美城丈二@魂暴風;Soul storm *a martial art side

☆A manager;Jyouji Yoshiki【SINCE/2007・01・24】All glory and failures;My mission is to write it down without leaving them over.

yoshiki812

☆A writer: 美城丈二 〔よしきじょうじ〕 1966年3月、 宮崎県生まれ。 文筆家。 美城丈二の筆名は 筆者が文筆分野、 主に格闘技関連コラム 執筆の際に用いる通称名。 他筆名にて 詩文・小説・戯曲 もっと見る
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“ハッスル”は「プロレス」から離れよ!!

   既存のプロレスという概念に負ぶさって構築・構成されている限り、“ハッスル”のこれ以上の世間的浸透、発展は難しいように思う。    先の“ハッスル”大晦日ゴールデン地上波放送をちらりとそしてつぶさにじっと堪えて最後まで見やるのち、沸き立った思いがそれである。  間違っても筆者は“ハッスル”なるものの肯定論者では無い。改めてそう、お断りさせて頂く。  これまで“ハッスル”......続きを読む»

シリーズ“讃歌”『“四角いジャングル”は未だこの胸に潜む』

 筆者注;本稿は、  シリーズ“讃歌”「いまでもこの胸に“棲む”離宮の飛来人、その名はミル・マスカラス」初出;1998・6の抜粋改訂稿です。    それら、一葉一葉の写真を見る度に、強く焦がれた頃の幼い自分の在り様が思い出される。時代がいくら回天してもひとの心に棲む憧憬人はなかなか離れ難いものだ。いくつかの、後世のひとびとが後付する時代なるものを経てみてもまたその時代を軽々と超え、懐か......続きを読む»

三崎vs秋山戦について、一言。

 秋山選手はもうこれ以上は無い?(真剣勝負を謳うリング上では)と思わせるかのような壮絶な負け方を見せて敗れた。「さて、ここからどう、這い上がってくるのか?」そう見る者に思わすだけの説得力を秘めた負け振りであった(試合後、鼻骨骨折が判明)。  制裁はこれで済んだのだ。そういう意識こそ、かつての私にこそ持て!!と私は私に問いかけてみたい。まして世界観含め決して好む選手ではないのだから嘲りを起こした......続きを読む»

敢えて受けることの痛みを知らぬ!?ミルコ・クロコップのハイキック。

   新年明けましておめでとうございます。旧年中は多くの識者の方々より、温かい激励のコメント及びメールをお寄せくださり、誠に筆者恐縮、感激致しております。有難うございます。本年も私なりに文筆業、一途に邁進、励んで参りたいと思いますので引き続き宜しくご指導賜りたく存じあげます。縁り良き一年であられますように、心から。                                   筆者・美城丈......続きを読む»

あの“田コロ決戦”は未だ静かに横たわる

  晩夏の一夜   (1994・9 初出訂正稿)  煌(きらめ)きというやつは時空を超えて一層  その光芒を放つものらしい  忘れ難いあの晩夏の日の一夜  在京のひととなり9年経たその夜  ふと僕はあらぬ想いが込み上げてきて目黒線は田園調布駅で降りた  降りる必要も無いそんな駅のひとつに過ぎぬはずであった  だが僕はふと降りねばならぬ衝動を感じた  僕の心根......続きを読む»

ファンタジープロレスの愉悦、シュート活字の鮮烈「本年のご教示に感謝しつつ・・・」

   プロレス世界を格闘芸術、ファンタジーだと従え論じることほど愉しい作業は無い。この場合の“ファンタジー”とはあのハッスルの概念、“ファイティング・オペラ”なるファンタジープロレスとは一線を画す。からくりが丸見えなのに敢えてその焦点は突かず、現象として現れた事象だけから事を筋道立てしようと試みる。元週刊ファイト編集長であられた故・井上義啓氏のそれは独壇場であった。「底が丸見えの底無し沼」誠に言い......続きを読む»

プロレスラー・安田忠夫、嘯く。「これでも少しは大人になりました(微苦笑)」

   “安田忠夫はこのままでは終わらない・美城流声援歌その第1稿”  ☆プロレスラー・安田忠夫、嘯(うそぶ)く。「これでも少しは大人になりました(微苦笑)」    来る12月20日、IGFプロレスリング「GENOME2」において本日現在(12月11日)、事前対戦カード が唯一、発表されている。  安田忠夫vsレネ・ローゼ  2001・8・19「K-1 JAPAN GP」......続きを読む»

時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”『猪木一流の遊び心!?増殖!!ストロング・マシーン軍団!!それは窮余の名策であったのか!?否か!?新日本、ストロング・スタイルが死滅した瞬間!?』

    「あれはまさしく猪木一流の遊び心から生まれた名アングルだったねぇ」  とある識者は随分以前のことだがそう、私に問いかけてきた。あの頃、私は胸中、複雑であった。・・・窮余の名策であったのか、否か!?  全盛時、ましてS・小林氏や大木氏と熱戦を展開していた頃の“猪木プロレス”の範疇にはけして入らない代物ではなかったか? ...続きを読む»

“立ち上ってくる妖気”踏みとどまることを知らぬ小橋建太という、執念-その第2稿

    「臓器ひとつを取ってプロレスラーとして復帰したものを知りませんよ。この先、何が起こってもしらないから。・・・でも駄目だといっても復帰するんでしょ?」  そう、主治医に問われた小橋選手は、  「・・・はい。」  はにかむようにそう、返答したと言う。  先のマスコミ報道における横浜市立大学附属病院・中井川担当医との遣り取りのひとこまである。  室温40℃を越す......続きを読む»

魂暴風・2007外伝“燃えよドラゴン”未だに焦がれるひとをも生む、稀有な映画人『李小龍』その第1稿

   ブルース・リーはすでに地の中のひとである。いや、そうではなく今でも様々な有為の人々の心の中に棲む“黄泉”のひとでありながら、未だに焦がれる人をも生む、誠に稀有な存在だ。  彼と格闘技人とのことを同列では語れまい。仮想世界と現実世界は違う。同列で物事を論じたならば、リーにも格闘技人にも礼を逸していると言いえることだろうから。  リアルとリアルでは無い世界。  筆者は一時期、映......続きを読む»

この、ご一文は本当に貴方が書かれたものですか!?拝啓、西村修殿

   男には、言いたくても言えない事もあります。  これ以上は言わないのが仁義だという事もあります。  私が悪者になる事で、それで気が済むのなら  全てが丸く収まるのならばどうぞ私が悪いと、  そういう事にしておいて下さい。  ただ、これだけは言わせていただきたい。  無我を守って来たのは私です。  無我は私です。  これだけは、七度生まれ変わっても絶対に譲れません。 ......続きを読む»

淋し過ぎる電撃移籍!!西村修、無我の聖地を飛び出す!!“何故、そう生き急ぐ!?”

   何故、藤波辰爾(たつみ)選手へのひとかどの断りが行なえなかったのか!?理解に苦しむ。なんらかの確執を思わす。癌に侵された者のまさに“生き急ぐ”かのような自身のいまある姿勢に根ざす思想を壊してまでの?「ハッスル」参戦、或いは「全日本」入りなのだろうか?何か、身体に重大異変でも起きているのではなかろうか!?  Mr.ゴッチ他界後に堰を切ったかのように流転していく西村修という、ひとりのプロレ......続きを読む»

安田忠夫選手の自殺未遂報道において。

 猪木氏が先のWBC世界フライ級王座戦における亀田大毅選手の行為に対し見解を述べた席上、愛弟子・安田忠夫選手の自殺未遂騒動に関しても辛口の言及を行なっている。いわく「安田は断食しろ!!」猪木氏らしい、入院費も払えぬだろうとする特有のエールではあるが、言下に愛弟子を思う想いが込められており、相応しい。  幸い、命には別状も無く、安田忠夫選手においてはこの後、退院したのち猪木氏から何がしかの機会を得ら......続きを読む»

“千の顔を持つ男”ミル・マスカラス、筆者の幼児の記憶もまたそこに集う

   毎試合の度にオーバーマスクを投げ入れる。観客席で“奪い合い”に群がる子供達。だが、見守る大人達は眉をひそめるどころか、慈愛の眼差しを持って目を細めつつ“その光景”を見つめている。  年に一度か二度の“待望”焦がれるプロレス興行。  「おらが村にも“プロレス”が来た!!」 ...続きを読む»

“400戦無敗”伝説の男が降臨!!

 ヒクソン・グレーシー(47)登場で会場に詰め掛けた3000人の格闘ファン達はやんやの歓声をあげたという。17日の「HERO’Sミドル級世界王者決定トーナメント決勝戦」を前に行なわれた新宿ステーションスクエアにての公開記者会見に現れた“400戦無敗”伝説の男、ヒクソン・グレーシー。愛弟子のケビン・ケーシーのセコンドとしての来日だったそうだが、HERO’S参戦と桜庭和志(38)との対戦を要求したそうだ......続きを読む»

あのハンセンに、マスカラスが仕掛けた!?マスクマンとしての悲哀、隠れざる“シューター”としての実力

    ☆竹内宏介氏のご病気の快癒を心より祈念致しております。筆者    私がずっと先より敬意を払う先達の名士に、『魂のプロレス仕事人』と称される竹内宏介氏という方がおられる。かのお方は『月刊ゴング』『別冊ゴング』等の編集長をなされたり、編纂をなされていたお方で、元『週刊ファイト』の編集長であられた、故・井上義啓氏共々、業界人特有の切り込んだ視点、何より慈愛溢れる文筆群をものされ、また竹内氏......続きを読む»

『総合格闘技こそ最強のプロレスである。』今こそ、閉塞感を取り払うとき。我が、IGF第2弾興行観戦録

   もどきではどこまでいってももどきである。悲しいかな、これでは世間と向き合えぬだろうなと、思い至ってしまわざるを得なかった。先のIGF興行第2弾、じっとオープニングから見続けたが、遂に高揚感は得られずじまいだった。  IGF・・・閉塞(へいそく)し、総合とのあまりの垣根を取り払おうと立ち上がった団体、興行では無かったのか?  藤原喜明選手どころか、筆者が幼き時分に焦がれ続けた猪木氏......続きを読む»

美しき微笑のアンドレ

   ようやく、『アンドレがいた!―“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントの黄金時代』 (エンターブレイン社・刊) プロレス・格闘技評論家として著名な門馬 忠雄氏のお作を読了することが出来た。何しろ、一応、書斎らしき体裁の部屋そこかしこにうずたかく積んである、ありとあらゆるジャンルの書物群の中から、この著作に触れることがようやくほんに叶った次第。  氏の人柄を思わす癖の無い読みやすい文章体は、......続きを読む»

時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「敢えて“かけさせて”プライドを吐くテーズの妙。」

 ☆時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”  「敢えて“かけさせて”プライドを吐くテーズの妙。」  あの“バック・ドロップ”を巡る攻防戦・  猪木vs“鉄人”ルー・テーズ   NWF世界選手権試合  アントニオ猪木vsルー・テーズ  1975(昭和50)年10月9日・蔵前国技館  前年、ストロング小林、大木金太郎と立て続けに撃破し、まさに名実共に飛ぶ鳥を落とすかの......続きを読む»

“どうしても見たかった神様”新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ その第2稿

   『あれから遙か35年“私がどうしても見たかった”新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ』  遂に念願叶って見た“神様”の姿。  手の取り合い、絡み合い。足の取り合い、絡み合い。Mr.ゴッチが猪木氏の背後に廻る。ざわめく背広姿の大人たち。   ☆この稿、続きは拙作版、所有です。  ⇒『魂暴風⑥「伝説光臨篇」』 ...続きを読む»

“どうしても見たかった神様”新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ その第1稿

   『あれから遙か35年“私がどうしても見たかった”新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ』      1972年(昭和47年)3月6日  新日本プロレス旗揚げ戦 東京・大田区体育館   アントニオ猪木vsカール・ゴッチ  幼すぎた私には思慮の外であった。小学年へと進み、ある縁故もあって多くのプロレスラーたちと交わるようになると、気心も働いて当時、NET(現・テレビ朝日)の......続きを読む»

さらば『神様』Mr.カール・.ゴッチ“我が畏敬の”異人プロレスラー

   あのMr.ゴッチ氏が冥土に臥されたようだ。様々な識者の方々が哀悼の儀を述べられておられる。多くの毀誉褒貶と共にその人生を謳われた方であり、プロフィール等は割愛させていただくが、Mr.ゴッチが日本のプロレス界の発展に貢献したその“実績”は紛うことなき事実であろう。日本プロレス・新日本プロレス・全日本プロレス・藤原組・パンクラス・UWF・・・・・もう、関わった、教えを乞うたプロレスラーの数を上げ......続きを読む»

馬場プロレスの本陣“私の中の王道記”その第一稿

   ジャイアント馬場は強者である。  その懐は数々の事変に対し、思慮し、考察し、答えを導き出す。どこまでも「慎重穏士」と揶揄(やゆ)されたが、実際は容易に胸中を他者に明かさぬだけで、その心根は深い洞察の持ち主であり、そのリング上の絵巻においても誠に味わい深い空間を有した闘い模様であったのだと思える。  若き日の私は「幾度と無く挑み、幾度と無く敗れても100回目に勝てば私は甦ってくる」......続きを読む»

まさに時空を超える“垂涎の一戦”真夏の夜の夢“1979・8・26プロレス・夢のオールスター戦”

     『妙なる武辺』   時代がサムライたちを呼ぶのではなく  サムライたちが時代を呼ぶのだと信じていた少年  貪(むさぼ)るように結果速報号を読んだ  それは確かにあの頃  そんな時代を照射させていた  ファイト紙とゴング誌、そしてプロレス誌  三紙(誌)ではなかったか  真夏の夜の祭典  誰がその裏で蠢(うごめ)くアングルを知っていたのか  だがそんなこ......続きを読む»

一度でいい、“キレた”永田裕志を見てみたいものだ!?

   先般、さる永田裕志選手の大ファンですと名乗るお方から、「何故、永田裕志は時代を取り損なったのですか?美城さんの忌憚無いご意見をお聞かせください。」なるメールを頂き、誠に言葉窮した。困ったな、弱ったな、忌憚無いご意見と言われても、どこまで忌憚無い意見を記述してよいものやら、筆者、大いに考えあぐねた次第である。  ...続きを読む»

“まだら狼”に逢いたい

   随分以前からあの上田馬之助氏を思うあまり、私なりにお逢いして近況やかつてのプロレス界等についての懐かしいお話しなどをお伺いしたいものだと思っていた。  昭和の香りの漂う日本人プロレスラー、故・大木金太郎氏、ストロング小林氏と並び、それは私にとって“金狼”“まだら狼”そう、あの上田馬之助氏であった。  だが皆さんご存知の如く、上田氏は生命を落としてもおかしくはない危急ともいうべき大......続きを読む»

“千の顔を持つ”IGF!?

   (関係者にとっては言わずもがななことではありましょうが・・・)    ゲノムに執拗に拘るあまり、プロレスというジャンルが本来持つイズムの多種多様性、それら個々のダイナミズムなるものを削(そ)いではなるまい・・・    先の“仮面貴族”ミル・マスカラス、IGF第2弾興行参戦か!?という報に接し、私がふと勘考した思いのひとつである。    もともとIGF立ち上げの根本思想、一大テーマ......続きを読む»

筆者・美城丈二よりの謹告

   貴重なスペースを割き恐縮ながら、どうしても一言ながら申し上げたくてここに一筆啓上させていただきます。今回、諸事情に拠り、コメント欄、TB欄をひとまず閉じさせていただく旨お知らせ致しましたが、筆者もまことに驚くほどの多くの方々からご声援のメールを頂き、拝読させていただいて込み上げてくる思いさえ抱かずにはをれませんでした。僭越なる物言いではございましょうが、個人的にお付き合いさせていただく方々以......続きを読む»

四度(よんたび)、未だ忘れ難き“あの船木誠勝”

   かつてUWFに出向いた者は選ばれしひとであった。それはつまり、時代がプロレスのいい加減さにそろそろ辟易してきた“背景”と重なる。    あの猪木氏が世間に対する“屹立概念”として昂然と対峙出来なくなりつつあったとき、あの時代は“象徴”としての存立の揺らぎを猪木氏に与えたとも言い換えられる。  つまり、猪木氏が世間の蔑視の目に対してプロレスファンの主張を代弁する形で存立している限り、......続きを読む»

三度(さんたび)、未だ忘れ難き“あの船木誠勝”

   伊達や酔狂で吐ける文句じゃない。  40を臨もうかという人間が  “復帰”すると公の場で  明言したという、事実。  あのヒクソンの名を真っ先にあげた、  “あの船木誠勝”の  その胸中を思うとき、  己の人生を四角いリングに懸けた  ひとりの人間の“妄念”を強く感じる。 ...続きを読む»

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