2008年03月28日

代々木から有明へ

一昨日で高校選抜大会、いわゆる「春高バレー」が閉幕しました。
前評判通りの強さで勝ち進んだ東九州龍谷高校、連覇のプレッシャーに見事打ち勝った東亜学園がそれぞれ優勝を飾り、春の勝者になりました。

全体を見ていて感じたのは、ジャンプフローターサーブを打つ選手がずいぶん増えたな、ということでした。
昔を振り返ってみると、チーム内のたいていの選手はフローターでしたが、春高の上位へ進むチームのエースとして得点をたたき出す選手はジャンプサーブを打つケースが多かったのですが、ずいぶんジャンプフローターサーブを打つ選手が多い。
あるチームの監督に尋ねてみたところ、高校生の場合は、戦術や技術もまだ成長段階なので、サーブに求められるのはまず正確さ。そのための安全策として、ジャンプフローターサーブを選択する選手が多いのだそうです。でも以前に比べてその割合は確実に増えているとも言っていました。

まだまだ荒削りではありますが、これからの成長を期待させる楽しみなタマゴたちが今年もたくさんいました。
そのなかであえて一番をつけるならば、準優勝の星城高校のセッター・深津選手です。
セッターとして不可欠なハンドリング能力、ボールの下に入る早さと状況判断、すべてにおいて深津選手の能力は長けています。
たとえば決勝戦でも、レフトの選手にマークがついていることを前半の攻撃で判断すると、そこからはセンターを軸にした組み立て、センターがマークされ始めてからはサイドへの平行と時間差を絡めた中央からの攻撃。
準決勝では10本も打っていなかった選手を、相手の出方を見て攻撃の中心にすえるなど、状況判断をきちんとできなければなし得ない攻撃でした。

それ以外にも、セッターは、もちろん組み立ても大事なのですが、その大前提として正確なパス能力、技術がなければ成り立たないものです。
深津選手を今年一番にした理由はそこにもあって、レシーバーからの返球で低めに返って来たボールをアンダーではなくオーバーではあげる、ネット際に返ったボールをワンハンドでセンターのクイックではなくレフトへのトスにする、コート後方から走りこみながらのレフトへのバックトスなど、見ていて思わず「うまいっ」と叫びそうになるようなプレーも見せてくれました。
これからがとても楽しみな選手です。

春高が終わるといよいよ男子Ⅴプレミアリーグのセミファイナルです。
舞台は代々木から有明へ。
王者を決める戦いが始まります。

posted by tanaka yuko | 13:40 | バレーボール | コメント(0) |
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2008年03月19日

目指せスーパーマン

取材は嫌い、苦手、と最初からストレートに言う選手と対すると、内心で「ヨシっ」とスイッチが入ります。
SかMかで言うと、S体質なのかもしれません。
…あまり関係ないかな。

昨日取材をした、NECグリーンロケッツの向山昌利選手も、冒頭から
「取材は嫌いだし、苦手です」
とハッキリ言う選手でした。
しかも、内容が身体感覚についていろいろとうかがうというものなので、普段はあえて言葉にすることのないような、身体の感覚を探るもの。
「苦手」と言いたくなる向山選手の気持ちもわからないではありません。

そうは言っても、取材が進むにつれて、徐々にカギとなる言葉が次々に発せられるようになります。
幾度となく、向山選手は自分のことを
「不器用だけど、要領がいい」
と評していました。
後ろに選手が来たとか、正面から迫ってくる相手をかわす僅かな隙間。
それを察することのできる「要領のよさ」が備わっているのだそうです。

今年32歳になる向山選手、目指すは「40歳まで現役であること」、そして「スーパーマンのような選手になること」。
スーパーマンというと安易な響きのようですが、強くて、速くて、大きくて、何でもできる“スーパーマン”。
ケガに苦しめられた今季の分も、来季は更なる活躍を見せてくれることでしょう。

30歳を越えた選手の取材をすると、「何も考えていないし、特別なことをしていない」という言葉を聞くことが多々あります。
でもそのたいていは、肌のきれいな女性が「何もしていない」と言うのと同じで、何かしらシンプルなようで特別な何かを持っているものです。
競技の違いはありますが、バレーボール選手でも、30歳を越えた選手から聞く技術論や、戦術論は非常に興味深いものばかり。
そして彼らは「何でもできる、誰もが認めるすごい選手になりたい」と理想を語ります。
あれもこれも試して、さまざまな経験を重ねたときだからこそ見えてくるスーパーマンという理想。「ベテラン」というくくりにしてしまうだけではもったいない。
年齢を重ねて、経験を積み重ねて、誰にも真似できない光を発することのできる選手たちの活躍を楽しみに、明日からは高校生バレーボーラーの取材です。

posted by yuko164 | 17:38 | ラグビー | コメント(0) |
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2008年03月12日

太田雄貴選手、オリンピック決定!

フェンシング男子フルーレ個人戦で、太田雄貴選手が北京オリンピックへの出場を確定させました。
おめでとうございます☆

高校生で日本選手権を制し、以後、アテネオリンピックで9位、ドーハアジア大会では金メダルを獲得するなど、「日本フェンシング史上最高の才能」と言われる太田選手ですが、昨年は自身曰く「スランプ」に見舞われた一年。
なかでも9月の世界選手権は、表彰台を本気で狙っていただけに、体調を崩しての10位という成績が本当につらく、苦しいものだったそうです。

こちらの取材に対しても、応対が早く、さらにその答えから枝葉のように広がる要素を含めた言葉を返してくる太田選手。
とても頭がいい、聡明な選手です。

太田選手が目指す、究極の感覚は「剣と一体になり、剣を爪のように操ること」だそうです。

オリンピックで人生が「変わる」のではなく「変える」と言う太田選手の活躍が今から楽しみです。

posted by tanaka yuko | 18:17 | フェンシング | コメント(0) |
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2008年03月09日

加藤ゆか選手の挑戦

しばらく更新していませんでした。
すみません。
今後はもっと頻繁に更新しようと思っています。
重ね重ねすみません。

少し前のことになりますが、新聞で「プールで泳いだ後に目を洗うのはむしろ逆であり、目は洗わなくていい」という記事を拝読し、驚愕しました。
なぜなら、小学校から今まで、ウン十年にわたり、プールで泳いだ後は目を洗うというのは当たり前のことだったからです。
もちろん世の中ではさまざまな研究が成されているので、正解は1つではありません。
とはいえ、それまでは考えもしなかったことにとても驚かされました。

こうしたことは、スポーツの世界でも多々あります。
私が高校生の頃は、バレーボールでは15点マッチのサイドアウト方式でしたので、1本ミスをしても得点になることはありませんでした。
でも今は、サーブを1本ミスするだけで得点になり、そのサーブもネットに当たって相手コートに入っても問題ありません。

こんな例とは少し違うかもしれませんが、かつては「これが当たり前」であり「これが大衆が認める形」だったことが、覆ることがあります。
先日開催された水泳の「短水路日本選手権」で、50mバタフライ、100mバタフライで優勝し、日本新記録を樹立した加藤ゆか選手は、まさにそんな選手。
高校時代まで、上下の少ない彼女の泳ぎは従来の“うねり”を生かした泳ぎとは異なっており、「変わった泳ぎ方をする選手」と言われていたそうです。

そんな彼女が、山梨学院大学に入学以後、水中での上下動の少なさを生かすためのトレーニングを重ね、頭角を現すようになり、日本選手権やユニバーシアード、世界競泳でも少しずつ成果が形になり始めました。そして世界も、同じように上下動の少ない泳ぎが主流になり、「変わった泳ぎ方」だった加藤ゆか選手は「ムダのない泳ぎ方」をする選手へと周囲の評価も変わり始めます。

どんな評価のなかでも、彼女自身は自分のスタイルややり方を信じ、続けてきた結果が今であり、加藤選手は「負けず嫌いだから、絶対に自分がこうと思うものを曲げたくなかった」と言います。

4月の日本選手権、オリンピックへの選考会に向け、より速く泳ぐために、加藤ゆか選手の挑戦も続きます。
158cmと水泳選手にしては小柄な加藤ゆか選手。そのガッツとスピードにご注目下さい。

posted by tanaka yuko | 19:08 | オリンピックに向けて | コメント(0) |
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2008年01月15日

逆転劇の裏側

12月に開幕したV・プレミアリーグも、今週末の3連戦を終え、男女ともに1レグが終了した。
思い通りの手応えを得たチーム、想像より厳しい状況を強いられたチーム、まだ発展途上でありつくりあげている途中だというチーム。

そんななか、昨年内の4試合は2勝2敗に終わりながら、年始に開催されたトーナメント形式の天皇杯・皇后杯を制したJTサンダーズが、その勢いと力が本物であることを今日の試合でも見せつけた。

地元広島での三連戦、初戦は東レに快勝しながら、昨日のサントリー戦はほぼ一方的なサントリーペースのまま、何もできずに敗戦。完膚なきまでに攻められての1敗。これで勢いも消沈かと見ている人はどこか沈みがちななか、選手たちの言葉は前向きで、互いを責め合う言葉はなかった。
なかでも、天皇杯・皇后杯ではチーム最多得点をたたき出した直弘選手は
「決められるべき人間が決められなかった。打つ人間が決めなければならない場面でブロックされたり、拾われたり、展開が向こうに流れてしまった。自分の力が足りなかった。セッターにも申し訳ない」
と発し、エースとしての自覚を言葉の端々に覗かせた。
昨年の中盤、連敗した際には
「頼れる柱がほしい」
とつぶやくほどの小さな声で発していた選手とは、別人のようだった。

そして今日。
「昨日の悪い流れが1、2セットは続いていた」(直弘選手)
1、2セットは石島選手、エンダギ選手という2枚看板を持つ堺が主導権を握り、JTに反撃のチャンスを与えない。
セットカウント0-2となったところで、栗生澤監督代行は、アウトサイドの徳元選手に代えて加藤選手、セッターの前田選手に代えて丹山選手、ミドルの尾上選手に代えて町野選手を投入。
そしてこの起用がピタリと当たる。
「チームがピンチの場面で出番を与えられたことに感謝していた。盛り上げようと必死だった」
25本のスパイクを打って52%の決定率を残した加藤選手の攻守にわたる活躍や、勝負どころでの町野選手のブロック、サーブが決まり、
「(今季初出場で)最初は緊張していたが、加藤さんや町野がほぐしてくれた。途中からは楽しむことができた」
丹山選手にも余裕が加わり、3、4、5セットをJTが一気に奪取。

これまではコート内で声を出したり、盛り上げることはどちらかといえば苦手だったという町野選手も、
「チームでも(年齢が)上になってきた。自分が出なくても勝てればそれでいいが、途中から出た以上は結果を残さないといけないとは思っていたし、出る限りは盛り上げたかった」
3セット目からの出場で、ブロックポイントが4本。
「選手全員が、お互いの顔を見て指示をしたり、声をかけたり、確認し合っていた。それがいい展開につながったと思う」

ベンチ入りしている選手、ベンチ外にいる選手。
それぞれが、それぞれの思惑を持ってそこにいる。日本代表のキャプテンを務め、プリンスと呼ばれた加藤選手も、今はベンチで出番を待つことが増えた。
「厳しい状況でも地道に練習してきた選手たちの、日々の努力がチームのピンチを救った。コートに立てる喜びを持ちながらプレーした結果が、今日の勝利につながったのではないか」
1人1人が役割を果たし、1つになってつかんだ勝利。
よく、勝利したチームの監督や選手は「相手よりも気持ちが勝った」という言葉を残すことがある。
まさにそんな試合が、今日のJTの試合だった。
来週からは2レグに突入。データも揃い、1レグとはまた異なる戦いが繰り広げられ、きっとまた違う面白さが生まれる。
数字に残らない部分にある勝敗の鍵を探してみるのも悪くない。

posted by tanaka yuko | 00:07 | バレーボール | コメント(0) |
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2007年12月14日

5年ぶりの優勝 【フェンシング日本選手権】

昨日から大分県日田市で開催されている、第60回全日本フェンシング選手権大会。
昨日は男女フルーレ個人戦が行われ、男子は太田雄貴選手(同志社大学)、女子は巻下陽子選手(秋田クラブ)が優勝を果たした。

世界ランキングは7位、周囲からも「フェンシング界始まって以来の逸材」と言われてきた太田選手も、2002年からは「日本一」を決めるこの大会では勝つことができず、
「いくら世界で戦えるといわれても、日本で勝てないもどかしさがあった。どうしても優勝したかった」
大きなウェイトを持った大会だった。

予選プールから相手を寄せ付けず、危なげなくエリミナシオン・ディレクト(決勝トーナメント)へ進出。準決勝では昨年の優勝者であり、普段から一緒に練習をしている福田佑輔選手(警視庁)と対戦するも、
「(太田の)勢いに対応することができなかった」
と福田選手が語るように、前半から攻めに転じて先行し、15-10で勝利。決勝では千田健太選手(中央大学)を15-10で下し、5年ぶりの栄冠を手にした。

北京オリンピックに向け、メダル獲得を視野に入れ、日本フェンシング協会は今年から思い切った強化プランを打ち出している。
ナショナルチームの拠点を「国立スポーツ科学センター」とし、これまで練習拠点が関西だった太田選手や、女子日本代表の菅原智恵子選手(宮城クラブ)、川西真紀選手(香川クラブ)など、男女フルーレ代表選手も近隣に住まわせ、フェンシングに専念できる環境をつくった。また、専任コーチとしてクロアチアのオレグ・マチェイチュクコーチを招聘し、さらに強化に努めた。
その結果、
「これまでは強化合宿でなければ練習できなかったような、レベルの高い選手と普段から一緒に剣を合わせることで、質の高い練習ができるようになった」(太田選手)
「技術面、精神面はもちろん、あまり重点を置くことができずにいたウェイトトレーニングも専門スタッフの指示のもとで、目標を絞って取り組むことができるようになった」(菅原選手)
効果は如実に表れ、男子フルーレ団体はワールドカップ5大会で金メダル2個、銀メダル1個、銅メダル1個を獲得し、世界ランキング1位にも輝いた。

「身近に世界ランク1位の男子がいることが刺激になり、自分たちも高い意識を持てるようになった」(川西選手)
女子団体フルーレも、今週・ロシアで開催された世界選手権では、団体戦で3位に入り、世界選手権では日本フェンシング界初のメダル獲得という栄誉を成し遂げた。

来年のオリンピックに向け、着々と成果を上げているフェンシング界。
それぞれの選手の高い意識や、努力の積み重ねによって得られたものであり、金銭面・環境面におけるスポンサーの存在など、支援体制が整えられたことも大きい。

だが、「躍進」の中心にいるのはやはりこの人、太田選手だろう。
「太田選手は、高校生でアテネオリンピックに出場するなど、常に先陣を切って僕らの道を切り開いてくれた。彼の存在が、高いモチベーションを保つことに大きな役割を担ってくれている」(市川恭也選手・警視庁)

結果を残すことで多くの人から注目を集めたい。
これから始めようとする選手や、今フェンシングをやっているという選手には
「僕を目標にしてほしい」
と言い切る。

世界選手権では10位に終わり「しばらく剣も持てないほど落ち込んだ」と振り返るが、この経験もきっと北京に続く糧となるに違いない。
「フェンシング界始まって以来の逸材」であり「天才」が、きっと何かを成し遂げる。そんな気がしてならない。



全日本フェンシング選手権の太田選手


posted by tanaka yuko | 13:55 | オリンピックに向けて | コメント(0) |
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2007年09月27日

残り10ヶ月

しばらく更新していなかったら、いろいろな方から
「更新して下さい」
とせっつかれました。
すみません。
ということで、ワールドグランプリ以来、ひっそり更新です。

8月中旬以降も、あちらこちらへ駆け巡りの日々は続きました。

大阪での女子バレーワールドグランプリ取材の後、高校生のバレーボールを続けて取材。
冷房などあるはずない体育館で、汗だくになりながらも、やっぱり高校生取材はいいなぁと奮い立たせた大阪の日々。

後半は某バレーボールチームへ、前十字靱帯損傷からの復帰をテーマに受傷経験のある選手とトレーナーさんへの取材。
「みんな大事な大事な選手。1人として必要のない選手などいない」
という、とてもシンプルだけど重みのあるトレーナーさんの言葉がズシリと響く。

9月に入ってからも全国行脚は継続。

上旬は、愛知県豊田市で開催されたハンドボール男子オリンピック予選取材。
5大会ぶりの五輪を目指す日本代表チームの戦い。
自国開催という利と何とか活かさせようと、自発的に発足したサポータークラブ。
競技は違うながらも、「オリンピック」を目指す仲間の応援に訪れたソフトボール選手。
4年に1度の戦いは、さまざまな場所で、さまざまなことが繰り広げられていた。
またも韓国の壁に屈したけれど、きっとこの大会でつかんだものがこれからにつながっていくはず。
そんな希望も持たせてくれた。

でも、その日は関東地方に台風直撃。
新幹線が止まった名古屋で、1件もホテルが空いていない現実を突きつけられ、人生で初めて「途方にくれるとはこういうこと」を体感。
奇跡的に動いた新幹線に乗り、深夜2時、ようやく帰宅。

中盤から後半も取材が続く。
リーグ開幕まで3ヶ月を切った某女子バレーチームへの取材。
ついこの間リーグが終わったばかりで、シーズンが終わったばかりという印象だったのに、気づけばもうリーグがすぐそこに近づいている。
今ある戦力でどう戦うか。
鍛錬期から、煮詰める時期へと移行し始めている。

そして先週。
フェンシングの取材でJISSへ。
取材した媒体がまだ形になっていないので、ここでは細かいことは控えますが、来る北京オリンピックへ向け、非常に楽しみな選手でした。
1人でも多くの人に、彼のことを知ってもらいたいと思えるようなものを持った選手でした。
楽しみです。

北京オリンピックまで残り10ヶ月。
代表枠が決まり始め、代表権を得た人もいれば、逃した人もいる。
これから、その戦いが本格化する人たちも。

あの台風からこれだけの日が経ってしまったように、10ヶ月はきっとあっという間に違いない。


posted by tanaka yuko | 17:05 | オリンピックに向けて | コメント(0) |
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2007年08月14日

エビちゃんの「声」と実り多き紅白戦

ずいぶん長いこと更新していませんでした。
5月の黒鷲旗以後、ワールドリーグ、インターハイなどなど、その都度「書こう」と思ったことはあったのですが、気づけば8月も半ばでした。
すみません。

現在は、ワールドグランプリの真っ最中。
今週末は、大阪へと会場を移して三連戦が行われます。

先週の金土と有明でのチャイニーズタイペイ戦、オランダ戦を取材してきました。
世界選手権以後、メンバーが大きく入れ替わったタイペイとの試合は、3セット目はわずか5点しか相手に与えないという完勝。
しかしその翌日は「ガリバー軍団」と評されるように、身長190を超す選手を複数有するオランダの高さと、サーブの打ち分けに屈し、フルセットでの惜敗。

たった2日間ではありましたが、いろいろと思うことや考えることがあったなか、最も強く印象に残ったことがありました。
「声」です。

大会のベンチ入りメンバーは12名。直前まで14名が選出されているなかから、今回は杉山選手と、櫻井選手がベンチアウトでした。
2日目のオランダ戦、劣勢の場面や相手がサーブを打つ場面、こちらのスパイク時、「いけー!」「シン、頑張れ」「サオリ、キャッチからだよ」「ゆっくり、ゆっくり」「ブロック1枚、打てるよ!」などなど、なんとも絶妙な声が響いていました。

誰だろう?
そう思って見た先にいたのは、櫻井選手。エビちゃんでした。
大会直前の記者会見で、急遽召集されたことに触れると「自分ができることをやるしかないと思います。プレーの面もそうだけれど、私の場合はまず“声”。どんな場面でも、それだけは徹底しようと思います」と迷わず答えた櫻井選手。

その言葉どおりの、絶妙で、最高の声で、チームをサポートし、ともに戦っていました。

日本でのワールドグランプリはあと3戦。
櫻井選手の「声」のように、それぞれのすべきことが成されていれば、きっと結果もついてくると思います。


日曜は、香川での全日本男子紅白戦を取材に行ってきました。

ワールドリーグ後に新たに召集された宇佐美選手、柴田選手、南選手。そして、荻野選手、齋藤選手、山村選手といった復帰組も加わり、それぞれのポジション争いも激化。
地域振興のための交流を第一にした紅白戦ではなく、「普段やっている練習そのままの一生懸命なプレー」(植田監督)という真剣そのもの、ポジション争いに向けたアピールの場。
まだ本調子ではないとはいえ、それぞれが、何をすべきか、何をしなければならないか、何がしたいのか、ということは明確に現れていたように感じました。

北京まであと1年を切り、五輪へ向けた戦いもいよいよ本格化。
今秋のワールドカップで3位以内に入れば、五輪出場権を手にすることができます。

そのために何をすべきか。
詰めることができるのが、今この時期のはずです。
ワールドカップへ挑むラグビー日本代表・ジョンカーワンHCは「日本の代表として誇りに思える戦いをしてほしい」と選手たちに言っていました。
バレーボール日本代表ももちろん同様。見ている人たちが誇りを持てるような、そんな試合が秋に見られることを願ってやみません。

posted by tanaka yuko | 14:15 | バレーボール | コメント(0) |
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2007年05月02日

黒鷲旗

本日より黒鷲旗開幕。

今年から少し変わった部分はありますが、プレミア、チャレンジ、大学、高校が集う舞台であることは変わりありません。

注目すべき点をそれぞれ抱いて見ていただけるだけでも、楽しい大会になるのではないかと思います。

明日もリーグ戦が行われます。
オススメは、武富士×日立佐和、パイオニア×トヨタ車体、パナソニック×筑波大学、大分三好×日体大です。

スポナビでも結果が記載されます。ご注目ください。

posted by tanaka yuko | 00:57 | バレーボール | コメント(0) |
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2007年04月18日

「優勝」と同じ日に行われたもう1つの激戦

サントリーサンバーズ、久光製薬スプリングスがともに3年ぶり、5年ぶりの優勝を飾り、2006/07V・プレミアリーグは閉幕した。

頂点を目指したどちらの戦いも、1点1点、1つ1つのプレーがその勝敗のカギを握る激戦であったことは間違いない。

そして同じ日に、さいたまスーパーアリーナからは遠く離れた、新潟県長岡市市民体育館で「2006/07Vリーグ男女チャレンジマッチ大会」が行われた。
プレミアリーグ残留か、それとも降格か、はたまた昇格か。
男女各4チーム、計8チームがそれぞれの目標を掲げ、2日間の戦いに挑んだ。

「負けられない」という独特の緊張感と雰囲気が生まれるチャレンジマッチ。
豊富な指導経験を持つ監督ですら「入れ替え戦はしんどい」と漏らすほどの、想像を上回るプレッシャーとの戦い。

なかでも、プレミアリーグ第8位・大分三好ヴァイセアドラーと、チャレンジリーグ第1位・FC東京との一戦は序盤から熾烈を極め、まさに「激戦」と呼ぶにふさわしい一戦となった。

「マイヨという柱がいてくれることに安心してしまって、精神的に受け身に回ってしまった」(大分三好・南選手)
「上のリーグで迎える入れ替え戦は初めてで、『ものすごいプレッシャーがかかる』と言われ続けていたにもかかわらず、悪いところが出てしまった」(大分三好・小川選手)

プレミアリーグでも得点王に輝いたマイヨの得点力があれば、大分三好が有利だろうというのが大方の見方だった。
現に、南という抜群の「経験」を持つ選手ですらそう口にした。
しかし、打倒大分三好に対して、どのチームよりも強い思いを抱くFC東京の、チャレンジマッチにかける意気込みは、その当初の予想を大きく上回り、覆すに十分すぎるほどのものだった。

組織での動きが統一され、サイドへの動きも速いブロックが序盤から効果を発し、マイヨの攻撃が決まらない。
思わぬ展開に、大分三好に焦りが生まれる。

この状況を救ったのは、大嶋、前田といったプレミアリーグではなかなか出場機会を得ることのできなかった選手たちだった。
「今日の試合は僕がラッキーボーイだったと思う。ブロックも思い通りにできたし、練習の成果をすべて出すことができた」
その言葉が示す通り、調子の出ないマイヨ、小川に対し、ブロック・スパイク決定率でともに高い数字を記録した大嶋が、チームに勢いを与える。
24-24からネットインサーブで25点目を挙げたのも大嶋だった。
ベテラン南がブロックで26点目を刻み、互いにとって大きな意味を持つ、初戦の第1セットは大分三好が手にした。

しかしこの両者の戦いは、最後まで一方のみが勢いを持つことなどなかった。
「どっちが点を取っても追いついて、追いつかれて。力の差は全く感じなかった」(FC東京・福田選手)

そのわずかな差は、終盤のポイントとなって、大分三好が手にした。
初戦は3-1。
24-26、28-26、23-25、27-25。
すべてが2点差での決着だった。

翌日の2戦目。
初戦の勝利でやや優位に立った大分三好。
だが、「初戦を終えてようやく自分たちもプレッシャーがなくなった」(福田)というFC東京の勢いが勝り、第1セットはFC優位で試合が進む。

サポーターが掲げる「どんな状況になっても 最後の最後まで戦い抜け! 俺たちもついていく!」という言葉と、声援の後押しを受け、得点を重ねるFC東京。

何とか流れを断ち切りたい。
そんな願いを一身に受け、2本のブロックを1枚で決めたのがキャプテン・小川だった。
FCのキャプテン・福田が放った渾身のスパイクを2本続けてシャットアウト。
初めて臨んだプレミアリーグで、思うように勝ち星を挙げられず、自身のプレーもできないなかで「本当に苦しいです…。どうしたらいいかわからない。しんどいです…」搾り出すようにそういい続けた、苦悩し続けた主将が、土壇場でチームに流れを引き寄せた。

さらに昨日とは打って変わって、第1セットから好調の主砲・マイヨの強打が序盤から容赦なくFCコートに襲い掛かる。
わかっていても止められない。ブロックの上から放つマイヨのスパイクで、大分三好は徐々に勢いをつかみ始める。

勝敗にかかわらず、前日の結果を受け、2セットを得れば大分三好のプレミアリーグ残留が決まる。
第1セットはマイヨのバックアタックで30-28。
第2セットもマイヨのスパイクで28-27。
あと1点。

マイヨのサーブでレシーブが崩れたところを、大嶋が押し込む。
届く距離まで1mmでも遠くへ、懸命に、必死で手を伸ばし、何とかボールをつなげようとするFC東京の選手たち。

しかし無常にも、そのボールはFC東京のコート前方に落ちた。
第2セットは29-27。
大分三好のプレミアリーグ残留が決まり、歓喜の輪をつくるコートの横で、FC東京の選手たちはガックリとうなだれた。

それでも、最後まであきらめることなどなかった。
「自分たちは3年連続V1(現:チャレンジリーグ)で優勝したのに、実力がなくて上に上がることはできなかった。それなのに、優勝を逃した年に勝った三好が運もあって上に上がった。本当に悔しかったし、三好に勝ってプレミアに上がることだけを考えて、この1年間必死でやってきた。
でも、負けたセットは全部ジュースで。あと2点の差って何なんでしょうね…。それがわかればいいのにね。…今は、切り替えるのが難しいです」
24-26で第3セットを落とし、ストレート負けを喫した後、福田はひと言ひと言つぶやくように残した。
ストレッチをするトレーニングルームでは、多くの選手がタオルで顔を覆った。コートを引き上げる彼らに、サポーターは言った。
「俺たちの誇り」

負けたくない気持ち、この試合にかける思いは、大分三好も劣ることなどなかった。
キャプテン・小川は言った。
「プレミアリーグに上がることができたけれど、2勝しかできなくて、練習中から厳しいことを言われて、自分も思うようにできなくて。本気で辞めようと思った選手もいた。そんななかで試合は続いて、仕事も普通にやってきて、その状況を戦い続けることができたという自信も意地もあった。FCさんの気持ちはよくわかります。でも苦しかったこと、必死だったことは僕たちも同じだから…。絶対に負けたくなかったし、負けるわけにいかなかった」

すべてが2点差でついた決着。
リーグ最終戦を締めくくるにふさわしい激戦が、長岡でも行われていた。







posted by tanaka yuko | 21:07 | バレーボール | コメント(2) |
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