2008年10月27日

【雑感】“王道”の世界がつぶさに検証される時代が訪れた!?『G SPIRITS』全日本&NOAH特集号に見る光と影

 
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 「マニアに贈る全日本プロレス&NOAH研究」と副題が付された最新号の『G SPIRITS』を読了させていただいた。ご存知、元『週刊ゴング』から二派に分かれた専門誌の一誌であり、私が毎号、楽しみに発売を心待ちにしている雑誌である。1300円という値段を高いと見るか安いと考えるかは昨今の出版事情を考慮に入れた上では微妙なところだろうが、それだけの値打ちを感じる専門誌ならではの切り口は識者間においても定評があり、丹念に織り込まれたプロレスというジャンルに対する愛情が強く感じられて、プロレス者を自認する私としては読み綴っていく段において様々感興を起こさせる良書だとの認識がある。  物事は何事もそれらに対する見識以前の好悪の持ちようで、どのようにでも変わる。専門誌には専門誌なりの位置付けなるものがあって、かつてのプロレス界なる物差しで鑑みれば、猪木寄りであったり馬場寄りであったりするはずだが、この専門誌にはどちらかに寄り偏ったかのようなまさしく“偏見”なるものは感じられない。マスクマンの特集が回を重ねていたり、かなたのレスリング事情が散りばめてあったりと誠にオールマイティな編集方針には好感が抱けるし、その姿勢には感服するほどだ。私は本来、読ませる、読まれるべき文章なるものはこういった偏った見識を見せず、飽くまでも客観視した視点で論じていくべきだとの考え方だから(なかなか、そうは論じれないが)、「G SPIRITS」の奥ゆかしき、けれどきちんと掘り下げてみましょうよというスタンスには賛辞以外の何物も無い。  今号でも底辺にはそういった真摯さが横溢しており、もっともっと多くの人々に読んでもらいたいと思わずにはいられない丁寧な作りであるなと感じた。  それにしてもザ・グレート・カブキこと高千穂明久氏のインタビュー、及び往時のスター達への言及には感が沸き立つものが多かった。そこかしこで知られてきた高千穂氏の辛口批評。筆者も度々見聞きしてはいたが、たとえば故・ジャンボ鶴田氏への言及のくだりは指導した立場ならではの見解もさることながら、かなり辛らつというか、刺激的な内容であった。  私は以前からレスラーのインタビュー記事なるものは本音半分建前半分で読み解いてきた次第だが(下世話な物言いかも知れませんが、やはりどんな立場の方であろうとも微妙な人間関係の“綾”なるものからは逃れられないと思うゆえ)とはいえ、歯に衣着せないといった按配の言説には興がそそられる。世間的には、またプロレスファンには功成り名を遂げた人物との印象が薄い“天才レスラー”“怪物レスラー”故・ジャンボ鶴田氏ではあろうが、こういう見方をまたさらさらと公に出来てしまえる状況が故・ジャイアント馬場氏健在なりし頃と比した場合、隔世の感を受ける。マスコミの一言説にも過敏な反応を示し、かん口令を敷くことが多かったとされる(というよりも無言の圧力というべきか)旧全日本プロレスの黄金期時代では考えられなかった状況、専門誌編集作業というべきであろう。それはすなわち時代の変遷を思わせ、あの当座がかなた古き良き時代の代物になってしまったとの思いは強く抱かざるをえないのだが、読み手側の“読む姿勢”によっていくようにでも読み取れる読み物の深さとしては表題にある通り、丹念に掘り下げていこうという姿勢をも感じさせ、秀逸だったと思う。  専門誌には専門誌ならではの弱点があり、それは言うに及ばず、俗に揶揄されるところの業界側との癒着が暗に感じられる文章の運びに端を発しているわけだが、そこをなんとかして飛び越えようと計る“野心”をも感じられて好もしく思わせた。  連載物では、今号でも私が敬愛する先達“プロレス冒険家”澁澤恵介氏の『世界・ふしぎ再発見』連載があり、毎号、楽しみにしている起因のひとつとなっている。  今回はあのブロディ刺殺事件の本舞台でも知られるプエルトリコがお題であった。こちらも大変興味勘考が未だ消えぬものでありゆっくりとじっくりと読ませていただいた。故・ビクター・キニョネスとの親交もあって現地を訪れた氏に彼が語ったブロディ死因の真相、プエルトルコにおけるプロレスの歴史をも編修なされており、何かと興味は尽きない。  一プロレスファンとして、またものを書くはしくれとしても大いに刺激を受ける『G SPIRITS』。願わくばプロレスなるジャンルが閉塞して止まないという、未曾有の危機的状況と囁かれて久しい昨今、こういった心を傾けた、懸命なる作り物との印象がある“良書”が長く今後も続くことを切に願う。また来号もその発売を楽しみに致しておりますよ。   ☆美城丈二・最新稿出来!!史実をもとに再検証しております。こちらも併せて読了いただければ幸いです。筆者、自信の一作です。       yoshiki812-64696.jpg     ⇒『美城丈二のセミファイナル』  


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posted by 美城丈二 |18:32 | 魂暴風【pickup report】 | トラックバック(0)
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2008年10月15日

机上の夢物語、或いは幼い時分の視点。「棚橋・中邑・後藤、複数スター制に陽はまた昇るか!?」

 ただの妄想以下・・・その1。(飽くまでも一ファンの戯言ですからそのお積りで)

 
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 現(49代)IWGP王者、武藤敬司を王者から引きずり下ろすのは蝶野正洋。武藤と同格、或いは匹敵する色気のあるレスラーは現行の新日本マットにあって蝶野か長州ということになり、長州では時代があまりに逸している為、蝶野しか有り得ないだろうという、妄想。  蝶野のワンポイントのち、いよいよ凱旋帰国の棚橋がその政権を奪取し、当分は棚橋時代が続く。  棚橋はどうも“ナルシストキャラ”が板に着いてきつつあるが、“受け”を主体とする試合運びも含め、軌道修正を計ってくるだろうという、読み。ただし、この軌道修正は“強い”新日本復活の軌道修正では無く、切れた、吹っ切ってなりふり構わず猛進する、何が起こるか判らない、先の展開が読めない新日本往時のスタイルへの転換(血しぶきでもあげてキラーと化すなんてのが良い)。  武藤を返り討ちにした時点で、その棚橋に電撃参戦のあの小川直也が挑む。この小川をも破り、更にあの安田忠夫、藤田和之までをも破った棚橋は喝采を浴び、ここに真の“棚橋時代”が訪れる。  中邑は本年大晦日、満を持して総合参戦。その結果いかんでは継続参戦を果たし、総合でも勝てるプロレスラー像を目指す。  後藤洋央紀は棚橋とのライバル闘争に一敗地にまみれ、ペイントレスラーかマスクマンに転進し、棚橋を破る“快挙”を成し遂げる。  棚橋、中邑、後藤。独自色濃い、またあの闘魂三銃士時代を彷彿とさせる、誠に突っ込みどころ満載の複数スター制時代が到来。  嗚呼、ここに私があまり好まない複数スター制ながら新日本はマット界の盟主に返り咲く。  ・・・・・・ほんにそうなったら嫌だなぁという妄想以下の夢物語なのですが気にしないでいただきたい(笑)。こういう妄想以下のお話しも幼い時分はプロレスを語るうえで、“先読み感”があって、また楽しみなおしゃべりのひとつでもありました(勿論、大はずれでも全然、構わないわけで)。  無論、上記のようなことにはなりがたいでしょうが、現行の新日本マットは90年代プロレス黄金期の華・武藤敬司をその象徴とも言えし、IWGP王者に据えたことで何かと先の展開が面白くなってきましたね。ひところの低迷期を脱し、いよいよ来年以降、新日本、いやプロレス界がひたひたと反抗の狼炎をあげそうです。全日本との合流を含め、マット界再編の動きも感じられ、いまこそ時代を担うスターの出現を待望している次第です。  プロレスという、世間からバッシングを受けがちのジャンルに魅せられ、早、40数余年。少しでもその面白さを、私ながらの拙文とは申せ伝えられないものかと僭越なる物言いとは感じながらも腐心してまいりましたが、じっとじっと待った甲斐があったかな?(笑)。見ていて鮮烈なるマット界の復活を切に希望致す次第でもあります。どろどろとした人間関係の縮図を見るような、そんな醜聞記事を読むのはもうこりごりですよ。他団体との抗争を目玉にするのでは無く、自前のスターで興行をまかなう、マット上の更なる活性化。プロレス界復活の起爆剤はこれに尽きると私は信じて疑いません。


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posted by 美城丈二 |11:37 | プロレス、この果て無き浪漫 | トラックバック(0)
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2008年10月09日

日溜りで老成をかく語りき~武藤vs中邑・雑感

 
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 武藤敬司vs中邑真輔、  実際、重みが違うと指摘する一群がある。  武藤はその体に猪木・前田・長州・藤波・橋本・蝶野・・・・・・、  様々なプロレスラーたちの“執念”を受け続けてきた  “通過者”なのであり、  そこを指摘されると中邑は  「はい、そうですか・・・・・・」  と黙りこまざるをえないか。  若さは“暴走”であろう。  そこからもっとも遠い位置に  ある風情を醸し出しているかのような  中邑ではあろうが、  内に秘めたる熱量は相当なるものでは  ないだろうか?  それが「中邑スタイル」というのであれば  それらを含めて見定めてみたいという  思いが私には  いま、強くある。  中邑IWGP再戴冠なら大晦日総合出撃は無い  と見る向きもあって  結果が素直に楽しみでもある。    どうですか?ムフフッ
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 ちゃんと中邑にはいまスタンダードの総合とリンクしていて  こういうプロレスラーは貴重だと考える。  先の杉浦にしても、  きちんと内と外が彼の中で線引きされており、  「もう、総合はいいです」  そう、呟かれても  無碍(むげ)なる思いはこちら側には沸かない。  いつだって、外に“吼えるプロレスラー”を、  私は見たいが、また  中邑のようなプロレスラーの内なる本心にも興味があって  実に関心がそばだてられる。  今度の武藤vs中邑は結果なんてどうでも良い、  と昨今、軽視されがちの部分と経過がどうであろうか、  この辺りも両方、楽しめそうで待ち遠しい。  武藤も“スペースローンウルフ”以前から  うんと楽しませてもらったが、  そろそろプロレス界も新時代を迎えねば。  芯から武藤を好きなファンもきっと  そう、思っているはずだよ。  あの満身創痍(そうい)、  わかってるひとはわかってる。    かつての猪木信者がそうであったように。  次の世代はきっとあなたを待っていると  思うよ。(なんだ、この上目線!!)  レスラーはぐいぐい主義主張して強引にでも  ファンを引っ張っていってほしい、と私は考える。  だから、私の言い草なんて  それこそ「糞くらえ!!」でいいんですよ。  まともじゃない、  とあざ笑われても  私は私のフィールドを恒に離さず生きているので  全然、構わない。  「中邑スタイル」  私はあなたのその姿勢を支持して止まない。  揺るぎ無い「中邑スタイル」  ファンはそこにいつだって  焦がされるのさ。  
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posted by 美城丈二 |10:57 | 魂暴風Personal【格闘技の在り処】 | トラックバック(0)
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2008年10月09日

(雑感)革命前夜・以後「藤波vs長州“名勝負数え唄”

 藤波vs長州“名勝負数え唄”
 往年のプロレス黄金期、古館伊知郎アナが絶叫していた、いまではただたんに回顧と呼ばれてしまいかねない時代のお話しなのですが、先だって、とある雑誌を読み綴っておりましたら、この稿も掲げられておりまして、色々と検証なされてありました。
 まさしく多くの識者の方々が指摘なされておられるように、あの闘い模様こそ、日本のプロレスの有り様を変えたと申しますか、あの辺りからプロレスリングスタイルが大きく変わっていきましたね。技と技の間に溜めを作らないというか、矢継ぎ早に次の技をしかけていく。ひとつひとつの技の重みが無くなってもったいないですよぉと嘆いておられたプロレスラーのお話しを当時もじっくりと私なりに伺った記憶もあるのですが、当時はやはり「けんか腰でいい!!」という声が圧倒的で、そういう意見の方が大多数でもありました。
 いわば、それまでのプロレス特有の相手の呼吸が整うのを待つ、いわゆる“間合い”なるものが、ただたんにスローモーに思えて退屈に感じていた層が振り向くきっかけを与えてくれたスタイルであり、通と呼ばれていた方々はそこに“溜め”という言葉を持ち込んで「いやいや、技と技の合間だけでなく、ひとつの技自体をしかけていく場合でもひとつひとつのモーション、その間自体にさまざまな勘考が沸くものです」などと語られてもおられたのですが、
 じゃあ、あんたは面白くなかったの?と聞かれたら、いや、全然、食い入るようにリング上を見つめておりましたよ、と私は多分、いまでもそう、お答えするでしょう。この辺りは私の私らしい、曖昧と申しましょうか、情けないところで、とにかく当時は、幼い時分から好きだった世界が、あの初代タイガーマスク出現やこの名勝負数え唄のヒットによって、大変な賑わいようで、それまでいつ会場に足を運んでも四分五分だった観客数が超満員、そちらの方が嬉しかった記憶もございまして、やはり、昔から私は二律離反、“溜め”のあるプロレススタイルと“間合い”を排除したプロレススタイルをも好んでみていた。こういう感覚が未だに強いからか、あんたの書くものはいつも相反しているなどと揶揄されたりするゆえんなのでしょうが、より良く捉えてくださる方は「それだけプロレスというジャンルがお好きなんでしょう」とちょっとこそばゆい言葉をかけてくださりもする。

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posted by 美城丈二 |09:25 | プロレス、この果て無き浪漫 | トラックバック(0)
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2008年10月08日

UWFは、いま総合格闘技の血となって沈殿す。

 21世紀も暦を重ね、8年が過ぎ去ろうかとする昨今、あのUWF現象も否定的に論じるひとは多い。いわく「UWFも結局、プロレスだった」いわく「まったくいまではその亡骸ばかりだ」いわく「踊らされた方が悪い。その実態は嘘、だらけだった」・・・・・・。
 特にこれはUWF現象に限らず、かつて何かに執着し、胸焦がし、幻滅を覚えたひとに多い傾向で「坊主憎ければけさまで憎し」ではないが、今度は翻って徹底的に糾弾する側に廻ったりする。

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posted by 美城丈二 |18:00 | 美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 | トラックバック(0)
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2008年10月08日

W★INGという名の奇実『ある極悪レスラーの懺悔』ミスターポーゴ著に寄す

 
 1991年8月、プロレス団体として産声を上げた『格闘技連合W★ING』から『W★ING同盟』(ユニット)へと連綿と変遷を続けた、負の連鎖。
 拠り良い従え方で論考するならば、プロレスという、見る者によっては幾様にでも変化する、「ジャンルにおける“デスマッチ”という格闘スタイルの終着場と化していた」と評しても過言では無いかも知れない。

 生まれては消え、消えては誕生するプロレス団体なる、その一興亡史に対して、まさしくプロレスというジャンルを衰退させたのは、そんな団体の過剰乱立化が原因だと揶揄する向きには、W★INGと名の付く団体が辿った変遷はまさしく苦渋を思わせるものであったのかも知れず。

 非にせよ、是にせよ、論じる識者の価値観においてどちらかに大きく振り子(論調)が分かれるという事実は、良くも悪くもW★INGという団体が日本の他の団体にあっても奇特な位置に存していたという証左であろうと考えられる。
 レスリング主体では無い、競技性うんぬんでも無い、プロレスという興行において、非日常性という「治外法権」としての場を更に掘り起こしていくとするならば、自ずと答えは“デスマッチ路線”そのエスカレート化ということになるのかも知れないのだ。
 ここに、まさしく筆者は“負の連鎖”を見出すのである。

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posted by 美城丈二 |15:29 | 美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 | トラックバック(0)
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