2010年10月06日

【追悼】「あっ、ちょっと待ってください」新日本野毛道場での山本小鉄さんとの想い出と関川さんのあの話し。

【追悼】「あっ、ちょっと待ってください」新日本野毛道場での山本小鉄さんとの想い出と関川さんのあの話し。

☆先達て2010年8月24日に山本小鉄氏が低酸素性脳症の為に逝去されました。筆者なりに哀悼の想いを込め、生前の氏との想い出を思いつくままにひとつ披瀝させていただこうかと思います。

 
 「あっ、ちょっと待ってください」
 新日本プロレス中継『ワールドプロレスリング』が金曜20時ゴールデンタイムで放送されていた時代、小鉄さんは解説席で傍らの実況担当・古舘伊知郎氏にそう、告げると颯爽と場外フェンスを飛び越え、リング上へと向かったものだった。大抵は大試合、ファン注目の一戦で試合が終盤へと差し掛かり膠着状態に陥った時。
 メーンレフェリーが何らかのアクシデントを受け、試合を引き続き裁けなくなった時、当時、新日本の審判部長という肩書きも背負われていた小鉄さんは解説という立場を超え、リング上へと向かっていかれた。ファンは反則裁定やレフェリー不在のノーコンテスト裁定が下ることを怖れ、興奮したボルテージも一気に冷めた様子だったが、小鉄さんがリング上へと駆け上がることで一気に溜め息は安堵の歓声へと変り、試合の行方にまた集中することが出来た。当時既に、小鉄さん登場までもが“アングル”だとマニアックに指摘する者も居た事は事実だが、そういう“糾弾”を浴びる以前に試合自体のボルテージも高かった時代だったから、そこまで言及せず、純粋に結果を愉しむファンの方が大多数であったように思われる。

 小鉄さんの登場がいやがうえにも試合の佳境を思わせ、会場の熱気を一段とヒートアップさせる。“憎い演出”と一言で片付ければそれまでだが、そういった感覚をも飛び越えた“勝負論”が確かにあの頃の闘い模様にはあったような気がする。リング上へと駆け上がる小鉄さんの後ろ背にファンの真摯な視線が突き刺さっていたような……プロレスファンタジー、そんな熱い時代の一幕。確かに小鉄さんは体現者のひとりとして“新日本プロレス”を背負われていたとの認識を強く抱く。

新日本
   ☆小鉄さんから筆者が戴いた新日本プロレス創立30周年記念パーカー(現在は筆者の長男が愛用)   私ごとで恐縮だが、高校卒業後、上京ののちのさる一日の出来事。私は上野毛の新日本プロレス道場前に居た。幼い時分から焦がれていたプロレスラーの修練場。当時既に様々なメディアによって映し出されていたその道場の中を一度は覗いてみたかった。“何故、身を削るほどに己に枷(かせ)を与えねばならないのか?”練習メニューを含め、大いに勘考を抱き続けていた。  幼い時分から縁故もあって幾人もの、プロレスラーの方々の人となりに接してきた。それでなくても同世代でも小さい部類であった私にはまるで雲を突くのではないのかとも思わせた大柄な体躯。なのに接すると慈愛のような微笑を湛え、みなみな優しい言葉をかけて頂いた。そんな自身の憧れの対象であったプロレスラーという職種の人間に対し、世間一般の人々は“八百長をする人間”として蔑視の眼を向けていた。幼心になんだか怪訝な気がした。世の中の人々が考えるプロレスというジャンルに潜む、ある真実。成長期を向かえ、私は私なりに考えを逞しく巡らせた。プロレスというものをただたんに“八百長”という言葉で片付けて良いものだろうか?  そうして上京したら、きっと道場を覗いてみたい、その練習風景を見て、自身の想像を結論として決定付けてみたかった。  私自身も若かったのだと回顧する。今から思えば一心に物事をこうだ!!と決め付けるきらいが無いとは言えなかった。だが、プロレスリングというものに対する世間の蔑視の目は違うと考えていた。少し大袈裟な言い方が許されるなら若き日の青春譜。自身がこうだ!!と思うことをまた信じてもみたかった、疑うことは自身を否定するようで怖かったのだとも今では思える。根拠は無いが、道場に行けば何かが一変に氷解すると思いつめてもいたはずだ。


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2010年10月02日

「あっ、ちょっと待ってください」新日本野毛道場での山本小鉄さんとの想い出と関川さんのあの話し。Act③

 そんな新日本プロレス道場の想い出と共に小鉄さんと言えば筆者には後年、知己を得た関川哲夫(ミスター・ポーゴ)さんとのことを思い出す。
 関川さんに纏わる新日本プロレス退団の真相は『ある悪役レスラーの懺悔』講談社刊『ある極悪レスラーの懺悔④誰にも言わなかった新日退団の真実 』ミルホンネット刊に詳細 が書かれているからここではもう詳述は避けるが、ひととしての綾というか、言葉の綾と言おうか、誤解によって退団を余儀なくされた経緯は痛々しい限りだ。小鉄さん、関川さん、僭越なる物言いではあろうが、筆者にとってはいずれもどうこう悪評を連ねることなど出来ぬほどのお人柄だけに、詳細を知ってどうなんだろう?と暗澹たる想いに至ったことは事実だ。それだけに小鉄さん逝去後、関川さんが長年の想いを封じ、小鉄さんへの哀悼の意を表されておられる姿勢には何かしら救われるような想いを抱いた。
 
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2010年09月27日

「あっ、ちょっと待ってください」新日本野毛道場での山本小鉄さんとの想い出と関川さんのあの話し。Act②

 新日本プロレス野毛道場。
 尋ねがてら着いた道場を前にしてなんだか得も知れぬ興奮をきっと覚えていたことであろう。今からもう25年以上前のお話し。名を知る、ある若手のプロレスラー達(当時!)が道場へと出入りしていた光景と、なんとも声を掛けがたかったことを今更ながらに鮮明に思い出した次第。

 ほどなくして小鉄さんが大きな車(当時はキャデラックだったか?)から、のそりとその姿を現した。勿論、当時既に現役を退いていた小鉄さんではあったが、様々な識者がそこかしこで語られておられるように筆者の目には現役時と寸部違わぬ体躯に思えた。そう、威圧感で気押されして、お逢いした際にと道すがら考えていた台詞は吹っ飛んだはずだ。
 「あの……すみませんがプロレスファンのものですが、練習風景を見学させていただいても構いませんか?」
 そう、あっさりと言えたか、どうか?
 「いいよ。見たいだけ見ればいい」
 この時、小鉄さんからの返答はそのような承諾の意とその場を離れ際に告げられた、
 「……ここは戦場だからな」との呟き。
 筆者を見知っておられたから、そう仰ったのかどうかまでは判然としない。だが、確かに“戦場”という言葉を筆者はこの時、耳にしている。
 この戦場だからなとの言葉は当時、文章の下書きとしてメモを書き連ねていた雑記帳にも帰宅後に記した記憶があり、僭越なる物言いではあろうが、よほど筆者の心に届いた言葉であったのだなとの想い。
 プロレスラーがリング上を指し、“戦場”と呟くのなら解せるが、道場を“戦場”と呼ぶ理由とは?

パーカー
  ☆長年のプロレスファンとして筆者が小鉄さんから認識を賜った証しゆえの贈り物だと自負している次第。  


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2010年09月19日

「あっ、ちょっと待ってください」新日本野毛道場での山本小鉄さんとの想い出と関川さんのあの話し。Act①

 ☆先達て2010年8月24日に山本小鉄氏が低酸素性脳症の為に逝去されました。筆者なりに哀悼の想いを込め、生前の氏との想い出を思いつくままにひとつ披瀝させていただこうかと思います。

 
 「あっ、ちょっと待ってください」
 新日本プロレス中継『ワールドプロレスリング』が金曜20時ゴールデンタイムで放送されていた時代、小鉄さんは解説席で傍らの実況担当・古舘伊知郎氏にそう、告げると颯爽と場外フェンスを飛び越え、リング上へと向かったものだった。大抵は大試合、ファン注目の一戦で試合が終盤へと差し掛かり膠着状態に陥った時。
 メーンレフェリーが何らかのアクシデントを受け、試合を引き続き裁けなくなった時、当時、新日本の審判部長という肩書きも背負われていた小鉄さんは解説という立場を超え、リング上へと向かっていかれた。ファンは反則裁定やレフェリー不在のノーコンテスト裁定が下ることを怖れ、興奮したボルテージも一気に冷めた様子だったが、小鉄さんがリング上へと駆け上がることで一気に溜め息は安堵の歓声へと変り、試合の行方にまた集中することが出来た。当時既に、小鉄さん登場までもが“アングル”だとマニアックに指摘する者も居た事は事実だが、そういう“糾弾”を浴びる以前に試合自体のボルテージも高かった時代だったから、そこまで言及せず、純粋に結果を愉しむファンの方が大多数であったように思われる。

 小鉄さんの登場がいやがうえにも試合の佳境を思わせ、会場の熱気を一段とヒートアップさせる。“憎い演出”と一言で片付ければそれまでだが、そういった感覚をも飛び越えた“勝負論”が確かにあの頃の闘い模様にはあったような気がする。リング上へと駆け上がる小鉄さんの後ろ背にファンの真摯な視線が突き刺さっていたような……プロレスファンタジー、そんな熱い時代の一幕。確かに小鉄さんは体現者のひとりとして“新日本プロレス”を背負われていたとの認識を強く抱く。

新日本
   ☆小鉄さんから筆者が戴いた新日本プロレス創立30周年記念パーカー(現在は筆者の長男が愛用) 


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2009年02月23日

ある雑感【INOKI SPIRAL】『タダシ☆タナカ+シュ-ト活字委員会 徹底検証!猪木vs.アリ戦の“裏”』を読む。

 
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            山口敏太郎事務所 くまき由佳画伯    ある雑感【INOKI SPIRAL】タダシ☆タナカ+シュ-ト活字委員会 徹底検証!猪木vs.アリ戦の“裏”を読む。(筆者注;このコラムはミルホンネットブログ欄とダブルポストにて記したものです。)  いよいよと言うべきか?或いは、やはり一筆したためられたのだなとの想い。タダシ☆タナカ先生の最新作、 『タダシ☆タナカ+シュ-ト活字委員会 徹底検証!猪木vs.アリ戦の“裏”』(ミルホンネット刊) を読ませていただいた。    「世紀の大凡戦」から「これこそ真剣勝負の極み」、との評価変遷のち、とかくダークな部分をも後世に様々な形で伝わっている、猪木vsアリ戦。筆者も先だってのTV放送(テレビ朝日開局50周年特別編成番組)を見て、感慨を自身のサイトに吐露させていただいたが、あくまでも少年時の記憶を呼び覚ますものであり、突っ込んで論評した次第では無い。  主旨は飽くまでも一ファンが見た記憶をなぞっておくことも一興かなと思って記した次第であるから、無論、この一戦のダークな部分への紐解きまでは突っ込んで筆をしたためてはいない。  タナカ先生のお作は、無論、こういった一ファンの感慨の外にあり、また論評する主旨が違うのだから、読む心構えまで変えて読まねばならない。  その視点・解析はこれまでのお作同様、微に入っており、秀逸だった。  
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2008年11月13日

闘い終わってノー・サイド!?降りそそぐべきはあの“Uの時代”の名残りか!?いよいよ実現!!桜庭vs田村

 
 いよいよと言うべきか、ようやくと言うべきか?
 本年暮れ、大晦日『Dynamite!!2008』、
 その第1弾カードとして発表された
 このカード、
 「桜庭和志vs田村潔司」
 筆者も連綿たる思いの一端を
 かつて当ブログサイトでも書かせていただいたが、
 振り返れば“Uの時代”、
 思いはやはり、あの頃に行き着く。

 
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2008年10月08日

UWFは、いま総合格闘技の血となって沈殿す。

 21世紀も暦を重ね、8年が過ぎ去ろうかとする昨今、あのUWF現象も否定的に論じるひとは多い。いわく「UWFも結局、プロレスだった」いわく「まったくいまではその亡骸ばかりだ」いわく「踊らされた方が悪い。その実態は嘘、だらけだった」・・・・・・。
 特にこれはUWF現象に限らず、かつて何かに執着し、胸焦がし、幻滅を覚えたひとに多い傾向で「坊主憎ければけさまで憎し」ではないが、今度は翻って徹底的に糾弾する側に廻ったりする。

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2008年10月08日

W★INGという名の奇実『ある極悪レスラーの懺悔』ミスターポーゴ著に寄す

 
 1991年8月、プロレス団体として産声を上げた『格闘技連合W★ING』から『W★ING同盟』(ユニット)へと連綿と変遷を続けた、負の連鎖。
 拠り良い従え方で論考するならば、プロレスという、見る者によっては幾様にでも変化する、「ジャンルにおける“デスマッチ”という格闘スタイルの終着場と化していた」と評しても過言では無いかも知れない。

 生まれては消え、消えては誕生するプロレス団体なる、その一興亡史に対して、まさしくプロレスというジャンルを衰退させたのは、そんな団体の過剰乱立化が原因だと揶揄する向きには、W★INGと名の付く団体が辿った変遷はまさしく苦渋を思わせるものであったのかも知れず。

 非にせよ、是にせよ、論じる識者の価値観においてどちらかに大きく振り子(論調)が分かれるという事実は、良くも悪くもW★INGという団体が日本の他の団体にあっても奇特な位置に存していたという証左であろうと考えられる。
 レスリング主体では無い、競技性うんぬんでも無い、プロレスという興行において、非日常性という「治外法権」としての場を更に掘り起こしていくとするならば、自ずと答えは“デスマッチ路線”そのエスカレート化ということになるのかも知れないのだ。
 ここに、まさしく筆者は“負の連鎖”を見出すのである。

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2008年01月28日

“ハッスル”は「プロレス」から離れよ!!

 
 既存のプロレスという概念に負ぶさって構築・構成されている限り、“ハッスル”のこれ以上の世間的浸透、発展は難しいように思う。

 
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 先の“ハッスル”大晦日ゴールデン地上波放送をちらりとそしてつぶさにじっと堪えて最後まで見やるのち、沸き立った思いがそれである。  間違っても筆者は“ハッスル”なるものの肯定論者では無い。改めてそう、お断りさせて頂く。  これまで“ハッスル”は「現行のプロレス界を根底から覆す、こっぱみじんに叩く、破壊する」と称しながら事実上、共存共栄してきた。無論、「破壊する」とは理屈上の“アジ”だが、かつてのプロレス界において多くのファン、そのまぶたを濡らしてきた天龍源一郎選手や川田利明選手がリング上に登場している限り、対世論という立場において、「“ハッスル”もプロレスなのだろう・・・!?」という立場からは一切、そう決して逃れられまい。  大晦日TVゴールデン放送・・・その意義は大きく、CMを打つ企業に対して言うまでも無く“ハッスル”の仕組みを大まかであろうが微細であろうがなかろうがはっきりと明示した上での放送であるということは論を待たない“一事実”。昨今、流行の言葉で従えれば、カミングアウトした上で無ければ協賛など得られないという仕組みは誰しもが既に知り得ている通りなのであって、ならば更に先に一歩、目を転じて、対世間として「私どもが行なっているものはプロレスという既存のジャンルのものではありません。プロレスというものに変わる“ファイティング・オペラ”という新ジャンルです。このジャンルは予め勝敗が決しており、その勝敗に向ってリング上に上がる全ての選手は“演目”として演技演出致しております」くらいのことをさらっとここらで改めて、されどしっかり公の場を設け表すべきではないか・・・!?   いつまでたっても消えない“ハッスル”否定・肯定論議、及び世間の“ハッスル”なるものに対する「いまのプロレスってこうなの!?」「プロレスなの?これが!?」という、視点・懐疑。  総合がある一面、プロレスラー敗北という概念をその土台にしてのし上がったように“ハッスル”も時代を編み出したプロレスラー達を“ただのひと”に成り下がらせることによって、そのアイディンティティを保とうと計ってきたが、これ以上のそういったかつての絢爛たる世界の住民・プロレスラー達を食い物にした世界観流儀はそろそろ枯渇状態にあるのではないか・・・!?


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posted by 美城丈二 |11:56 | 美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 | トラックバック(0)
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2007年07月09日

“地獄の墓掘り人”ローラン・ボック「“魅せる”というジャンルの奇特性に背を向けたとされるボックの精神世界」

 (07.7筆記 “魂暴風”popular request column) 

 ボック(Roland Bock)の神秘性が俄かに台頭、猪木との再度の対戦が囁かれ始めた最中、私はボックが以前、アンドレをスープレックスで投げ放ったと聞き及んだことに想いを巡らし、

 あれはプロレス特有の“魅せる”が為に果敢に挑みかかっていったのか?或いは自身の“意気地” の為に放ったのか?

 

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2007年06月21日

プロレスか空手か!?“熊殺し”vs“燃える闘魂”時代は恒に煌々と滾(たぎ)っていた!!

 
 “熊殺し”
 時代が時代であった。
 あの“ゴッド・ハンド”故・大山倍達総裁の血を享く者。

 “燃える闘魂”
 時代が時代であった。
 あの“日本プロレス”の開祖と呼ぶに相応しい故・力道山の血を享く者。

 どちらも“負けられぬ”背景があった。平成仲良し闘いごっこ(笑)では無い。

 苛烈であった。負ければ団体が消滅しかねない切迫感があった。

 片や、極真を破門されたとはいえ、明らかにその“空手”を背負っていた。

 のち、プロデューサー・真樹日佐夫氏は、この試合を評して一般人を前にしてあれほどの血を賭けた闘いを知らない、と語られておられる。

 “空手か!?プロレスか!?”この“血”を賭けた、争いの峻烈性。

  ☆この続きは是非、こちらにてご覧くださいませ。
   美城丈二著作・ミルホンネットタイアップ
   ⇒ 『魂暴風・最強神話“流転”篇』 

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2007年06月15日

“かつて、あなたが焦がれたひとは誰ですか?”魂暴風コラム一覧(便宜更新版)

 “Who is the person whom you ever longed for?” A list of professional wrestling / martial art column site “soul storm * a martial art side” the past columns(I will update convenience in future.)

 あなたが、かつて焦がれたひとは誰ですか?

 『魂暴風*a martial art side』過去コラム一覧、です。ご参照くだされば、幸いに存じます。筆者・美城丈二

  ☆“はじめに道ありき-新日本プロレス道場編/A・猪木との遭遇”
  ☆大山倍達極真空手バカ一代/在りし日の極真総裁への憧憬
  ☆格闘技界への提言録・その第一稿
  ☆時代の目撃者・シリーズ“ビル・ロビンソンVS猪木編”
  ☆時代の目撃者・シリーズ“維新の群像・長州力編”
  ☆時代の目撃者・シリーズ“IWGP優勝戦・猪木VSホーガン編”
  ☆浄土で彼が見守っている“名も実もある花”追悼・橋本真也
  ☆初代タイガーマスク、その光と影/ザ・コブラ編
  ☆猪木を恫喝する前田/私なりの一思観
  ☆IWGP参戦表明・川崎事変/アブドラ・ザ・ブッチャー編
  ☆かつて知る少年の悲喜哀感“12歳の疾走”ミル・マスカラス編
  ☆“長き憂憤の果て”/初代タイガーマスク・佐山聡編
  ☆危ぶめば、道は無し!?猪木新団体・IGF哀感
  ☆MMA勃興・隆盛に対する私なりの危惧
  ☆“我が、青春の、夢のあとさき”UWF論考・その第一稿
  ☆“我が、青春の、夢のあとさき”UWF論考・その第二稿
  ☆故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルトの惨劇』
  ☆もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレの微笑
  ☆あの“全盛時”猪木の牙城を崩した男/S・ハンセン、T・J・シン編
  ☆陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
  ☆『時代は回天せず』私が“接見”した「凶虎」時代のシン
  ☆桜庭VS田村、UFCの処し方“鉄は熱いうちに、打て!!
  ☆未だに忘れられぬ、あの“中井VSゴルドー”死戦
  ☆それもまたプロレスの一概念“アメリカン・ドリーム”ローデス編
  ☆“師に反発し、師をこよなく愛した両雄”藤波・鶴田編
  ☆上田馬之助・ヒールに徹した氏の特異性
  ☆魂暴風・異文『死して尚、栄光と影』
  ☆IGF、未だ先が見えぬ!?様々な憶測と非難が飛ぶ、現状
  ☆プロレスの在り処が問える!?船木誠勝復活劇の舞台に!? 
  ☆猪木、天龍、小橋が体現してみせた“不沈艦”ハンセン戦       
  ☆時代の目撃者・シリーズ“新日・暴動史『TPGと海賊男』”
  ☆謹告・電子書籍化について
  ☆『テキサスの荒馬』テリーに捧げられたファンの涙の行方
  ☆IGF理念とはIWGP設立理念に基づくのか!?
  ☆時代の目撃者・シリーズ“札幌・長州襲撃事件”藤原喜明編
  ☆時代の目撃者・シリーズ“昭和・巌流島の決戦”S・小林戦 
  ☆小川直也とは一体、何者であったのか!?
  ☆桜庭VS田村、もはや過ぎ去りし夢!? 
  ☆まさに独立独歩・藤波辰爾の“探求する独自性”
  ☆あのハンセンに、マスカラスが仕掛けた!?
  ☆小川直也、IGFをまたぐ!?
  ☆“敢えて受ける”ことの凄みに驚愕!?イワン・ゴメス 
  ☆猪木“戦慄”のセメントマッチ“vsアクラム・ペールワン” 
  ☆“原爆頭突き”大木金太郎、師を偲ぶ、荒ぶる野心 
  ☆キラー・カーン『プロレスラーとしての矜持ゆえの夢 』 
  ☆佐山聡“飽くことの無き、理想郷への道”
  ☆「プロレス道に悖(もと)る」『長州力顔面襲撃事件』
  ☆“歩く、ひとり民族大移動”『最強の大巨人』アンドレ回想
  ☆『爆弾貴公子』ダイナマイト・キッド「誰が為の・・・・」
  ☆“世界の荒鷲・坂口征二”その人柄に隠れた異相  
   

 敬称略にて掲載させていただいております。ご了承、ください。
  
 ☆皆さんのご支持の賜物です。電子書籍版、出来致しました。是非、合わせて読了くだされば幸いに存じます。
  ⇒『ファイト!ミルホンネット版魂暴風*a martial art side』
  ⇒『ミルホンネット版魂暴風2感涙のトップ外国人レスラー篇』
  ⇒『ミルホンネット版魂暴風3忘れ難き青春の日本人レスラー篇』}

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2007年06月08日

「プロレス道に悖(もと)る」猪木の求心力を著しく貶(おとし)めた、あの事件“前田日明”『長州力顔面襲撃事件』

 「プロレス道」とは、一体、いかなるものなのか!?ひとによっては意見の分かれる定義付けなるものなのだろう。筆者は「プロレス道」とは、

 相手との信頼関係における、敢えて受けることによって成り立つ精神。鍛え上げた肉体と肉体をぶつけあい、そこから希求されうる強さへの飽くなき創造精神。

 このような感覚で、
 大雑把にそう、定義付けしているのだが・・・。

 つまり、“暗黙の了解”を是認したうえでなければ成り立たない定義、論理ということになり、
 では、はて、あの処断は一体、なんだったのだろうと、またまた筆者は、ひとによってはもうどうでもよいことだろうとも思えし、あの事件(1987年11月9日・後楽園ホール)を本稿の論題として取り上げてみたくなった次第。

 未だ、私においては霧の中、あの前田日明氏、新日本プロレス“業務提携時”における長州力顔面襲撃事件に対する忸怩たる、想い。

  ☆この続きは是非、こちらにてご覧くださいませ。
   美城丈二著作・ミルホンネットタイアップ
   ⇒ 『魂暴風・最強神話“流転”篇』 

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2007年06月04日

「折ったぞー!!」そう叫び、両腕を天に突き上げた瞬間、彼はこの世の“ペールワン”となった!!アントニオ猪木“戦慄”のセメントマッチ『vsアクラム・ペールワン戦』

 
 「7万人の観衆を敵に回して、命の遣り取りをする。そんなこと、私には到底、出来ませんよ」

 とは、あのプロレスラー・藤原喜明氏の弁。

 1976(昭和51)年12月12日
 カラチ・ナショナル・スタジアム
 格闘技世界一決定戦
 アントニオ猪木(3R1分5秒 TKO)アクラム・ペールワン

 実際に、その時の模様を映像にてご覧になられた方も多くおられよう。アントニオ猪木、まさに“戦慄のセメントマッチ”格闘技世界一決定戦の一環試合である。

  
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   美城丈二著作・ミルホンネットタイアップ
   ⇒ 『魂暴風・最強神話“流転”篇』  

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 「折ったぞー!!」そう叫び、両腕を天に突き上げた瞬間、彼はこの世の“ペールワン”となった!!アントニオ猪木“戦慄”のセメントマッチ『vsアクラム・ペールワン戦』
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posted by yoshiki812 |12:02 | 美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 | コメント(28) | トラックバック(0)
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2007年06月02日

“敢えて受ける”ことの凄みに驚愕!?新日本に留学志願した伝説のVT王者イワン・ゴメスの真実

 謎があまりにも多い。だから憶測と推測でものは書けない。

 ・・・にも関わらず、様々な場所で“好み”という視点から、氏はまた様々な人間たちによって論じられてきた。猪木vsアクラム・ペールワン戦等もその範疇であるといえよう。ひとによっては私がMr.ゴメスについて語れば、また猪木寄りかと嗤われそうだ(苦笑)。

 VT草創期、とはいっても昨今のK-1、PRIDE勃興の時代の話しではない。昭和40年代前半から50年代にかけてブラジルVT界9年間無敗を誇った男と称されている。ただ、これとて実際は判らない。あのヒクソンの400戦無敗なる定義に限りなく近い“記録ならざる記憶”かもしれない。


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posted by 美城丈二 |22:01 | 美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 | コメント(15) | トラックバック(0)
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