2010年02月06日

Quien sera el Quatro Jugones?? -Ⅰ-

※タイトルのスペイン語は合ってるか自信ナシです…。。。
 
 
 “優れたテクニックを有し、司令塔としてゲームを組み立て、GOALに直結する決定的なパスを供給するだけでなく、自らも得点力を兼ね備える攻撃センスに秀でたMF”
 
 いわゆる「10番」「TOP下」などと形容され、攻撃のタクトを揮うこれらの選手がもてはやされるようになったのは80年代以降ではないかと思う。
 
 華麗な中盤を擁したブラジルフランスが、82年スペインW杯を席巻したことがその潮流を築いた。その実は、共にFWに絶対的なエース・ストライカーを欠いていたことから、質の高い中盤をより全面に押し出さざるを得なかったわけだが、その攻撃的なプレー・スタイルは多くの人々を魅了した。
 
 82年度版ブラジルの'“黄金のカルテット”は、今も尚世界制覇5回を誇る“サッカー王国”においてさえ史上最高の中盤だったといわれている。ジーコ(フラメンゴ)、ソクラテス(コリンチャンス)、トニーニョ・セレーゾ(アトレチコ・ミネイロ)、ファルカン(インテルナショナル※82年当時はASローマ)は、何れも国内の強豪クラブで⑩番を背負い創造性溢れるプレーを披露していたという。そんな彼らが一同に集った82年度版ブラジルは、まさにドリームチームだったというわけである。
 
 スペインW杯でBest4に進出したフランスは、2年後の地元開催のEURO84で圧倒的な力を見せ付けて優勝。ミシェル・プラティニ、アラン・ジレス、ジャン・ティガナ、ルイス・フェルナンデスといったブラジルに劣らぬ豪華な中盤を擁し、彼らを中心とした華麗なパスワークから“シャンパン・フットボール”と形容されたりもした。
 
 以降、TOP下隆盛時代に突入するわけだが、その後20年以上経った今日に至るまで、有能な選手はほぼ絶え間なく輩出され続けているが、前述の2チームのように4人もの“才”が一同に介するというチームには、何気にほとんどお目に掛かれていない気がする。
 
 それだけの才が現れ、同時に介すること自体が希少…もっといえば奇跡的だったり、或いは時代の要請ともいうべき戦術との兼ね合いでそれが許されなかったということもある。
 
 イタリアW杯でユーゴスラヴィアを指揮したイヴィツァ・オシムは国内のメディアを黙らせるため、緒戦の西ドイツ戦(1-4)で敢えてドラガン・ストイコヴィッチ、サフェト・スシッチ、デヤン・サヴィチェヴィッチ、ロベルト・プロシネチュキといった4人のスター選手を共演させて大敗をしたといわれているが、調べてみるとプロシネチュキはサヴィチェヴィッチとの交代でピッチに入っており、4人が一同に介したことにはならない。準々決勝のアルゼンチン戦でも4人が試合に出場しているが、ここでもスシッチと交代する形でサヴィチェヴィッチはピッチに立っている。やはりなかなか4人を並び立てるのは勇気がいるということなのか。。。
 
 89年と91年のWユースを制したポルトガルにも質の高い中盤が揃っていた。彼らが順調に成長し臨んだEURO96では、ルイ・コスタ、ルイス・フィーゴ、パウロ・ソウザ、ジョアン・ヴィエイラ・ピントが活躍しBest4進出を果たしている。ただし、ジョアン・ピントは1.5列のどちらかというとMFというよりFWだったが…。
 
 記憶を呼び起こしても際どいところでこんなモノ。
 
 ところが世紀を超えた先のEURO2008でヒサシブリに“4人集”と形容される名手揃いのチームが出現した。
 
 大会を制したスペインである。
 
 それぞれがビッグクラブで活躍するチャヴィ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、ダヴィド・シルヴァ、セスク・ファブレガスの4人は“クアトロ・フゴーネス(四人の創造者たち)”と呼ばれ、大会前から大いに期待と注目を集めた。
 
 大会前の1トップから本大会に入ってダヴィド・ヴィジャとフェルナンド・トーレスの2トップに移行したこと、故障上がりのセスクのコンディションが整わなかったこともあり、4人が一同に介したのは大会緒戦と準決勝で二度戦ったロシア戦の僅かな時間帯とヴィジャが負傷欠場した決勝だけだったが、その魅力の片鱗を窺わせ、何れも若いだけに先々が大いに楽しみであると見られていた。
 
 そして2010年を迎えた。。。


 
 to be continued…

posted by JIN18 |11:32 | ◎世界蹴球雑記系 | コメント(0) | トラックバック(0)
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