スポーツ よもやま話

力道山死後の 「日本プロレス 12月」

このエントリーをはてなブックマークに追加

今年も 師走12月となりました

力道山 が S38年  喧嘩が元で あーと

いう間に 死亡したのも 12月でした。

その後 日本プロレスの 12月というのは 振り返って

見ると 印象深い 月であることを感じます

S38年  力道山死亡

S39年  力道山 1周忌興行で 豊登 が デストロイヤー

      から 悲願の WWA世界選手権を奪取する。

S40年  豊登 離脱のために G馬場に 力道山一代限りと

      していた インター選手権を復活させ チャンピオン

      決定戦を D・ブルザーと争ったのも 12月

S41年  TVプロレスの馬場時代を確固たるものにしたのも

      鉄の爪 F・V・エリックとの 12月の2連戦

S42年  TBSプロレス旗上げが決定の中で 馬場と手の合う

      粉砕者 C・リソウスキーとの 大流血試合を

      したのも 12月

S43年  TBSプロレスに 大きく水を開け、NWA世界チャ

      ンプ の G・キニスキーと 大熱戦をしたのも

      12月

       (このころが馬場の最盛期ではなかったか?)

S44年  A・猪木が台頭し、NET TV(現TV朝日)が

      中継を開始し NETのエース A・猪木 が 

      NWA世界チャンプ D・ファンク・Jr と 

      生涯最高の試合を見せた  のも12月

S45年  この年から 精彩を欠く G馬場が 

      G・キニスキーに インターの王座を追われた

      のも この年の12月

S46年  A・猪木が 日プロを追われ

      猪木の 代打で 売出し中の 坂口征二が

      NWAチャンプのD・ファンク・Jr に 挑戦

      というドタバタが起き たのも 12月

S47年  猪木が退社し、頼みの綱 G馬場にも 7月に去ら

      れ 窮地の 日本プロレス が 金一(大木金太郎)

      を エースにして B・ブラジルと石頭世界一決定戦

      と名乗った インター選手権王座決定戦を 

      敢行したのも日プロ最後の12月

(坂口をエースにしていれば また違った未来があったかも??)

この S47年が結局 力道山が創設した 日本プロレス最後の 

12月となりました。 翌 S48年 4月に 興行能力を失った 

日本プロレスはがれきのように 崩壊していく。

くしくも 力道山死去 から 丸10年であった。

もう 44年もまえの 話です。。。。。  



1ページ中1ページ目を表示中

記事カテゴリ:
古きよきプロレス
タグ:

【お知らせ】
Yahoo! JAPAN IDで記事にコメントできるようになりました

このブログの最近の記事記事一覧

この記事へのコメントコメント一覧

この記事にはまだコメントがありません

こんな記事も読みたい

【試合プレビュー】加藤善孝(角海老宝石)VS レオナルド・ドロニオ(フィリピン)【角海老-ボクシングコラム】

観戦記1237 UFC205 ウェルター級王座戦 タイロン・ウッドリーvsスティーブン・トンプソン【人生マイペンライ】

もう見るに堪えない 相撲協会は何時までモンゴル互助会による星の回し合いを黙認するつもりなのか?【極上の“T-1二見激情”見参】

ブロガープロフィール

profile-iconyumiiku

  • 昨日のページビュー:116
  • 累計のページビュー:195996

(08月19日現在)

ブログトップへ

このブログの記事ランキング

  1. 琴奨菊の 大関陥落に思うこと。
  2. もういいでしょう 高橋監督
  3. 2016年末の 格闘技戦戦評
  4. 稀勢の里に栄冠は輝くのか?
  5. NHKも予想できなかった稀勢の里の勝利
  6. 広島のユニフォーム(アンダーシャツの色)
  7. 巨人 広島に敗れる
  8. 今日の巨人「ベンチが○○やから」野球やってられんな
  9. S37 大鵬・佐田の山 がダブル「白鵬・稀勢の里」 
  10. 巨人 連敗街道まっしぐら。。

月別アーカイブ

2017
08
07
06
05
04
03
01
2016
12

このブログを検索

スポーツナビ+

アクセスランキング2017年08月19日更新

アクセスランキング一覧を見る

お知らせ

rss