試合をもって、マヌエル・ルイ・コスタが引退した。どうにも寂しい気分である。

ルイ・コスタは私の最も好きな選手の一人だ。背筋を伸ばした柔らかいドリブル、絶妙のタイミングで放たれるスルーパス、舞うようなボールタッチ。特に浮き球のロングパスは素晴らしいアートであった。

ルイ・コスタを初めてみたのは確か96年か97年あたりのコッパ・イタリアの試合で(何故かテレビ東京あたりで試合を放送していたような。)、素晴らしいスルーパスを連発するマエストロに非常に感動したのを覚えている。

私の中でのルイ・コスタのハイライトは、2004年の地元開催のEURO2004である。毎日友人と深夜まで起きて、ポルトガル戦は全て観戦した。
出番が少ないながらも10番を背負ってピッチに立つルイ・コスタの雄姿が本当に感動的で・・・。イングランド戦のミドルシュートには昂揚感から涙が溢れた。

準決勝の後、フィーゴと抱き合うルイ・コスタの姿には、万来の思いが画面を通しても伝わってくるようであった。そしてその後の決勝戦に迎える、酷で何とも運が無いと感じてしまう結末も、同じくらい痛さが伝わってくるようであった。

そんなルイ・コスタが引退した。最後まで10番を背負い、エレガントなプレーをしたと記事を読んだ。試合はいつか、何としても手に入れて見たいと思う。

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こういった風に、思ったこと・感じたことをどこかに残しておきたいと思い、筆、というかキーボードを取りました。そしてそれについて、皆さんが同じように思い出をもっていらっしゃったら聞かせていただきたいと思っております。宜しくお願いいたします。

posted by zeppelin |19:16 | 海外 | コメント(2) | トラックバック(0)
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