2007年06月28日
“藤田ァァ~!! 出て来~いッッ!!!”
真の実力には筆者は?マーク、疑心いっぱいではあったがそんな筆者の意に反して当時、『霊長類ひと科最強』と謳われていた、あのケアーをアグレッシブに攻め立て、圧倒的な存在感を指し示した時、多くのかつてのプロレスファンからのPRIDE流れ者、すなわち筆者みたような連中は色めき立った、はずだ。
元新日本在籍のれっきとしたプロレスラー上がり、猪木氏のアレンジしたバージョンとは申せ、“炎のファイター”BOMBAYA入場曲を携えて勇躍躍り出でた。注視しないはずは無い、いやまさに注視したのだ!!。
くちさが無い者達に、師匠は現役時、八百長に揉まれていたくせに弟子達には真剣勝負を強いる、などと揶揄される蔑視論、どこ吹く風、その弟子のひとり、ひところの藤田にはやはり威風漂う“闘う者の、強さへの飽くなき追求心”が見て取れて、私なんぞにはあまりに猛々しく映り見え爽快そのものでさえあった。
まず面構えが良かった。強者特有の鋭い眼光は、或いはこれから這い上がろうとする武辺者は、恒にいまにも挑みかからんほどの鋭い眼光を有しているもので、格闘家としてはまったくこの威風は不可避なものであろうと考える。
時代としてもプロレス界衰退、MMA勃興という波にその背を押され、もともとレスリング全日本学生選手権4連覇という偉業をバックボーンに持つほどの男であるから、「挑戦、無論、ここぞと参る!!」とばかりに、PRIDEのリングへと猪突、邁進した。結果は云うまでもない。時代が彼を押し上げたと各論者は絶賛、ものしたものだった。
☆PRIDE GRANDPRIX 2000
開幕戦2000.01.30
○ ハンス・ナイマン
1R 2分48秒 ネックロック
☆PRIDE GRANDPRIX 2000
決勝戦2000.05.01
○ マーク・ケアー
1R終了 判定 3-0
× マーク・コールマン
1R 0分02秒 TKO(タオル投入)
☆PRIDE.10
2000.08.27
○ ケン・シャムロック
1R 6分46秒 TKO(タオル投入)
☆PRIDE.12
2000.12.23
○ ギルバート・アイブル
2R終了 判定 6-0
☆PRIDE.14
2001.05.27
○ 高山 善廣
2R 2分18秒 TKO(肩固め)
☆PRIDE.26
2003.06.08
×エメリヤーエンコ・ヒョードル
1R 4分17秒 スリーパーホールド
☆PRIDE無差別級GRANDPRIX2006開幕戦
2006.05.05
○ジェームス・トンプソン
1R 8分25秒 KO(スタンドでのパンチ)
☆PRIDE無差別級GRANDPRIX2006 2nd
2006.07.01
×ヴァンダレイ・シウバ
1R 9分21秒 TKO(タオル投入)
☆PRIDE男祭り2006FUMETSU
2006.12.31
○ エルダリ・クルタニーゼ
1R 2分08秒 KO
☆PRIDE.34
2007。04.08
× ジェフ・モンソン
1R 6分37秒 スリーパーホールド
PRIDE以後、そのPRIDEに限った戦績を見れば、またぞろくちさが無い者達はヒョードル戦のち「終わった!!」と弾劾するのかも知れぬ。だが、そういう見方をしたが最後、プロレス者はその希求癖を遂には枯渇してしまう事態に陥るというものだろう。この戦績を望めば、あらぬ水面下での“しがらみ”が見え隠れしており、藤田のけっして平坦では無かった“闘う男の、浪漫”まさしく性が感じ取れ、筆者にはあらぬ思いがふつふつと沸き立ってくる。
燃える闘魂、猪木イズム、最期の継承者・・・猪木現役時、最期の付き人であった彼は、いつしかそう、謳われるようになった。新日本からのPRIDE転出時、あの前田日明氏との遣り取りや猪木氏との因縁を経て、いつしか藤田にはそういう冠が附されることとなったのである。
(ここからは筆者のいつもの繰言です。そのおつもりで読了願えれば幸いかと存じます。)
そんな彼がいつの頃からか迷い始めていると筆者には見てとれて、胸中、穏やかではいられなくなった。次第に憂いが帯び始め、ファイトスタイルにもその迷いは如実に現れ、新日本のIWGP選手権者、再び戴冠のちそれらはまさしく顕著に誰しもに判る形で露わになってしまった。
その師はいうまでもなく、格闘技とプロレスを棲み分けぬ主義のひとだ。無論、猪木氏の現役時を鑑みれば、それは至極妥当な帰結だろう。だが、実際にMMAにてリング上、相対した時、藤田、彼にはあきらかな現行プロレススタイルとの違いが感じられたはずだ。なにより猪木氏全盛時のそれとは、日々の修練、鍛錬方法からしてまったく違うのだから、当然と言えば当然の感慨であったのかも知れない。
氏が望んだ“棲み分けぬ格闘浪漫”を現行のプロレス世界に持ち込もうと企ててはみたが、あまりの価値観の相違を持って断念、それでも躍起になって自身の哲学を押し付けようとした師への反発?、遂には“最期の継承者”の道も断念?することとあいなった!?・・・。
私は藤田がIWGPチャンプにあってその方向性へと向えばまだ新日本の未来は明るいと見ていた大馬鹿者だったのだが、いまやそれも気泡と化してしまったようだ!?
この4月中旬から海外へと旅立ち、グアム、パラオに入り長期合宿を張っていたという藤田。いまや彼は何を目指して自身の“格闘浪漫”を紡ぐというのだろうか?
買収のち、先の見えぬPRIDEにあってこのまま意気地を貫き、たとえリングに一敗血にまみれてもそれ相応しいとは思うが、果たしてその道に飽くまでも拘ろうとするのか?
或いは・・・・・・?
ケアーを圧倒し、コーナーポストに駆け上がり吼えた藤田には万来の拍手と惜しみない喝采が四方八方からあがり、新しい世紀のプロレスラー誕生を予感せしめた。
まだ道はある。
「道は険しくとも、笑って歩もうぜ!!」(師、のほほんとそう、曰く・・・)
藤田和之・・・筆者は詮無い物言いではあろうが、或いは誠に僭越なる言いっぷりではありましょうが、“ただ一方的に勝てば良い”世界とは一線を画す世界に再び名乗りをあげてもらえぬだろうかという思いも未だに人知れずあるがいかがなものだろうか?
格闘家としての佇まいは近年、浮上してきた誰よりも屹立しているように感じられる、藤田和之という、男。このまま、静まっていてはあまりに勿体無い。筆者は思うのだ。師の“危急”を救うのは藤田和之、或いはあなたではなかろうかと?師はまさしく望んでいよう(口にこそ出されないが・・・)。
継承者とは遺伝子を享く者と悟りたし。
“藤田ァァ~!! 出て来~いッッ!!!”
posted by 美城丈二 |18:37 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
2007年06月24日
%size(2){やはりと言うべきか、IGF、猪木氏新団体の存立が危うい。旗上げ日をこの29日に控えているにも関わらず、まだメーンカードすら、どうなるかわからない状況である。
小川選手参戦は前後の経緯はどうであれ、IGFにとっては朗報ではあったが、小川選手が不用意?にもアングル戦をぶち上げてしまったが為、実は唯一の事前発表カードであった(6月24日現在)アングルvsレスナーの対戦カードが、やはり猪木氏特有の見切り発車カードではなかったのか?とくちさがない連中に勘ぐられる結果を生んでしまった。
私は、いまや猪木氏に関しても是々非々論者であり、それはもうどこでもはっきりと明言している。当サイトにおいて猪木氏のかつてのファイトぶりを取り上げる。それはかつての私の涙すら流したほどの“感銘ぶり”“思い込みぶり”を図らずも顕すものだが、だからといって現行の、或いは現役晩年時代の猪木氏すら是認されうるものである、という定義付けはとんでもない間違い、方向違いであろうと考える論者のひとりである。
前田氏がかつて蔵前の控え室で居並ぶ記者方々を前に叫んだ、
「アントニオ猪木ならなんでも許されるのか!?」
あの言葉はその後の私に大いなる楔を打ち込む、まさにアンチテーゼ足らしめた。真理を見つめる処断において過去のフィルターは上手く持ちいらねば、その目を曇らせる枷(かせ)にしかならないと思う。かつて涙するほどに感銘を得たものを私はその当時のままに賞賛はするが、だからといって今もそれ相応などという観念は、少なくとも私には無い。
猪木氏に関しては、かつてある識者が、
「私達は、猪木に関して我慢しうる持ち札を遂に使い切ってしまった」
と、嘆かれておられた。
あれほどどれほど、猪木氏は批難されてもどこ吹く風であるのだろう?私達、過去のいわば猪木氏の遺産を未だ保有する者達にしても、いつぞやかは消えていく代物でしか過ぎず、現代の格闘技ファンの心根を引き付けぬ限り、IGFの成功はけっして有り得ぬことくらいわかりきったことなのに、ちまちまと連日に渡ってあらぬ話題を提供したとしても混乱を起こすばかりで、果たして本当に開催するのか?開催できるのか?そのような勘ぐられようでは、まったくこの先、心許ない。
また未だに猪木氏が連日に渡り、話題を独占するかのような状況も、まあなんと頼りない、我がプロレス界であろうことかとも思う。時に変わって一面を飾るのはあの“ハッスラー”面々。
「一体、いつになったらプロレス界は反抗の狼炎を上げるんかい!?」
IGFは、昭和新日派を筆頭にチケット自体は、売れていると聞き及ぶ。つまりそれは無論、期待感以外の何物でもなく、いかにカード一戦ばかりの発表にも関わらず、どうにかしてくれという、かつてのプロレスファンたちの嘆きにも通じていようことなど明白であろうが、それにしてもこの期に及んでメーンカード自体が危ういという状況は、やはり笑止千万と嘲笑われても仕方が無い失態であろうと思う。
今回、転べばこれまでに比すとも劣らない批難轟々たる中傷を受けることだろう。とはいってもそのようなことは誰しもが判りきった論じごととして、筆者も当サイトにおいても散々、書き連ねてもきた。
「どれほどの意気地か、どれほどの本気度か?」
筆者は思う。猪木氏が望むべくカードを並べられぬなら、今からでも遅くは無い。開催はそれこそ大笑いされても良い、回避すべきだ。中途半端にお茶を濁すより、回避した方が間違いなく賢明であろうと思う。
悲しいかな・・・時代は刻一刻と進んでいる。見方によってはかつてのプロレス絵巻を取り上げる当サイトの姿勢は“かつての一ファンの個人愉悦”マスターベーションに過ぎず、早くそこからかつてのファンを引きずり上げて欲しいとも思うのだ。
はっきりと申します。IGFはプロレス界を取り巻く現行状況、そういう意味合いにおいても期待せざるをえません。だが、あまりの曖昧模糊、イノキイズムの“一端”も感じられぬものなら、私は見たいとは思いません。
IGF観客動員の為に、様々なメディアを駆け回り、くだらぬ駄洒落と共に愛想を振りまく・・・
猪木さん、かつての信者として、それはあまりに淋しい光景です。
「本当ならば、見たくはありませんでしたよ」
☆魂暴風・新日本哀歌
⇒『はじめに道ありき-新日本プロレス道場編』
posted by 美城丈二 |08:26 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
2007年05月30日
(世間様は桜庭VSホイスへと既に気持ちが移行なされておられるようですが・・・。)
海の向こう、UFCによって着々とPRIDE解体は進んでいるようだ。悲しいかな、これが現実。資本主義社会では常套なる手段というやつだろう。
ミルコに続いてノゲイラ、ジャクソン、ヘンダーソン、更にシウバ、ヒョードルと来れば、これはもう根こそぎではないか!?次回、PRIDE開催も実際、いつやるのか?私なんぞには検討も尽かない。規模縮小などという次元ではもはや無いですね。
あのファンを煽りまくった桜庭VS田村の一戦、どうするのだろうか!?今更感は拭えなかったが、私はUWFからの一連の流れを見定めようと目を凝らして見続けてきた一群のひとりだから、ふたりが同じリング上で立ち並んだとき、高揚感が沸き立ち、仕方無かった。やはり、危惧していた通りに無き崩しの収束、決戦消滅、夢見たファンがバカだったという結末なのだろうか!?
ただ、体制は既にUFC側に移行しているのだから、あの時の関係者各位(桜庭VS田村戦を企画なされた方々)に文句のひとつを言っても始まらないのだろうが(それは各位がそのまま移行されたとしても、上層部がまったく違うメンツなのだからまさしく仕方の無いことだろうとは思うが)、それにしてもと思うのは、
どうしてこうも、格闘技の世界は点が線になりにくいのかな?という、誠に真っ当?かつ当たり前であろう、疑心。プロレス界だとすったもんだ揉めても、これが大抵、線になりますから、ムフフッ。
K-1から引き続く総合格闘技人気も翳りを見せ始め、裏で暗躍?なさるフィクサーの方々も今後はよほど手綱を引き締めないと、あの秋山問題等もあって、ブーム再沸騰は厳しい情勢だろう。
K-1も勝負論から遠ざかって久しい。真剣勝負を謳い、プロレスには無い一瞬の衝撃性を前面に打ち出して多くの支持を得たK-1も、プロレスチックなリング内外のスタイルに転じてからがらがらとそのステータスを崩していった。「プロレス世界を侮るなかれ!!」やはり、視聴率偏重路線では長続きしないということでしょうね。
嗚呼、夢物語。またひとつ私の望みは“陽炎(かげろう)”になってしまったのか!?
*桜庭VS田村、当サイト関連コラム
⇒『桜庭VS田村、UFCの処し方“鉄は熱いうちに、打て!!”』
posted by 美城丈二 |11:08 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
2007年05月30日
・・・1・4 東京ドーム。
小川直也が橋本真也を打ちのめした時、多くの、平成のプロレスファンたちは度肝を抜かれ、やんやの是非論、誠に議論は伯仲した。
「新日本プロレスのファンの皆さん!!目を覚ましてください!!」
猪木の全盛期や、前田の荒武者ぶり、昭和の格闘家の武勇伝を見知ったことのない新しい世代のファンにとっては、まさしく衝撃的な一戦であったろうと思う。
純粋に“プロレス”として楽しめない、試合。
プロレスのリングで不如意に訪れるブック(シナリオ)破りのシュートマッチ。この刺激性はやはり並では無かったと思われる。
だが、ブックを破ったとき、本当にそれは“プロレス”ではなくなるのだろうか!?
☆この続きは是非、こちらにてご覧くださいませ。
美城丈二著作・ミルホンネットタイアップ
⇒ 『魂暴風・最強神話“流転”篇』
posted by 美城丈二 |09:51 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
2007年05月16日
何やら、スポーツ紙の“見出し”みたようで、誠にすみません(苦笑)・・・。
やはり、書かざるを得ないと申しましょうか(苦笑)、猪木氏IGF絡みのお話しは当分、自分なりに秘しておこうと思っていたのですが、なにやら、あの船木誠勝氏の身辺がまたぞろ慌しい雰囲気を呈し、一部で噂されている復帰の舞台が、あの猪木氏IGFであるという、偽説!?に振り回される(!!)段に及んで、私なりに思う事柄、感慨を述べさせていただきます。
私なりに、ものする、“あの時代の格闘絵巻”、僭越なる物言いではございましょうが、誠に多くの方々にご支持、ご賛同をいただき、毎回、その旨の論稿を愉しみになされておられる方々におかれましては、大変、恐縮、そちらの論稿は今回、ひとまず閑話休題、お休みとさせていただき、
さて、では船木誠勝氏復活劇論稿とまいりましょうか!?(笑)。
いや、実際、船木誠勝氏、私を昔から知っておる有志はみな、異口同音にこう、申すことでしょう。「美城が、猪木の後継者たるに相応しいと論じていた、意中の相手とは船木誠勝だったのだよ」と。
ご存知の通り、船木氏は、当時、至上最年少で新日本プロレスデビューし、10代で既にその将来、新日本、ひいてはプロレス界を背負うほどの男になるであろうと嘱望、待望されるほどの人物で、私は実際に会場で見る度に、その技術性の高さ、覚えの早さ、そうして何より面構え、スター性としての雰囲気を鑑み、私がまさに“押していた”人物でもあったわけです。だが、これこそもう、皆さんの方がよくご存知の通り、UWFに移籍、当時の長としての猪木氏よりも、精神性において傾倒していた藤原選手、前田氏のいるUWFを選んだという事実は、誠に是非無しとも思えたものでした。
のち、藤原組を経て、己の理想を追求する場、パンクラスに参画。UWF移籍の際、あの猪木氏が何時間もかけて“引き留めようとした”裏話等を勘考相混じって私はそのパンクラスの舞台、リング上の“秒殺劇”なるものを見つめていた次第、なのですが、あのヒクソンに対峙し、敗れ、引退宣言。
いやぁ、誠に誠に惜しい、その引退と思っていた記憶が未だにまざまざとありまして、今度の、これまで幾度も取りざたされていた復帰の舞台として、今回、猪木氏IGFがそのリングではないのか!?スワッ!?ともなれば、やはり、私は書かずにはをれない案件というものですよ(笑)。
ひとによっては、どうでもよいこと、プロレスなるジャンルの今後、在り処(ありか)、私なりには物凄い感慨を持ちつつ、これまでずっと抱いてきた案件でもあるわけでして、私なりには、未だカードの発表の無いIGF、ならば、ある意味なんでもあり元祖の猪木流ということで(笑)、この際、船木氏が考えるルール、試合スタイルで、その相手は柴田勝頼、つまり、世間でもっともネームバリューのある猪木氏の画策したリングで(それだけ注目が良い意味でも悪い意味でも集まるとの意、です)、自分たちが創造した、或いはその過程の“プロレス”を見せると。
船木氏が“八百長”と吐き捨てられ辟易し、UWFに身を投じても、そこでは“真剣勝負”は時期尚早とはねつけられた話し、或いはパンクラスで追い求め続けた“プロレスラーとしての在りよう”話し、ヒクソンとの“引退”をかけた、まさしく己のその後の人生を左右するほどの闘い秘話、そういったものをも含めた船木誠勝という、男に纏わる私なりの感慨もそりゃあもう、一言では論じきれないものですよ(笑)。
先のイベント(IGFとはまったく関連性無し)登場の際、自身の復帰を問われ、「もう(復帰)しないとは言えないですよね」との、この発言。前後して問われたIGF関連では、「オファーが来ていないんですから、なんとも言いようがない」にも関わらず、IGFに関しては「(柴田選手と)この先、どうなるんだろうね!?」と話し合われているとの、報。
船木氏の未だ熱烈なファンに置かれては、やはり猪木氏にはまったくアレルギーいっぱいという方も中にはおられるでしょうけれど、良いようにとるなら、その参画メンバーにまさしく“アントニオ猪木・100年の計”ともいうべき世界戦略性をも感じる、キャリア的には申し分無い者達がぞくぞく参加表明してもおり、まさにグローバルな視点・視野をもはらんでおりますし、何より、この一大イベントの成否によっては猪木氏の在りようがはっきり問われかねない以前に“プロレス界の今後の在りよう”も乗っかっているとも思えますので、ここはひとつ、私は素直に、“あの、船木誠勝・復活戦”が見たい派でもありますよ。
いわゆる、ガチでも良いと思います。思い描いてきたプロレス世界でも良い。上手くリング上で体現できずとも、良いのです。望んだ観客が審判を下す。そろそろ、今後のプロレスなるジャンルの在りようを指し示す好機でもあるような気も致すのですが、いかがなものでしょうか?
猪木氏を利用すればいいんです。この期に及んで、「船木、柴田、お前達のやりたいプロレスをやってみろ!!おいっ、やれるのか!?」ぐらいの猪木節を私は心から期待しているのですけれどね・・・無理かな!?やっぱり・・・(苦笑)。
私は普段から、こう、思っているわけです。誠にそれこそ、僭越なる物言いでしょうが、いくら現行、支持厚いノアや新日本が“凄まじいプロレス絵巻”を展開しても、一大ムーブメント化してしまった総合格闘技なる領域を凌駕するかのような壮絶絵巻とは言い難いのではないのかと。もはや、総合はプロレスジャンルなるものにとっては様々な意味合いにおいてもなかなかその尻尾をも従え難い『化け物』と化しつつある、との私なりの認識ですね。
やはり、敢えて胸を貸し、相手の渾身の技を受け続けるプロレスをよしんば今後も続けていったとしても、総合の壮絶さに比すれば、一枚落ちるかのように論じられてしまう現状、いま、では、この先、いつまでもプロレスは総合の後塵を歯軋りしつつ、歩まねばならないことでしょう。
私は、かつて、一心不乱に焦がれたあの“熱い熱い、プロレスラーたちによるプロレス一大絵巻”をもう一度、この目で見てみたい、この一語に尽きる思いのもと、恐縮ながらもまたこうして、ひとによっては“どうでもよい話し”を論じさせていただいた次第でもありました。
「船木誠勝さん、あなたのファンはきっとあなたの完全復帰を未だに待ち焦がれておりますよ」
vsレスナー、vsアングル、vsジョシュ、対船木との対戦にも留まらず、先には柴田選手との彼らとの絡みも鑑みれ、想像力をふんだんに含まらせることもできよう、ふたりの猪木氏IGF参画説。私の願う、日本人大物格闘家・プロレスラーの参画は是非、必要との主張にもぴたりと符号致しますしね。
裏を鑑みたら、かなり難しいことでもあるとは思いますけれど、真剣勝負でまずはいまや同士とも思えし、連携を組む、柴田勝頼戦での復帰劇。無論、何度も書き殴るかのように“真剣”“真剣”とも書いておりますので、ひとによっては嗤われるかのような物言いなのでしょうが、それでも私はやはり、見たいカードでもあると、主張してみたい、次第でもあるのです。
もともと、この“真剣勝負”なる定義。プロレスの範疇に入る定義でもあるわけですから、ね、ムフッ。皆さん、どう、思われますか!?私は再びもう一度、20代の頃のように、“熱き、船木論”をものしてみたいと思っていた人間です。
*魂暴風・IGF関連コラム
⇒『“何処へ!?”猪木、IGF、未だ先が見えぬ!?様々な憶測と非難が飛ぶ、現状』
⇒『危ぶめば道は無し!?アントニオ猪木・新団体「IGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)」の見えざる正体!?』
posted by 美城丈二 |12:55 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
2007年04月27日
今一度、PRIDE格闘絵巻に酔いしれたいなどと書いておきながら、その一方では今後の格闘技、その在りように危惧感を抱き、私の中で相反する二律性がまた、もくもくと、もたげ来る。桜庭にパンチドランカーの兆し、在り。私も含め、ファンとはなんと残酷な精神を有していることか?かつてあの猪木にも感じた、強さの象徴とでもいうべき存在であった者への、
あまりのせつなさ、淋しさと絶望感、そして、最期は華々しく散ってくれ、などという、きっと投げやりとは違う、傾倒した者への惜別にも似た哀切なる想い・・・。
私は幼き時分から、“プロレス”が誠に好きであった。やはり、相手の技をあえて受けるという精神に、なんとも言いがたい格闘美学を感じてもきたから。あえて受ける、まさしくそれは“プロレス”特有の“アングル世界”だ。この精神に反する競技、それこそがいまや胎動のち、一大ムーブと化した“総合格闘技”なる世界というものだろうか!?
私は“プロレス”から“総合”に目覚め、東京在京中は、あしげく観戦に赴いた。その中でも忘れられぬ大会なるものが三つ、ある。そのひとつが、あのなんとも度し難い想いにさせられた、時は1995年4月20日、所は日本武道館、開催名『バーリ・トゥード・ジャパンオープン95』なるものであった。まだ当時、総合格闘技自体は萌芽の時代。ヒクソン参戦で話題ではあったが、世間的には現在のようにTV放映化などありえないほどの、リング上凄惨風景。まさに修羅とも言いえよう、その有り様に私はなんども目をそむけた。修斗の中井秀樹はそのトーナメントであの“ジェラルド・ゴルド-”と対戦。見ていて、あれほど“人間の冷徹性”を感じた試合もなかった。中井の目を、素人の私にも解るほどの指で抉る行為。ゴルドーはレフェリーに注意を与えられたが、意に返せずふたたび抉った。試合後のさる雑誌談話によれば、ゴルドーはあれはサミングなどという、故意行為では無く、たまたま、指が入ったまでだ、などと抗弁していたが、あれを故意とは言わず、偶然だというのなら、この世にひとの精神を司る神などおるまいと、私は大袈裟でもなんでもなく、当時、述懐した記憶がある。中井はこの一戦を抗議するでもなく淡々と戦い抜き、確か、ヒールホールドで逆転勝ちを収めたはずだが、この一戦がもとで、右目の視力を失ったのだ。
会場では、口々に「殺せ!!」だの「なんでもやっていいのだぞ!!」などと、あきらかにリングに上がる選手に対してリスペクトのかけらも感じられない野次が飛んでいた。あのとき私はそれでも最期まで会場に居たが、あれはやはり“総合格闘技”などと悠長に呼べる代物とはとても思えなかった。まして“武道精神”も感じられず、私はまったく暗い面持ちで家路へと急いだ・・・。
精神性など必要無いなら、街中の喧嘩を見ておれば良い、と想う。ガードレールにぶつけようが、それこそ鉄パイプを振り上げようがお構いなし。それこそ命と命のやり取り“殺し合い”なのだから、まさしくなんでも有り、で良いのだと思う。だが、リング上は違う。お互いの日々の修練の見せ合い、お金を頂いての“合法的”果し合いの場、なのだから、それらを指して「なまはんかだ」となじる精神はやはりおかしいと想わざるをえない。
私はその後、あらゆる場所でルールの整備化を訴えかけてきた。リングドクターをきちんと置き、そのドクターが止めるべきだと判断した場合は直ちに試合をストップさせる。いくつかの案件と共に、私なりの提言を行ってきた。
いまや、“総合格闘技”界も円熟期にさしかかったのではないかと思われる。桜庭の今後も、この私の長年の“二律性”の範疇外ではけっして無いだろうとも感じている。リング上の格闘絵巻によって、長い間、私は夢と希望を重ね合わせ、日々あくせくする思いをなんとかかんとか拭ってもらってきた。
男の浪漫と、人間の残虐性、その紙一重の領域を今後も私は綱渡りするかのような、脅える感覚の元、見つめていくのであろうか・・・。私の中にも、また“残虐性”は確実に存する。 (敬称略)
posted by 美城丈二 |19:23 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
2007年04月26日
PRIDEが、UFCに飲み込まれ、新しい時代が来た。表向きは、選手のギャラ高騰や運営費の大幅赤字で、そのつけを清算する形での“買収”だが、財力あるものが、弱った獲物をここぞと飲み込むさまは世の常とはいえ、はかないものだ。PRIDE自体は残る形だが、先のミルコ移籍といい、ノゲイラ転出といい、PRIDEの規模縮小は避けられぬ情勢で、今後、あの“クオリティ”の高さを維持できるか、はなはだ、疑問だ。
ドリームステージ、最期の章、榊原氏の挨拶の際、あの桜庭と田村のリング上での邂逅を見た。ふたりの“歴史”を知るものにとってはなんとも感慨を抱かせる“邂逅”となったわけだが、そう、すんなりとはいかないかも知れない。うがった見方かも知れないが、桜庭VS田村はUWFインターの流れを汲むPRIDE内での“邂逅”ドラマに過ぎず、ようは海の向こうのUFCにとってはどうでも良いことでもあるわけで、こういった日本人特有とされる、誰が一番強いのか?といった、真剣勝負の世界、格闘技のリングであろうが、ドライに割り切らず、感情を持ち込もうとする日本人感覚をどう、料理しようというのか、或いはどう、料理するか、UFCの“買収”に対する視点がはっきり見定められるので、この桜庭VS田村の成り行きには注目したいと思う。
まさか、“反故”にはしないとは思うが、裏切ってなんぼの裏格闘技界。日本人ファンの勘考をあおっておいての、なしくずしの“延期”、なんてのはお手のものかも知れず、今後のPRIDE運営の在りかたにも私なりに注視していこうとは思う。
勝ってなんぼ、それは特に海の向こうでは通用する論理だ。日本人は、そこに“武道精神”を鑑み、より、どうやって勝ったか、対戦までのプロセスは?なんぞと、対戦後であろうともほじくり返し、そういった付随する精神性をも視点をそそぐ、国民だ。
桜庭VS田村は、やはり、今後、格闘技ファンがUFCにそっぽを向きかねない、まさしく“踏み絵”そのようなものになるのかも知れない。私はこの対戦、素直に“早急”な対戦を望んでいる。けっして若くはない、両雄。今更という見方もあるが、今一度、PRIDE格闘絵巻に酔いしれたいと思う。
(敬称略)
*魂暴風サイト“桜庭”関連コラム
⇒僕らの桜庭、Good job!?
⇒「秋山!!おまえ、またかよ!?」桜庭、怒りのノーコメント。
posted by 美城丈二 |07:36 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
2007年04月13日
「アントニオ猪木なら、何をやってもいいのか!?」前田日明氏の有名悲痛な叫び。
「・・・あのとき、ざわつく観客をオレは“猪木さんがきっと来る”と信じて必死になってなだめた。だけど猪木さんは来なかった。オレは悲しくてね。未だにあのときの感情は忘れ難い」それは前田氏が、のち回顧したUWF誕生の日、蔵前の、リング上の哀感暗澹。
*続きは是非、こちらにて読了くだされば幸いに存じます。
初集、2集ともに、好評発売中です。(プロレス・国内欄にて)
⇒『ミルホンネット版魂暴風3忘れ難き青春の日本人レスラー篇』
⇒『ファイト!ミルホンネット版魂暴風*a martial art side』
⇒『ミルホンネット版魂暴風2感涙のトップ外国人レスラー篇』
posted by 美城丈二 |20:56 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |