2008年02月01日

エヴェルトン・テイシェイラという、漢。

 異種格闘技の覇を極めんとする者たちが、他種格闘技の闘いに打って出るのは不毛なことだ、とする論評は未だに根強い議題のひとつだ。

 
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 だが、たとえば総合格闘技の舞台においても黎明の時期「バーリ・ツゥード」を経てルール整備化され、異種ジャンルの猛者たちが同一のルールのもと覇を争うことにより、関心が高まり隆盛を見たように、やはり異種ジャンルの猛者たちが集い闘うさまは一格闘技ファンならずとも興味の他ではいられないようだ。  「最強とはなんぞや?」その定義はそれこそ論ずる者それぞれで一概に集った場所で覇権を奪った者が、すなわち「世界最強」とはいいがたいだろうが、流派の違う者同士が或いはル-ルの違う競技の者同士がひとつどころで覇を競うさまは何がしか格闘浪漫に通じ、筆者においても以前から関心を注いできた。  筆者の10代時分は大山倍達館長率いたところの「空手バカ一代」極真空手隆盛世代にあたる為、やはりその動向は興味がそそられる。 


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posted by 美城丈二 | 13:03 | 魂暴風【pickup report】 |
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2008年01月28日

“ハッスル”は「プロレス」から離れよ!!

 
 既存のプロレスという概念に負ぶさって構築・構成されている限り、“ハッスル”のこれ以上の世間的浸透、発展は難しいように思う。

 
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 先の“ハッスル”大晦日ゴールデン地上波放送をちらりとそしてつぶさにじっと堪えて最後まで見やるのち、沸き立った思いがそれである。  間違っても筆者は“ハッスル”なるものの肯定論者では無い。改めてそう、お断りさせて頂く。  これまで“ハッスル”は「現行のプロレス界を根底から覆す、こっぱみじんに叩く、破壊する」と称しながら事実上、共存共栄してきた。無論、「破壊する」とは理屈上の“アジ”だが、かつてのプロレス界において多くのファン、そのまぶたを濡らしてきた天龍源一郎選手や川田利明選手がリング上に登場している限り、対世論という立場において、「“ハッスル”もプロレスなのだろう・・・!?」という立場からは一切、そう決して逃れられまい。  大晦日TVゴールデン放送・・・その意義は大きく、CMを打つ企業に対して言うまでも無く“ハッスル”の仕組みを大まかであろうが微細であろうがなかろうがはっきりと明示した上での放送であるということは論を待たない“一事実”。昨今、流行の言葉で従えれば、カミングアウトした上で無ければ協賛など得られないという仕組みは誰しもが既に知り得ている通りなのであって、ならば更に先に一歩、目を転じて、対世間として「私どもが行なっているものはプロレスという既存のジャンルのものではありません。プロレスというものに変わる“ファイティング・オペラ”という新ジャンルです。このジャンルは予め勝敗が決しており、その勝敗に向ってリング上に上がる全ての選手は“演目”として演技演出致しております」くらいのことをさらっとここらで改めて、されどしっかり公の場を設け表すべきではないか・・・!?   いつまでたっても消えない“ハッスル”否定・肯定論議、及び世間の“ハッスル”なるものに対する「いまのプロレスってこうなの!?」「プロレスなの?これが!?」という、視点・懐疑。  総合がある一面、プロレスラー敗北という概念をその土台にしてのし上がったように“ハッスル”も時代を編み出したプロレスラー達を“ただのひと”に成り下がらせることによって、そのアイディンティティを保とうと計ってきたが、これ以上のそういったかつての絢爛たる世界の住民・プロレスラー達を食い物にした世界観流儀はそろそろ枯渇状態にあるのではないか・・・!?


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posted by 美城丈二 | 11:56 | 美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 |
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2008年01月25日

シリーズ“讃歌”『“四角いジャングル”は未だこの胸に潜む』

 筆者注;本稿は、
 シリーズ“讃歌”「いまでもこの胸に“棲む”離宮の飛来人、その名はミル・マスカラス」初出;1998・6の抜粋改訂稿です。

 
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 それら、一葉一葉の写真を見る度に、強く焦がれた頃の幼い自分の在り様が思い出される。時代がいくら回天してもひとの心に棲む憧憬人はなかなか離れ難いものだ。いくつかの、後世のひとびとが後付する時代なるものを経てみてもまたその時代を軽々と超え、懐かしさと共にふつふつと沸き起こるあの圧倒的な存在感はどうしたものだろう。大人として歳を重ね、日々にやつれ、追われ、せっせと汗だくで生き抜こうと必死にもがくあまり、ひとはいつしか幼い頃の自分を見失うがまたそれもこの世の恒、ふと或る日我れに帰り、思い起こせる自分が居たことを覗い知ることが出来るならばまたこれもひとつの“生”の証し、いまを生きているという言わば存在証明とも言うべき代物でもあるのだろう。老いてのち知る境地もあろう。ただ懐かしさだけに浸る訳にもいかない“事情”というものも横たわっていよう。  だが、私は未だにそう、易々とは忘れないのだ。忘れない自身を誇りに思えるなどという不遜な感覚、気配ではなくただただ輝いてみえた彼らの躍動感が未だに時代を飛び越えた位置で生きる人々にも連綿と繋がっているという、驚愕(きょうがく)感。そのことにこそ強く思いは馳せる。  ・・・ 


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posted by 美城丈二 | 21:07 | “魂暴風”popular request column |
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2008年01月04日

三崎vs秋山戦について、一言。

 秋山選手はもうこれ以上は無い?(真剣勝負を謳うリング上では)と思わせるかのような壮絶な負け方を見せて敗れた。「さて、ここからどう、這い上がってくるのか?」そう見る者に思わすだけの説得力を秘めた負け振りであった(試合後、鼻骨骨折が判明)。

 制裁はこれで済んだのだ。そういう意識こそ、かつての私にこそ持て!!と私は私に問いかけてみたい。まして世界観含め決して好む選手ではないのだから嘲りを起こした、かつての私を諌める意味においても、「さて、ここからどう、這い上がってくるのか?」と良識ある目で今後を見定めたいものだ。

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 三崎選手はまさにお見事と湛えるべきフィニッシュシ-ンを構築した。あれはルールで問われる「四点ポジションにおける両手・両膝が着いた状態でのキックは不可」なる、いわゆる反則プレーとは私には思えなかった。グランドに移行してしまうことを怖れたかのように映った秋山選手のまさに立ち上がらんとする瞬間を狙い済ましたかのような一撃に思えた。あれを反則だなんぞと秋山選手側が今後、本気で抗議提訴したとすれば、ちょっと失笑が渦巻くことだろうし、現に既にそこに言及し、嘲笑のネタになり下がりつつある。  負けて潔し!!ここから発奮し、実力で悪役人気を真の意味で不動のものにしていただきたい。皮肉でもなんでもない。私はそう、素直に思考している。


posted by 美城丈二 | 11:21 | 魂暴風【pickup report】 |
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2008年01月03日

敢えて受けることの痛みを知らぬ!?ミルコ・クロコップのハイキック。

 
 新年明けましておめでとうございます。旧年中は多くの識者の方々より、温かい激励のコメント及びメールをお寄せくださり、誠に筆者恐縮、感激致しております。有難うございます。本年も私なりに文筆業、一途に邁進、励んで参りたいと思いますので引き続き宜しくご指導賜りたく存じあげます。縁り良き一年であられますように、心から。
                                  筆者・美城丈二


 2008・1・3 記す
 『敢えて受けることの痛みを知らぬ!?ミルコ・クロコップのハイキック。』

 「ハッスル」サプライズ登場のミルコ・クロコップ選手。年末特番でよもやの登場、いきなりプロレスラー・金村キンタロー選手扮するキンターマンにハイ・キック一閃。ところがこの一撃によって金村選手はリング上で「いびきをかいてしまう」ほどの失神、絶対安静を医師から命じられ、元旦プロレス興行『プロレス・サミット』を欠場せざるをえぬ事態となった。

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posted by 美城丈二 | 23:39 | 魂暴風【pickup report】 |
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2007年12月31日

あの“田コロ決戦”は未だ静かに横たわる

  晩夏の一夜
  (1994・9 初出訂正稿)

 煌(きらめ)きというやつは時空を超えて一層
 その光芒を放つものらしい

 忘れ難いあの晩夏の日の一夜

 在京のひととなり9年経たその夜

 ふと僕はあらぬ想いが込み上げてきて目黒線は田園調布駅で降りた

 降りる必要も無いそんな駅のひとつに過ぎぬはずであった
 だが僕はふと降りねばならぬ衝動を感じた

 僕の心根に衝きあげてきたもの

 青年と呼ぶに相応しい歳になった僕が興奮を委ね
 その余韻が未だに負ぶさってくるなんて

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posted by 美城丈二 | 09:35 | 新章『時空を超えた“格闘者”たち』美城丈二・格闘詩篇 |
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2007年12月19日

ファンタジープロレスの愉悦、シュート活字の鮮烈「本年のご教示に感謝しつつ・・・」

 
 プロレス世界を格闘芸術、ファンタジーだと従え論じることほど愉しい作業は無い。この場合の“ファンタジー”とはあのハッスルの概念、“ファイティング・オペラ”なるファンタジープロレスとは一線を画す。からくりが丸見えなのに敢えてその焦点は突かず、現象として現れた事象だけから事を筋道立てしようと試みる。元週刊ファイト編集長であられた故・井上義啓氏のそれは独壇場であった。「底が丸見えの底無し沼」誠に言いえて妙である。これに対してプロレス世界が予め勝敗を決したうえで執り行う競技だとはっきりと言及・明記・定義したうえでリング上の絵巻を紐解いてみせましょうというのがシュート活字と言われるスタイルである。

 誤解を怖れず、おおざっぱに定義した次第だが、シュート活字といえばやはりタダシ☆タナカ氏がその源流か!?氏の著作を改めて読了させていただく。とにかくやはり非常に面白い。謎解きが謎解きとしてきちんと成立している。その氏は井上義啓氏のいわゆる門下に当たる。ご本人がそう、はっきりと著作にて明記なされておられる。かくいう私も井上氏・I編集長に薫陶を受けた者のひとりだ。

 プロレスは“ケツ取りゲーム”では無い。それはいまや小学生でも知っている事実である。にも関わらずいつまで一体、その時だけ良ければ良いだろうといった按配の“アングル”を持ってシリーズをこなしているのだろうか?これではいわゆる“平成のデルフィンたち”プロレス村の住民たちだけによしんば通用するのみであって世間の耳目になど露と登らないであろう。

 ファンタジープロレス論を未だに私が捨て去らないのはかなた過去のプロレス絵巻にまだまだ執着するだけの愉悦世界が残されているからなのであって、何も後ろばかり振り返っているわけではない。私は取材記者宜しく関係者では無いのだから、どなたにもこびることなどしない。飽くまでも一ファンという視点に立って論じたいまでで、では現行のプロレス世界はと問われたならば、あいも変わらず軍団抗争や小さな小競り合いアングルに終始しており、本当にこの先、大丈夫かな?と身の縮むような思いの元、見つめてしまわざるを得ない。  

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posted by 美城丈二 | 00:01 | 魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
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2007年12月11日

プロレスラー・安田忠夫、嘯く。「これでも少しは大人になりました(微苦笑)」

 
 
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 “安田忠夫はこのままでは終わらない・美城流声援歌その第1稿”  ☆プロレスラー・安田忠夫、嘯(うそぶ)く。「これでも少しは大人になりました(微苦笑)」    来る12月20日、IGFプロレスリング「GENOME2」において本日現在(12月11日)、事前対戦カード が唯一、発表されている。  安田忠夫vsレネ・ローゼ  2001・8・19「K-1 JAPAN GP」 (3R9秒、ローゼの左ハイキックに拠る安田忠夫の失神KO負け)  2003・12・31「猪木ボンバイエ」 (1R52秒、マウントパンチからの安田忠夫のTKO負け)  今回のローゼ戦は3度目の正直、4年越しのリベンジマッチとなるわけだが、昨今の格闘技イベント、PRIDEに代表される事前にひとつふたつ、世間の耳目を引くようなカードを発表し前景気を煽り、直前になって更にチケット購買意欲を沸き立たせるかのようなどでかいカード発表を行なうなどといったカード発表方式を踏襲せず、試合当日会場でカードを発表するという言わば興行者側的には“ばくち”のようなスタイルを持って“奇跡的な”成功を収めてきたIGFが遂に事前カードを発表するという“前フリ”を見せた。  全盛時の何が飛び出すか判らないとでも評したい猪木プロレスの向こうを張ってか、出場選手発表だけに留め、あとはファンが勝手にあれやこれやと空想してくださいという、いわば往年のプロレスファンが好んだ勝敗よりも経緯をゆっくり愉しもうとでも言うべき、性急さを求めないファンひとりひとりの心按配に委ねる形のスタイル。いや、事前交渉に難航してカード発表が出来ないだけと口さがない現代のチャネラー達には批難轟々ではあったがとにもかくにもなんとか第3弾開催までこぎつけている。  が、この第3弾、“異例”の事前対戦カードが発表されたのだ。


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posted by 美城丈二 | 22:56 | 魂暴風【pickup report】 |
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2007年11月27日

時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”『猪木一流の遊び心!?増殖!!ストロング・マシーン軍団!!それは窮余の名策であったのか!?否か!?新日本、ストロング・スタイルが死滅した瞬間!?』

 
  「あれはまさしく猪木一流の遊び心から生まれた名アングルだったねぇ」

 とある識者は随分以前のことだがそう、私に問いかけてきた。あの頃、私は胸中、複雑であった。・・・窮余の名策であったのか、否か!?

 全盛時、ましてS・小林氏や大木氏と熱戦を展開していた頃の“猪木プロレス”の範疇にはけして入らない代物ではなかったか?
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posted by 美城丈二 | 09:12 | 時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側” |
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2007年11月13日

“立ち上ってくる妖気”踏みとどまることを知らぬ小橋建太という、執念-その第2稿

 
 
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「臓器ひとつを取ってプロレスラーとして復帰したものを知りませんよ。この先、何が起こってもしらないから。・・・でも駄目だといっても復帰するんでしょ?」  そう、主治医に問われた小橋選手は、  「・・・はい。」  はにかむようにそう、返答したと言う。  先のマスコミ報道における横浜市立大学附属病院・中井川担当医との遣り取りのひとこまである。  室温40℃を越す道場での修練。体重を増やそうと考慮するが為のタンパク質過度の搾取が災いしたのか、8月時点での“数値”はかなり悪かったと報じられた。  「おなかがすいたら水か黒豆茶。ウーロン茶だと、カフェインが入っていて睡眠を妨害するから。」  それらひとつひとつの仔細な報道に「このひとというひとは・・・」と私は溜め息が途絶えなく吐き出るかのような思いの元、見つめてもきた。  腎臓がんからの驚異的とも言える復帰。  20007・12・2ノア日本武道館大会。  この“復帰”はそれだけで“事件”である。  復帰戦チケット売り出し、即完売という事実も納得のいく“現象”というものであろう。


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posted by 美城丈二 | 08:55 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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2007年11月09日

魂暴風・2007外伝“燃えよドラゴン”未だに焦がれるひとをも生む、稀有な映画人『李小龍』その第1稿

 
 ブルース・リーはすでに地の中のひとである。いや、そうではなく今でも様々な有為の人々の心の中に棲む“黄泉”のひとでありながら、未だに焦がれる人をも生む、誠に稀有な存在だ。

 彼と格闘技人とのことを同列では語れまい。仮想世界と現実世界は違う。同列で物事を論じたならば、リーにも格闘技人にも礼を逸していると言いえることだろうから。

 リアルとリアルでは無い世界。

 筆者は一時期、映画人でもあったはずだが、シナリオどうこうを抜きにしてブルース・リーの主演作には心を躍らされた。

 私にはやはりどうしたって覆らない“強き人”への憧憬があって、幼い、若き時分には彼にも随分、執着したものだ。

 “強さの中に秘められた、憂い”
 “時代を呼び込んだときにこの世に存していないという、まさに時空を超えてしまっているという凄絶感”

 そういう、誰しもが感慨を抱ける雰囲気、佇まい、時代背景なるものが、彼をただのアクション・スターの域から大きく逸脱させている。そう、そう想う瞬間、人々の彼への憧憬は共鳴を生み、やがて仮想世界を遊離し、その生涯をかけて彼が目指していた現実世界とはなんであったのか、朧(おぼろ)げながらにも突き詰めてみたくなる。

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posted by 美城丈二 | 22:35 | 美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
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2007年10月30日

この、ご一文は本当に貴方が書かれたものですか!?拝啓、西村修殿

 
 男には、言いたくても言えない事もあります。
 これ以上は言わないのが仁義だという事もあります。

 私が悪者になる事で、それで気が済むのなら
 全てが丸く収まるのならばどうぞ私が悪いと、
 そういう事にしておいて下さい。

 ただ、これだけは言わせていただきたい。
 無我を守って来たのは私です。
 無我は私です。
 これだけは、七度生まれ変わっても絶対に譲れません。

   西村修のフリーバード~翼あるもの~[オフィシャルブログ]より

  私は敢えて誤解を怖れず、またこれはりっぱな個人攻撃だとのそしりを受けかねよう、今稿において西村修という一プロレスラーに対して問うてみたい、思いがある。

 「この、ご一文は本当に貴方が綴られたご一文ですか?」と。悲しいかな、明らかに筆者なりの経験則から講じるならば、この一文は心にどこかやましい感覚を有した人間が吐く一文であろうかと鑑みる。誠に僭越ごとながら若年の折り、立場は違えど、私とて聖人君子などでは無く、苦い過去において筆者自らが語った言葉とおんなじ科白(せりふ)なのです。かつてのそんな若輩の私を思い返し、私は自身のこの一言を恥ずべき事といまでは悔いております。

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posted by 美城丈二 | 09:06 | 魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
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2007年10月20日

淋し過ぎる電撃移籍!!西村修、無我の聖地を飛び出す!!“何故、そう生き急ぐ!?”

 
 何故、藤波辰爾(たつみ)選手へのひとかどの断りが行なえなかったのか!?理解に苦しむ。なんらかの確執を思わす。癌に侵された者のまさに“生き急ぐ”かのような自身のいまある姿勢に根ざす思想を壊してまでの?「ハッスル」参戦、或いは「全日本」入りなのだろうか?何か、身体に重大異変でも起きているのではなかろうか!?

 Mr.ゴッチ他界後に堰を切ったかのように流転していく西村修という、ひとりのプロレスラーの生き様。「無我」にあくまでも拘(こだわ)り、この一字にどこまでも執着したい旨(むね)、全日本入団緊急会見では語っていたが、ではあの手作り感いっぱいの「無我ワールド」の聖地とも言うべきリングはなんだったのか!?

 淋(さみ)し過ぎる“無我”離脱、全日本入団移籍である。「月に一回の興行の時もあり、もっと試合がしたい。」とのことではあったが、その背景には多くの有志たちの想いあってこそのいわば月一興行なのであり、多くの識者が語っておられるように、立ち上げの時点でそういうことは鑑(かんが)みられうることなど容易に想像しえたはずだ。悲しいかな?思想に殉(じゅん)じることが出来ず、ギャランティの多いほうを選択したのだ!!とそしられ罵(ののし)られてもいたしかたないのかもしれない。 

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2007年10月15日

安田忠夫選手の自殺未遂報道において。

 猪木氏が先のWBC世界フライ級王座戦における亀田大毅選手の行為に対し見解を述べた席上、愛弟子・安田忠夫選手の自殺未遂騒動に関しても辛口の言及を行なっている。いわく「安田は断食しろ!!」猪木氏らしい、入院費も払えぬだろうとする猪木氏特有のエールではあるが、言下に愛弟子を思う想いが込められており、相応しい。
 幸い、命には別状も無く、安田忠夫選手においてはこの後、退院したのち猪木氏から何がしかの機会を得られるだろうが、幸せなことでもあろうと思う。筆者は私事ながら10代、学生時分から『自殺文士の研究』等、日本人の文士、川端・太宰・三島・芥川においても一歩、踏み込んだ論文・記述も行なってきた身であり、自殺する、或いはしようとする人間の、その追い詰められていくさまを筆者なりに鑑みるうえにおいて、尋常では解しがたい精神状態に陥っていくであろうと察せられるゆえ、ジャンル等職業に貴賎無く、一己の人間の「自殺報道」においては軽々しく論じられぬと感じ、このことに対するコメントはあらゆる場においてノー・コメントを貫いてきた。まして誠に私事ながらかつて知人において「自殺する」という行為を目の当たりにしてきた身でもある為、残された者の悲哀も含め、そう易々とは論じれまいと鑑み、いまに至った。
 公の場において、安田選手の「自殺未遂」に関しても、いわゆるプロレス界特有の“アングル”(話題作り)の為の所作ではないのか!?等、目にする段においてそう、思うことは自由としても、では何故、アングルではないとしたらどう、思うのか!?その辺りを追求してみたくもなる思いが沸き立ってしまい、仕方なくなった。
 理由はどうであれ、人生を閉じようとしてまで自らの命を傷つけようとする行為は誠に厳粛なものであろうと思う。にも関わらず、公の立場の人間や公の場、たとえばそれが一ブログであろうともさもあっさりとあれは「プロレス特有のフェイクでしょう?」などと吐く、記述する輩が現れたりすると、その気持ちが私には解せられず、暗澹たる想いに陥る。それだけプロレスというジャンルが蔑まれている証左なのでもあろうか!?。
 かつてのプロレス界、あのエリック一族の“悲劇”等、自殺に関する報道に接し、筆者が目にする記述において「あれもひとつのアングル、フェイクなのでしょう?」などと論じる輩などいなかった。殊更に大上段に構え、物申す気はないがひとこと書き連ねておきたいと思った。
 あまりにも他者の思いを踏みにじる、顔が見えぬということをいいことに言いたいことを勝手に罵る輩がいまの世、多過ぎる。ものを書くという行為においてもその批判がいかに対象の人間の心根を壊すか、虐げるか?察せぬ人間が多過ぎる。僭越ごとながら筆者においては公にしたものがいくばくかのお金に変わる立場でもある為、書いたものに対してはきちんと責任を持つよう、恒に苦慮しているつもりではあるが、それにしても「ちょっとこの世は確かにおかしいよ。」と筆者も頑固親父風情気分に陥ってしまってこの心、さめざめしく甚だしい。

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2007年09月17日

“千の顔を持つ男”ミル・マスカラス、筆者の幼児の記憶もまたそこに集う

 
 毎試合の度にオーバーマスクを投げ入れる。観客席で“奪い合い”に群がる子供達。だが、見守る大人達は眉をひそめるどころか、慈愛の眼差しを持って目を細めつつ“その光景”を見つめている。

 年に一度か二度の“待望”焦がれるプロレス興行。
 「おらが村にも“プロレス”が来た!!」

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posted by 美城丈二 | 15:01 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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