2005年08月16日
Beaucoup Memoires……。
2001年に海外に挑戦してきて、今シーズンで4年目。選手として3シーズン経験してきたものは、他の人にはわからないほどの嬉しさ・苦しさ……いろんなことが数え切れないぐらいあります。今でも連絡を取り合う親友までもできたっていうことは、はっきりいって自分の”かけがえのない財産”です。 言葉も2001年は”英語を何とか”って考えて単身ハワイへ渡って、肉体改造と共に自分なりに勉強してきました。しかし、もっと苦しかったのは2002年に渡った直後ぶつかった”フランス語”でした。 右も左もまったくわからない自分を助けてくれたのは、たった1冊の和仏辞書。これを毎日出かけるときに抱えながら、待ち行く人に伝えたい言葉の単語を見せては発音してもらって、それを繰り返し聞いて、自分の中での語彙を増やしていくことに必死でした。26歳のやることか? なんて思いながらも、このたった1つの方法でやってきました。 2年目は前年よりもわかるようになって、またParisという土地柄、いろんな国からの人が集まっているので、各国の人とも話したりして楽しみながら覚えてきました。 3年目は、それを活かしてコーチングも経験することに……。 そんなこんなで、いろいろな経験をしてきましたが、この度”選手として海外へ挑戦”ということに終止符を打つことに決めました。 実はこの期間、正直考えて悩んで、いろんな人に相談したり、頼んでみたり……。 でも結果として自分の出した答えは、”選手引退”でした。 誰に何と言われようと、自分なりに努力はしてきたつもりだし、ある意味やりたいようにやってこれたっていうことで、後悔はありません。 国を変えて続けていく気持ちもほとんどありませんでした。やっぱり3年間続けてきたフランスに拘りたかった……(本音)。 それだけフランスには魅力があったし(今もあるけど)、今でも戻りたい気持ちは正直あります。でも海外でやっていく(生活面も含めて)っていうことは、そんなに簡単なことではありません。 今ふと振り返ってみると、自分にとって特に忘れられないシーズンは1年目のSETE。ここの人たちには本当に救われたし、行くと必ず声をかけてもらえて、気兼ねなく超がつくほど本音で話せる最高の場所(日本にはまずないだろう……)。 ここでやってなかったら、2年目のParisも3年目のSt.Andreもなかっただろうし……。 フランス語もほとんどここで習得してたし、文化も教わったし……。以前言ったとおり”故郷”に相応しい地域でした。これからも暇を見つけて”里帰り”し続けようと思っています。 そして自分のこれからは、というと、指導者としてやっていくことと共に”プロのコーチ”を目指して切り替えていこうと思っています。もちろん海外で、フランスで勉強して経験してみたいとも思っています。 最後に―。 応援してくださった皆様には、心より感謝しています。 このHPを立ち上げて以来、いろんな方が見てくださって、またメッセージも多くいただきました。 指導者としても”ここ”は続けていこうと思っています。どうやってもバレーに携わる期間の比率は”選手<コーチ”という形になってしまいます。どうしようもないですけど、こればっかりは……ね。 ということで、今度はまた新しく作り上げて、皆さんに楽しんでもらえるようなコーチングのHPにしていこうかな……と思います。新たにページを設けるときは、必ずここで報告します! 待っててください! とにかく”選手としてのYuta”はおしまいです! 今度は”コーチ(指導者)としてのYuta”にご期待ください! PS.(1)ちなみにここのHPは終わるわけじゃありませんからね~! PS.(2)今回のタイトルは”たくさんの思い出”でした。じゃ、また……。
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posted by yuta |00:00 |
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