2008年06月14日

右回り240度の裏話 3 "More than 10 years ago..."

 ここしばらく男子ハンドボール最終予選の関係で、他のスポーツを見る機会も余裕も
ないまま過ごしておりました。日本に帰国してすぐに男子バレーボールが五輪出場権
を得たという朗報を耳にして植田監督を真っ先に思い出しました。

 今回は植田監督のお話しを。

 ザダルではバーバラと長い長い話しをしました。
 ザダル入りした当日、予定時刻を1時間以上も過ぎて到着したのにも関わらず(これ
は避けようのない事態・・・バスが・・・)笑顔で待っていてくれた彼女。その日はホテル
に送ってくれて、すぐに自宅に戻っていきました。
 翌5月30日の朝、迎えにきてくれた彼女は旧市街を案内してくれ、ランチには手作り
のラザニアでもてなしてくれました・・・とってもおいしかったです(彼女はとっても料理
が上手なんですよ)。その後は私の(知人の)ためにご主人共々あちこちに電話をして
くれていたのですが、その合間にたくさんの話しを・・・語りつくしました。
 
 その中で、植田監督の話題にもふれました。

 当時のデンソーの吉田国昭監督は人脈が広く、植田さんとも親しい間柄でした。
 あの頃は新日鉄でしたが、チームでブロック練習をしに訪れたことがあり、そのとき
のことをバーバラはよく覚えていました(新日鉄には中垣内選手もいて、バーバラは彼
の大ファンだったからです)。
 私の記憶の中に鮮明に残っているのは、植田さんがバーバラの父であるイエリッチ
コーチ(デンソーのコーチ、クロアチア女子代表の監督、旧ユーゴの元代表選手)に
意見を求めたこと。私の記憶が正しければ植田さんは英語で話しかけて、当時の日本
男子バレーについて訊ねていたはずです。どちらかというとイエリッチコーチの方が
英語が苦手なので途中で通訳に入ったのですが、植田さんはとても勉強熱心で誠実
な方という印象を受けました。あのとき、直感的に植田さんが将来全日本を背負うこと
になるのではないかと思ったものです。
 
 バーバラはかなりの記憶力の持ち主(要は才女)で、「うわ!そんなことまで!!」と
いう程、色々なことを覚えています。植田さんのリードブロック指導のこと、中垣内さん
のユニフォームのこと、私の失態等も全て彼女のメモリの中、消去はされません。

 「植田さんは男子代表の監督をしているんだよ。今まさに最終予選の真っ只中・・・」
 「え?わ~そうなんだ!父に伝えておくね。驚くだろうなあ・・・」
 
 10年以上前の話題が現在に結びついて、バーバラは嬉しそうに笑っていました。

 男子バレーが五輪出場権を得たのは16年ぶり。そんなに長い年数だったと思えない
のは、バレーはワールドカップ等でメディアへの露出が高いせいでしょうか。

 バレーボール、男女両チームに心からの祝福を・・・五輪でさらなる飛躍を祈って。

posted by yuki |00:48 | Back Arena | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年06月13日

右回り240度の裏話 2 "Mr. Sky... SOLA san"

 今回は男子ハンドボール世界最終予選の裏のお話しを。
 ブラド・ショラさん(クロアチアGK、元代表)について綴ろうと思います。

 ショラさんとは2006年欧州選手権のスイスで知り合いました。
 会った回数は少ないものの、その少ない回数の中で、結構濃い話しや情報交換など
をしているので、かなりの親近感があります。お互い立場が似ているということが一番
の理由なのでしょう。

 さて、そのショラさんは、今回はコメンテーターとして会場入りしていました。
 バーバラによると、ショラさんの解説は的を得ていて、しかも切り口が独特で非常に
聞き応えがあるとのこと。
 
 初日、クロアチア対日本戦でのお話しです。
 
 サポーターの人たちが、最初にウェーブを始めたとき。
 ほぼ同時に2箇所から始めてしまったらしく、円形のザダル・アリーナでは、ほとんど
間がなくウェーブを繰り返すことになってしまい(つまりふたつの波ができたため、1つ
去ったらまた1つという、連続の波になった)、そのウェーブを作っていた一人でもある
バーバラいわく「息つく間がなくてかなり大変だった~!」そうです。
 どうもそれに気付いたショラさんがサポーターへのコメントとして「波はひとつのほう
がいいんじゃないかな」と話したそうです。翌日からはクロアチア国旗を持った人々が
誘導役としてアリーナをひと周りし、ひとつのウェーブを作るようになりました。
 
 ショラさんはそのコメントの前に「ザダルの人々は応援の練習をしたのかい?本当に
素晴らしいまとまりだね!」と伝えています。彼はあの堂々とした外見ですが、いつも
サポーターや周りの人に気を配る、優しい紳士でもあります。
 
20080608 地域住民に開かれたキャンパス、立命よいとこ一度はおいで
  (メイン・サポーターの近くでクロアチアを応援するバーバラ。裏話しは続きます)


posted by yuki |10:17 | Back Arena | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年05月23日

右回り240度の裏話 1 "Music for the ~♪"

 女子バレーボール日本代表チームが北京五輪出場を決めました。おめでとう!!

 嬉しい今夜はちょっと肩の力を抜いて書こうと思います。以下自分の思考回路・・・

  やっぱり裏話しがいいかな
  (時計を見ながら)裏っていうと180度、6の位置か
  でも、普通に裏話しはもう書いてるし
  裏の裏の話し・・・って、表じゃんねー(←三河弁:デンソー時代に習得)
  時計の8の位置くらいの話し・・・  
 
 というわけで『右回り240度の裏話』なるものを1話完結型、簡潔にいきます。


 バレーの国際大会。といえば・・・そう。アイドル系の方々が出演してますね。
 
 その方々・・・歌っている曲・・・他の国のチームからは・・・

 とてもうけがいいんです!(私が関わっていた頃なので過去形で)よかったです!!
 
 1995年ワールドカップのとき、♪~Music for the ~ ってV6が歌っていましたが、 
海外のチームの子たちも口ずさんでました。スタッフも(!)です。カセットを欲しがる
選手が続出していました。
 クロアチアチームに関して言えば、誰が可愛いとか、お気に入りのメンバーを決めて
いたりで、楽しんでいました。名セッターのイーラ(イリーナ・キリロワ選手、元ロシアの
金メダリスト、当時クロアチアに帰化)に頼まれて、CDをあげた記憶もあります。
 嵐のときは、会場で歌いながら叫んでる選手を見かけました。中には「ARASHIって
あのグループの名前なんでしょ?なんで名前叫んで歌っているの?」って聞いてくる
子もいて、「あああ、ARASHIは、彼らのグループ名だけど、日本語ではストームって
意味もあるんだよ」って説明したりもしました。聞いてきた彼女は嵐が大好きでした。
 
 バーバラと言えば。
 1995年ワールドカップは彼女にとってとても思い出深い大会であるため、V6がお気
に入りでした。あの曲を聴くとあの大会を思い出すのよねって、言っていました。

 自分もそうなのですが、ふと街中やラジオなどで耳にした音楽が、それを聞いていた
当時のことを瞬間的に脳裏に蘇らせるってこと、ありますよね。嬉しい楽しい思い出で
あれば、曲を聴くたびに元気になれていいなって思ったりします。

 賛否両論あるのはわかりますが・・・海外の選手の方々から見た目、ということで。
 第1話完結です(自分で番号ふってるけど、続きはあるのかな)。

posted by yuki |22:47 | Back Arena | コメント(2) | トラックバック(0)
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