2009年09月06日
問題点は大きく二点ある。「戦術」と「本田圭佑の処遇」である。
■ 戦術
日本代表の現在の戦術は、簡単に言えば『前線からプレスをかけ続け、相手にスペースを与えず、ボールを奪って攻める』というものであると思う。
そして毎度お馴染みになってきたが、今回の試合も後半にバテて間延びしスペースが広がってやられてしまったわけである。しかし多くの人がこのサッカーの発展系を考えながらこう思っていたのではないだろうか?『今はまだプレスのかけ方の配分や連動性に問題があるだけで、今後はそういったプレッシングのテクニカルな面を改善をしていくのだろう』と。
だが驚愕の発言があった。どうやら監督本人はあのハイプレスを90分通して行うつもりであるらしいのだ。
以下、引用
「まあ(ハイプレスが)90分持たないということだけは、大体予想がついていました」
指揮官はそう語っているが、いずれにせよハイプレスを続けることによる、体力、気力、集中力の限界が70分前後に起こったのは、必然と見てよいだろう。では、残り20分を日本は今後、どう戦っていくべきなのか。岡田監督の結論は、はっきりしている。
「それ以外にわれわれが、目標(W杯ベスト4)を達成する道はないと。あれではもたないから、戦い方を変えるのではなくて、もつようにする。それだけです」
ソース: http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/text/kaiken/200909060002-spnavi.html
■ 目指すサッカー
これでわかったことがある。どういう根拠で90分持つようになると考えているのかはわからないが、このままでは99%このサッカーは完成せず、南アフリカで惨敗するであろうということだ。
単純に考えて、今の状態のプレスを90分持たすようにするのであれば、各選手の体力そのものが伸びる以外には実現方法が無い。本大会まであと9ヶ月、その伸びは現実的であろうか…?(そもそもそんなことを言っているのに何故30近い選手ばかりなのか??)
南アフリカが冬だから、灼熱のドイツのようにはならないと思っているのだろうか?(今回のオランダも涼しそうだったが…)。高度なプレッシング・サッカーの完成を楽しみにしていただけに、この目指すゴールが本当に残念でならない。
■ 奇跡を起こすために
そしてここで止まってはいけないとも思う。改善策は二点に絞られると考えた。
① 岡田監督の解任、及び短期間でチームを作れる監督の招聘
② 前半で確実に決定機を決められるエースの出現
①は特効薬であると思うが、経験豊富な監督の招聘は今からでは現実的に難しく、またサッカー協会の姿勢からも現実性は低いであろう(監督は『南アフリカまではどういう成績だろうと解任しない』と言われている世界でも稀有な存在なのである)。
要するに②しかない。この場合監督は岡田監督であるから、ハイプレスは恒久的に行われる。よって前半に点を取り、いけるとこまでプレスをかけて、後はドイツのオーストラリア戦のようにならないように祈る、じゃなくてバテたら全員で気合で守る。あのバテようでは、後半に得点できる期待が薄すぎるからだ。そして今のままの面子では、アジア勢以外から点を取れる期待自体が薄いわけで、そこで必要となってくるのがエースである。
が、こんなエースがいないから日本は何年も苦しんでいるわけで、②も現実性はかなり低いと言わざるを得ない。期待を込めていえば、森本がセリエで今期15点以上得点し、堂々たる姿勢で南アフリカに乗り込むか、Jリーグのトップスコアラーを連れていくしか無いだろう(前田なのか佐藤なのか、それとも石川なのかはわからないが)。
本田も候補の一人ではあるが、今回、岡田監督(とチームの王様)から『落第』と公言された彼が、今後も選出される可能性は相当薄そうだ。これを覆すためにはエール・ディ・ビジで最低でも20点以上取ることが命題になってくる。
岡田監督のサッカーの未来はほぼ見えた。だが現実的な対策はまだまだ闇の中である。ベスト4、否、1次リーグ突破という奇跡を起こすためには、エース出現という奇跡を待つしかないのであろうか。
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これが私の考える、論理的に考えた今の日本代表の現在地です。皆さんはどう思いますか・・・??私の考えを否定してくれるような、光が差す考え方が聞きたいです。
(後半「本田圭佑の処遇」に続く・・・)
posted by zeppelin |18:18 |
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2009年02月08日
先日の「前編」にコメント頂いた方々、ありがとうございました。非常にたくさんのコメントをいただけて、うれしい限りです。
『ファンタジスタ』の思い出 【前編】
ちなみに今回のランキングに泣く泣く入れられなかった(勝手なランキングなんですが…)次点の選手達は以下の方々です。
ドメニコ・モルフェオ → ちょっとはアズーリで見たかった
ポール・ガスコイン → ユニ持ってるくらい好きですが…
デヤン・サヴィチェヴィッチ → タイプは違うかもしれませんが
オーガスティン・オコチャ → ちょっとずれてますけれども
フランサ → Jリーグで一番注目に値する選手
それでは後編です。第5位以降から順番に。
※あくまで私の好みの順であって、選手の優劣の順位ではありません。
⑤ マヌエル・ルイコスタ(ポルトガル)
個人的には、純粋なファンタジスタタイプではないと思う。いわゆる「トップ下/司令塔」と「ファンタジスタ」では与えられた役割が違いすぎるからだ。が、彼のプレイにはどこかファンタジーを感じる。そういう場面こそ、ルイコスタが一番輝く瞬間でもあった。
ポルトガル黄金世代の10番、通称『マエストロ』。背筋を伸ばした柔らかいドリブル、絶妙のタイミングで放たれるスルーパス、舞うようなボールタッチ。特に浮き球のロングパスは素晴らしいアートであった。
※ 詳しくは先日のエントリー「ルイ・コスタ、引退に寄せて」をご覧ください。
④ デニス・ベルカンプ(オランダ)
「世界最高のセカンドトップ」と称されたオランダの"アイスマン"。精確無比な技術によって、力学を無視したかのようなトラップを見せる。精密にコントロールされたシュートと決定的なラストパスに加えて、圧倒的なイマジネーションを誇った。
印象に残っているプレイとしては1998年フランスW杯のアルゼンチン戦で見せたトラップだ。長い距離を走りつつ、後ろから来たロングボールをいとも簡単に相手DFをかわす位置にトラップし、すかさずシュート。技術の正確性という意味では世界最高レベルであったろう。
上記も有名だが、更に有名なのはプレミアリーグのニューカッスル・ユナイテッドFC戦で見せたゴールだろう。DFを背負いながら、左足のインサイドでこするようにタッチ、ボールはDFの右側、自身は左側をすり抜けながら反転し、冷静にボールをゴールに流し込んだ。こんなゴールを狙ってできる選手は、後にも先にもベルカンプだけかもしれない。
③ ドラガン・ストイコビッチ(ユーゴスラビア(当時))
悲劇の天才、『ピクシー』。全盛期に近い状態の彼を日本で長年に渡って見ることができたのは、正に幸運であった。
90年イタリアW杯の活躍やEURO2000で魅せた老獪なプレイも記憶に残るところではあるが、やはり私にとってのピクシーは名古屋グランパスで魅せた素晴らしいプレイの数々である。絶大なキックフェイントとトリッキーなヒールキックや華麗なダイレクトタッチを連発し、シュートは完璧にコントロールされた一級品だった。フリーキックも正確そのもの。この創造性をファンタジスタと呼ばずして何と呼ぶべきか。
日本人が最も身近で見て、感じたファンタジスタ。それがピクシーだったのだ。
参考: 木村元彦 著 / オシムの言葉
→ 90年W杯、そしてピクシーについて知るなら、是非上記の書を推薦したい。
② アレクサンドル・モストボイ(ロシア)
『ロシアの皇帝』たる10番。まさに天才である。
創造性溢れるプレーを一試合の中で何度も連発できる高い技術と発想力を誇っていた。ボールキープ、巧みなパス、好判断のドリブル、広い視野、正確なFK、強烈なミドルシュート…。全ての基本技術を持った上で、それを90分間フルにファンタジーに転換できる希有な司令塔であり、ファンタジスタであった。
ちなみに私の理想像であるプレイヤーでもある。かっこいい顔も含めて。
① ロベルト・バッジョ(イタリア)
説明不要であると思うが、バッジョ=ファンタジスタなのだ。バッジョがそう呼ばれだして、ファンタジスタという言葉が生まれた。唯一無二の1位である。
私が好きな時期のバッジョは、まず98年フランスW杯の彼だ。「10番」デル・ピエロの控えとして登録されたバッジョは、不調のデル・ピエロに変わってイタリアの勝利に貢献し続ける。初戦のチリ戦、マルディーニからのロングパスを完璧にコントロールしたダイレクトパスは、ビエリにピタリと合わせたスルーパスになる。このプレイこそ、正にファンタジーであると感じた。あの頃、「18番」は輝いていた。
もう一つ好きな時期のバッジョが晩年のブレシア時代である。剛を捨て究極の柔を手に入れた、とも言うべき柔らかく華麗な創造性は、ファンタジスタの完成形であるとすら思えた。一試合に何度も魅せるプレイができる選手は、正にバッジョ以外にはありえない。
ここまで書いて見ての結論だが、『ファンタジスタ』とは老いてこそ『柔』を持って『創造性』を発揮できる選手のことを指すのだと思う。スピードや筋肉に頼らずとも、その発想力と圧倒的な技術で一発で局面を打開する、それこそがファンタジーだ。
以上
いかがだったでしょうか。つたない文章力ではありますが、頑張って書いてみました。この投稿で初めて知った選手などがいましたら、是非映像を見てみることをお勧めいたします。
ご意見、ご感想、ご批判、間違い指摘、等何でもお待ちしております。
posted by zeppelin |00:42 |
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2009年02月06日
以前「 『典型的な10番』の思い出 」というランキング形式のエントリーをさせていただいた際、沢山のコメント、及び好評をいただきまして、感謝しております。またありがたいことにそこでリクエストもありましたので、今回は『ファンタジスタ』についてランキング形式でエントリーさせていただきたいと思います。
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まず、『ファンタジスタ』は非常に定義の難しい言葉だと思います。他のスポナビブログ上でも数多の議論がなされており、人によって定義は大きく異っているように見えます。
例えばメディアなどではミランのカカがファンタジスタとして紹介されることがあります。確かにカカは素晴らしいプレイヤーだとは思いますが、カカがファンタジスタかと言われると私には全くそうは思えません。また日本で言えば中村俊輔の扱いにも同じ疑問を感じています。代表の試合では散々「日本のファンタジスタ」と言われていますが、現在の中村のプレーのどのあたりがファンタジスタなのでしょうか?(但し若い頃の中村にはファンタジスタの兆しを感じていましたが…。)攻撃的な選手でテクニックがあればファンタジスタ、そう言葉だけが一人歩きしているのではないかと感じざるをえません。
誤解しないでいただきたいのですが、もちろん上記の事柄に悪意はありません。カカや中村が嫌いなわけでもありません。ただ私にはそう感じられないだけなのです…。しかし、90年代以前からサッカーを見ている人なら、多くの人がそう感じているのではないでしょうか?何故なら、我々は『ファンタジスタ』という言葉が生まれるきっかけとなったファンタジスタをずっと見てきたのです。そのように思ったことが、このエントリーのきっかけでもあります。
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ではファンタジスタとはどういった選手なのか?私が考えるファンタジスタとは以下のような選手です。こういった要素が集まって「ファンタジー」と呼ばれた我々を魅了するプレイが生まれると思うのです。
・柔らかなトラップ、絶妙なスルーパス、コントロールされたシュート
・意外性(トリッキーなプレイ)と創造性(イマジネーション)に溢れた
一つ一つのボールタッチ、ボールコントロール
・味方を最大限に活かせる視野
・2トップの一角で、いわゆる1.5列目(例外もありますが…)
・ロベルト・バッジョのような選手
それでは私の好きなファンタジスタ10傑をご紹介したいと思います。皆さんも思い入れのある選手がいたら、是非ご意見をコメントいただければ幸いです。
※あくまで私の好みの順であって、選手の優劣の順位ではありません。
⑩ ロベルト・マンチーニ(イタリア)
ここ数年でサッカーを見始めた人にとっては「インテルの元監督」と言った方が通りは良いかもしれない。バッジョと同じ時代、同じ場所で戦ったセリエA往年のファンタジスタである。アズーリでは最たる実績を残すことはできなかったが、紛れも無くセリエAでは90年代を代表する選手であった。
ファンタジスタは才能あるFWと組むと更にその輝きを増すが、マンチーニにとってのそれはまぎれもなくジャンルカ・ヴィアリであった。二人のコンビによって、サンプドリアは待望のスクデッドも獲得している。
プレイヤーとして晩年を迎えつつあったラツィオでのマンチーニも見事であった。コーナーキックをゴールに背を向けたまま、足裏を使ってダイレクトに決めたゴールはキャリアのハイライトの一つと言えるだろう。
⑨ ジャンフランコ・ゾラ(イタリア)
10位に続き、90年代のイタリアを代表するファンタジスタである。バッジョやマンチーニと比較しても引けを取らないドリブル、シュート、パスセンスを持ち合わせていた。更に彼ら以上とも言える武器がフリーキックである。「PKよりもフリーキックのほうが簡単」と発言したという話があるくらい(実際は発言が曲解されたものと判明)正確で鋭い軌道を描き、何度もネットを揺らした。
ゾラもマンチーニと同様にアズーリでは最たる実績を残せてはいない。二人にとって同時代にバッジョがいたことは、アズーリだけの実績をみれば不運であったといわざるを得ない。特に94年のアメリカW杯、ゾラは途中交代で初めてW杯のピッチに立つが、僅か10分後には退場を宣告されてしまう。これがゾラ唯一のW杯出場となった。
セリエAで活躍した後、ゾラは30歳でイングランドへと渡りチェルシーFCと契約する。ファンタジスタは晩年になるほど円熟味を増した最高のプレイを魅せる。それはゾラもまた例外ではなく、7シーズンに渡ってイングランドのファンを魅了し続けた。その後、イタリアに戻りカリアリでプレイを終えたのだが、当時のカリアリ/背番号10のユニフォームは私の宝物である。
⑧ ジャウミーニャ(ブラジル)
ガラリと雰囲気が変わったが、私はこの選手に何故か強烈なファンタジーを感じる。ファンタジスタの条件として挙げた項目からほとんどが外れているが、意外性という一点においてのみ最高レベルを突き抜けた何かを感じるのである。
説明するよりもY○uTubeなどでプレイを見てもらう方が断然良いと思うのだが、とにかくトリッキーなドリブルを駆使する。そして何とヒールリフトを実践した選手でもある。見ていて楽しい、それもファンタジーの一つだと思った。
⑦ アルバロ・レコバ(ウルグアイ)
ヴェネツィアでのレコバは本当に凄かった。圧倒的なテクニックを持ちながらも強烈なシュート、速くて巧いドリブルを持ち合わせた驚異的な選手であった。左足一本、一人で試合を決定付けてしまう、正にファンタジスタそのものに見えたものだ。また絶好調⇔絶不調の波が激しいことも悪い意味でファンタジスタらしい一面であった。
その後のインテル時代のレコバは時折ハッとした活躍を見せるものの、コンスタントに試合に出ていないために初年度を除けば大きなインパクトを残すには至っていない印象がある。これは本当に勿体無かったことだと思う。小さいクラブで良いから試合に出続けるレコバが見てみたかった。
⑥ アレッサンドロ・デル・ピエロ(イタリア)
今シーズン(2008/2009シーズン)、デル・ピエロは正に絶好調そのものである。34歳を迎えたユヴェントスの象徴は、衰えるべきところは衰え、プレイの柔らかさに円熟味を増してきている。今シーズンの彼のプレイには、ブレシア時代のバッジョが重なってみえる。正に真のファンタジスタになろうとしているデル・ピエロに、数年ぶりの胸の高鳴りを感じさせられている。これこそがファンタジスタだ、というファンタジーをひさしぶりに見ているのだ。
既定路線なら今シーズンのバロンドールはリオネル・メッシが順当だが、デル・ピエロの受賞はどうだろう。正気かと思われるような暴論かもしれないが、本気で期待したくなってしまうような最高のファンタジスタになろうとしている気がする。勿論CLの勝ち上がりに左右されることになるだろうから、現実的には厳しいのかもしれないが…しかし…。
アズーリでのデル・ピエロは、当落線上と何度か言われながらも1996年からのUEFA欧州選手権(EURO)、及びW杯の全てに選考されている。楽しみなのは2010年、南アフリカW杯。かつてバッジョに助けられながらプレイした1998年のフランスW杯のように、今度は逆にジョビンコ(まだ早いですかね?)を助けながら円熟味溢れるプレイを魅せるデル・ピエロが見たいものだ。
数年後にこのランキングを書き直したとき、このデル・ピエロの順位が更に上位になっているようであれば、それはそれはたくさんのファンタジーが生まれていることだと思ってやまない。
以上。
長くなりましたので5位以降はまた後日アップさせていただきます。
ご意見、ご感想、ご批判、間違い指摘、等何でもお待ちしております。
長々読んでいただき、誠にありがとうございました。
posted by zeppelin |19:56 |
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2008年05月22日
先日の「前編」にコメント頂いた方々、ありがとうございました。
それでは後編です。第5位以降から順番に。
※あくまで私の好みの順であって、選手の優劣の順位ではありません。
⑤ ズボニミール・ボバン(クロアチア)
クロアチアの10番、そしてACミランでも10番を背負ったクロアチアの英雄。的確なタイミングで正確に放つパスセンス、コーナーすれすれに放つコントロールされたシュートなどが印象的で、そういった状況判断に優れたMFであった。
またクレバーなディフェンスも光る点であった。そう、ボバンはトップ下というよりはレジスタであり、今回のリストの趣旨とは若干異なる。が、ポジションは違えどタイプは似ている、ということでご容赦いただきたい(だったらグァルディオラやレドンドも入れたかったと勝手に後悔し始めている…。)。
ボバンという選手には、プレー面以外でもその生き様に魅了された。1990年5月13日、ディナモ・キエフ対レッドスター・ベオグラード戦において暴動が発生した。暴動制圧のため、子供も含むクロアチア人に容赦の無い暴力を振るう警官隊。そのうちの一人の警官に対して、ボバンは少年を守るために跳び蹴りを食らわしてしまう。それによりボバンは9ヶ月の出場停止処分を受け、1990年イタリアワールドカップへの出場を棒に振ってしまう。しかし、その行為に対してボバンはこう言ったのだ。
「私はまずサッカー選手である前に人間である。人生の中で自分として一番大切なことをやったまでで、そのためにサッカー選手としてワールドカップに出場出来なかったことは全く後悔していない。」
④ イバン・デ・ラ・ペーニャ(スペイン)
スペインの司令塔というと、最近ではファブレガスやイニエスタら『現代サッカーの申し子』とでも言うべき素晴らしいセントラルMFが思い浮かぶが、今回の趣旨から言うと間違いなくこのデ・ラ・ペーニャである。
30-40メートル先の味方目掛けて正確に放たれるグラウンダーのスルーパスは、正にデ・ラ・ペーニャ(とバルデラマ)にしか出来ない芸当、いや芸術品である。そんなデ・ラ・ペーニャの代表デビューは何と28歳、しかもほとんど出場できていないことを考えると、クラシックタイプのパサーの終わりが真に感じられる。
蛇足だが、何故背番号が9番なのか。一番似合わないと思うのだが…。
③ アレクサンドル・モストボイ(ロシア)
『ロシアの皇帝』たる10番。まさに天才である。
個人的にはロベルト・バッジョに継ぐファンタジスタだと思っている。想像性溢れるプレーを一試合の中で何度も連発できる高い技術と発想力を誇っていた。ボールキープ、巧みなパス、判断のいいドリブル、広い視野、正確なFK、強烈なミドルシュート…。全ての基本技術を持った上で、それをファンタジーに転換できる希有な司令塔である。
ちなみに私の理想像であるプレイヤーでもある。かっこいい顔も含めて。
② マヌエル・ルイ・コスタ(ポルトガル)
ポルトガル黄金世代の10番、通称『マエストロ』。背筋を伸ばした柔らかいドリブル、絶妙のタイミングで放たれるスルーパス、舞うようなボールタッチ。特に浮き球のロングパスは素晴らしいアートであった。
※ 詳しくは先日のエントリー「ルイ・コスタ、引退に寄せて」をご覧ください。
① カルロス・バルデラマ(コロンビア)
パサーのある一種の完成形といえる。私は彼のスルーパスを見て、サッカーは本当に美しいと感じた。
1メートル先だろうと40メートル先だろうと、バルデラマはインサイドキックで、それもグラウンダーで正確無比なパスを通す。ピッチ上を完全に把握する広大な視野を持ち、味方へのパスの通り道を見つけ出すのだ。
バルデラマはいつも大概歩いている。だが走らなくともボールは司令塔の足元に集まり、バルデラマはいつものパスでいつものようにアシストを記録する。まさに現代サッカーではありえない『典型的な10番』の最たる典型であるが、それがバルデラマの職人的魅力なのだ。
W杯(90年・94年・98年)に三度出場したコロンビア史上最高の10番である。リンコン、アスプリージャといった世界レベルの仲間と共に、コロンビアは90年代のサッカー界に旋風を巻き起こした。
蛇足だが、私が必死でバイト代を貯めて初めて購入したユニフォームが、バルデラマ(コロンビア代表モデル)であった。
以上
いかがだったでしょうか。つたない文章力ではありますが、頑張って書いてみました。この投稿で初めて知った選手などがいましたら、是非映像を見てみることをお勧めいたします。それではこのへんで。
ご意見、ご感想、ご批判、間違い指摘、等何でもお待ちしております。
posted by zeppelin |02:10 |
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2008年05月21日
先日「ルイ・コスタ引退に寄せて」という記事を初投稿させていただいたが、私は彼に代表されるようないわゆる『典型的な10番』タイプの選手を非常に好んでいる。ルイ・コスタは割と近代的なMFになっていったが、私が何故か心打たれてしまうのは以下のようなタイプの10番だ。
・守備はあまりしないが素晴らしいスルーパスを連発する『典型的な10番』
・現代のコンパクト・サッカーでは通用しないであろう『クラシックな司令塔』
・1.5列目でもなく、サイドでゲームを作るでもなく、レジスタでもなく、
2列目!トップ下!センター!にドンと居座るゲームメーカー
少し自虐的ではあるが、間違ってはいないと思う。私がサッカーを見始めた90年代というのは、そういった10番達が活躍した最後の時代であった。雑誌やTVにおいても、「プレスの浸透によって旧時代の司令塔は…」とか「広大なスペースがあった昔とは違って今や…」といった論述が山のように積み上げられ、何となく、時代の終わりを感じながら彼等を見ていた。そしてそういった状況こそが、私に彼等を輝かせて見せたのかもしれない。
今回の投稿ではそういった『典型的な10番』の中で、私の好きな10傑をご紹介したいと思います。皆さんも思い入れのある選手がいたら、是非ご意見をコメントいただければ幸いです。
それでは第10位から順番に。
※あくまで私の好みの順であって、選手の優劣の順位ではありません。
⑩ アンドレアス・メラー / トーマス・ヘスラー (ドイツ)
いきなり反則技の同時ランクイン…『甲乙付け難し』であった。硬派な司令塔タイプであるメラーも好きだが、ファンタジスタ臭が混じったヘスラーも捨てがたい。ヘスラーは多少代表での存在感が薄かったが、どちらにせよ、双方で90年代のドイツを担ったダブル司令塔である。
背番号でいえばヘスラーが10番、メラーは7番だった。わずか身長166cmの体格ながらドイツの10番を担ったヘスラー、数々のタイトルを獲得しながら「才能を出し切れていない」といわれたメラー。ドラマを持った司令塔達であったと思う。
⑨ アレックス・アギナガ(エクアドル)
私が南米代表同士の試合のビデオを集め漁っていた時代、つまり90年代の南米各国には象徴的な10番の司令塔が数多く存在した。ブラジル・アルゼンチンの二強は割愛するが、コロンビアの10番「バルデラマ」、ペルーの10番「パラシオス」、ボリビアの10番「エチェベリ」、そしてこのエクアドルの10番「アギナガ」である。
その姿は正に『司令塔』であり、ザ・南米、ザ・90年代、である。ゆったりとした動きから繰り出されるパスは美しく、正確そのもの。ピークは過ぎていたが、エクアドルを初のW杯出場に導き、2002年の日本でW杯初出場を果たした。
⑧ エンツォ・シーフォ(ベルギー)
1998年フランスワールドカップは、『10番の墓場』(ここが正確な記憶でないのですが…『司令塔の墓場』でしたっけ…?)といったような名称で呼ばれた。多くの10番にとって、最後のワールドカップになると考えられていたためである。ハジ、バルデラマ、ヘルツォーク…。その中の一人と数えられたのがベルギーの10番「シーフォ」だ。
『20世紀最後の10番』と呼ばれたこの偉大なゲームメイカーは、正に彼中心のチームでしか成り立たない存在であり、ファンタジックなパスと広大な視野でゲームを支配した。シーフォの全盛期は80年代だったといわれているが、私はその時代のプレーをほぼ見たことが無い(90年代のプレーは割と見たのだが。)。是非見たい…どれだけ凄かったのかを見たいのだ。
⑦ ゲオルゲ・ハジ(ルーマニア)
衝撃的な選手であった。周りと明らかにレベルの違いを見せ付けるプレーをしていた。左足から繰り出されるパス・ドリブル・シュート、とその全てが一級品だった。『東欧のマラドーナ』とも呼ばれる史上最高のレフティーの一人。
ハイライトは1994年アメリカワールドカップ。1次リーグでバルデラマとの司令塔対決を制したハジ率いるルーマニアの快進撃は見事だった。尚、1998年フランスワールドカップでも両雄は対決し、またもやハジに軍配が上がっている。
⑥ フアン・カルロス・バレロン(スペイン)
10番タイプ、だけど背番号は21番(ちなみに私のサッカー/フットサルチームでの背番号はバレロンにあやかって21番だ)。バレロンはクラシックな司令塔、という意味では少し違うかもしれないが、その線の細さなどにクラシカルな香りを感じさせる。そもそも90年代の選手ではないのだが。
絶妙なタイミングのドリブル、不意をついたループパス・スルーパス、それを活かすためのボールキープ力も持ち合わせる司令塔。10番タイプらしく(?)怪我が非常に多いのが難点である。
以上。
5位以降はまた後日アップさせていただきます。
ご意見、ご感想、ご批判、間違い指摘、等何でもお待ちしております。
posted by zeppelin |00:22 |
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2008年05月18日
上記の試合をもって、マヌエル・ルイ・コスタが引退した。どうにも寂しい気分である。
ルイ・コスタは私の最も好きな選手の一人だ。背筋を伸ばした柔らかいドリブル、絶妙のタイミングで放たれるスルーパス、舞うようなボールタッチ。特に浮き球のロングパスは素晴らしいアートであった。
ルイ・コスタを初めてみたのは確か96年か97年あたりのコッパ・イタリアの試合で(何故かテレビ東京あたりで試合を放送していたような。)、素晴らしいスルーパスを連発するマエストロに非常に感動したのを覚えている。
私の中でのルイ・コスタのハイライトは、2004年の地元開催のEURO2004である。毎日友人と深夜まで起きて、ポルトガル戦は全て観戦した。
出番が少ないながらも10番を背負ってピッチに立つルイ・コスタの雄姿が本当に感動的で・・・。イングランド戦のミドルシュートには昂揚感から涙が溢れた。
準決勝の後、フィーゴと抱き合うルイ・コスタの姿には、万来の思いが画面を通しても伝わってくるようであった。そしてその後の決勝戦に迎える、酷で何とも運が無いと感じてしまう結末も、同じくらい痛さが伝わってくるようであった。
そんなルイ・コスタが引退した。最後まで10番を背負い、エレガントなプレーをしたと記事を読んだ。試合はいつか、何としても手に入れて見たいと思う。
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こういった風に、思ったこと・感じたことをどこかに残しておきたいと思い、筆、というかキーボードを取りました。そしてそれについて、皆さんが同じように思い出をもっていらっしゃったら聞かせていただきたいと思っております。宜しくお願いいたします。
posted by zeppelin |19:16 |
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