2009年05月28日

世界一

フェンシングの世界ランクで太田雄貴選手が1位になりました。
07年に団体で日本の男子フルーレが1位になったことはありますが、個人としては初めてのこと。快挙です。

オリンピックを終えて、毎日のように何かしらのメディアに登場していた太田選手ですが、実は、すべての自信を失っていた、と最近になって聞きました。
練習できる時間が限られていたこともありますが、メダル獲得後の空虚感、「結果」をダイレクトに期待されているなかで負けてしまった日本選手権など、いろいろと思うところはあったようです。

北京オリンピックの銀メダル獲得以降、太田選手の快挙によってさまざまなことが変化しました。
会場に訪れるメディアの数、お客さんの数、新聞やテレビで取り上げられる頻度、他選手の意識、企業からの支援。
これほどまでに変わるものなんだなぁ、と端々で実感しています。

なかでも大きかったのは、これまでもフェンシング協会のスポンサーとして支援してきた「ネクサス」がフェンシングチームをつくったことではないでしょうか。
オリンピックまではサーブルの小川選手のみが同社の所属選手だったのですが、そこにフルーレの千田選手、エペの西田選手、サーブルの佐藤選手、工藤選手が加わり、5選手と2名のコーチを加えた「ネクサスフェンシングチーム」が結成されました。
100年に一度、と言われる経済危機。スポーツと企業を取り巻く話題も明るいことはほとんどなく、存続危機、休部、廃部といった暗い話題ばかり。そのなかで、今回の「発足」というニュースを、誰より喜んでいたのが太田選手でした。

フェンシング界には若く、有望な選手がたくさんいます。
5月の東京ワールドカップにも出場した淡路選手や北川選手、三宅選手など、ロンドンオリンピックの活躍を想像するだけで楽しませてくれる若手が数多くいます。

これは、フェンシングだけではないはずです。
他競技にもこれからを担うであろう若手選手はたくさんいます。
「強化」や「普及」を考えたとき、どんな未来につなげるべきか。企業だけでなく選手側も、そしてそれを取り仕切る立場であろう協会や機構が、もっと真剣に考えなければならない時期が来ているように思えてなりません。

フェンシングは太田というスターが現れ、成功したからこの結果を招いたんだ、と言っているだけではあまりにレベルが低すぎます。
誰か1人だけ、どこか一社だけに寄りかかって、それを支えるだけの体力を期待する前に、自らの足場を固める。

何事も自己責任、とは太田選手の言葉です。
ズシリと重く響く気がしてなりません。

posted by yuko164 |19:30 | フェンシング | コメント(2) |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加