2008年07月09日
空の上の球友
寄寓にも僕のまわりに7月7日(七夕)生まれの友が3人いる。 そしてその3人は皆高校時代の野球部仲間であった。 しかしその中の2人には会えても、1人には会えることが出来ない。 5年前。僕の留学生活始めての年。 当時学校の寮に住んでいた僕の部屋の古い電話機が鳴り響く。 「あいつが他界した。。。」 信じられなかった。 野球部時代共に苦労した仲間。クラスも一緒で文化祭実行委員としても喧嘩もしたが最後は大成功させた。 1年生にしては他の部員よりひと回り大きな体。入学式の日は彼の雰囲気に圧倒された。 ユニフォームを着れば彼は化けた。 金属バットから発せられる聞いた事もないスイング音。 その鋭いスイングから放たれるライナー性の伸びる当たり。 ベースを駆け抜ける俊足。 守備は・・・いまいちだったかな笑 レギューラ候補と言われ天性に優れた強靭な体だったが、怪我には勝つ事が出来なかった。 同じ怪我人としてボールを磨いている時彼はこう言った。 「なあ、この空って家まで繋がってるんだよな~」 寮が無かったうちの学校は、学区外の生徒もみんな通学。 彼は部で一番遠い場所から通い続けていた。その距離片道2時間半。。 怪我に泣かされ、ただボールを磨くために通う往復5時間は彼にとって無駄な時間としか思わなかったのだろう。 結局怪我は良くならず、彼はバットを置くことに決めた。 彼のような逸材が怪我でつぶれ好きな野球をやめてしまうケースは決して珍しくはない。 そんな人材を助けるべく僕はトレーナーになるために渡米を決めた。 彼は僕に言ってくれた。 「あん時言った事覚えてるか? アメリカだって日本と空繋がってんだぞ」 と。 そう言い残し、彼はその空に消えて行った。 辛い時僕は常に空を見上げる。 そして彼の25歳になった七夕の日には空に向かって彼へ思いを伝えた。 「ずるいな 空からだったら全世界の野球が観戦できる」 と。![]()
posted by yutaka |14:01 |
高校野球 |
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