2008年06月30日
アメリカに来てメジャー、マイナー、そしてカレッジ問わずたくさんの試合を見てきたが、やはり球場で目にするプレーの美しさ、そして感じる迫力は言葉で表すことができない。
そうさせるのはもちろん選手のレベルだが、ファンが作り出す球場の雰囲気なども大きく関わってくると思う。
日本のプロ野球の雰囲気は日本なりの違った良さがあり僕は好きだ。
しかしこの国の野球の素晴らしさが出ているところ、それは球場。
球場は英語で "Stadium / Field" だが、メジャーリーグのほとんどのチームが本拠地の名前を "○○Park" と称することが多い。
松坂、岡島両投手の所属する Boston Red Sox の本拠地は日本でもおなじみ Fenway Park
さらに今日僕が行ってきた San Diego Padres は Petco Park という名前の球場を使用している。
(ちなみにPETCO Park はWBCで日本が世界一に輝いた球場です。)
そんな野球場を "PARK" (=公園)と称するところが実にお洒落。
その言葉通り、各球場はその地域を象徴するかのような一つの町のような雰囲気さえ漂ってくる。
まさに幼少期に遊んだ地域の公園。 学校帰りにかばんを下ろし泥だらけになるまではしゃいだそんな空間がメジャーの球場にはある。
PETCO Park には2つユニークなアトラクションがあった。
一つ目はミニ野球場。
試合を見ながら好きな選手の登場曲に合わせて打ち方を真似してみせたり、外野の芝生で思いっきり飛び込んでみたり、まさにそこは野球が大好きな子供たちの空間だった。
2つ目は、砂浜。
フェンスの向こうで選手がプレーする中、海に来たような感覚で水着を着て遊ぶ子供たちの姿も見られた。
このように、PETCO だけでなく全米数あるある球場すべてに工夫が施されている。
MLBが選手だけでなく、ファンを飽きさせず一体化になって野球を楽しませるという独特の世界がそこにあった。
posted by yutaka |12:56 |
MLB |
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2008年06月29日
先日怪しげ(?)な郵便物が届いた。
日本からだった。 日本からにしてはやけに大きなサイズ。若干の重みもあった。
中身は衣類。
送り主の名前は見覚えのある「審判学校」からだった。
僕の大事な球友の中に現在アメリカ大リーグの審判を目指す男がいる。
彼からだった。
卒業祝いと国家試験合格を兼ねてのプレゼント。
彼が審判になる前に通っていたジム・エバンス審判学校のグッヅであった。
彼と出会ったのはアメリカ。 人との出会いというものは時に偶然を呼ぶが、彼との出会いはまさに奇跡であり、鳥肌が立ったことを今でも覚えている。
僕はミシシッピ州、彼はアラバマ州。 アメリカ南部に位置する、"Deep South"(南部のさらに奥)や "Bible Belt"(キリスト教篤信地帯"というニックネームが付くほど、悪い言い方をすれば時間の少し遅れた地域だ。
そんな田舎地域に位置する学校にそれぞれ通っていた僕たちは、ブログを通じて連絡を取り始めた。
お互いのプロフィールがどうも共通する。
1.元神奈川県高校球児
2.年齢
3.留学
4.対戦相手
3年生の春、冬休み明け高校野球連盟が対外試合解禁を出した後の初戦だった。
彼の在籍していたチームが我が学校のグラウンドへとやってきた。
そこで対戦していた未来の友がそこにいた。
偶然的な出会いから、2人は交流を重ね野球を通じて友情を深め、さらに刺激をし合っている。
彼と出会い、審判の見方が180度変わった。
ゲームがあっての審判ではなく、審判あってのゲームだという事を。
審判界にも注目ですよ!
posted by yutaka |13:19 |
カレッジ |
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2008年06月28日
アスレチックトレーニング学部在籍中、毎学期ごとに学生トレーナーの実習先が変わりました。 これは数多くあるあらゆる部に帯同し、各スポーツに起こりうる独特の怪我などを知るためです。
どの生徒も在籍中に最低1度はフットボール部での実習が要されます。 理由は一番危険なスポーツであるが故、対応次第では選手を死に招いてしまいかねないからです。
実際帯同して色んな怪我を観させてもらい、実習ならではの経験もする事が出来ました。 しかし僕は野球部での実習を強く希望しました。
そして通常学部の規定ではされる事のない、野球部での年間実習をやらせてもらう事になったのです。
やはり自分の志していたスポーツ、そして将来関わっていきたい野球。 選手を怪我から守る事はもちろんだけれど、カレッジレベルの”ベースボール”に非常に興味がありました。
アメリカの大学野球は日本のそれとは違い、金属バットを使用するため打者有利の野球。 完封試合というものは至ってゼロに近いものです。
もともとピッチャーだった僕は、実習中常に投手陣が気になっていました。 肩や肘の怪我については論文も書いたほど。 リハビリのキャッチボールを始め、メニューも一緒に考えたりしてそれなりに意思疎通を図ってきました。
その共に時間をすごしたチームからこの度3名MLBの予備軍であるマイナーリーグに入団する事が決まりました。 しかも3人ともピッチャーです。 何か自分の友達が入ったと言うより、「球友たち」という表現の方が適しているかもしれません。
3人の選手達は、デトロイトタイガーズ、ピッツバーグ・パイレーツ、ホワイト・ソックスの傘下に属しており、それぞれモンタナ州とニューヨーク州でメジャーリーグを目指しすでにスタートを切っています。
そんな3選手の中で一番良くしてもらった1人のピッチャーから今日連絡がありました。
「プロとして初めてのマウンドに立って、納得のいくパフォーマンスが出来た」と。
明るくておっちょこちょいな性格だが、マウンドに上がるとゲームを支配する力をもつこのピッチャー。
「いつかお前の前で投げてみたい。」 というコメントにはぐっと来るものがあった。
(写真は僕が帯同していた大学野球部)

posted by yutaka |13:00 |
カレッジ |
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2008年06月28日
"The Bush Leager" をお読みの皆さん始めまして。Yutakaと申します。
自己紹介の前にタイトルの説明をしたいと思います。
"Bush League(r)" とはもともと野球用語で、「二流選手」、「おちこぼれ選手」、「怠け者選手」などというニュアンスで使われています。
高校まで野球一筋だった僕。 小さな頃からずっと野球をするために憧れていた横浜商業高校(Y校)でより高いレベルを目指す。しかし幾度と重なる怪我で野球を断念。卒業後、今度は自分がなれたかった一流選手のサポート役に回る事を決意しました。 怪我に負け好きな野球を諦めた僕はそう、"bush leager"。 そんな僕が果たせなかった夢を今度は僕の手でサポートしたいという意味を込めてこのタイトルにしました。
自ら体験した怪我で興味を持ち始めたスポーツ医学。やるからには徹底的に学ぶべく世界一のレベルであるアメリカでの勉強を決意。 知人のアドバイスもあり2003年アメリカ・ミシシッピ州にある The University of Southern Mississippi (以下USM)に留学。 英語研修、一般教養を経て2006年に同校アスレチックトレーニング学部に入学。 そして今年2008年同学部を卒業、全米アスレチックトレーニング機構(NATA)公認のアスレチックトレーナーとなりました。
USM在学中は夏休みなどを使い、プロスポーツチームでのインターンシップも経験する事が出来ました。
3年時は NLF Jacksonville Jaguars にてサマーキャンプに帯同。 全米4大スポーツのトップに君臨するNFL。 そんなトップアスリート達の元での仕事は全てが新鮮でした。 医学、トレーニングはもちろんの事、フロントが行うマネージメントやオペレーション全般の知識も吸収する事が出来ました。
4年時は MLB Texas Rangers でのスプリングトレーニングに参加。 キャンプ地アリゾナ州の灼熱の太陽の下、大好きな野球チームでの実習は非常に遣り甲斐のあるものでした。 元楽天の福盛投手、元巨人の前田投手、そしてアメリカ独立リーグ(旧サムライ・ベアーズ)に所属した上野投手とも関わる事が出来ました。 近年日本からの選手移籍が目立つMLB。日本文化や言葉が浸透し始めているだけに、日本人としては最も働きやすい環境だと実感しました。
そして現在、カリフォルニア州に短期労働ビザを利用し滞在中。 将来いつか野球界の発展、そして日米の野球の良さを広げるべく修行中です。
野球の生まれた国ここアメリカで、様々な角度から野球を観察し思いのままに感じた事を書き記していきたいと思っています。
posted by yutaka |12:29 |
自己紹介 |
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