2008年04月13日

『爆弾貴公子』ダイナマイト・キッド“思わず、私は誰彼となく問いかけてしまいそうになる。「誰が為の・・・・」”

 初出:2007・6

 世に出回るプロフィールでは、180cm 、98kg、けっして大型のファイターでは無い。コーナーポスト上から繰り出す、誠にスピーディーなダイビング・ヘッド・バットに代表される、空間を広く扱った、後方の観客にもそれと判らしめるダイナミック且つ華麗なる技、そういった飛び技を駆使し、氏は名を成した。

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 言わずと知れた、初代タイガーマスク、最初にして最上最高の仇敵手。マーク・ロコ扮す“暗闇の虎”ブラック・タイガー、そして“虎ハンター”と称された小林邦明、プロレス界最大のスーパーヒーローゆえに、ライバルもひしめきあっていた。 


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posted by 美城丈二 |11:08 | 美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
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2008年02月14日

「易々と穏やかな目の、かつての悪童」私見“マイク・タイソン”

 
 優しい目を宿していた。さも起きがけの軽食を喰らい、ほっと満足感に浸っているかのような。
 穏やかに易々と伝わってくる、かつて“悪童”と謳われた男の微笑。

 まるで毒気の抜けた貌(かお)を覗かせている。彼の中で“争い”は終わったのか!?とふと、殊更に思う。思う私は、そんな私に少しばかりの“道化”を感じて、それは淋しさという感情よりも、“時の魔術師”がここにも居たのか?という、嘲りにも似た感情。

 時代はとうに過ぎ去ってしまっていたのだ。彼はかつて“最強”を欲しいままにした、そう、屈指のファイターだった。

 やがて彼はぽつりと呟いた。
 「記憶してもらうだけで幸せだ」
 彼にいまや寄り添う風は、もはや彼のものでは無いことをはっきりと自覚しているかのような風情で。

 
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   どこにでもいそうな、どこにいても出遭えそうなありふれた目を湛えている。それがまたどことなく温かい思いをも抱かせる微笑であった。  マイク・タイソン。  かつて世界を席巻した、男。  南アフリカの地にて、ロイターのインタビューに応じた際の、彼のこの一言。    「記憶してもらうだけで幸せだ」  婦女暴行罪で刑務所に収監されたことを?  イベンダー・ホリフィールド戦にて無性か否か、耳を噛み千切ろうとしたことを?・・・  子ども向けチャリティー募金活動に勤しむ彼は、 「戦争のない場所であればどこへでも行きたい」と述べ、更に「だが、ケニアには行けない。あそこは内戦状態にあるから」と補足したとも伝えられた。  そうして「もう、自身は“悪童”でもなんでもない。ボクシングへの関心も無い」とコメントを発している。  「年を取り過ぎたと感じる。記憶してもらうだけで幸せだ」と最後に彼は微笑と共にそう、呟いたそうである。


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posted by 美城丈二 |23:32 | 美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
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2008年02月07日

“けっして倒れないという矜持”私が知るあのボクサーへの追憶『ブリーダー(流血者)』チャック・ ウエップナー

 初出1999・3 “魂暴風”popular request column

 
 「俺の勲章は曲がった傷だらけの鼻だ。既に6回、折れているが、そのたんびに俺は自分に言い聞かせたものだ。この折れ曲がった鼻こそ、俺の勲章というやつじゃないかと」


 1975年3月24日、オハイオ州リッチフィールド・リッチフィールドコロシアム。あまりの追憶の彼方だ。

 
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 先年、“キンシャサの奇跡”において当時21歳の若き獅子、ジョージ・フォアマンを破り、WBC・WBAヘビー級チャンプに返り咲いた34歳のモハメッド・アリがまるでひとつの余興でもあるかのようにまるで勝ちは火を見るより明らかだと言わんばかりに組んだ、一戦。


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posted by 美城丈二 |18:59 | 美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
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2007年11月09日

魂暴風・2007外伝“燃えよドラゴン”未だに焦がれるひとをも生む、稀有な映画人『李小龍』その第1稿

 
 ブルース・リーはすでに地の中のひとである。いや、そうではなく今でも様々な有為の人々の心の中に棲む“黄泉”のひとでありながら、未だに焦がれる人をも生む、誠に稀有な存在だ。

 彼と格闘技人とのことを同列では語れまい。仮想世界と現実世界は違う。同列で物事を論じたならば、リーにも格闘技人にも礼を逸していると言いえることだろうから。

 リアルとリアルでは無い世界。

 筆者は一時期、映画人でもあったはずだが、シナリオどうこうを抜きにしてブルース・リーの主演作には心を躍らされた。

 私にはやはりどうしたって覆らない“強き人”への憧憬があって、幼い、若き時分には彼にも随分、執着したものだ。

 “強さの中に秘められた、憂い”
 “時代を呼び込んだときにこの世に存していないという、まさに時空を超えてしまっているという凄絶感”

 そういう、誰しもが感慨を抱ける雰囲気、佇まい、時代背景なるものが、彼をただのアクション・スターの域から大きく逸脱させている。そう、そう想う瞬間、人々の彼への憧憬は共鳴を生み、やがて仮想世界を遊離し、その生涯をかけて彼が目指していた現実世界とはなんであったのか、朧(おぼろ)げながらにも突き詰めてみたくなる。

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posted by 美城丈二 |22:35 | 美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
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