2008年05月18日
スポナビTBについて【お詫び】
【拝読者の方々へ】 過去コラムにおいて加筆・訂正中、誤って連続投稿掲載されてしまったようです。悪意はございません。新着コラム等を掲載される方々にご迷惑をおかけしました。ここに謹んでお詫び致します。申し訳ありません。 筆者・美城丈二
- 共通ジャンル:
posted by 美城丈二 |17:46 |
トラックバック(0)
協力:日本オリンピック委員会
【拝読者の方々へ】 過去コラムにおいて加筆・訂正中、誤って連続投稿掲載されてしまったようです。悪意はございません。新着コラム等を掲載される方々にご迷惑をおかけしました。ここに謹んでお詫び致します。申し訳ありません。 筆者・美城丈二
posted by 美城丈二 |17:46 |
トラックバック(0)
美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃” Act⑥【外伝・井上義啓氏について】 《井上義啓氏『猪木は死ぬか!』に纏わる、思い出すことなど。》発売当時、貪るように読みふけった記憶がある。 1982年、初版本。 だがいまや筆者の手元には無い。これまで幾度となく移を転じ漸く古里に落ち着いた次第だが、どこかに収め、どこかで無くしてしまったようである。 10代時分、筆者は井上氏のひどく文学臭に長けた文体、深い洞察力に裏打ちされた文章に魅了され、氏の編まれる記事、編集物の類いを好んで読み綴った。Y・Iと文章末尾、筆記がなされていなくとも、文体からすぐ氏の書かれたものだなという、感を察してじっと最後までそして幾度と無く読み返したものである。 週刊ファイト内、特に氏が自身を井沢編集長に置き換え筆記なさる「ファイト・ノンフィクション劇場」はけだしお気に入りで長くストックしてきた。80年代初頭、プロレスというジャンルの人気が高まるにつれ、氏の威勢もいよいよ高まって『猪木は死ぬか!』一冊の書物となって氏名義のいまでは大変な希少本が生まれた次第である。
posted by 美城丈二 |21:58 |
時代の風・シリーズ“80’S プロレス黄金狂時代” |
トラックバック(0)
美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃” Act⑤【ローラン・ボックの“戦慄”】 『シュツゥットガルト(Suttgart)の惨劇』 この一語には、往年の猪木信者たちを色めきたたせるほどのかくも“衝撃性”を含んだ背景がある。後年、「地獄の墓掘り人」と称されるようになる、「欧州界の帝王」とも謳われたローラン・ボック(Roland Bock)と約2年半ほど前にvsアリを通過し名実共に「世界の猪木」と称されていたA・猪木との一戦は猪木の欧州遠征シリーズの決勝戦として組まれている。 1979・11・26 西ドイツ・シュツゥットガルト・キーレスバーグ 4分10ラウンド制 ●A・猪木(10回判定)R・ボック シリーズ・23日で6カ国を股にかける、国境越えの長距離移動、一日2戦を含めた全20戦の過密なスケジュール、受身の取りづらい硬いマット、不慣れなラウンド制、時の欧州界を代表するかのような格闘家たちとの死闘、のちに様々な憶測と風評を呼んだ、このシリーズにあって猪木とボックの問題の一戦は、シリーズ顔合わせ、3度目のことであった。【ボック最強論に対し、アンチテーゼを唱えておられた井上義啓氏・私達は井上氏によってボックの“負”の部分を知ることとなった】
posted by 美城丈二 |16:51 |
時代の風・シリーズ“80’S プロレス黄金狂時代” |
トラックバック(0)
美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃” Act③【A・T・ジャイアントの“深奥”】 私が初めて“人間山脈”A・T・ジャイアントを目の当たりにしたのは幼少時、TVのブラウン管に映し出されたS・小林氏との一戦であったような気がする。記憶が定かでは無い。何かのトピックスとしての国際プロレスの映像。当時から既に体躯では小林氏を凌駕しており、幼心にも“見上げれば遙かなる大巨人”という印象を抱いた筈である。 B・ロビンソンをシリーズエースに従え、我が地方へと転戦してきた折り、会場で見上げたジャイアントの馬鹿でかさに肝が冷えた筈ではあろうのに、奇妙なことに、実際に目の当たりにした姿態に私はなんだか温かい気持ちが自身の中で湧き上がってしまったことが未だに強烈な陰影と共にこの心根に深く記憶として刻み込まれている。断片だけだが、思い起こす度に不思議とあのジャイアントの姿態が私に日本人気質、化け物見たさという勘考を植え付けず、邪魔をせず、いわば良い陰影でしか捉えていないのは何故なのだろう? もう自分には手に負えない、いわば後光がかった存在だとか、違う空気を吸い、放出しているだとか、いわゆる未知なるものに崇敬なる面持ちで接している、いたとでも言うべき按配だったのだろうか? ゆえに、私はのち長くジャイアントに対して終始一貫、彼が冥土に臥されるまで、いや臥されたのちも好感以外の感情で彼をものしたことは無かった。
posted by 美城丈二 |10:15 |
時代の風・シリーズ“80’S プロレス黄金狂時代” |
トラックバック(0)
あくまでも、一プロレスファンの戯言として。新日本プロレス、08・04・27「大阪府立」武藤敬司、99年12月10日、天龍源一郎に敗れて以来の3061日ぶり、“新日本至宝”IWGP戴冠劇。まずは、この戴冠劇を受けてこの後の動向が注目される人物とは、かつて“闘魂三銃士”のひとり、蝶野正洋だろう。
posted by 美城丈二 |11:55 |
魂暴風【pickup report】 |
トラックバック(0)
美城丈二・覚書「過去寄稿文より」こちらのカテゴリーでは過去寄稿文より再掲という形で改めて掲載させていただきます。 美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃” Act①【ジャイアント馬場の“覇道”】 故・ジャイアント馬場氏が私達に教えてくれたこと、それは忍耐ではなく辛抱でもなく、美しさであった、と書き始めればひとはどのように感じとめていただけるだろうか?【かつてプロレス界はファンタジーに溢れていた】
posted by 美城丈二 |17:06 |
時代の風・シリーズ“80’S プロレス黄金狂時代” |
トラックバック(0)
|
|