2007年06月21日
“熊殺し”
時代が時代であった。
あの“ゴッド・ハンド”故・大山倍達総裁の血を享く者。
“燃える闘魂”
時代が時代であった。
あの“日本プロレス”の開祖と呼ぶに相応しい故・力道山の血を享く者。
どちらも“負けられぬ”背景があった。平成仲良し闘いごっこ(笑)では無い。
苛烈であった。負ければ団体が消滅しかねない切迫感があった。
片や、極真を破門されたとはいえ、明らかにその“空手”を背負っていた。
のち、プロデューサー・真樹日佐夫氏は、この試合を評して一般人を前にしてあれほどの血を賭けた闘いを知らない、と語られておられる。
“空手か!?プロレスか!?”この“血”を賭けた、争いの峻烈性。
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美城丈二著作・ミルホンネットタイアップ
⇒ 『魂暴風・最強神話“流転”篇』
posted by 美城丈二 |19:42 |
美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 |
2007年06月08日
「プロレス道」とは、一体、いかなるものなのか!?ひとによっては意見の分かれる定義付けなるものなのだろう。筆者は「プロレス道」とは、
相手との信頼関係における、敢えて受けることによって成り立つ精神。鍛え上げた肉体と肉体をぶつけあい、そこから希求されうる強さへの飽くなき創造精神。
このような感覚で、
大雑把にそう、定義付けしているのだが・・・。
つまり、“暗黙の了解”を是認したうえでなければ成り立たない定義、論理ということになり、
では、はて、あの処断は一体、なんだったのだろうと、またまた筆者は、ひとによってはもうどうでもよいことだろうとも思えし、あの事件(1987年11月9日・後楽園ホール)を本稿の論題として取り上げてみたくなった次第。
未だ、私においては霧の中、あの前田日明氏、新日本プロレス“業務提携時”における長州力顔面襲撃事件に対する忸怩たる、想い。
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posted by 美城丈二 |10:08 |
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2007年06月04日
「7万人の観衆を敵に回して、命の遣り取りをする。そんなこと、私には到底、出来ませんよ」
とは、あのプロレスラー・藤原喜明氏の弁。
1976(昭和51)年12月12日
カラチ・ナショナル・スタジアム
格闘技世界一決定戦
アントニオ猪木(3R1分5秒 TKO)アクラム・ペールワン
実際に、その時の模様を映像にてご覧になられた方も多くおられよう。アントニオ猪木、まさに“戦慄のセメントマッチ”格闘技世界一決定戦の一環試合である。
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posted by yoshiki812 |12:02 |
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2007年06月02日
謎があまりにも多い。だから憶測と推測でものは書けない。
・・・にも関わらず、様々な場所で“好み”という視点から、氏はまた様々な人間たちによって論じられてきた。猪木vsアクラム・ペールワン戦等もその範疇であるといえよう。ひとによっては私がMr.ゴメスについて語れば、また猪木寄りかと嗤われそうだ(苦笑)。
VT草創期、とはいっても昨今のK-1、PRIDE勃興の時代の話しではない。昭和40年代前半から50年代にかけてブラジルVT界9年間無敗を誇った男と称されている。ただ、これとて実際は判らない。あのヒクソンの400戦無敗なる定義に限りなく近い“記録ならざる記憶”かもしれない。
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posted by 美城丈二 |22:01 |
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2007年05月26日
思いつくままに。
敬称略にて。
忍び書き、いや、独り語り・・・。
本日(5・26)、リリースのYAHOO!スポナビ、その報によって、猪木の新団体、IGFの理念なるものが朧(おぼろ)げなりにも、見えてきた。以下は、猪木の語る、IGF旗揚げ戦における一応のアウトライン、骨子とでもいえようものなのであろう。
“IGF参戦のジョシュ、カートともにすでに熱くなっておりますが、彼らの要望でもありますしIGFの旗揚げには、「世界中の王者を集結させた戦い」IWGP本来の姿に戻すべく、初代IWGPを賭けた戦いを検討しております。カート・アングルもTNAのチャンピオンとしての誇りもあるでしょうし、また、ジョシュ・バーネットもこのベルトを巻くのに十分な資格があると思います。ブロック・レスナーも3代目のベルトを保持している以上、初代のベルトには無関心ではいられないでしょうし、そうなった場合は自身のベルトを賭けざるをえないでしょう。日本人選手でもこのベルト奪回を目論んでいる奴がいるようですし。とにかく、IGFは強くあることを目指します。アントニオ猪木”
言葉尻だけを捕らえれば、IGFの理念はあのIWGPの設立理念に通じているということなのだろうか!?
もし、そうならば、現役全盛時の猪木の醸し出していたレスラーとしての佇まいに、誠に相応しい理念だと思えるが、またそれは翻って、あまた存するプロレス界のチャンピオンたちを統一へと向わせる、あまりに稀有壮大なプランだったのだから、果たして、この期に及んで、あの理念を持ち出したとしてもうまくいくだろうか?
いや、そうではない、あまた存するチャンピオンたち、またはそれらに準ずるチャンピオンクラスの者たちを一同に会して、NO.1を決するイベント的な大会を行うまでだ!
なら、IWGPの設立理念とは異なる。もともと世界中に存するプロレス界に携わるチャンピオンを統一・統合して、NO.1を決めようじゃないか?という、誠に誠に今更ながらに思考しても、あまりに非現実的なプランであったが為、頓挫してしまったのであり、それでも時の猪木信者ならずとも多くのプロレスファンが、このプランに酔えたのは、「あの猪木なら、何かしら、どでかい、そのプランを実現し得るかもしれぬ」という、大いなる期待感、夢への橋渡し的存在として猪木を見据えていたからに相違なかろう。
あの頃は、時代も世論も見方につけていた猪木。一部の八百長論者もまさにまゆをひそめつつも大手を振って喧々諤々(けんけんがくがく)、抗弁など出来ぬほど、“世論の追い風”が吹いていた。折からの空前絶後の初代タイガーマスクブーム、長州vs藤波・名勝負数え歌、そうしてvs国際プロレス勢との果て無きとも思えし遺恨闘争。これら一連の猪木の手管、手法“アングル”に乗せられて、時代は確かに猪木のその手の平に委ねられるが如しであった。
だが、時代はいまや、あの頃の風など、どこ吹く空、一掃されており、ジョシュ、カート、そしてレスナーを揃えても世界一決戦とは言い難い時代背景なるものが在り、まして現行の日本人チャンピオンのNO.1とおぼしき小橋、或いは三沢の参戦などあろうはずも無く、これではまたまた、“突っ込みどころ満載の猪木プロレス”などと揶揄されてしまうことは容易に想像出来、難くない。
5月中には発表したいと予定されていたカードのうちまだ一組も発表されておらず、果たしてこの先、大丈夫かいな!?という危惧感はやはり拭えないのである。
あの“藤田”が参戦!?という怪情報も流れているが、仇花的な一夜の夢、というのならまだ、そうはっきりと名言した方が、こちら側としてはこころ易い。格闘技色の濃いプロレス、先のUFO、その一定線上のものだと思考するなら、噂に上がるメーンカード、ジョシュ、カート、レスラー、三つ巴の3WAY決戦ではとてもとても、その色は出せぬだろう。
ゲノム(遺伝子)、プロレス新団体、猪木が代表取締役社長、IGFとくれば、私はやはり無視など出来ぬ。既存のプロレス界、団体は、自身の殻に閉じこもり、一歩も外(総合格闘技界)に仕掛けぬから、未だに私たち、往年のファンは猪木に頼らざるをえない。一体、猪木は何歳なんだよ?と、ここ10年ばかりか、猪木がことを起こす度に忸怩たる思いで、格闘技界の在りようを見つめてきた。
その道は険し。それでも多くのプロレスファン、格闘技ファンに馬事雑言、罵倒、揶揄されても、大花火を上げようと定期的に立ち上がってくる、猪木。誠にその全盛時、鳥肌の立つ思いで見つめていた“四角いジャングルの王者”猪木を知るものにとっては、怖ろしいほどに淋しく、その思いを通り過ぎて哀れでさえ思えて仕方が無い。
この期においても、おいしいものは一番あとに取っておけ!!とでも言うのだろうか!?されば、次報を待たねばならない(やれやれ・・・)。 (敬称略)
posted by yoshiki812 |18:29 |
美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 |
2007年05月09日
恐縮ながら、私なりの一言・・・。
様々な方々から、猪木氏の新団体、IGFについてのコメントを求められて弱る。私は市井のもの書きに過ぎず、だから公式コメントもありようがないが、かつての行動、言質、書き記したものに類する影響力はやはりはなはだ大きいらしく、私がまるで猪木氏IGF関係者であるかのごとき、感覚でもの吐かれる方もおられて、こうです!!とも論じきれない。
実際、五里霧中、カードが出揃わぬのだから、どう、返答しようがない。ええ、まあ、これはひとによっては“逃げ口上”というものなのでしょうけれど、今更、猪木氏自身がよもやリング上にて何かしら体現しようなどという、飽くまでも一レスラーとして、それは在り得ぬ事態だろうから、在り得ても、無論、引退した人間が、また殊更、リングに上がってどうこう、などというものは、それこそ“プロレスの亡霊譚”みたいな物語めいた笑い話にもならぬ手合いのものだから、なんともコメントしようがないというのが、偽らざる心境です。
内心、本当に期待していたのはUFOまで。佐山氏参謀、猪木氏プロデュース、小川選手がトップ、これらには何がしかの期待を抱かせた。新興の団体は既存の団体のせぬこと、出来ぬことを“魅せる”ことによって勢いがつく。それは、誰しもが知っている“価値概念”というものだろうけれど、それにしてもカードも出揃わぬうちから、かんかんがくがく、外野はかまびすしく、それがもしやIGFの遣り口なるものなら、たとえば話題を小出しに出していく、手法、だと一歩引いた視点で眺めても、団体の明確な方向性と、斬新なカード提供で、更にマニア層を含めたリング世界の体現が出来ぬと、また、ほら、見たことかと嗤われるのが落ち、だろう。
私なりには以前、ものしたように、かつて、時代の空気を敏感に察知し、世論を巻き込んだ、マニアさえ唸るかのようなカードとリング上の絵巻を実現してきた猪木氏が、現代の空気なるもの、それは猪木氏自身を意味無く嫌う層を含めた、時代の空気なるものを、よもや知らない、察していないなどとはけっして思えず、ならば、どう、こういった連中を敵に回し、切り込んでいくのか?私なんぞには思いもつかぬ切り口が提出せれうるならば、まだ、道は開けようが、果たしてどのように今後、推移していくのであろうか!?
私ははっきり言って“是々非々論者”の一群だから、かつて異様に興奮させられた人物に対しても、いまがおかしいとなれば、私なりに一言、申す性質の人間ですから、それは猪木氏に関しても、そのスタンスは変える気は毛頭無いので、では果たしてと未だに模様眺めと指摘を受けても、返す言葉はありません。
カート・アングルやジョシュが参戦表明を行ったとの報を望んでも、「じゃぁ、カードは?・・・」で私には論じる価値観が未だ、見えぬ。
見ていてうーんと唸るかのような試合が行われれば、自然と注目が俄然、是の方向で集まるだろうが、果たしてIGFの、今後、その行く末とは!?
プロレスラーとしては、私は未だにアントニオ猪木を超えるかのようなレスラーは輩出されてはいないと思える、プロレス界にあって、IGFはただの消滅前のあだ花的位置で終わるようなら、もしや消滅せぬとも、ますますマニアの為だけのものに成り果てていく、プロレス界であろうようなら、私も長年、見つめていた世界から遂に離れていく遠因にもなるやしれず・・・。
IGF、カード引き伸ばしの策は“大罪”なり。もしや、“そう”ならば賢明な策とは思えない。いや、そうじゃない、恒に直前まで難航する格闘技興行、そのカードと言うのなら、その一環みたようなものだ、と反論あるならば、ならば私はと重ねて思う。それでは闘う選手自体があまりにかわいそうだと感じてもきたし、何よりファン不在の在りようである、と。こういったことにも、楔を打つ良い手本になってほしいものだが、ただの一ファンのまさに“戯言”とそれこそ嗤われる類のものなのだろうか?
未だ、先は見えない。形が見えぬものを論じるほど、私も暇では無いし、何より情熱だけで論じていた頃のような、悲しいかな、若さも私にはいまや、無い。果たして、その行く末や、いかに!?、いずこへ!?私のような凡人極まる人間には解しかねる、難題である。嗚呼、IGF、お前はいずこへ行く!?
*魂暴風、IGF関連記事
⇒『危ぶめば道は無し!?アントニオ猪木・新団体「IGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)」の見えざる正体!?』
posted by 美城丈二 |11:44 |
美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 |
2007年05月04日
2005・2 筆者HP掲載文
在京の友人が編んだ、マリリン・モンロー関連の著作を紐解く。死する二週間前からの彼女の行動を仔細に調べ、その死に関する私見を述べた上で、大胆に謎とされる、その死に関する検証を行っている。分厚い本だが、モンロー、本国でも出版され静かなムーブメントを興しているのだという。
時代を席巻した国民的英雄、この類いに関しては、各年代、ジャンルを問わず、様々な憶測が有り、わけてもその死に関してはまことしやかな噂が、あとを絶たない。モンロー、プレスリー、ジョン・レノンもその類いか?。ブルース・リーに関しては、香港マフィア、裏社会との軋轢による、何か?があるとされ、英雄であるがゆえに、生存していた時代も含め、世の人々は様々な噂に喧しい。スーパースターゆえのそれらは喧伝としても、出版された、様々な検証物は、純粋なファンからしてみれば、暴露本、或いは誹謗中傷本の域を出ず、読み綴ってのち、嘆かわしきばかりだったりする。
本国、プロレスの世界に目を転じれば、いわずと知れた、プロレスの祖・力道山、その死に関する憶測は、未だあとを絶たない。ちんぴらに刺され、自身の体力を過信した力道山の暴飲、暴食がその生を奪ったとされる、定説はあるが、果たして真実は本当に、そうか?、僕自身も格闘技好きゆえに、力道山の生前、凄まじき武者ぶりは随分、見聞きしているのですけれど、力道山VS木村政彦戦を巡る八百長論議と共に、やはり関心の外、ではない。
ただ、力道山に関するだけでなく、様々な時代を、ジャンルを越え、いまだに人々の心に宿る、英雄達の、やはり、そのイメージを明らかに覆すかのような、それこそ陥れるかのような、暴露本的書物には、やはり抵抗が強く、僕は“蔑視的目線”も持ち合わせている。
願わくば、死してすでに永遠の眠りにつく者達の顔面をひっぺがえすかのような、書物には今後、出逢いたくはない。批評と否定は違う、誹謗と中傷は神のみぞ知る、とはかの評論の神様・小林秀雄の言葉だが、
他人を祝福する影で、その栄光を妬む、嗚呼、人間なる哀れな生き物が、今後、その他人の心の底を、興味本位で覗かないはずは、なく、まして今後も続々と様々な暴露本まがいのものは、出版されるに違いない。金の為?とはいえ、実名入りで暴露したり(先のメジャー・リーグ、カンセコの一件もこの領域か?)、はなはだおぞましい、これぞ他人より少しでも上位でありたい、と願う、これも儚い、人間の業というやつの所作、行いに拠るものだと言いえるのであろうか?
モンローの書物を読みながら、ふとそんな考えなくてもよい事までをも考えてしまった(笑)僕なのでは、ありました。
posted by 美城丈二 |12:18 |
美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 |
2007年03月18日
*過去コラム、訂正加筆稿。
少しでも格闘技なるジャンルを実際に身を持ってかじったものなら、人間の(それも鍛え上げた肉体であればあるほど)肘、膝がいかにひとを殺す道具になりえるか、察しがつく。UFCは肘を了承し、PRIDEは膝を解禁とした。金網と四角いリングなる違いはあれど、一歩間違えばいつか死人が出る!?
強さを追求するが為、己を戒め、修練に努める。「誰が一番強いのか!?」という目と、「いまに死人が出ますよ」という考え、思考はやはり相容れぬ矛盾を内包しているとは思うが、いかんせん、が為、筋肉隆々、増強剤を打ちまくり、弛緩剤を飲んで痛みを出来るだけ和らげようとする精神はやはりどこか歪んだ観念だとも思う。
かつて「霊長類人科最強」などと賞賛されても、あの肉体の異様とも思えし造りにはまったく勘考が沸かなかった。見れば一目瞭然、薬づけの身体に私は興味など覚えなかった。ナチュラルさこそ感嘆ものなのであり、ゆえにこそ、そのたたずまいが風格を呼ぶ。
「なんでもあり!!」を謳うなら、「ならば、噛み付き、目つき、頭突き、金蹴り、それも解禁してみなよ」と暴言も吐いていた。「そのうち、どこぞの市井の腕自慢、サラリーマンが増強剤をバンバン飲んで総合界に殴り込み、バッタバッタとチャンピオンをなぎ倒す時代が来るかもよ」とも。
相手をなぎ倒し、組みふし、失神させよう行為は、ただそれだけに着目するあまり、大金をそそぎこもうとすれば、終いにおかしな人間を創造し、その根底をも揺るがす。
私は恐い。昨今の格闘技大ブームが!!その礎を作ったものは、確かに‘プロレス界’ではあるが・・・、筋肉隆々、嗚呼、いつからみんな、おんなじ体つきのレスラーばかりになってしまったのか!?人間のその一生、生成するホルモンなるものを約四分の一時間にて生成出来るとの識者の声もある、増強剤乱用。禿げるわ、息がすぐあがるわ、体調が悪くなり、血の尿は出るわ、終いには終始、精神が安定せず、また今度は安定剤を飲むわ、これじゃあ、その寿命も長続きはしませんわな。
金が金を生む、世界的MMA勃興、大ブーム。人間、目の前に大金積まれたら、そりゃあ、性格も捻じ曲がりますよね?(苦笑)。
されど、このブーム、何事も見えぬまま?にますます、その隆盛は続いていくことであろう。私は私をいまこそ戒めたい。「男の浪漫」それだけに気をそそいではけっしていけないと。
posted by 美城丈二 |09:25 |
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