2008年06月29日
先日怪しげ(?)な郵便物が届いた。
日本からだった。 日本からにしてはやけに大きなサイズ。若干の重みもあった。
中身は衣類。
送り主の名前は見覚えのある「審判学校」からだった。
僕の大事な球友の中に現在アメリカ大リーグの審判を目指す男がいる。
彼からだった。
卒業祝いと国家試験合格を兼ねてのプレゼント。
彼が審判になる前に通っていたジム・エバンス審判学校のグッヅであった。
彼と出会ったのはアメリカ。 人との出会いというものは時に偶然を呼ぶが、彼との出会いはまさに奇跡であり、鳥肌が立ったことを今でも覚えている。
僕はミシシッピ州、彼はアラバマ州。 アメリカ南部に位置する、"Deep South"(南部のさらに奥)や "Bible Belt"(キリスト教篤信地帯"というニックネームが付くほど、悪い言い方をすれば時間の少し遅れた地域だ。
そんな田舎地域に位置する学校にそれぞれ通っていた僕たちは、ブログを通じて連絡を取り始めた。
お互いのプロフィールがどうも共通する。
1.元神奈川県高校球児
2.年齢
3.留学
4.対戦相手
3年生の春、冬休み明け高校野球連盟が対外試合解禁を出した後の初戦だった。
彼の在籍していたチームが我が学校のグラウンドへとやってきた。
そこで対戦していた未来の友がそこにいた。
偶然的な出会いから、2人は交流を重ね野球を通じて友情を深め、さらに刺激をし合っている。
彼と出会い、審判の見方が180度変わった。
ゲームがあっての審判ではなく、審判あってのゲームだという事を。
審判界にも注目ですよ!
posted by yutaka |13:19 |
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2008年06月28日
アスレチックトレーニング学部在籍中、毎学期ごとに学生トレーナーの実習先が変わりました。 これは数多くあるあらゆる部に帯同し、各スポーツに起こりうる独特の怪我などを知るためです。
どの生徒も在籍中に最低1度はフットボール部での実習が要されます。 理由は一番危険なスポーツであるが故、対応次第では選手を死に招いてしまいかねないからです。
実際帯同して色んな怪我を観させてもらい、実習ならではの経験もする事が出来ました。 しかし僕は野球部での実習を強く希望しました。
そして通常学部の規定ではされる事のない、野球部での年間実習をやらせてもらう事になったのです。
やはり自分の志していたスポーツ、そして将来関わっていきたい野球。 選手を怪我から守る事はもちろんだけれど、カレッジレベルの”ベースボール”に非常に興味がありました。
アメリカの大学野球は日本のそれとは違い、金属バットを使用するため打者有利の野球。 完封試合というものは至ってゼロに近いものです。
もともとピッチャーだった僕は、実習中常に投手陣が気になっていました。 肩や肘の怪我については論文も書いたほど。 リハビリのキャッチボールを始め、メニューも一緒に考えたりしてそれなりに意思疎通を図ってきました。
その共に時間をすごしたチームからこの度3名MLBの予備軍であるマイナーリーグに入団する事が決まりました。 しかも3人ともピッチャーです。 何か自分の友達が入ったと言うより、「球友たち」という表現の方が適しているかもしれません。
3人の選手達は、デトロイトタイガーズ、ピッツバーグ・パイレーツ、ホワイト・ソックスの傘下に属しており、それぞれモンタナ州とニューヨーク州でメジャーリーグを目指しすでにスタートを切っています。
そんな3選手の中で一番良くしてもらった1人のピッチャーから今日連絡がありました。
「プロとして初めてのマウンドに立って、納得のいくパフォーマンスが出来た」と。
明るくておっちょこちょいな性格だが、マウンドに上がるとゲームを支配する力をもつこのピッチャー。
「いつかお前の前で投げてみたい。」 というコメントにはぐっと来るものがあった。
(写真は僕が帯同していた大学野球部)

posted by yutaka |13:00 |
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