2008年08月28日
GLOBE PROJECTタイ・カンボジア渡航記 まとめ
まだまだ自分の中で考えがまとまらない状態ですが、 今回の旅で感じたことを、つたない言葉ながらも書いてみたいと思います。 まず、現地を見れたっていうこと。 シンプルですが、これは一番大事なことだと思っています。 やっぱり、いくら日本で想像力を働かせてみても、 想像する先で生活する人々のことがわからなくては、 その想像力はただの妄想になってしまい、 意味がなくなってしまいます。 そういう意味で、 現地の人の生活の中に地雷や貧困があるのを 少しばかりでも感じられたということは、 僕個人の渡航の目的であった 「GLOBE PROJECTに地に足を着ける」 ことにつながってきたのだなと思います。 そして、その現地で感じられたことの大きなひとつが、楽しむこと。 地味で命を張る危険な作業をしている除去員のみんなも、 普段はものすごく楽しそうにしています。 カンボジアの国境や観光地で物売りや物乞いをしている子供たちも、 僕らとの駆け引きを楽しんでいます。 向こうで出会った人のすべてが楽しそうとまでは言わないですが、 少なくとも辛くて辛くてどうしようもないから死にたい、 とまでは言わないと思います。 その、楽しさをもっとも僕が感じられたのは、スポーツでした。 日本でスポーツを勉強して、 あるいは実際にイベントや企画を動かしていて、 そのドロドロ感や閉塞感がいやになることが何度もありました。 自分自身、そうした中でやっていける実力に自信がないので、 内定先はスポーツには直接関係のない会社の 直接スポーツとは関係ない職種に決めました。 でも、今回は、 スポーツって、楽しいな。 そういう純粋な気分を味わえました。 海外に行った知り合いには、 向こうでのスポーツ交流の楽しさを教えてもらいましたが、 自分の中では半信半疑のままでした。 でも、本当なんですね。 向こうでやったスポーツはたくさんあります。 ペタンク、セパタクロー、柔道、バレーボール、サッカー、フットサル、 腰からへちまをぶら下げてボールを転がす遊び、 竹馬競争、15人16脚、綱引き、シャトルコック、などなど。 その全部おもしろくて、楽しかったんです。 スポーツはもともと遊び。 どんな人も、遊んでいる間はほかのことを忘れて、 真剣な顔だったり笑顔になります。 スポーツのチカラについて疑っていたスポーツを学ぶ大学生でしたが、 やっとのことで実感することができました。 このスポーツは楽しいという感じ、 実は4月の第7回GLOBE CUPに 久しぶりに参加したときにもすでに感じていました。 つまり、GLOBE CUPには、楽しいいい雰囲気があるということ。 僕らの活動は、 「楽しむことが誰かのために」 がモットー。 地雷問題をはじめとして、 世界にはたくさんの問題があります。 そんなでかい問題のほんの一部に触れただけで、 僕という存在のちっぽけさを感じました。 だけど、何かやらないよりはやったほうがいい! 地雷なんてないに越したことはないんだから。 そして楽しかったらなおさらいい!! 辛いことも楽しく生きることに変えられれば、 今より少しはハッピーになれるんじゃないかと思います。 とりあえず今の時点での答えですが、 渡航中にMr.childrenの『彩り』を聞いていたら、 そんなシンプルな考えに行き着きました。 Mr.chidren『彩り』の歌詞(うたまっぷ) このGLOBE PROJECTでは、 いろんな人に 「スポーツって何ですか?」 と聞いてまわっています。 僕は、 「スポーツは、きっかけだ!」 と言っています。 今の大学に入ったのも、 マネジメントに興味を持ったのも、 ITに興味を持ったのも、 読書に興味を持ったのも、 すべてスポーツがきっかけです。 もちろん、僕は最初から社会貢献に興味がなかったけど、 スポーツが好きで、そういう学校に通っていたからこそ、 GLOBE PROJECTに出会えました。 そして、GLOBE PROJECTがあったからこそ、 タイ・カンボジアに行けたし、 そこで新たに社会問題や海外支援について まだまだ少しだけれど考えはじめています。 これから何回かの大会企画にかかわっていくなかで、 また誰かの「きっかけ」になれたらいいなっていう思いが いま強く自分の中にあります。 今でもあまり使いたくはない言葉のひとつ。 スポーツのチカラ。 なぜかというと、 これを盲目的に使うと、 宗教チックになってしまって周囲が見えなくなりそうだから。 だけど、少なくとも渡航を経た僕には少しは感じられました。 楽しさと、きっかけ。 スポーツはそれ自体にはたいした意味はありません。 でも、スポーツの持つ楽しさをきっかけにして、 笑顔は生まれます。 コミュニケーションのきっかけにもなります。 そして僕らは、もしかしたら地雷の近くに住む人と、 GLOBE CUPにかかわるすべてのひととのつながりのきっかけになれているのかもな、 そう思えると、ちょっぴりワクワクしてきました。 もっともっといいきっかけの形ができるとは思うし、 まだまだこのワクワク感をどう形にしていけばいいのかわからないところは多いですが、 ワクワク感を胸に、僕はあともう少し、 GLOBE PROJECTに関わっていきたいと思います。 GLOBE PROJECTでは、 9月21日に藤沢でビーチサッカー大会、 10月中旬には多摩で第9回大会、 10月下旬~11月上旬には早稲田体育祭大会、 11月には横浜で第10回記念大会 の開催を予定しています。 参加者のみなさんのきっかけに100パーセントなれるかどうかはまだまだわかりません。 ただ、今より少しでもいい"きっかけのかたち"を常に模索して、 提供させていただくという姿勢だけは約束します。 別に、ボランティアなんかしなくたっていい。 フットサルを楽しめばいいんです。 そこから何が始まるかは、 人それぞれ。 ぜひ、いっしょに 「楽しむことが誰かのために」 を体験してみませんか? 楽しいだけじゃつまらない。 楽しむことが誰かのために。 スポーツのチカラで。 GLOBE PROJECT http://globe-project.jp 渡航記1日目~2日目 渡航記3日目~4日目 渡航記5日目~6日目 渡航記7日目~8日目 渡航記9日目~10日目
posted by 110kin |21:39 |
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●8月27日(水)
日本時間の6:20頃、成田に到着。鼻づまり以外の症状は落ち着いていたが、機内が冷えていたため、あまり寝れず。みんなも疲れていたのでパパっと解散して、家路に着く。途中で食った松屋の朝定食は、意外においしく感じられなかった。
家について、すぐに鼻づまりの薬を飲んで寝た。なんとか滑り込みセーフ。旅のことについて考える余裕もないまま、眠りに着きなおした。
楽しいだけじゃつまらない。
楽しむことが誰かのために。
スポーツのチカラで。
GLOBE PROJECT
いったんゲストハウスに帰り、朝飯を食べながら子供たちと遊ぶ。自分でも意外なくらい、僕は子供と遊ぶのが好きだ。普段はそうは思わないんだけど、子供を見ると途端に遊びたくなる。写真の子なんかは僕のことを気に入ってくれたみたいで、パイナップルやバナナもくれる。ん~、それにしても、この子、グローブのOBであるY平さんに似てるんだよな。特に笑顔が。エロおやじに育つぞ。
遺跡めぐりに向かうメンバーを見送り、寝たり、各国40チャンネルくらいあるテレビを見て昼まで過ごす。ものすごいまったりの空気感の中、自転車を借りて、オールドマーケットまで行くことにした。気づいたのが、こちらで予想以上にドルを使っていたこと。途中、銀行で残っていた日本円1万円をドルに換えた。日曜のため、開いている銀行は少なかったが、やはり開いているところは必ずある。このことに気づくまで、日曜ということに気づかなかった。旅行中ということもあるが、この街では曜日の感覚がほとんどない。
マーケットでは、すでに去年の渡航を経験している2人と回ったので、交渉の術を見ることができた。ここでは物売りの子たち以上に高い金額で吹っかけてくる。それだけ交渉が当たり前だということだ。僕らは楽器を買って、最後のダメだしを音楽で押し通す。向こうが3ドルと言い張っているときは、
「2.5♪ 2.5♪」
とかいう歌を勝手に作ってその値段で決まったこともあった。さらに、Sが持っていた太鼓が大人気。持っているだけでいろんな人の注目を集めた。ここのマーケットでは、みんながこうした交渉を楽しんでいる。こういうのを見ると、販売価格に余地がない中で物を売っている人たちが非常にデジタルに見えてくる。ゲームシャツにサンダル、頭にはタオルを巻いて現地の楽器で音を奏でていた僕たちは、現地の人にとってもおもしろい存在だったのだろう。
ゲストハウスに帰ってからは、昨日ビアガーデンにつれていってくれたトゥクトゥクドライバーの方に合流。バイクで近くの広場まで連れて行ってもらって、ストリートサッカーをした。僕はマーケットで買った「Cambodia」と入ったサッカーシャツを着ていざ勝負。が、サイズがキツメだったため、仲間からは「マラドーナ」と言われる始末(笑)。途中からは現地の小学生か中学生と思われる子達も入って楽しく遊んだ。アウェイの地はタイ以上にピッチコンディションが悪く、小さな池に足を踏み込んでまたトレーニングシューズがぐちゃぐちゃになった。向こうがサッカーよりバレーが得意だっていうのもあったけど、ボール捌きが微妙な僕でも、少しは日本人のテクニックを見せられたかな。
シャワーを浴びて、またまたドライバーさんに連れられて、カンボジア鍋を食べにバイクで連れて行ってもらう。20分ほどしても着かないので、英語でまだ着かないのか、と聞いてみると、「街の中は高い。だから少し遠くに行くんだ。行くところは安いし、うまいぞ!」とのこと。実際、お店は日曜ということでにぎわっていた。観光客っぽい人もいなく、まさに地元の人ぞ知る穴場。新しくテーブルを出してもらってみんなでビールで乾杯! こちらの文化としては、ゴミはテーブルの下にポイするので、缶ビールがテーブルの下に山積みになっているのを見たときはびっくりした。今日もかなり飲んでしまう。
帰ってから、ホロ酔い気分のなかミーティング。僕はこの2日間、楽しんでばかりいる。けれど、ただ楽しんでいるだけの自分に罪悪感を感じないこともない。そう考えている中で、ちょっとずつ海外支援のことなども考えるようになってきて、この旅がいいきっかけになりそうだな、という話をした。みんなは楽しいこと、何か強く感じたこと、両方あったみたいで、楽しいミーティングになった。
ミーティングでは、あまり絡みのないメンバーの話がおもしろく感じられる。それまでは“見る”も“する”もあまりスポーツに興味がなかったというメンバーは、タイでは“見る”に、カンボジアではシャトルコックを蹴り合って“する”に目覚めたという。他人との距離を一定に置くことがベストだと思っていたメンバーは、カンボジアやタイの人の素朴さに触れ合うことで人のよさが感じられ、今までのスタンスを再考させられることになったという。
ミーティング後には、最後の夜ということでドライバーのみんなに連れられてカラオケに行った。日本の曲も歌えて楽しかった。しかし、そこには朝や昼間に店や市場で会った女の子がいた。別に売春とかやましいことをするわけではないけど、お金を稼ぐためには朝早く物を売って、夜遅くまで働かないといけないんだな、というショッキング感。途中からお酒も醒めていた僕は、相手をしていた女の子と同時に気持ちも醒めていた。
楽しいばかりだった旅行も、ちょっと本気で考えさせられる機会をもらった。仲間のipodを借りて、考えているのだか寝ているのだかわからない時間を朝まで過ごした。
●8月25日(月)
今日は朝から移動日。楽しかった3泊4日も今日で終わり。旅はあとは移動を残すのみとなった。行きではただただ楽しんでいたデコボコの道のりを行くタクシーも、もう慣れて、余裕を持って寝ることができる。
国境ではタイ再びタイへの入国イミグレーションを経る。が、少しずつしか進まないので、一番最初に手続きを終えてみんなを待っている僕のところには、物乞いの子供たちがやってくる。僕は特別におもしろいことをしてくれたらお金をあげるというスタンスなのでかたくなにあげないよと言っていたが、遅れてやってきた仲間の太鼓にみんな群がってくる。次第に楽しい空気が満ち溢れ、子供たちも笑顔になってくる。現地の歌も教えてくれたりした。物乞いをするときも、かわいい笑顔で腕を引っ張っておねだりをしてくるので、とうとう僕は遊びながらも5バーツをあげた。グローブのボールをあげた男の子は、本当にうれしそうな笑顔で感謝してくれた。困惑していて早く抜け出したかったメンバーも多かったようだけど、昨日から考えこんでいた僕にとっては、子供の笑顔のよさを実感できてよかった。やっぱり、楽しむことが一番だよな、と。
ここからはタクシーに乗って再びウボン・ラチャタニーへ移動する。本当はバンコクのほうが近いのだが、往復チケットの関係で戻ることになっていた。僕にとってはこの移動が救いのきっかけになった。途中、仲間と一緒にipodを聞いていると、流れてきたのはミスチルの『彩り』。この曲のサビが僕の心の隙間にはガチっときた。
「僕のした単純作業が この世界を回り回って
まだ出会ったことのない人の笑い声を作ってゆく
そんな些細な生き甲斐が 日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に 少ないけど 赤 黄色 緑」
(Mr.children『彩り』より)
貧困だのなんだのといったいろいろな問題が、まだちゃんと勉強して理解してない僕にすら整理できないほどたくさん見えてくる。その問題の大きさにどうしたらいいのだろうと、僕は昨日の夜から押しつぶされそうだった。けど、やっぱり答えはまわりまわって最初から考えていたところに行き着く。
楽しむことが、一番。
今やっていることが、まわりまわってどっかの誰かが楽しく笑っていられることにつながれば、それでいいじゃないか。そして、それを楽しめれていれば、最高。
やはりこの旅は、その「どっかの誰か」が一部でもいいから見れたことが最高の収穫だったに違いない。だから、がんばれるし、がんばらなければならない。
しっくり来る答えではないけれど、当分の答えを見つけられた僕は、ホテルに着いてから安心してしまったのか、ビールを一口飲んだ瞬間に疲れがあふれ出た。早めに夕食を立って寝てしまい、この日が誕生日の仲間を祝えずじまいだった。
楽しいだけじゃつまらない。
楽しむことが誰かのために。
スポーツのチカラで。
GLOBE PROJECT
タイ側のイミグレーションを越えると、緩衝地帯には豪華なカジノが立ち並ぶ。この栄えぶりは意味不明だった。
そしていよいよカンボジアへ入国する。越えた瞬間に、カンボジアという国の汚さに驚く。たった数100メートルしか歩いていないのに、かなり雰囲気が変わっている。このときには、もう僕のテンションは最高潮になっていた。言い方は悪いけれど、ディズニーランドに入ったときのような感覚というか。汚さも、歩いてもたった数分の距離をバスに乗せられるぼったくり感など、全部おもしろさに感じられてしまう。きっと、この旅のスタンスである「ひとまず考えずに受け入れよう」を体現するために体が行った対応処理だったのだろう。
タクシー乗り場からタクシーに乗り、さらに移動。これでもだいぶ舗装されてきたというが、道はでこぼこが当たり前。その揺れをTRFの『Survival dAnce』を歌いながら楽しんでしまう今日の僕。運転手さんも英語ができたので、家族のこととかを聞きながら楽しく4時間ほどの道のりを楽しんだ。
そしてシェムリアップに到着。着いてすぐにご飯を食べるが、こちらは観光地というだけあって、料理は西洋ものもそろっている。そして通貨はドルで、少し裕福なはずのタイよりも物価が高い。この日は到着記念ということでビールを飲みまくった。一気飲み大会では優勝して、香水をいただいた!…と思ったら「eau de toilette」って書いてある。トイレの消臭剤かぁ。
●8月23日(土)
この日は4時半に起きて、アンコールワットの日の出を見に行く。…はずが、曇りのため、まったく見れない。中にも昇れなくなっているために、収穫はなし。コーヒーを飲みながら朝飯を食い、サイと呼ばれるシャトル
コック蹴りを楽しんだ。
一度ゲストハウスに戻ってから、僕らは仲間3人で『天空の城 ラピュタ』のモデルだとのうわさがある(とは言っても、公開前にこの遺跡に行けたとは到底思えないのだけれど)ベンメリア遺跡にトゥクトゥクで2時間以上かけてゆっくり行くことに。コンビニでビールを買い、途中居眠りもしながらまったりと。
ベンメリア遺跡は、まさにラピュタのようだった。修復はほとんどされておらず、発掘当時のままになっているため、探検気分を味わえる。写真をこれでもかというほど撮った。
そのままベンメリア前にある食堂で昼飯を食べ、一度ゲストハウスに戻った後は近くの湖で夕日を見ることにした。30分ほどトゥクトゥクで揺られた後、船に乗り換えて壮大な景色を眺める。
今日はさすがに考える時間も多かったので、ちょっとだけ考えた。このカンボジアでは、いろんな国が開発支援をしている。特に日本企業は、プロジェクトを示す看板に名前がたくさん書かれるほどだ。カンボジアという国は、観光地といわれるシェムリアップ周辺だけでも汚い。けど、彼らは格別それで困っているようには見えない。ベンメリアに行く途中にあった、貧しそうな農家の子達も、ケータイか何かをいじりながらサボっていた。経済発展というのは、先に経済発展を成し遂げた人々にとっての基準でしかない。大事なのは、現地の人がしたいことをできるような援助なのではないか。きっとこういうことは海外支援を勉強している人にとっては初歩的な話。だけど、今までそんなに海外投資や社会貢献に興味がなかった自分にとって、少しずつこういうことを考えるきっかけになっていきそうだ。
夜は夕食のあと、ドライバーのみんなにビアガーデンに連れて行ってもらい、これでもかというほど飲まされた。だって、「乾杯したらイッキしないとオカマさん」って言われるんだもの。そのままの勢いで寝た。
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楽しいだけじゃつまらない。
楽しむことが誰かのために。
スポーツのチカラで。
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午前中は文化祭のようだった。ほとんどがうろ覚えのダンスや、長い長いお祈りのあとに米や水をかけられる儀式、そして生徒のみんなに幸せを願うひもを腕に結んでもらったり。チャンバラでは火薬を使った空砲も撃つなど、さまざまに楽しませてもらった。僕はいきなり呼び出された柔道対決に出ることになったのだが、腕の力で動かそうとする相手が崩れた瞬間に足をかけて倒すことに成功した。団体戦では負けたものの、こうやって外国の人と柔道で対決することの不思議さとおもしろさを感じることができた。
その後はフリーになって、いろんなブースを回る。こちらの郷土料理を作るブース、染物をするブース、絵を描くブース。そしてさらに不思議だったのは、写真やサイン攻めにあうということ。この日だけできっと100人単位で書いているはず。スター気分を味わってしまった。それだけここに日本人の大学生が来るということは珍しいのだろう。
午後は一転してスポーツ大会。つまり体育祭のような感覚だ。はじめはバレーボール。こちらがバレーのへたっぴばかりだったので、こちらは完敗。太鼓を借りてサッカー風の応援を仕切ったのだけが楽しみだったかな。
そして次は外に出て、フットサル対決。向こうはユニフォーム持っていて、シュートも強烈。なかなかの強豪に対して、こちらは球舞のインディさんを含めてガチメンバーで対抗。一進一退の攻防で最終的には負けたものの、すがすがしい試合だった。その後も綱引きや15人16脚など、さまざまな種目を経て、最後は学年ごとに集合写真を撮って解散。
この日のミーティングでは僕は「スポーツとは」の話をした。僕が所属しているスポーツ科学部での3年半は、スポーツを動かすという意味でさまざまな経験と知識を得ることができたけど、嫌気がさしたところもある。けど、今日はとにかくスポーツが楽しかった。スポーツが楽しくて、そして何よりこれだけの歓迎が受けられた。それでいいじゃないか、と。スポーツは単純なもので、それでいいんだと実感できた。「スポーツは楽しい」。グローブの根本でもあるこれを忘れてはいけない。
このミーティングはみんなが時間の意識が高まり、予定していた2時間きっかりで終わることができた。それぞれが時間を意識し、そして聞く姿勢ができている。これは当たり前のようでなかなかできないことだ。そうして聞いていた女性メンバーの話の中で、ひとつ興味深い意見があった。今まではテレビでサッカーを見ていても興味がいまひとつわかなかったけど、今日は間近でフットサルを見ていて、ゴールまでの過程がわかるようにもなってきた、と。このグローブは、スポーツが大好きっていう人だけで構成されているわけではない。だからこそ、こういった意見が新鮮だし、うれしかった。スポーツに携わる身として、忘れそうなのがこうした意見。いかにして興味がない人の興味をひきつけるか。それを改めて気づかされてくれたことに感謝。
この日はミーティング後に、ホテルの隣のアパートに住んでいた地元の人たちとストリートサッカーをする。日本の三重の工場で働いていたこともあるそうで、日本語がうまい。真っ暗闇のなかでのサッカーは思ったより難しく、かつメンバーのサッカーのうまさが実感できた。
スポーツ尽くしの1日で、疲れとともにさわやかさを残しながら眠りに着いた。
●8月21日(木)
今日は朝からPROビレッジ近くの村へ行った。地雷被害者の話を聞きにいくためだ。メンバーを3グループに分けて話を聞きに行ったが、僕のところは日本語ガイドがいなく、英語で質疑をした。途中から日本語ができるという女性が来たけれども、その人も日本語を忘れていたのであまり聞き出すことはできなかった。
各グループ2人ほどいて、最初に話を聞いたのは51歳の方。23歳のときに被害にあって、もはや義足での暮らしのほうが長い。畑に行くときに、いつもと違う道を歩いていたら被害にあったのだという。この人がすごいのは、隣の畑にいる仲間に助けを求めるときに、「危ないからこっちへ来るな!」と言ったことだ。1時間かけて畑の外へなんとか出て、用意してもらっていた車で病院まで行った。被害当時の話をしてくれている間、彼は赤い目に涙を浮かべながら話をしてくれた。こちらでは財団から車椅子がもらえるのだけれども、もっとひどい被害の人がいるからと、その車椅子をあげている。農作業はやっていなければ暮らしていけないので、被害後も子供たちの助けを借りながらなんとか生活をしているという。
もう一人の方は、70歳のおじいさん。10年前に森で被害にあった。仲間4人で森でいろいろな資材を切り出している最中に被害に遭った。しかし彼は、対処法を知っていた。出血多量を防ぐために一切の水を飲まず、ゴムでしっかりと傷口をしばっていた。暗い闇のために助けを求めにもいけず、40時間以上森の中で待機していたのだというから驚きだ。
彼らに共通しているのは、死にたいと思ったこともあるけれど、生きるために、まわりの人のために、生きようと思うところだ。日本人はよく生きる意味なんて考えるけれど、彼らは「生きるために生きる」。非常にシンプルだ。この人生が幸せかと聞いてみると、「平凡な人生だ」と語る。地雷に遭っても、特にダメでもない。こちらでは普通のことなのだろう。
先にこの日のミーティングで話したことを書いてしまうと、僕が大学生活で心がけている「人の話を聞き、相手の置かれた状況や心理を理解しようとする」姿勢が間違いではないと思ったと話した。いくら日本でこちらのことを想像したところで、戦争とは何だと考えたところで、結局は一番地雷と近くにいる人たちのことを知らなければ、僕らがやっている活動も宙に浮いたことになってしまう。「想像力」が大事だとよく言うけれど、その「想像力」は何なのかをしっかり考えなければならない。
午後はビレッジでPROに、日本で開いたフットサル大会の参加費から出た寄付金とTシャツを渡した後、昨日言った学校でPROのメンバーとサッカー対決。今度は11人制のフィールド勝負。当初キーパーをやっていたが、2失点してフィールドプレーヤーに交代。劣悪なピッチに亜ウェイの洗礼を受けながら、サッカーをよく知るメンバーに助けられて、逆転勝利! 終了後は「カンピオーネ、カンピオーネ、オーレ、オーレ、オーレ♪」の大合唱。実はタイに来てから初の勝利だ。泥だらけになりながらも、清々しさが心地よかった。
しばしの休憩の後に、体育館でフェアウェルパーティをしてくれた。当初はノンアルコールだと聞いていたのが、こっそり持ってきたビールが次第にまかり通り、テーブル下で注がれたブランデーをたくさん飲まされ、かなり酔いはじめる。いろんなトークで盛り上がりつつ、つれてきた子供たちの遊ぶ相手をし、最後にはカラオケに乗りながらみんなでダンシング!まさかここでこんなにはっちゃけると思わなかったくらいに。ここへ来て改めて感じることができる。「楽しい」は世界共通だと。みんなで笑顔で楽しめば、その輪ができていく。「楽しい」笑顔がそこにあれば、「それでいいじゃないか」と戦争なんてなくなっていく。そんな気がしなくもないな、と体中で感じたタイ最後の夜だった。
帰ってからのミーティングは、疲れがたまっていて、全員参加が強制ではないにもかかわらず、全員が参加してきた。みんな眠さと格闘しながらも、まとまりきらないながらも、やはり感慨深い感想が飛び交った。以下、メモより抜粋。
「幸せは何か」と聞くと、ないって言う。幸せってなんなんだろう。
地雷にネガティブな人も、ポジティブな人もいる。それは被害者じゃなくてもネガティブな人もポジティブな人もいるのと同じ。
生きる“飢え”を感じた。
「どこの国境にも地雷があると思っている」と言っていたことが衝撃的。
地雷の怖さを今日になって感じた。
地雷がなくなっても、貧困などほかに大きな問題がたくさんある。けど、立ち止まってはいられない。more, betterを追求しなければいけない。
「何をしていても悲しい」と言っていた。「義足は最低限のものがあればそれでいい」というのを聞いて、自分たちが何でもしてあげればいいのかと思った。
地雷の怖さを知った。地雷の問題は貧困とつながっているんだと実感した。
自分が小さく感じられた。
午前と午後のギャップを感じた。
向こうの人の感覚がすごい。
地雷は人を選ばない。
思ったより衝撃的ではなかった。感覚的には日本で事故に遭うのとそんなに変わらないのではないか。
地雷被害に遭っても“Normal”。
最後に話したメンバーが、PROの方と話をしたことを共有してくれた。戦争の問題って、単純な問題ではなく、いろいろな問題が複雑に絡みあっている。そんな状況において、自分たちがやっていることは意味がないのではないかと感じられると話したら、「でも、問題はそこにあって、その解決に向かって少しずつ進んでいかなければならない。少しずつ進んでいく道がPeaceに向かって続いていけば、道になるんだよ。だから、僕らは Peace Road Organization(=PRO)なんだよ」(多少僕の編集あり)と話してくれたのだそうだ。
すぐに解決できる特効薬にはならないけれど、やることに意味がないことはない。地雷問題に対する僕らの存在のちっぽけさを感じた視察だったけれど、それでも前に進んでいかなければならないんだと思うことができた。何より、地雷はなくなればいい。貧困問題だとかはただ食糧を送ればいいっていうわけじゃないなど、アプローチに難しさがあるけれど、地雷はとにかくなくさなければならない。PROや学校、あれだけの歓迎を受けたときに、どこか後ろめたさを感じるところもあった。だけど、これからはもう少し胸を張って、しっかりとこの活動を、そして考えるきっかけをしっかりと伝えなくてはいけない。そう思わざるを得ないこの3日間だった。
楽しいだけじゃつまらない。
楽しむことが誰かのために。
スポーツのチカラで。
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前日はサッカーのナイターのアルバイトがあって、帰ってきたのは12時を回ってから。なのに寝れずに3時前には起きていた。興奮醒めないままに家を飛び出したら、地元が同じ仲間と待ち合わせている駅に30分も早く着いてしまった。その旨をメールで送ると、1本早い電車に乗ろうということになった。
電車の中では仲間のひとりが眠っているなか、僕はずっと興奮していた。なにしろ大学4年にしてようやく、初めての海外。そして、ただ遊ぶだけでなく、意義のある旅行だ。眠れないのもしょうがない、と自分で納得する。空港に着いて、ほかのメンバーと合流しても気持ちの昂りは収まらない。チェックイン、両替など、すべての行程が刺激的に感じられる。空港の銀だこを最後の日本食として食べ、午前10:00に飛行機は飛び立った。
バンコクに到着したのは現地時間14:30頃。機内では真ん中の列に両サイドを知らないおっさんに挟まれ、あまりリラックスはできなかった。それでも2時間くらいは眠ることができたからか、朝ほどの緊張感はない。空港に着くと、タイ独特のにおいがする。フローラルというか、なんというか、よくわからないけど、こっちではクーラーから必ずこういうにおいがする。スワンナプーム空港も新しいからか、無機質に感じる。曇っているからかだろうか、暑さもそれほど感じなかった。
この日は翌日に乗る国内線用のドムアン空港近くへ移動するだけ。成田から羽田への移動と感覚としては同じだ。バンコク市内を突っ切るため、バンコクの様子を垣間見ることができる。感覚としては、それほど驚きはなかった。やはり、都会だと。
ホテルに着くと、さっそく事件が起きる。男ほぼ全員で乗り込んだエレベーターが壊れたのだ。定員11人と書いてあるエレベーターに、ブザーが鳴らないから大丈夫だろうと13人で乗り込んだ。すると、上の階へ動こうとした瞬間にドヒューンと何かが切れたような音がして、ランプはほこりが落ちて灯りが消える。と同時に、下へ落ちた。ホテルの人に無理やり扉を開けてもらい、なんとか救出してもらった。ホテルの人は笑いごとにしてくれてたけど、これからの旅、何かの予兆ではないかと感じさせられた。
この日はホテル近くで夕食を取る。タイ独特の風味に最初は戸惑いながらも、おいしくいただくことができた。意外にいけるじゃないか。
部屋に戻ると、僕の部屋には男がたくさん集合して、なでしこサッカー準決勝を観戦(なぜか前半35分から始まるという謎)。指導者を目指している仲間と、久しぶりに戦い方を語り合いながらサッカーを見る。監督の目線を持っている人間とサッカーについて語り合うのはおもしろい。
そうして夜は深まり、仲間との雑談の中で少し落ち込みながら、翌朝に備えて眠った。
●8月19日(火)
4時前に起きてコンビニに行くはずが、起きたのは4時過ぎ。どうやらケータイのアラームを日本時間でセットしていたようだ。おかげで急いで支度をしなければならず、スニーカーを1足忘れることになる。それに気づいたのはドムアン空港に着いてからだった。
ドムアン空港からウボン・ラチャタニーの空港へは1時間弱ほど。軽食とジュースが出された瞬間以外は眠っていたので記憶がまったくない。そりゃそうだ。2日間のベッドでの平均睡眠時間が2時間だ。ところさえあれば寝ていたい。
空港に着くと、僕らの支援先である現地の地雷除去団体、PROの方が待っていてくれた。PROの方に加えてきてくれたのが、日本語通訳をやってくれるスワンさんだ。昔は佐賀の日産自動車で働いていて、その関係で日本語がわかるそう。この旅ではものすごくお世話になった。
2時間ほどトラック式のバスに揺られ、PROが拠点として構えるビレッジに到着する。このビレッジがある国立公園内は、現在立ち入りが規制されているようだ。入り口には軍の人がいてチェックをしている。というのも、この公園はカンボジアとの国境があり、カンボジア・タイをまたいで遺跡群がある。それをめぐって政治的に対立しているため、両国の軍が駐留しているのだ。今回は残念ながらその名所には行けなかったが、ビレッジに入れただけでもすごいのかもしれない。
ビレッジでは、バスから降りると同時に首から花輪を掛けてくれたり、「歓迎」の横断幕が掲げられていたりと、想像以上の歓迎ぶりに戸惑った。英語でのプレゼンテーションもわかりやすい単語を使ってくれていたので、久しぶりの英語のリスニングもなんとかできた。
そしてすぐに地雷除去のデモンストレーションに移る。除去には、平地であれば、協力関係にある軍の犬がまず活躍することができる。犬が地雷に入っている火薬のにおいを嗅ぎつけ、そこを人が掘り起こして地雷を取り出すのだ。だが、犬が活躍するのは草や木が生い茂ってないところに限られる。それ以外のところでは、2人1組で人間が少しずつやっていくことになる。2人で1日に100㎡しか除去できないという。犬を教育したのはアメリカ軍であったり、途方もない広さがある地雷原など、さまざまな皮肉さを感じた。
PROが用意してくれたお弁当をおいしくたいらげ、ペタンクやセパタクローに混ぜてもらう。勝負をしたペタンクで負けて踊りを踊らされた。少しおかしく踊って見せたら、笑ってくれた。英語がわからない除去員の人も多かったけど、言葉がいらないスポーツって、改めていいなと感じた。これも、日本で頭で考えているばかりではわからないことだ。そして、驚きを感じたのはセパタクロー。こちらの人はおそろしいスパイクを撃ってくる。立った状態からそのまま360度回転し、しりもちをつくことなく着地する。股関節も柔らかいから、自由にネットの上に足を出せるから、足の裏でのフェイントも自由自在だ。これは3年くらい練習してようやく遊んでもらえるかなという感じだった。
スポーツを楽しんだ後は、実際に来年地雷除去が計画されている地雷原に向かった。この地雷原には、1つだけお寺が残っている。昔は人も住んでいたが、いまはこの周りはほとんど人がいない。除去員の中にもこの近くの村の出身の人がいて、もう4年もこの地雷原で除去が始まるのを待っているのだという。地雷原の中には、寺から住職が住む家までの道があるだけ。その周りには、木々が生い茂っている。日本の山にもある、ごく普通の風景だ。だが、違うのは、そこに地雷があるということ。「Danger!! Mine!」の標識が張られている。僕らが歩いているこの道も、今は亡くなった前の住職がナイフで手探りで作っていったものなのだそうだ。岩の上には仏像なども飾られている。この岩の陰で、ゲリラ戦が行われていたのだろうかと想像力を駆り立てられる。これまでテンションがただただ高く、スポーツで盛り上がっていた気持ちも、ここに来ると地雷原の深刻さがわかる。僕はいつの間にか発する言葉が少なくなっていた。
ホテルに到着。近くの食堂夕飯をたいらげ、市場を回ったが夜はもう店じまいのようなので、屋台でタイ風ラーメンを食べた。唐辛子が入っていないもので、甘みを強く感じた。自由時間を終えてホテルに戻ると、近くのカフェでこの日から、グローブのメンバー全員が集まるミーティングがあった。1人5分ほど時間を持ち、自由に感じたことを話す。反論や議論はなく、ただそれだけ。ただの旅ではなく、せっかくなのだから感じたことをシェアしていこうという趣旨だ。
僕はこの日、「Mine」についての話をしたのを覚えている。mineは“私のもの”であるという意味だが、地雷原ではlandmineを短縮して“地雷”という意味にもなる。最初はこの表示を見て皮肉だなと思ったものだけれど、話を聞いて、地雷原を見るうちに、考えが変わってきた。それを象徴していたのが、「なかなか地味で、命を張った危険な作業で、大変だけれど、そのモチベーションはどこから来るのか」というメンバーが投げかけた質問の答えがあったからだ。
「だって、地雷があったら、農業や仕事ができないし、生活ができない。だから除去するんだ」
日本にいると、いろいろと頭で考えがちだ。政治的な対立がどうのこうの、戦争とはなんぞや、だの。でも、それはそこで生きている人たちにとってはあまり関係がなく、目の前の状況を生き抜いていくしかない。だから、彼らにとっては“地雷=mine=私たちのもの”なんだろうな、と感じたという話をした。
かっこつけて話したようになっているが、本当にそう思ったことだから不思議である。いよいよ渡航も本番が始まり、次の日を楽しみにしながら就寝した。
楽しいだけじゃつまらない。
楽しむことが誰かのために。
スポーツのチカラで。
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