2009年12月20日
自分が体調を崩すことよりも、選手にうつしてしまうこと、特にバーバラにうつすことが
何より恐ろしく何より避けなければならないことで、そのために体調管理をしっかりして
いたと言っても過言ではなかったデンソー時代(バーバラは現在の男子ハンドボールで
言えば大同特殊鋼の白選手のような強力な外国人助っ人選手でした)。
自分の風邪ひとつでチームの勝利、ひいてはチームの優勝に悪影響を及ぼしてしまう
こともありえる。プロスポーツ選手の通訳として私が持った最初のプロ意識です。
バーバラは初めて私が風邪をひいたとき、寮の隣のお店で私の好きな飲み物やお菓子
を買って、出入り禁止になっている私の部屋に差し入れてくれました。もう一人の外国人
選手だったチェブキナ選手(チバ)も同じでした。二人に「絶対来てはだめ!」と言っても
「ゆきから風邪をもらうほどやわじゃないわよ~。そこらへん歩いてたって風邪ひくときは
ひくんだから~。」と全く聞かざる状態。連日お見舞いに来てくれる二人の優しさに感謝
しながらも、これは絶対に風邪ひいてはいかんということだ、と深く悟った私でした。
逆に彼女たちが風邪をひいたとき、バーバラとチバがその冬初めて体調を崩したときの
ことは、なかなかに印象深い思い出として残っています。
地方大会の遠征中、土曜と日曜の連戦を控えた金曜日だった記憶があります。「会場
練習に出る!」という二人(特にバーバラ)を説き伏せて病院に連れて行きました。これは
上からの指示だったのですが、明らかに誰もが「即病院に連れて行ったほうがいい」と判断
する症状が二人ともに出ていたのでした。
地方の小さな医院で診断していただいた結果は「軽い肺炎を起こしかけている、試合は
厳禁、できれば即入院」というもの。そのままバーバラに伝えると「ありえない!何で肺炎?
自分の体は自分が一番よくわかってる、帰るわよ!」と言い切り、医者の判断に関しては
「ヤ○医者!」だと・・・。チバは穏やかな人なのでそこまで言わなかったのですが、彼女も
「肺炎というほどひどくないと思う」と頷きました。そして二人とも「試合には絶対に出る」と。
翌土曜日、バーバラは39度少し、チバもそのくらいの熱を出していましたが試合に出場。
当時の吉田監督はバーバラの父であるイエリッチコーチと話し合って二人(コーチ含めて
三人)の強い意志を尊重しました。土日共に勝ちましたが、このとき監督は試合終了後
「二人とも本物のプロや、ありがとう」と特別に二人に感謝していたことを覚えています。
二人とも日曜の試合後から症状は快方に向かっていきました。バーバラは勝ち誇って
「やっぱりあの医者はヤ○だったでしょ~!」と満面の笑顔を浮かべるくらいで・・・。
身近に見ていて、軽い肺炎と言われたら確かに、と思う程の症状ではありました。
しかし二人にとっては39度以上の熱も、大事な試合を前にしては「大したことではない」
ものだったのだと思います。相手チームには二人がそんな状態であったことすら気付か
なかっただろう、普段と変わらない、寧ろバーバラは熱があった分さらに燃えていたのでは
と思うような試合内容でした。
その後もプロスポーツ選手である二人を通じて心をうたれる出来事は数多くありました。
しかし私が心をうたれたバーバラやチバ、プロとしての姿は彼女たちにとってはごく自然な、
当然のもので、私が彼女たちに「感嘆したのよ」と称えたら、きっと二人は「え、なんで?」と
笑うに違いないと思います。もしかしたら二人とも日本の事情をよく知っているので「ああ、
そういうことね」と苦笑してすぐに納得してくれるかもしれません。
やっと完治しそうな咳から色々なことが思い出されて、昔話しになってしまいました。
彼女たちのプロ意識と共通し、今日の件でもうひとつ書きたいことがありますが、長く
なるので後日に記そうと思います。
全日本選手権ファイナルラウンド、今日はデンソーが久光製薬に惜敗。
高校チームがプレミアリーグのチームを連戦で倒すなど波乱万丈があった大会も終了
しましたね。選手および関係者の皆さん、本当にお疲れさまでした。
posted by yuki |23:24 |
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2009年05月10日
5月8日はバーバラの誕生日。
時間があわず現地で9日の1時にSkypeチャットで「おめでとう♪」を。
久しぶりに話しました。
国によって、競技によって、様々な事情があるけれど・・・
競技場外で携わる関係者の手によって、良くも悪くも発展することをいつも感じます。
賄賂や癒着、情報操作・・・
組織の上に立つ一部の関係者がまるで自分が権力を持っているかのように。
競技者をリスペクトするわけでもなく、サポーターをリスペクトするわけでもなく。
自分の好きなように人を集め、自分の好きなように組織を固める。
心を痛めるのは、傷つくのは、その競技を「本当に」愛し、大切にしている人たち。
それでもその競技によって今の自分がある、人生そのものだからと全てをあきらめる
ことはせず、前を見つめて歩もうとする・・・バーバラもそのひとりです。
彼女は今自分なりにできることを進めています。
遠く離れている私ができることは少ないけれど、話しを聞くことはいつでもできるからね、
そう伝えました。
バーバラは日本をとても大切に思っています。
いつも、いつか日本を訪れたいと口にします。でも子供たちがまだ小さくて・・・。
「日本での日々が私を強くしてくれた。人生で忘れられない場所。
絶対トメ(ご主人の愛称)に日本を見せたいの」
そして今回、こう付け足しました。
「(日本の)みんなは私のこと、覚えてくれているかな・・・」
思わず、パソコンの前で頷きました。
「あなたのことは伝説になっているのよ、忘れるはずないじゃない」
いつか彼女の伝説をこちらに書こうと思います。
当時の東洋紡との戦い・・・伝説となった試合のこと。
あの場にいた人なら、すぐにわかるかもしれませんね。
あれほどの精神力、目標に向かう強い意志と・・・バレーへの愛情を持っていた、今も
持っているだろう彼女ならきっと、これからやろうとすることを成し遂げられると思う・・・
Good luck, Barbara!
posted by yuki |08:59 |
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2008年05月26日
「日本チームに、吉原さんがいたら・・・」
「彼女がいたら、こちらは困ったでしょうね。彼女は今でも日本でNo1のセンター
でしょうに・・・」
吉原知子選手。バーバラは普段から他のチームの選手について話題にすることは
少なかったけれど、Vリーグを戦っていた期間、吉原さんの名前はよく口にしていたし、
意識していたように思う。世界選手権やワールドカップ等の国際大会で日本チームの
メンバーを告げるとき、吉原さんの名前を確認することもあった。
「なぜ、彼女はメンバー入りしていないの?怪我?怪我ならチバもたくさん抱えて
いるけれど・・・私もそうよ、ご存知の通り」
にっこりと笑ったバーバラに私もつられて微笑んだ。バーバラの質問には答えずに。
「チバの部屋に、行ってくるね」
「うん、私も後で行くって伝えてね」
バーバラと一緒に行かないほうがいいと思って、部屋に残ってお茶を飲んでいた。
チバ、彼女がデンソーに所属した期間は1シーズンだった。
練習でセッターとのコンビが合わないとき、「ああしてこうして!」という口調では
なく「もう少し、こっちがいいかな」という言い方を選ぶ。たとえセッターのミスだと
しても、自分に全く非がないわけではない限り「私が悪かったのよ」と言葉をかける。
そして何よりも、上手くいったときには必ず褒める。セッターに限らず試合中にナイス
プレーが出ると、にっこり笑ってハイタッチをする、声をかける。次のプレーに繋がる
気持ちの安定を作り上げてくれる。
しばらくしてバーバラが戻ってきたとき、チバも一緒だった。
「ゆき~、調子はどう?大丈夫?」
抱きしめられたとき、思わず涙ぐんでしまった。
「おめでとう」を私から告げる前に(当時理由があって)私の体調を心配してくれる、
そういう人なのだ。
8年前、クロアチアの精神的支柱だったエレーナ・チェブキナ選手、通称チバ。
旧ソ連の女子バレー黄金時代を築き上げた1人で、金メダリスト。
2000年当時35歳で出場したシドニーが最後の五輪となった。彼女はその後引退し、
現在クロアチアの観光名所であるドブロニックで通訳として働いている。
posted by yuki |13:17 |
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2008年05月20日
= Go to Official Homepage : TBSバレーボール2000 =
日本対クロアチア戦は、セットカウント2-3でクロアチアが勝利した。
試合後の舞台裏はバタバタとして落ち着いて話しができず、バーバラとゆっくり向き
合うことができたのはホテルの部屋でだった。
対日本戦の勝利によって、ほぼ五輪出場権を得ることになったチームの子達は入れ
かわり立ちかわり部屋にきて、何か話してはあっちの部屋にいきこっちの部屋に行く。
そんな彼女たちの様子を嬉しく見ながらも、日本の選手達がどんな思いでこの時間を
過ごしているかを考えると胸が痛んだ。
そんな騒ぎが落ち着いた頃、私は改めてバーバラにお祝いを告げた。
「おめでとう。夢が叶いそうだね」
バーバラはいつも早口だけれど、この日ばかりはとてもゆっくりと話した。
「ありがとう。今回勝てたのはチバの存在が大きかった、本当に。
彼女がいなかったら、出場権を得ることはできなかったと思う・・・
あ、まだ(シドニーに行けるのは)確実ではないけれどね」
ウィンクをしながら、彼女は私に言った。続きの言葉を促すときに私が首を傾げるの
を知っているバーバラは、私がその仕草をするのを見て言葉を繋いだ。
「今大会を通じてだけれど、チバがチームの関係を良くしてくれていた。
それから今日の第4セットめ・・・」
チバが「大丈夫、いける!」と声をかけてくれると、安心できたとバーバラは説明して
くれた。
その言葉を受けて、私はふと、聞いてみた。以前から時々話題になっていた日本人
選手のことを。
2008年 北京オリンピックバレーボール世界最終予選
会場: アクセスが便利な東京体育館、最寄駅「千駄ヶ谷」を出てすぐです
日程: <全日本女子> 5月21日(水)18:30~ 対ドミニカ共和国
23日(金)18:30~ 対韓国
24日(土)18:00~ 対タイ
25日(日)18:00~ 対セルビア
<全日本男子> 5月31日(土)18:00~ 対イタリア
6月1日(日)18:00~ 対イラン
3日(火)18:30~ 対韓国
4日(水)18:30~ 対タイ
6日(金)18:30~ 対オーストラリア
7日(土)18:00~ 対アルゼンチン
8日(日)18:00~ 対アルジェリア
posted by yuki |21:11 |
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2008年05月17日
= Today's Special : JPN Men's Handball @ Tokyo Tower =
= Today's Arena : Tokyo Taikukan @ Sendagaya, Tokyo =
本日は晴天なり。関東地方、気持ちのいい青空が広がっています。
本日5月17日、13:30から東京タワー特設ステージにて男子ハンドボール
日本代表の壮行会が行われます。
男子代表はクロアチア・ザダルで5月30日から3日間行われる北京五輪
最終予選世界大会に出場します。対戦相手はクロアチア、アルジェリア、
ロシア(対戦順)となっています。4チーム中、上位2チームが五輪出場権
を得ます。
そして、女子バレー、いよいよ開幕です。
今日の対戦相手はポーランド。個人的に、ポーランド初戦は日本にとって
よい順番ではないかと思っています(理由は後日にでも・・・)。
日本対ポーランドの試合開始は18:00、東京体育館にて。
Good luck, Team Japan!いけ~えびちゃん!!
8年前の続きは、また日を追って。
posted by yuki |07:22 |
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2008年05月16日
= Go to Official Homepage : TBSバレーボール2000 =
2000年6月24日、日本対クロアチア戦。
ほぼ満員の観衆で埋め尽くされていた場内は、ニッポンコールが波をうっていた。
その波の切れ間、わずか数秒に、クロアチアコールが微かに聞こえる。
彼らは私もよく知っているクロアチア・サポーターの子達だった。
詳しい事情や状況を知らない人々にとっては、彼らが日本人でありながらクロアチア
の応援をすることに、違和感を覚えたかもしれない。
しかし逆を言えば、日本を応援する人々が満場の中でもクロアチアを応援するほど
チームに情があり、思い入れがある。それらは日本でプレーをしていたバーバラを通し
て生まれたものだった。バーバラはプロ意識が高い分、サポーターをとても大切にする
人で、彼らのことは勿論知っていたし、彼らもバーバラをよく知っていた。
他の選手たちはプロ意識というよりも、日本の地でもクロアチアを応援してくれること
に、心からの感謝を抱いていた。それもまた彼らサポーターに通じていたのだと思う。
対日本戦においてもクロアチアを応援することを選んだ彼らの声と気持ちは、間違い
なくクロアチアチームに届いていた。
試合は第1セット、第2セットとも、日本チームが連取。
第2セットから第3セットのタイムアウトのとき、コート際で立っていた私はバーバラと
目があった。いつもはウィンクをする彼女だが、このときはこっくりと頷き、電光掲示の
得点に目を移した。
・・・このままでは終わらない。
もし3セットめをとったら、クロアチアが勝つかもしれない。
そう思った瞬間だった。
2008年 北京オリンピックバレーボール世界最終予選
会場: アクセスが便利な東京体育館、最寄駅「千駄ヶ谷」を出てすぐです
日程: <全日本女子> 5月17日(土)18:00~ 対ポーランド
18日(日)18:00~ 対プエルトリコ
20日(火)18:30~ 対カザフスタン
21日(水)18:30~ 対ドミニカ共和国
23日(金)18:30~ 対韓国
24日(土)18:00~ 対タイ
25日(日)18:00~ 対セルビア
<全日本男子> 5月31日(土)18:00~ 対イタリア
6月1日(日)18:00~ 対イラン
3日(火)18:30~ 対韓国
4日(水)18:30~ 対タイ
6日(金)18:30~ 対オーストラリア
7日(土)18:00~ 対アルゼンチン
8日(日)18:00~ 対アルジェリア
posted by yuki |09:17 |
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2008年05月14日
= Go to Official Homepage : TBSバレーボール2000 =
8年前。五輪予選を控えた約ふた月前だったと思う。
クロアチア協会に届いた知らせは、女子代表の監督以下全員に伝えられた。
『帰化選手の登録は2名から1名に変更』
規則改定だった。
当時チームでは、レギュラーのセッターとやはりレギュラーのセンター、この2名が
ロシアからの帰化選手であった。既に最終調整に入っている段階の中、バーバラの
父であるイビッツア・イエリッチ監督はセッターを外し、センターを残すことを決断する。
バーバラは電話で私に告げた。
「どうしようもないもの。とにかくやるしかないわよね」
セッターには2番手だった若い子がレギュラーとなり、コンビネーションプレーに不安
が生じる分、エースアタッカーであるバーバラの負担が大きくなるのは予想ができた。
それを覚悟しているようだった。
イエリッチ監督がセンターを選んだのには理由があった。
セッターは司令塔と呼ばれるポジションであり、しかも第1セッターを変更するには
相当なリスクを伴う時期に入ってきている。寧ろセンターを変えるべきではと思う人も
少なくないだろう。
それでも当時をよく知る人ならば、その理由が理解できるかもしれない。
センターはエレーナ・チェブキナ選手(通称:チバ)、当時のクロアチアチームには
なくてはならない『精神的支柱』の存在だった。
そして、この選択は後で振り返ると、イエリッチ監督の英断だったことになる。
チバの・・・彼女の存在が日本とクロアチアの勝敗をわけた。
日本戦の後にバーバラが話してくれた言葉は、まさにそれを意味していた。
2008年 北京オリンピックバレーボール世界最終予選
会場: アクセスが便利な東京体育館、最寄駅「千駄ヶ谷」を出てすぐです
日程: <全日本女子> 5月17日(土)18:00~ 対ポーランド
18日(日)18:00~ 対プエルトリコ
20日(火)18:30~ 対カザフスタン
21日(水)18:30~ 対ドミニカ共和国
23日(金)18:30~ 対韓国
24日(土)18:00~ 対タイ
25日(日)18:00~ 対セルビア
<全日本男子> 5月31日(土)18:00~ 対イタリア
6月1日(日)18:00~ 対イラン
3日(火)18:30~ 対韓国
4日(水)18:30~ 対タイ
6日(金)18:30~ 対オーストラリア
7日(土)18:00~ 対アルゼンチン
8日(日)18:00~ 対アルジェリア
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2008年05月13日
= Go to Official Homepage : 2008バレーボール世界最終予選 =
五輪予選、バレーボールは今週末5月17日から女子大会が始まります。
明日から3回位で、8年前の2000年五輪世界最終予選の回想録というか、
裏話しを綴ろうと思っています。
8年前は、日本女子チームが東京大会以降初めて五輪出場権を落とす
という結果になったのでしたが、日本チームの前に大きな壁となったのは
バーバラ率いるクロアチアチームでした。
彼女の立場から見た五輪予選。日本チームについてふれていたこと。
今だから言える(昔も言えたかな?)・・・ということで。
2008年 北京オリンピックバレーボール世界最終予選
会場: アクセスが便利な東京体育館、最寄駅「千駄ヶ谷」を出てすぐです
日程: <全日本女子> 5月17日(土)18:00~ 対ポーランド
18日(日)18:00~ 対プエルトリコ
20日(火)18:30~ 対カザフスタン
21日(水)18:30~ 対ドミニカ共和国
23日(金)18:30~ 対韓国
24日(土)18:00~ 対タイ
25日(日)18:00~ 対セルビア
<全日本男子> 5月31日(土)18:00~ 対イタリア
6月1日(日)18:00~ 対イラン
3日(火)18:30~ 対韓国
4日(水)18:30~ 対タイ
6日(金)18:30~ 対オーストラリア
7日(土)18:00~ 対アルゼンチン
8日(日)18:00~ 対アルジェリア
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