2006年10月26日

44年ぶりの優勝、「最高!」を支えた力

44年ぶりの優勝、現役引退を表明している新庄選手の涙。

なんとも感動的な北海道日本ハムファイターズの優勝。
テレビ観戦のなかでも、とても印象的だったのが札幌ドームを埋め尽くしたたくさんのファンの応援する姿。
稲葉選手の打席時のスタンドのファンが飛びながら応援する“稲葉ジャンプ”もすっかり有名になった。

2年前、「ファンサービス」というテーマで札幌へ取材に行った。
東京から移転し、1年目のシーズンを終え、「北海道」に根づくために球団としてどのような仕組みを考えたのか。どうやって地元の人たちから応援されるチームになろうとしているのか。それが取材テーマだった。

そのなかで、830チケットと題した、8時30分を過ぎれば入場料金が割引になるチケットや、○○デーと選手自らがファンサービスの日を設け、自身がデザインした帽子をファンにプレゼントをする企画を設けたことを聞いた。

そして、その何よりも、「ヒルマン監督とSHINJO選手の存在が一番大きい。彼らがいなければ、きっとこれだけのものは築けなかった」、取材に応じてくれた担当者はそう言った。

ゴレンジャーの被り物をして登場し、観客を笑わせ、その日の試合でホームランを打った。
そんな“常識破り”とも思える被り物をする選手に対して、何の抵抗もなく“ファンサービス”の一環として監督は笑顔で送り出した。
「ヒルマンだったからSHINJOが活かされたし、あれだけのことができたかもしれない。それも立派なファンサービスでしょうね。頭が上がりません」

2年前といえば、日本プロ野球史上で初めてのストライキが決行された年だった。
試合が中止になった日の朝、ヒルマンは球団に電話をして「何かしたい」と告げた。
急遽行われることになったサイン会で、1日中サインをして手首の腱鞘炎を起こし、痛み止めを飲みながら監督はペンを走らせ続けた。
その年のファン感謝デーには、アメリカからと何万という数のキャンディーを自腹で購入して「クリスマスプレゼント」として、そして1年の感謝を込めてファンへと配った。

そんな活動の数々が、「最高!」の優勝につながり、見る人たちに感動を与えた。
たくさんのファンの姿が、新庄を泣かせた。

最高の舞台で、最高のエンディング。44年ぶりの優勝、おめでとうございます。

posted by tanaka yuko |22:39 | 野球 | コメント(1) |
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2006年10月11日

“先輩”に期待します

延長12回を制して、セントラルリーグチャンピオンに輝いた中日ドラゴンズ。終盤の苦しさを物語るような落合監督の涙も印象的でした。

毎試合それぞれ、いろんな選手がヒーローになってつかんだ優勝ですが、、、、あえて1つ!
9月16日、対阪神戦でノーヒットノーランを達成したあの投手。
みなさん覚えていらっしゃいますよね??
41歳1ケ月、史上最年長ノーヒットノーラン記録を打ち立てた山本昌選手!
実は、昌さんは私にとって高校の先輩にあたります。

初めて昌さんの取材をしたのは、早いもので今からもう3年前。オフ期間だったので、待ち合わせたのは某駅の改札。人の通りもあるというのに、周りに臆することもなく堂々と登場、そして初対面にもかかわらず、共通の知人がいたこともあり、こちらに対してまるでプレッシャーを与えずに会話が進む。
30代後半になってから、ようやく自分に適したトレーニング、コンディショニング法がみつかったと言いながら、「痛いところもケガもないから、自分はまだまだ現役を続けられる」と話していた。

その言葉どおり、バリバリの現役選手として、ローテーション投手の一角として手にした今回の優勝。
日本シリーズも期待してますよー。

そして昌さんの弟さん、山本秀明さんは、現在我らが母校の硬式野球部の監督を務めています。
先日行われた神奈川県秋季大会は、桐光学園に破れ、準優勝でしたが、9年ぶりの関東大会出場が決定。
(ちなみに前回はヤクルト・館山投手を擁し、秋の関東も勝ち進み、センバツもベスト4に進出!)
こちらも期待できますよー。

こういうときは、妙に母校愛が高まるのは気のせいでしょうか?



posted by tanaka yuko |18:09 | 野球 | コメント(0) |
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2006年09月26日

最後の試合をどう見せたいか~桑田投手で考えることその2~

1日経って、いろいろな活字媒体で桑田投手のことが話題になっている。
たくさんの人の声援に涙したという姿、チームに反し彼の独断ではないかという意見、賛否両論、さまざまな捉え方のようだ。

多くの記事を読むなかで、桑田投手が言ったという言葉の1つが引っかかった。

「これが最後になるかもしれないということを、ファンに伝える義務があると思った」

数ヶ月前、元バレーボール日本代表の竹内実さんを取材した。
5月の全日本選手権を最後に引退し、今はNECブルーロケッツのコーチを務めている。
竹内さんにとって最後になる大会。試合に臨む数ヶ月前から、これが最後になることは彼にはわかっていた。
でも、事前の告知はなかった。
もともとチーム自体が、どんな形であれチームを離れる選手のことを事前に発表することはない。
正式にチームを去って、次の進路が決まったときに、初めて発表される。

同じ大会で、やはり全日本で活躍した選手である青山繁さん(元東レ)の引退も決まっていた。
同じ時代に日本のバレーボールを支えた2人の引退。
違っていたのは、青山の引退は事前にメディアで取り上げられたのに対し、竹内の引退は試合後だったということ。

全日本のキャプテンも務め、長い間チームを支える存在だった竹内の引退を知らされなかったことに、「なぜ事前に発表してくれなかったのか」というファンも少なくなかった。
「これが最後だとわかっていたら、観に行ったのに」
そんな言葉がいくつも寄せられた。

でも、当の本人である竹内の意見は違った。
「事前に発表しなくてよかったと思ってる」
なぜか。
「たくさんの人が『最後だから』と見に来てくれるのは、それはとってもありがたいし、幸せなことだと思う。
でも、何か違う気もするかな。
これで最後だからといって特別なこととして捉えるのではなくて、これまでの試合もすべて、見る人にとっては最後だったかもしれないよね。一度しかバレーを見られない人だっていたかもしれないのだから、その人にとっては最初で最後の1試合でしょ。
そういう繰り返しのなかで、いつか終わりを迎えるっていうことだから、特別なことなどなくて、それで俺はよかったと思う」

どちらがいいのか。
最後だから、焼き付けておきたい。後悔がないように。
そう思って足を運ぶファンの気持ちもわかる。
でも、特別にしたくないという竹内のような気持ちもわかる気がする。

プロであるプロ野球選手と、プロに近い状態とはいえ企業選手であるバレーボール選手。その違いがあるのかもしれない。
どちらも間違いではないのだと思う。

ほとんどの選手が「まだ続けたい」「まだできる」そう思いながら辞めていく。自分自身を納得させながら。

posted by tanaka yuko |00:41 | 野球 | コメント(3) |
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2006年09月25日

桑田投手で考えること

昨日付けのホームページで「お別れ」と題した文章を発表した桑田真澄投手。
ジャイアンツのユニフォームを着た桑田投手の姿はこれで最後になるかもしれないと、多くのファンがジャイアンツ球場につめかけたそうだ。

今年の初め、スポーツ臨床医学会公開シンポジウムのパネリストを務めた桑田投手を取材に行った。
初めて会った桑田投手は、思っていたよりもずっと小柄だった。
シンポジウムを終えた後も、多くの参加者が残るロビーで、絶えることのない写真撮影やサインの要求に、嫌な顔をすることなく応じる桑田投手の姿がとても印象的だった。

取材の最後に、従兄弟の息子(はとこと言うのでしょうか?)が桑田投手にあこがれて野球をしているという旨を伝えると、少し恥ずかしそうな顔で「野球を好きでいられるように、支えてあげてね」と言い、最後に「ありがとう」と言いながら手を差し出してくれた。

これがジャイアンツ・桑田真澄として最後の試合になるのかどうか。
それはわからない。
試合後に自ら希望して握手会を実施したという桑田投手。きっと、1人1人にあのときと同じように「ありがとう」と言ったのかな、と思いながら。

posted by tanaka yuko |00:11 | 野球 | コメント(5) |
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