2006年09月26日

最後の試合をどう見せたいか~桑田投手で考えることその2~

1日経って、いろいろな活字媒体で桑田投手のことが話題になっている。
たくさんの人の声援に涙したという姿、チームに反し彼の独断ではないかという意見、賛否両論、さまざまな捉え方のようだ。

多くの記事を読むなかで、桑田投手が言ったという言葉の1つが引っかかった。

「これが最後になるかもしれないということを、ファンに伝える義務があると思った」

数ヶ月前、元バレーボール日本代表の竹内実さんを取材した。
5月の全日本選手権を最後に引退し、今はNECブルーロケッツのコーチを務めている。
竹内さんにとって最後になる大会。試合に臨む数ヶ月前から、これが最後になることは彼にはわかっていた。
でも、事前の告知はなかった。
もともとチーム自体が、どんな形であれチームを離れる選手のことを事前に発表することはない。
正式にチームを去って、次の進路が決まったときに、初めて発表される。

同じ大会で、やはり全日本で活躍した選手である青山繁さん(元東レ)の引退も決まっていた。
同じ時代に日本のバレーボールを支えた2人の引退。
違っていたのは、青山の引退は事前にメディアで取り上げられたのに対し、竹内の引退は試合後だったということ。

全日本のキャプテンも務め、長い間チームを支える存在だった竹内の引退を知らされなかったことに、「なぜ事前に発表してくれなかったのか」というファンも少なくなかった。
「これが最後だとわかっていたら、観に行ったのに」
そんな言葉がいくつも寄せられた。

でも、当の本人である竹内の意見は違った。
「事前に発表しなくてよかったと思ってる」
なぜか。
「たくさんの人が『最後だから』と見に来てくれるのは、それはとってもありがたいし、幸せなことだと思う。
でも、何か違う気もするかな。
これで最後だからといって特別なこととして捉えるのではなくて、これまでの試合もすべて、見る人にとっては最後だったかもしれないよね。一度しかバレーを見られない人だっていたかもしれないのだから、その人にとっては最初で最後の1試合でしょ。
そういう繰り返しのなかで、いつか終わりを迎えるっていうことだから、特別なことなどなくて、それで俺はよかったと思う」

どちらがいいのか。
最後だから、焼き付けておきたい。後悔がないように。
そう思って足を運ぶファンの気持ちもわかる。
でも、特別にしたくないという竹内のような気持ちもわかる気がする。

プロであるプロ野球選手と、プロに近い状態とはいえ企業選手であるバレーボール選手。その違いがあるのかもしれない。
どちらも間違いではないのだと思う。

ほとんどの選手が「まだ続けたい」「まだできる」そう思いながら辞めていく。自分自身を納得させながら。

posted by tanaka yuko |00:41 | 野球 | コメント(3) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2006年09月25日

桑田投手で考えること

昨日付けのホームページで「お別れ」と題した文章を発表した桑田真澄投手。
ジャイアンツのユニフォームを着た桑田投手の姿はこれで最後になるかもしれないと、多くのファンがジャイアンツ球場につめかけたそうだ。

今年の初め、スポーツ臨床医学会公開シンポジウムのパネリストを務めた桑田投手を取材に行った。
初めて会った桑田投手は、思っていたよりもずっと小柄だった。
シンポジウムを終えた後も、多くの参加者が残るロビーで、絶えることのない写真撮影やサインの要求に、嫌な顔をすることなく応じる桑田投手の姿がとても印象的だった。

取材の最後に、従兄弟の息子(はとこと言うのでしょうか?)が桑田投手にあこがれて野球をしているという旨を伝えると、少し恥ずかしそうな顔で「野球を好きでいられるように、支えてあげてね」と言い、最後に「ありがとう」と言いながら手を差し出してくれた。

これがジャイアンツ・桑田真澄として最後の試合になるのかどうか。
それはわからない。
試合後に自ら希望して握手会を実施したという桑田投手。きっと、1人1人にあのときと同じように「ありがとう」と言ったのかな、と思いながら。

posted by tanaka yuko |00:11 | 野球 | コメント(5) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2006年09月23日

大きな流れは風が呼ぶ~前橋育英・伊勢崎工業戦から~

総力戦、そして全員野球。
何も珍しい単語ではない。
だが、時として、何気なく発している“全員●●”がどれほど重く、大変なものであるかを知る。
ほんの一瞬の判断を通して。

群馬県前橋市、県営敷島球場。
夏の大会を思わせるような強い日差しのなか、秋季大会3回戦前橋育英対伊勢崎工業の試合は始まった。

初回から前橋育英が3点を先取し、中盤までに8点のリードを奪い、このまま7回コールドで試合は決まるだろうと疑わないような危なげない展開。
前橋育英・広神キャプテンですら、「7回表の守備につくときは勝つと思っていた」と言うほど。

ところが。
ここからひと波乱もふた波乱もあるのが高校野球。
なにせ、今夏の大会では9回に5点取って逆転したチームですらサヨナラ負けに喫している。
勝負に絶対はない。
特に高校野球には。

実は、リードしていたとはいえ、前橋育英は本調子にはほど遠い状態だった。
主力選手をケガや風邪で欠き、思うようなメンバー構成は愚か、誰をどのように組み合わせていけばいいか、パズルに近い状態と言っても過言ではない。
ギリギリの勝負だった。
あと1回を守りきれば勝てる。
それが安堵につながったのか、7回コールド勝ちを目前に、思わぬ困難に見舞われる。
アウトが取れない。
終わるはずの試合が終わらない。

焦りが加速して不安を呼ぶ。
出さなければいけないはずの声が出ない。
キャッチャーからライトにまわった広神は、本来自分が構えているはずの場所を見ながら、バッテリーを見ながら、不安を抱くとともに、キャプテンである自分に何ができるかを考え、苦悩する。
「声を出しても届かない。でも何かを伝えなきゃいけない。同じグラウンドなのにすごく難しかった」

何とか守りきってつかんだ勝利。
思わず訪れた試練に、周囲の大人たちは声を揃えた。
「ベストメンバーを揃えられないなかで戦い、勝てたことは大きい。結果としてはこれもよかった」

マイナスをプラスに。
誰しもがそう思う。
今に満足して、先を見ようとしなければ。

広神は違った。
「マイナスをプラスにというのは言い訳だと思う。マイナスはマイナス、よくなかったことはよくなかったこと。そうやって受け止めなければ、次にはつながらないし、次に勝つことなんてできないと思う。
何が悪かったかをしっかり受け止められているか。それをカバーするために何をすべきか。苦しいときにフォローできなかったことも含めて、自分の課題をそれぞれが受け止めないといけないと思う」

先を、次を見据えてそう言った。

キャッチャーとしてすべてを見渡し、ボールを受ける彼がライトに回り、本来は見えないはずのチームメイトの背中を見始めてから、微妙な風が試合の流れを変えた。
“風”の力は小さいと思っても、大きく吹くことが多大にあるらしい。

次を見据えて、キャプテンがどうまとめていくか。
次はどんな“風”が吹くか。
先が読めないだけに、高校野球は面白い。
 

posted by tanaka yuko |22:37 | 高校野球 | コメント(2) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2006年09月21日

体操・西川大輔さん

物心ついて最初に見たオリンピックが何だったか、覚えていますか??

私にとっては最初に見た(覚えている)オリンピックは小学校2年生のときのロス五輪。ラジオ体操が休みになったとき「オリンピックだからお休みなんだよ」と言われ、本気にしたら単に日曜日だった。でもそんな理由で妙に「オリンピック」というものを意識するようになった気がする。

それから4年後のソウル。
時差もないし、給食の時間にテレビをつけながらオリンピックを見る。
水泳の鈴木大地選手の金メダルに先生たちがえらく興奮していた。

そのソウルで、今で言うハンカチ王子の斉藤選手並みに“アイドル”だったのが、体操の池谷・西川、清風コンビだった。
さわやかなルックスと笑顔、テレビにもたくさん出ていたし、雑誌にも取り上げられていた。それから4年後のバルセロナも含め、体操といえばこの2人。そう言っても過言ではなかったと思う。

ソウルから18年、バルセロナから14年と何日かが過ぎた昨日、西川大輔さんに初めてお会いした。
あの頃の印象と変わらず、とても誠実で真摯な方だった(紳士でもありました)。
都内某所の喫茶店での取材にもかかわらず、周囲を気にすることもなく、こちらを気遣いながら、1つ1つ質問に答える。
現役時代はケガが少ない選手だったと言いながらも、鎖骨の亜脱臼や、足首の靱帯損傷、腰痛など、現役時代の話をいろいろと聞かせてくれた。

今は指導者として母校で指導にあたる。
そして、母校の体育の授業もいくつか受け持っている。
私たち世代からすれば、“あの”西川さん。学生の反応は? と問うと、
「もうみんな僕のことなんて知りませんよ」
あの頃テレビでよく見た笑顔でそう言った。

いくらケガが少ないとはいえ、自身の身体が競技を行う道具でもある体操競技。大小や箇所の違いこそあれ、ケガは絶えない。
「痛い思いをしなくていいのは楽だけれど、伝えること、育てることというのは本当に難しいものですね」
指導者となった今を、西川さんはそう語る。

選手を経て、指導者へ。
現役時代とはまた違う困難と戦いながら進んでいく。



posted by tanaka yuko |15:18 | 指導者 | コメント(4) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2006年09月17日

シューターの感覚は意外なもので。。。

先日、バスケットボール日本代表プレーヤー・折茂武彦選手を取材してきました。

世界選手権を終えたばかりだというのに、もう目前に開催が迫ったリーグ。「まだ切り替えがつかない」という折茂選手に聞いたのは、トップアスリートが持つ独自の身体感覚について。

この詳細は来月発売の「月刊トレーニングジャーナル」で書きたいと思いますが、シューターが持つ“シュート勘”“勝負勘”というものを、折茂さんは、あるもの、あることにたとえて話をしています。

これが何とも面白い。

先日取材に行った「バイオメカニクス学会」では、陸上の朝原宣治選手が、スプリンターとしての身体感覚を話し、1つ1つのキックの過程で生じる骨盤の動きや、体幹のブレ、歩数などについて語っていました。

トップアスリートが持つ身体感覚に勝るものはない。まだまだ深いところに魅力いっぱいです。

posted by tanaka yuko |13:56 | バスケットボール | コメント(0) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2006年09月11日

さらなる飛躍のためには…

女子日本代表が出場したバレーボールワールドグランプリは6位に終わった。
この結果を善戦と取るか、残念と取るか。
感じ方はそれぞれ違うかもしれない。

世界の舞台で頂点に立つこと、そこに近づくことができない、その「壁」は何か。
そして打破するためには、何が必要なのか。

敗れた試合の後は、たいていの選手が「自分たちのバレーをさせてもらえなかった」と口にする。
では、日本のバレーとは何か。
高さやパワーで劣る分、速さと巧さを活かしたコンビバレー。
そしてこのコンビバレーを生み出すには、正確なサーブレシーブが求められ、より緻密なトスワークが求められる。

女子でも多くがジャンプサーブを放つ昨今では、Aカットと言われる、セッターが構える位置にピタリと返るサーブカットはなかなか容易ではない。
それだけセッターの竹下や、アタッカーにかかる負担も多くなるのだが、まずはサーブカット。これが基本中の基本であり、その軸が高橋、木村、そしてリベロの菅山。それがわかっているから、この大会期間中、高橋の口から出るのは攻撃面よりもカットについてが圧倒的に多かった。

同じ選手が放っても、毎回サーブは違う。
強さや速さ、方角の異なるサーブを、いかに正確にセッターに返し、託すことができるか。

今年5月の黒鷲旗で引退した、元全日本の青山繁は、自身にとって最後の試合となる黒鷲旗決勝戦を翌日に控え、「最後に何を見せたいか」との問いに対して、こう答えた。

「バレー人・青山繁を語るうえで、象徴なのはサーブカットだったと思う。派手な攻撃ではなく、どれだけ正確なサーブカットができるか。そこにこだわって、最後の試合を戦いたい」

華やかさの影に隠れ、負けたときは第一要因にされる「サーブカット」。
職人たちは、この正確性を上げようと切磋琢磨する。

高さがない。
でもこれ以上身長を伸ばすことはできないし、数10センチものジャンプ力向上が劇的に起こるはずもない。
それでも飛躍するために、勝てるチームになるために、サーブカットの精度を高め、攻撃のバリエーションを広げる。
当たり前だよ、と言われそうだが、その当たり前が何より難しい。
当たり前のプレーを当たり前にできることこそが、一流です。





posted by tanaka yuko |19:32 | バレーボール | コメント(1) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2006年09月10日

サマーリーグから見えるもの

愛知県春日井市体育館にて、昨日・今日と2日間にわたり開催されたバレーボールサマーリーグ。

サマーリーグとは何ぞや? と言うと、リーグではサブに回りがちな若手選手の試合経験の場として開催されているもの。
しかしここ数年は、サマーリーグの目的も「若手育成」だけに限らず、現時点でのチーム力をはかるための1つとして、主戦級の選手が出場することも少なくない。

勝敗ももちろんではあるが、それだけではなく、「今何ができるか」ということを目的としたサマーリーグならではの見所がいくつもある。
たとえば。
普段試合に出ていないセッターが挙げるトス回し。「なるほど、こんなパターンの攻撃があるのか」と、新たな攻撃の組み立てを知ることができる。
実戦経験の少ない選手が試合に出場することで、不慣れが生じ、ミスも出る。そこから、何食わぬ顔でプレーしているリーグ中の選手や、全日本の選手たちの姿を描いて「こんなに簡単そうにやっているけれど、この攻撃やコンビ、レシーブって難しいんだな」とバレーの深さを知ることにもつながる。

高校野球を愛し、地区予選どころか練習試合にも足を運んでしまうオジサマたちが、いつも言っていることがある。
「ここで見ている選手が1年のヘタクソだった頃から知ってるよ」
「でも、そんな選手たちがどんどんうまくなっていく姿を見られるのが、一番嬉しいし楽しいんだよな」

まったくもって、バレーも同じ。
サマーリーグも同じ。

勝った負けたではなく、育てるような気持ちで。選手たちの成長していく姿を見届ける証人になってみてはいかがでしょう?

posted by tanaka yuko |22:47 | バレーボール | コメント(0) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2006年09月08日

離島にて

沖縄の離島に行って来ました。

日本最南端の波照間島と、島民の人口よりも牛の数が多い黒島。
どちらも、東京からの直行などなく、石垣島から高速船に揺られ、波照間は1時間、黒島は30分。

改めて、遠い。

そして、その玄関口・石垣島に目立つのは「八重山商工」の文字。
今でもお土産店の店頭には「八重山商工応援Tシャツあります」と書かれた張り紙が張られ、飲食店の多くに、八重山商工ペナントや記念ボールが所狭しと並ぶ。

高校野球ほど、地域性や故郷愛、母校愛が高まるものはないと、今までも思ってはいたけれど、改めて、ここに来て再確認。
島の人たちすべて、そしてその島を愛する人たちすべてに愛される八重山商工はすごい!!

“番長”と呼ばれた波照間観光客が島を去り、残した言葉は「ありがとう、八重山商工!」。
なんだそりゃ?と思ってしまうかもしれないのだけれど、あの島に足を踏み入れると、思わず「ありがとう八重山商工」と言いたくなってしまう魔力?がある。

遠い遠い地から、甲子園を目指し、その権利と栄誉を手にした八重山商工。
灼熱の太陽と、青い海、そして空。
離島の星の輝きに、改めて脱帽です。

20060908-00.jpg


posted by tanaka yuko |22:15 | 高校野球 | コメント(0) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加