2007年04月29日

脆さと優柔不断ぶり“師に反発し、師をこよなく愛した両雄”藤波辰爾とジャンボ鶴田

 藤波辰爾とジャンボ鶴田。ある意味、このふたりほど、その師・馬場と猪木の、生き様の弊害をもろに受けたレスラーもいないのではないか!?

 “王道”と“過激なプロレス”、一見、相反しているかのように思えるリング上のスタイルではあろうが、その根には“対戦相手との信頼関係”における“敢えて受ける”という、プロレス特有の、暗黙の了解なるものが無論、存しており、ただふたりの性格上の違いから、その“アングル世界”表現方法が異なっていたに過ぎなかったのではないのか!?時に猪木はそこから逸脱した戦い模様も見せ、馬場は飽くまでも“プロレスの領域”に拘った!?

 リング上の表現方法は、そのリング上で躍動するレスラーの力量いかんによって、是になったり、非になったり、悪になったり、善になったり、ようは、よしんば裏でいくらフィクサーが、「こうしろ!!」とのたまわっても、それを演じるレスラーの演じ方次第でどうにでも転ぶということ。

 *続きは是非、こちらにて読了くだされば幸いに存じます。
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posted by 美城丈二 |18:23 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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2007年04月27日

桜庭和志の今後と、未だに忘れられぬ、あの“中井VSゴルドー”死戦

 今一度、PRIDE格闘絵巻に酔いしれたいなどと書いておきながら、その一方では今後の格闘技、その在りように危惧感を抱き、私の中で相反する二律性がまた、もくもくと、もたげ来る。桜庭にパンチドランカーの兆し、在り。私も含め、ファンとはなんと残酷な精神を有していることか?かつてあの猪木にも感じた、強さの象徴とでもいうべき存在であった者への、

 あまりのせつなさ、淋しさと絶望感、そして、最期は華々しく散ってくれ、などという、きっと投げやりとは違う、傾倒した者への惜別にも似た哀切なる想い・・・。

 私は幼き時分から、“プロレス”が誠に好きであった。やはり、相手の技をあえて受けるという精神に、なんとも言いがたい格闘美学を感じてもきたから。あえて受ける、まさしくそれは“プロレス”特有の“アングル世界”だ。この精神に反する競技、それこそがいまや胎動のち、一大ムーブと化した“総合格闘技”なる世界というものだろうか!?

 私は“プロレス”から“総合”に目覚め、東京在京中は、あしげく観戦に赴いた。その中でも忘れられぬ大会なるものが三つ、ある。そのひとつが、あのなんとも度し難い想いにさせられた、時は1995年4月20日、所は日本武道館、開催名『バーリ・トゥード・ジャパンオープン95』なるものであった。まだ当時、総合格闘技自体は萌芽の時代。ヒクソン参戦で話題ではあったが、世間的には現在のようにTV放映化などありえないほどの、リング上凄惨風景。まさに修羅とも言いえよう、その有り様に私はなんども目をそむけた。修斗の中井秀樹はそのトーナメントであの“ジェラルド・ゴルド-”と対戦。見ていて、あれほど“人間の冷徹性”を感じた試合もなかった。中井の目を、素人の私にも解るほどの指で抉る行為。ゴルドーはレフェリーに注意を与えられたが、意に返せずふたたび抉った。試合後のさる雑誌談話によれば、ゴルドーはあれはサミングなどという、故意行為では無く、たまたま、指が入ったまでだ、などと抗弁していたが、あれを故意とは言わず、偶然だというのなら、この世にひとの精神を司る神などおるまいと、私は大袈裟でもなんでもなく、当時、述懐した記憶がある。中井はこの一戦を抗議するでもなく淡々と戦い抜き、確か、ヒールホールドで逆転勝ちを収めたはずだが、この一戦がもとで、右目の視力を失ったのだ。

 会場では、口々に「殺せ!!」だの「なんでもやっていいのだぞ!!」などと、あきらかにリングに上がる選手に対してリスペクトのかけらも感じられない野次が飛んでいた。あのとき私はそれでも最期まで会場に居たが、あれはやはり“総合格闘技”などと悠長に呼べる代物とはとても思えなかった。まして“武道精神”も感じられず、私はまったく暗い面持ちで家路へと急いだ・・・。

 精神性など必要無いなら、街中の喧嘩を見ておれば良い、と想う。ガードレールにぶつけようが、それこそ鉄パイプを振り上げようがお構いなし。それこそ命と命のやり取り“殺し合い”なのだから、まさしくなんでも有り、で良いのだと思う。だが、リング上は違う。お互いの日々の修練の見せ合い、お金を頂いての“合法的”果し合いの場、なのだから、それらを指して「なまはんかだ」となじる精神はやはりおかしいと想わざるをえない。

 私はその後、あらゆる場所でルールの整備化を訴えかけてきた。リングドクターをきちんと置き、そのドクターが止めるべきだと判断した場合は直ちに試合をストップさせる。いくつかの案件と共に、私なりの提言を行ってきた。

 いまや、“総合格闘技”界も円熟期にさしかかったのではないかと思われる。桜庭の今後も、この私の長年の“二律性”の範疇外ではけっして無いだろうとも感じている。リング上の格闘絵巻によって、長い間、私は夢と希望を重ね合わせ、日々あくせくする思いをなんとかかんとか拭ってもらってきた。

 男の浪漫と、人間の残虐性、その紙一重の領域を今後も私は綱渡りするかのような、脅える感覚の元、見つめていくのであろうか・・・。私の中にも、また“残虐性”は確実に存する。  (敬称略)

 
 

posted by 美城丈二 |19:23 | 魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
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2007年04月26日

桜庭VS田村、UFCの処し方“鉄は熱いうちに、打て!!”

 PRIDEが、UFCに飲み込まれ、新しい時代が来た。表向きは、選手のギャラ高騰や運営費の大幅赤字で、そのつけを清算する形での“買収”だが、財力あるものが、弱った獲物をここぞと飲み込むさまは世の常とはいえ、はかないものだ。PRIDE自体は残る形だが、先のミルコ移籍といい、ノゲイラ転出といい、PRIDEの規模縮小は避けられぬ情勢で、今後、あの“クオリティ”の高さを維持できるか、はなはだ、疑問だ。

 ドリームステージ、最期の章、榊原氏の挨拶の際、あの桜庭と田村のリング上での邂逅を見た。ふたりの“歴史”を知るものにとってはなんとも感慨を抱かせる“邂逅”となったわけだが、そう、すんなりとはいかないかも知れない。うがった見方かも知れないが、桜庭VS田村はUWFインターの流れを汲むPRIDE内での“邂逅”ドラマに過ぎず、ようは海の向こうのUFCにとってはどうでも良いことでもあるわけで、こういった日本人特有とされる、誰が一番強いのか?といった、真剣勝負の世界、格闘技のリングであろうが、ドライに割り切らず、感情を持ち込もうとする日本人感覚をどう、料理しようというのか、或いはどう、料理するか、UFCの“買収”に対する視点がはっきり見定められるので、この桜庭VS田村の成り行きには注目したいと思う。

 まさか、“反故”にはしないとは思うが、裏切ってなんぼの裏格闘技界。日本人ファンの勘考をあおっておいての、なしくずしの“延期”、なんてのはお手のものかも知れず、今後のPRIDE運営の在りかたにも私なりに注視していこうとは思う。

 勝ってなんぼ、それは特に海の向こうでは通用する論理だ。日本人は、そこに“武道精神”を鑑み、より、どうやって勝ったか、対戦までのプロセスは?なんぞと、対戦後であろうともほじくり返し、そういった付随する精神性をも視点をそそぐ、国民だ。

 桜庭VS田村は、やはり、今後、格闘技ファンがUFCにそっぽを向きかねない、まさしく“踏み絵”そのようなものになるのかも知れない。私はこの対戦、素直に“早急”な対戦を望んでいる。けっして若くはない、両雄。今更という見方もあるが、今一度、PRIDE格闘絵巻に酔いしれたいと思う。
                           (敬称略)


 *魂暴風サイト“桜庭”関連コラム
   ⇒僕らの桜庭、Good job!?  
   ⇒「秋山!!おまえ、またかよ!?」桜庭、怒りのノーコメント。

posted by 美城丈二 |07:36 | 魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
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2007年04月23日

『ジ・アウトローズ』から華麗なる!?変身“アメリカン・ドリーム”ダスティ・ローデス

 あの“狂虎”シンからは「白豚」と罵られ、あの“黒い呪術師”ブッチャーからは「キザ野郎」と嘲笑われる。80年代の悪玉・凄玉たちに散々、揶揄非難されたにも関わらず、彼らを向こうにまわし、当時、昭和プロレス黄金期、もっとも銭を稼いでいた、つまりギャランテイの高かったレスラーとは、まさしく“アメリカン・ドリーム”ダスティ・ローデスであったという、事実。

 何しろ、新日本来日時、ギャランティが高すぎてシリーズ全戦参戦なんてありえない次第で、決まって、“特別参戦”という名目で来日、する。全戦参戦なんて、母国・アメリカで人気が有りすぎて叶わないという、表向きの理由はともかく、確かに華やかな、色の在るレスラーだった。

 シンたちからすれば、「俺こそが、シリーズを(新日本をも)支えている」というプライドもあり、誠に許せない“特別参戦”だったのでしょうけれど、彼の前身は、いわずと知れた、あのディック・マードックとの猛撃コンビ『ジ・アウトローズ』。 エルボー・スタンプ、エルボー・ドロップという、古き良き時代を彷彿とさせる二大技を駆使し、NWA圏、AWA圏を席巻、そこからの何故に!?あのおしりフリフリの転進なのだから、シン・ブッチャーの抗弁もむげなるものかな、とも思えなくも無い。

 国際プロレス、初来日のち、全日、新日と参戦。ときの活躍団体、提携先への来日だから、移籍がどうの?というきな臭い話しも無い。レスリングセンスがどうだとか、漂ってくる思想みたいなものがどうだとか?そういう観点をも飛び越えた、誠に誠に華やかなりしアメリカン、“元祖・狂乱の貴公子”とは彼のことを指し示していたのだろうか? 

 私は、当時、ただなんとはなしに思い入れなく、彼の参戦を見つめていたが、分けても何故だか、シン辺りとの一戦には、「どうせ、決着は着かないだろうな?」とは思いつつも、不思議とわくわくする勘考が沸き立って仕方が無かった、覚えがある。私の中の二面性がにょきにょきと沸き立ったのか?時の新日本、その標榜していたスタイルは“過激”なるプロレスではあったが、到底そぐわぬスタイルとは思いながらも、“アメリカン・ドリーム”ダスティ・ローデス、彼だけには、あまりにあのキャラが相応しく思え、許せる範疇であったのかも知れない。

 紅い血に映える、金髪。オーバーアクションで、「どうなんだい?この結末は?」とでも問いたげに大きく両手を広げて、観客を見回すさま。いまから想い起こせば、あれが千両役者とでも言いえよう、立ち振る舞いというものだったのだろうか?

 こういう立ち振る舞いのレスラーも似て非なるかな?いまのマット界、来日外国人にはそうそうお目にかかれなくなってしまった。どのジャンルでもそう?であるように“没個性化”はやはり時代の趨勢というものなのかななどと、私はまたひとり、感慨をあらたに抱いてしまった。

posted by 美城丈二 |22:34 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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2007年04月22日

『時代は回天せず』私が“接見”した「凶虎」時代のシン、それらへの追憶

 敬称略にて。
 思い出すことなど。 

 猪木と“死闘”を演じている頃、つまり私の十代時分前半、“凶虎”タイガー・ジェット・シンは確かに怖ろしく近寄りがたい、存在だった。毎週、繰り返される悪行の限り。大の大人が興奮し、絶叫していた時代。ほとんど技らしい技をしかけず、リング外に猪木を引きずり込んでいたぶる、蹂躙する、やりたい放題。リングに戻れば“虎の爪”コブラ・クローを繰り出し、まさに必死の形相でロープにすがろうとする猪木。観客が固唾をのみ前座試合を見守り、館内が一転、メーンともなればやんやの歓声に包まれていた時代でもあった。

 プロレスのスペクタクル、そのシリーズが毎週毎週、最終興行日の大決戦に向け、まさに一代大河ドラマ化していた時代。

 ある週、火を噴き、目を焦がされた猪木を見て、幼い私は血の気が引き、そうしてはたとあることに思い至った。


   *続きは是非、こちらにて読了くだされば幸いに存じます。
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posted by 美城丈二 |09:19 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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2007年04月21日

もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 私は、猪木VSアンドレ戦を好まなかった。「怪物退治」その有り様が色濃く感じられて、それはつまりアンドレの強さを薄々、認識していた証拠だろうが、攻められる際の、あの悲痛な表情がまた物悲しく感じられて、注視に耐えられなかった。

 公式のプロフィールとしては、身長が7フィート4インチ(約223センチ)、体重が520ポンド(236kg)とあり、これではあまりの“巨人病”そのものではないか!?(けっして彼を蔑視して或いはそういう方々を指して、差別用語なるものを用いているわけでは有りませんので、ご了承願いたい)全盛時から、短命に終わると蔭で囁かれ、ビール、ワインを一夜にして何ダースも開けていたという目撃談を聞くに及んで、幼い頃からのなんとも度し難い、怪物に対する悲壮感がまた強く感じられ、私はますますアンドレの試合を好んで見なくなっていた。

 *この続きは、是非、こちらにてお読みくださいませ。
   ⇒『ファイト!ミルホンネット版魂暴風*a martial art side 』にて。

posted by 美城丈二 |22:16 | “魂暴風”popular request column |
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2007年04月16日

陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末

 1988・7・17、かの元祖・超獣ファンには忘れられぬ日だろう。ブルーザー・ブロディ、自ら名付けた『ブロディ革命』その途上、彼は、興行主によってドレッシングルームで刺され、尊き命を散らした。プエルトリコ、バイヤモンスタジアムでの惨劇悲惨。だが、裁判では、その現場に居合わせたレスラー達が揃って証言を拒否したとされ、挙句、興行主、ホセ・ゴンザレスは無罪判決を言い渡されたという。

 私たちが知るブロディの、棺に横たわる彼の亡骸は、なんと厳かで安らげな表情をしていたことだろう。“トラブルメーカー”生前の彼に附されたけっして有難くはないであろう、その傲慢無礼と揶揄された性格、レッテルからは、誠に想像し難い“死への装束”様相ではあった。

 *続きは是非、こちらにて読了くだされば幸いに存じます。
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posted by 美城丈二 |21:34 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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2007年04月13日

『偶像的傾斜から、意識が覚醒した瞬間』我が青春の“夢のあとさき”UWF目撃嘆 その第二稿

 
 「アントニオ猪木なら、何をやってもいいのか!?」前田日明氏の有名悲痛な叫び。
 
 「・・・あのとき、ざわつく観客をオレは“猪木さんがきっと来る”と信じて必死になってなだめた。だけど猪木さんは来なかった。オレは悲しくてね。未だにあのときの感情は忘れ難い」それは前田氏が、のち回顧したUWF誕生の日、蔵前の、リング上の哀感暗澹。

   *続きは是非、こちらにて読了くだされば幸いに存じます。
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posted by 美城丈二 |20:56 | 魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
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2007年04月06日

時代の目撃者・シリーズ‘あのアングルの向こう側’「国際の華!!“人間風車”ビル・ロビンソンが一度だけ遭遇した“燃える闘魂”アントニオ猪木戦」

 
 “人間風車”VS“燃える闘魂”
 もはや帰らぬ名勝負、ここに極まれり!!

 片や同日、12月11日、力道山13回忌追善特別大試合と題し、オープン選手権開催シリーズの最中、日本武道館 にて、あの馬場氏が全日本プロレスあげての興行を行っていた。シリーズ開催前から、当時のプロレス専門誌・紙を賑わせた馬場氏、猪木氏の確執、論戦。オープン選手権シリーズに新日本勢の参戦を呼びかけたが、H.ホフマン等に代表される、シュートに強いと謳われていた参加予定メンバー表を見た新日本勢が、そこに“黒い謀略”の匂いを嗅ぎつけ、参加を見合わせたのだという、誠、信憑性有りしげな論陣を張る識者もおられるが、むげなるかな、後年、そんな種明かし、アングル暴きが論陣としてあがるほど、当時、猪木VS馬場、この舌戦は始終、プロレスマスコミのトップ記事として扱われたものだった。

 「馬場さん、闘えよ!!どちらが日本一か、ファンは知りたがっている。日本のプロレスの“歴史”を覆すべく、そうしてファンへの“プロレス浪漫”として、またひとりの男としての“意気”の為、俺と戦ってくれ!!」そんな論調でまくし立てる、猪木氏。
 「負けたときのことを考えたら、おいそれとは対戦受諾は出来ない。負けたら全日本プロレスに関わるすべての関係者、その家族まで責が及ぶ。彼らを路頭に迷わすわけにはいかない」そんな論調で対戦を拒む、馬場氏。

 猪木氏の馬場氏への対戦要求は明らかに、プロレスの影、アングルを度外視した、掟破り発言で、馬場氏はそんな業界のルールを無視して、対戦を迫ろうとする猪木氏が許せなかった。「(対戦)出来るわけがないだろう」何度か、そんな言葉を吐き捨てるかのように呟く当時の馬場氏の目撃談を、幾人かの識者の回顧録で読み綴った記憶がある。

 その意趣返し、「ならば猪木よ、出て来い!!」前もって12月11日に、蔵前国技館を押さえていたのは、新日本の方である。そうして「猪木VSロビンソン」戦を高らかにメインカードとして掲げてもいた。そこに“参戦せよ”との要求。

   *続きは是非、こちらにて読了くだされば幸いに存じます。
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posted by 美城丈二 |22:23 | 時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側” |
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2007年04月01日

衝撃の川崎劇場!!あのブッチャーが最後に煌いた、IWGP主旨賛同、参加表明宣言

 黒いサングラスに白いジャケット姿、まさに千両役者といった面持ちで、すっくと第4回MSGシリーズの開幕戦、川崎市体育館のリング上に勇躍馳せた者こそ、あの「黒い呪術師」と謳われ、当時、人気絶頂だった外国人プロレスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャー、そのひとではありました。

 リング上にて猪木氏と視察戦。猪木氏が提唱したIWGP(インターナショナル・レスリング・グランプリ)の主旨に賛同、自身の持っていたトリニダードドバコの王座ベルトをリング中央に投げ落とし、館内は凄まじき熱狂の渦に包まれることとなる。

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posted by 美城丈二 |19:15 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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2007年04月01日

『偶像的傾斜から、意識が覚醒した瞬間』我が青春の“夢のあとさき”UWF目撃嘆

 
 *ひとによってはたわいのない、お話しです。されどひとつふたつと、私は私なりに思いを込めて書かせて頂きます。

 
 「表層部分は固いたまごの殻と同じさ(笑)。割れば中には、‘従来のプロレス’というしろみがあって、目指すべき黄身がある。そのうちきっと、どでかい格闘技の時代が来るよ。僕らもそろそろ発想の展開をはからないと。いつまでも“猪木の時代”じゃないってことなんだろうな。今日、見ていて凄くそれを感じたよ。哀しいかな、現実はすでに僕らの先をいってるような気がする」

 或る日のあの頃の、それは私の友人が、連れ立って後楽園にて“UWF興行”を観戦したのちの、悲喜哀感・・・。まさに、目撃嘆。‘プロレス観戦’後、暗澹たる気持ちに押し込められ、我が胸中は複雑であった。あんなに気持ちが塞いだのは、それ以前、そう、『猪木VSアリ戦』以来の面持ちだったのではないか。

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posted by Jyouji Yoshiki |09:55 | 魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
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