2010年07月27日
先日、フェンシングのグローブをつくっている職人さんの取材をしました。
40年間手袋をつくり続け、ふとしたきっかけからフェンシングのグローブをつくるようになり、奥様と2人で、繁忙期には朝7時から夜の11時まで工場で黙々とグローブと手袋をつくる。
前のめりになって作業をすることが多いせいか、少し猫背気味の背中が、これまで歩んできた勲章なのかな。そんなことを感じました。
内容については、掲載がまだなので詳しくは触れられませんが、とても熱く、まっすぐな思いと、競技と競技者への愛情を持った方でした。
「自分が儲けることよりも、いかに選手にとっていいものをつくるか。それが私たちの仕事です」
選手を支える人たちはたくさんいます。
グローブの小さな縫い目の1つ1つに、溢れるほどの愛情がこもっていると、改めて感じた取材でした。
posted by tanaka yuko |19:29 |
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2009年12月25日
エペの面白さを実感したのは、去年の日本選手権。
ちょうど1年ぶりに、エペの試合を見ました。
やっぱり、面白い。
わかりやすさや駆け引き、フルーレやサーブルとはまた違う面白さがあり、見ていて、どんどん引き込まれてしまいました。
今大会で、一番注目していたのが、エペで準優勝した中野希望選手でした。
エペはフルーレやサーブルと違って「体のどこに触れてもOK」なので、手足が長い選手や、身長の大きな選手のほうが一般的には有利とされています。
172㎝と日本選手の中では高身長の中野選手ですが、世界には190㎝を超える選手もいるそうで、やはり、世界で勝つことはなかなか容易ではありません。
厳しい状況下に変わりはありませんが、今季、中野選手は6月にキューバで行われたワールドカップと、7月のユニバーシアードで銅メダルを獲得しました。
大会直前に太田雄貴選手から与えられたアドバイスを生かし、剣の持ち方、攻め方のスタイルを変えたことが勝因だったそうです。
何より、中野選手の魅力は明るさ。
いつも笑顔で、人見知りをせず、質問に対してもハキハキ嬉しそうに応えてくれる気持ちよさ。
「来年の目標は世界ランク16位以内に入ること。それを目標にしていいって太田先輩からも許可が出たんで頑張ります」
ちなみに今日、たまたま目にした占いに書いてあったラッキーカラーは「シルバー」。
「縁起悪い!と思って、みんなに言ったら『何かシルバーのものをつけていけば大丈夫だ!』って言ってもらったから、指輪とネックレスをつけていたんですけどダメでした!あの占い、当たりますよ~」
またケラケラと笑い、来年への抱負を語る。あの明るさなら、何でもかなえられてしまうのではないか。そんな気がしてなりません。
来シーズン、日本のフェンシング選手たちに、中野希望選手にどうぞご注目下さい。
posted by tanaka yuko |18:35 |
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2009年12月24日
フェンシングの日本選手権が開幕しました。
今日行われたフルーレ個人戦、男子は太田雄貴選手が、女子は菅原智恵子選手が優勝しました。
2人とも、価値ある勝利でした。
太田選手は、今年の年明け早々に行われたキックオフ会見で「今年は挑戦の年にしたい」と話していました。
ロンドンへ向けた1年目だからこそできることに積極的にチャレンジしたい。そう言って、フランスへ武者修行に行くなど、これまでとはまた異なる時間を過ごした1年でした。
世界ランク1位も経験しました。
そしてその経験をしたことで、世界のトップであることのプレッシャー、守り続ける大変さを改めて知った1年でもありました。
今日、太田選手の試合を見ていて、今までと確実に違うものを感じました。
これまでは前半から突っ込んでいくスタイルで戦ってきた太田選手ですが、今日は勝負を急がず、じっくりと戦い、確実なポイントを得る。
相手にリードされても、そこで崩れず、一度チャンスを見つければそこを徹底的につく。戦いぶりに貫禄がありました。
何をして勝つか。攻め方、戦い方がとても明確で、これまでよりもさらに、強さが際立っていたように感じられました。
日本代表の江村ヘッドコーチに、太田選手の強さについて尋ねたところ、こんな言葉が返ってきました。
「太田はね、やはりこの中で一番やるべきことをやってきているんですよ」
毎日毎日、1人でも練習する。自分なりの課題の克服や、新しいスタイルの構築のため。本人にとっても、一番楽しい時間が練習をする時間だったそうです。
「フェンシングが仕事でもあるけれど、僕にとってはやはり楽しむものでありたい」
とてもシンプルな原点回帰。太田選手はまだまだ強くなっていく。パリでの世界選手権が開催される来年の活躍がとても楽しみです。
菅原選手は、昨年の北京五輪を終え、競技の第一線から離れ、故郷の宮城県で教壇に立っています。
「ちょこちょこっと出てきます。あんまり練習できていないから、すぐ疲れちゃいますね」
笑いながら、そんなことを言っていましたが、フタを開けたら何とやら。
これからの活躍が期待されるはずの若手選手を次々破り、表彰台の一番上に立っていました。
以前、親交のあるトライアスロンの選手が、大会に出場し、こんな話をしていたのを思い出しました。
「オリンピックの前と比べて、今の私は全然練習していないのに、私に負ける選手がいるなんて、ダメだと思うんだよね」
菅原選手の勝利は、これからの活躍に期待がかかる若手選手たちにとって、これ以上ない喝になったはず。
太田選手とはまた別の意味で、やはり価値ある勝利でした。
ここのところバレーボールの取材が続いていたので、私にとっても久しぶりのフェンシング取材でしたが、とてもいい刺激を与えられました。
明日はフルーレ団体戦と、男女エペ。どちらもとても楽しみです。
posted by tanaka yuko |18:52 |
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2009年05月28日
フェンシングの世界ランクで太田雄貴選手が1位になりました。
07年に団体で日本の男子フルーレが1位になったことはありますが、個人としては初めてのこと。快挙です。
オリンピックを終えて、毎日のように何かしらのメディアに登場していた太田選手ですが、実は、すべての自信を失っていた、と最近になって聞きました。
練習できる時間が限られていたこともありますが、メダル獲得後の空虚感、「結果」をダイレクトに期待されているなかで負けてしまった日本選手権など、いろいろと思うところはあったようです。
北京オリンピックの銀メダル獲得以降、太田選手の快挙によってさまざまなことが変化しました。
会場に訪れるメディアの数、お客さんの数、新聞やテレビで取り上げられる頻度、他選手の意識、企業からの支援。
これほどまでに変わるものなんだなぁ、と端々で実感しています。
なかでも大きかったのは、これまでもフェンシング協会のスポンサーとして支援してきた「ネクサス」がフェンシングチームをつくったことではないでしょうか。
オリンピックまではサーブルの小川選手のみが同社の所属選手だったのですが、そこにフルーレの千田選手、エペの西田選手、サーブルの佐藤選手、工藤選手が加わり、5選手と2名のコーチを加えた「ネクサスフェンシングチーム」が結成されました。
100年に一度、と言われる経済危機。スポーツと企業を取り巻く話題も明るいことはほとんどなく、存続危機、休部、廃部といった暗い話題ばかり。そのなかで、今回の「発足」というニュースを、誰より喜んでいたのが太田選手でした。
フェンシング界には若く、有望な選手がたくさんいます。
5月の東京ワールドカップにも出場した淡路選手や北川選手、三宅選手など、ロンドンオリンピックの活躍を想像するだけで楽しませてくれる若手が数多くいます。
これは、フェンシングだけではないはずです。
他競技にもこれからを担うであろう若手選手はたくさんいます。
「強化」や「普及」を考えたとき、どんな未来につなげるべきか。企業だけでなく選手側も、そしてそれを取り仕切る立場であろう協会や機構が、もっと真剣に考えなければならない時期が来ているように思えてなりません。
フェンシングは太田というスターが現れ、成功したからこの結果を招いたんだ、と言っているだけではあまりにレベルが低すぎます。
誰か1人だけ、どこか一社だけに寄りかかって、それを支えるだけの体力を期待する前に、自らの足場を固める。
何事も自己責任、とは太田選手の言葉です。
ズシリと重く響く気がしてなりません。
posted by yuko164 |19:30 |
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2008年12月15日
選手の話を聞くと、「エペが一番シンプルで、わかりやすいですよ」と言われることが多くありました。
これまで、太田雄貴選手の取材を中心にしてきたため、どうしてもフルーレの試合や練習を見る機会が多かったのですが、今回の日本選手権でエペもじっくり見る機会を得て、改めて「シンプルでわかりやすい」の意味を知るとともに、エペの面白さに気づきました。
有効面が限られているフルーレ、サーブルと違い、エペは唯一からだのどの面に触れてもよい種目です。
上を狙ってそちらに意識を持っていかせたかと思えば、次は足元を突く。繰り広げられる駆け引きも、非常にわかりやすく明快です。
男子エペ、女子エペとも今回優勝した西田祥吾選手、池端志津香選手はともに初優勝。なかでも西田選手は、オリンピック前から少し話を聞かせてもらっていたので、今回の大会では少し注目していました。
予選リーグは相手の出方に合わせて攻撃に転じるように見えたのですが、一変したのは決勝トーナメントの初戦でした。
「何度も勝ったり、負けたり、拮抗している」という坂本圭右選手との対戦を先行されながら追いつき、サドンデスで勝ち切ると、そこからは相手を寄せ付けず、自ら仕掛け、攻めに行く。危なげない勝ちぶりで、準々決勝、準決勝、決勝を鮮やかに勝利で飾りました。
西田選手曰く、苦しい試合で勝ちきれたこと、1つの試合を機に吹っ切れ、ギアチェンジできたことはオリンピックの経験があったからこそだそうです。「あれだけ厳しいなかで戦った経験があったから、気持ちが最後まで切れなかった」と言う姿は自信で満ち溢れていました。
そんな西田選手ですが、現在は鹿児島県でご実家の仕事を手伝いながら、高校生たちと練習をしているそうです。
新聞配達所を営むご実家で、朝6時から電話の前に待機し、クレームに対処し、届いていないご家庭があればすぐに新聞を届けに行って謝罪する。折込のチラシを入れることも西田選手の仕事です。
高校生たちはフルーレの選手ばかりなので、日本選手権前もエペの練習はできず不安もあったなかで得た今回の初優勝。
北京オリンピックまではフルーレが重点的に強化されてきましたが、今後はエペ、サーブルもジュニアやカデット層まで含めた広いピラミッドでの強化を実践していくと報告されています。
オリンピックの経験が生かされること、太田選手のメダル獲得効果が幅広い意味で生かされていくことを今後も取材を通して見続けていきたいと思います。
posted by tanaka yuko |15:58 |
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2008年03月12日
フェンシング男子フルーレ個人戦で、太田雄貴選手が北京オリンピックへの出場を確定させました。
おめでとうございます☆
高校生で日本選手権を制し、以後、アテネオリンピックで9位、ドーハアジア大会では金メダルを獲得するなど、「日本フェンシング史上最高の才能」と言われる太田選手ですが、昨年は自身曰く「スランプ」に見舞われた一年。
なかでも9月の世界選手権は、表彰台を本気で狙っていただけに、体調を崩しての10位という成績が本当につらく、苦しいものだったそうです。
こちらの取材に対しても、応対が早く、さらにその答えから枝葉のように広がる要素を含めた言葉を返してくる太田選手。
とても頭がいい、聡明な選手です。
太田選手が目指す、究極の感覚は「剣と一体になり、剣を爪のように操ること」だそうです。
オリンピックで人生が「変わる」のではなく「変える」と言う太田選手の活躍が今から楽しみです。
posted by tanaka yuko |18:17 |
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