2008年06月25日
Another Story ~ Three Ladies in Zadar ~ Vol.2
“ 初めてハンド(選手)を生で見たのが冬の寒い体育館で しかも代表合宿 しかもその日は自分の誕生日 そして体育館には見学者…3人…のち私1人… TVで偶然見たハンドに魅かれ、一週間後には体育館に足を運んでいました 見学の帰り、新幹線を待つホームで 興奮冷めやらぬ私は家族に電話していました 「見学者少なすぎ!寒いし!でもハンド面白い!イイ誕生日になった!」 代表を見るといつもこの「初めて」のときの事を思い出します (緊張しながら体育館の階段を上がっていく時に見た、先を行く選手の足首と シューズまで) この3年と半年前の記憶から、クロアチアまではまだ遥か遠い話 ・・・・・・・・・・・・・・・ 昨年9月の北京オリンピック予選 大会前の一ヶ月間、様々な準備に追われ、ほぼ毎晩夜中の3時まで起きていたこと (夜な夜な鶴を折り続けたのが辛くて…(笑)) 日の丸とかニッポンとかJAPANとかに、なぜか自分がこんなにも関わっていること チームの垣根を越え、多くのサポーターの方と協力できたこと 中東の笛を目の当たりにし、憤り、たくさん泣いたこと とにかく全試合を全力で応援できたこと 全てが濃い日々でした 終わった後は空しさだけが残りました でもその反面、今までこのような状況で試合を強いられてきた日本代表に対して 「これからもずっと日本代表を応援しよう」「一緒に戦おう」という思いを いっそう強くしました ・・・・・・・・・・・・・ どのスポーツを見ても、空しさがよみがえり 思い出すたびに痛みはじめる部分をさすりながら その空しさと痛みを冬まで抱えて過ごしていると まさかの再試合決定 代々木がハンドファンで膨れあがり 選手も熱い気持ちを存分に見せてくれた試合 日本は再び負けてしまいましたが この時は涙はほとんど出ず 逆に静かに燃えてきました この試合の終わった瞬間に 「最終予選を見に行く」事を心に決めました この大好きな選手達の、この先を見たい 私にとっては初めてのオリンピック挑戦 最後の最後まで見届けたいと思いました ・・・・・・・・・・・・ クロアチアに行く前も後も (あまり言わないで行ったので、後の方が断然多いですが) 「クロアチアまで行くなんてスゴイ!」など様々なお言葉を頂くのですが 自分の中で「行くぞーーーー!!!!」と鼻息が荒かったわけでもなく 気負いも特にありませんでした 「“最終予選は行かない”という選択肢は私の中に無かった。」 このシンプルな理由だけでした 再試合後、ごく自然に湧き出た結論 生命の危機を感じない国ならば、どんなに遠くてもかまわない、と思いました ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同じきっかけで知り合ったハンドのお友達も 同じように「行く」ことを決めていたこと 仕事や金銭面もなんとかクリアできたこと 幸運が重なり、クロアチアの地を無事ふめることになりました 会場にもたどり着けました 360°見渡す限りクロアチアサポーターの中でも 堂々と日の丸を広げることが出来ました 少しでも声が届いたら、と たくさん選手の名前を叫びました 結果的にオリンピック出場資格をまた日本は逃し 本当の意味で選手の力にはなれませんでした ・・・・・・・・・・・・・・・・ 帰国後に男子バレーが奇跡の復活をとげ (あの低迷ぶりからよくここまで来たなと思います) 五輪出場の切符を手にしたのを見て 「雲泥の差」をありありと感じ、身がちぎれそうでした 勝利インタビューまで見られませんでした 「オリンピックに行ける者と行けない者」 日本がロシアに負けた瞬間より、リアルに負けを感じました この生温く心地よい泥から日本は抜け出せるのか いっそひどく冷たくてヌルヌルで 死に物狂いで這い出したくなる泥に放り込むべきではないか ここから次のロンドン五輪予選まで、私達には何が出来るのか ずっと考えています 気を抜いてはいけないと自分に言いきかせています まずはアジアの頂点を極めたい クロアチアで学んだ多くのこと トップクラスの選手のプレー、熱狂的で温かいサポーター 今後に生かしていきたいと思います ” ~ By Yuuriさん ~
posted by yuki |00:20 |
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