2007年07月13日
無邪気さと煌々とした目と大谷晋二郎選手
≪在る家族の肖像≫ 時にはこんなお話しも良いのかなと・・・。 私には、ふたり息子が居る。 小学校3年生と6年生。 兄は、どちらかと言えばおとなしめの子であり、 弟はわんぱく盛り、何かと喧(かまびす)しい。 そんな長男である兄が、先達て息堰切って学校から帰ってきた。 「パパ!!ただいま」 元気な声に、本と戯(たわむ)れていた私が振り返った眼(まなこ)に飛び込んできたものとは、その長男が着ていた体操着いっぱいに描かれていた、文様だった。 私はすぐ合点がいった。 その日は、長男の小学校に、来る地域のプロレス興行の為にPRがてらゼロワンMAXの選手たちが、訪問に訪れるとの話しを聞きかじっていたから、 「凄いな。これは誰のサインか?」 と満面笑み崩す長男に尋ねた。 「大谷選手だよ」 「そうか?これは?」 長男は怪訝な顔つきになった。 「大森選手かな?田中選手かな?高岩選手かな?」 と、私が合いの手。 「・・・忘れたよ」 「そうか?大谷選手はなんか言ってたか?」 「うん。ちいさい頃は病気ばかりで身体が弱かったって言ってた」 私も知る、大谷選手のエピソードである。
「でもね、大人になってうんと努力して身体を鍛えて強くなったって言ってたよ」 「そうか?新日本のジュニアであのライガーとかと凄い試合をしたんだぞ」 「本当に!?強かったんだ?」 「強いってもんじゃないだろ。ジュニアのチャンピオンにもなってるんだから。それからもっと努力して身体を更に大きくしてな、あのパパが好きな橋本真也が作ったゼロワンという団体に移ったんだよ」 長男は、興味津々であった。 「大谷選手は元気そうだったか?」 怪訝な顔つきながらも、 「うん、元気だったよ。腕立て伏せも見せてくれたし、プロレスラーのひとはプッシュアップって言うんだね。僕がやってるのとは違った」 「そうか?この前までね、具合が悪くて入院してたんだぞ」 「ええっー!?どうして?」 「試合後かな?激しい試合をしてひっくり返って病院に運ばれて、一時は命も危なかったらしいよ。けど頑張って次のシリーズも休まずに出たいって言って、それでパパ達の町にも来たんだよ」 「凄いねぇ!!」 「凄いだろ?プロレスラーは普段から鍛えてるから、多少の痛みでもすぐ元気になるんだよ。鍛え方が違うからね。それにね、何より、いろんなひとがプロレスの試合を見たいって楽しみにしてるからね、そのひとたちに悪いからってそうそう休まないんだよ」 そんなこんなの会話を地方訛り丸出しで(笑)、私は長男に語って聞かせた。 「ねぇ?大谷選手の試合のビデオってないの?スパイラルボムが得意って言ってたけど?」 「スパイラルボムはやってたかなぁ?・・・」 私はそう言いつつ、橋本選手の試合しか見せたことがなかった(笑)ゼロワンの旗上げ戦等をいくつか引っ張り出し見せてやった。 「スワンダイブ式のドロップキックと顔面ウォッシュが得意技なんだよ(笑)」 我が子ながら、いつもの如く目をきらきらと煌(きらめ)かせながらTV画面をくいいるように見つめている。 次男、弟が帰ってくると早速、顔面ウォッシュを実演している(笑)。 「スパイラルボムは真似だけだぞ!!(笑)」 私は笑いながら、そう嗜嗜める(たしな)めた。 幼い時分、私もそうであった。猪木氏、坂口氏、藤波選手。故・馬場氏、故・鶴田選手。タイガーマスク。Mr.シン、Mr.ブッチャー、Mr.ハンセン、Mr.アンドレ・・・etc。皆々、子供には優しい笑顔を覗かせてくれた。きちんと頭を下げればなんとかなるものだ(笑)。片言の英語。あのMr.ブッチャーには「試合、頑張ってください!!」と英語で声をかけたら、 「Oh! ! Thank you. The son studies, too, and do its best! !(有り難う!!坊やも勉強を頑張って!!」とあの愛くるしい微笑を湛えつつ、サインを描いてくれたものだ。誠に忘れ難い。皆々、優しい、身体の大きな日本人、そうして異人さんだった。 長く自室にて額縁に収め眺め続けたものだ。ひとりで税に入っていた。そんな憧れを発散させる場所、金曜8時のゴールデンタイム放送。いまや我が地方では深夜どころか、不定期、更には遂に放送さえ無くなった。 子供たちが無邪気にプロレスごっこにじゃれるさまを垣間見て、いつの時代も変わらないのかなと、ふと自身の幼い時分に意識は飛んだ。 いつかは後楽園ホールで良い、熱狂的な声援の下、子供たちふたりを連れ立ってプロレス観戦に赴きたいと思いつつ、なかなか実現出来ずじまいである。無論、妻と4人総出であるが。 我が子を望めば、一ファンのあの頃が懐かしい。いまはちんぷんかんぷんでも(笑)いつかは私の綴ったプロレスコラムも読むことだろう。有り難いことに私が公したあらゆる記述物は著作物として半永久的にこの世に残る。成長し、自身の識観を携えた時、是非、プロレス格闘ものにも異論とも言うべきコメントを寄せてほしいと思う。それでこそ我が息子だと私は思うばかりだ。それまでまだまだ私はあくせく生きていかなければならない。ほんにパパは辛いものでありますね(ささやかな希望と実感という奴です・・・苦笑)。 筆者注;ちなみにいつぞやかでしたか、我が子が学校のクラスの男の子辺りに囃(はや)されたんでしょうね。「プロレスって八百長なんだぞ。わざとやってんだ」と言われたのでしょう?「プロレスってわざとやってるの?」と聞いてきましたから「うん。わざとやってるんだ。そうやって相手の技をわざと受けて、普段、いかに身体を鍛えてるか、どっちが凄いか、見せ合う競技なんだよ」というと妙に感心致しておりました。私はそれで良いと思っている親のひとりであります。
posted by 美城丈二 |17:45 |
プロレス、この果て無き浪漫 |
この記事に対するコメント一覧
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Re:無邪気さと煌々とした目と大谷晋二郎選手
いつの時代もプロレスは私から見ると痛々しく見え、なかなかテレビの画面をずっと見ることが出来ませんが、うちの小学生の子供たちは父がいなくなった時から、私の弱ったところをみて、「強くなってママを守る。」と小学2年生、保育園年長のときに言ってくれ感動したことがありました。
その時から、空手・格闘技・柔道と少し興味がでてきたみたいです。
今は毎日、兄弟で特訓をしています。 それをみていて私は、何かさせてあげたいけど、毎日忙しく、連れて行くことも、迎えに行くことも出来ずたまに自分がはがゆく成るときがあります。
将来、どの道に進むかわかりませんが、本人が「プロレスをしたい。」といえば、やらせてあげようと思います。
今では私よりおにいちゃんは力が強くなり、頼もしい限りです。
美城さんのコラムを見てうちの子供と似ているので久しぶりにコメントをした次第でした。
posted by ビリーブ | 2007-07-13 21:16
Re:無邪気さと煌々とした目と大谷晋二郎選手
ビリーブさん、
お久しぶりです。コメント、有り難うございます。
“私の弱ったところをみて、「強くなってママを守る。」と小学2年生、保育園年長のときに言ってくれ感動したことがありました。”
頼もしい息子さんですね。か弱い女性は男が守る・・・少なくとも私達世代はそう教育されました。また、そういう感覚が包容力のある男性を生み出すのだとも申せましょう。
たまにはこんなお話しもと思い、筆にした次第です。
“将来、どの道に進むかわかりませんが、本人が「プロレスをしたい。」といえば、やらせてあげようと思います。”
僭越ごとながら、その時は私が、一筆ものさせていただきます(笑)。大事なことは“そうありたい”と強く念じる想いだと考えております。その道ではたとえ無くとも息子さんにもいつの日かお逢いさせていただきとうございます。
皆様にも宜しくお伝えくださいませね。丈
posted by 美城丈二 | 2007-07-14 18:05
Re:無邪気さと煌々とした目と大谷晋二郎選手
こんにちは!初めまして八百屋です。いつも
楽しく拝見しています。私は今40歳
ですが、やはり子供の時プロレスが大好きで
いつのころやらゴールデンでプロレス放送を
やらなくなり、いつのまにかプロレスにも興味がなくなっていた頃橋本と小川の試合に忘れかけてていた熱いものが復活いたしました。そしてスカパーでゼロワンの旗揚げ戦を見た時、今思うと
プライドより断然面白く大興奮した旗揚げ戦でした!!でもこれくらい興奮させるプロレスがその後まったくありませんでした・・・ただプロレス
自体は好きであることが変わりないですが、やはり橋本選手にまだまだがんばってほしかったです。変なコメントですいません。これからも楽しく拝見させていただきます。
posted by 八百屋 | 2007-07-14 20:00
Re:無邪気さと煌々とした目と大谷晋二郎選手
八百屋さん、コメント、誠に有難うございます。ゼロワンの旗上げ戦は確かに私も熱くなりました。裏事情はともかく表舞台ではノアと新日本という、けして交わることの無かった者同士がリング上で火花を散らした画期的な出来事だったと思います。見つめるリングサイドにはあの藤田選手が居座り、メーン後は小川選手までもが踊りこんできました。久しく忘れていた熱狂の渦が確かにゼロワンのロゴの如し、渦を呼び、ファンをエキサイトさせておりました。
その後、思いも寄らぬ事、橋本選手が他界しその行く末が案じられたゼロワンの屋台を大谷選手以下多くの人々の支えのもと、未だ懸命に団体としての機能を保っている状況は、やはり賞賛に値するものであろうと思われます。
我が子も大谷選手の笑顔に触れることが出来、とても嬉しかったようです。様々なプロレス復興の形があるとは思いますが、橋本選手が思い描いていた“純粋なプロレスというジャンル”に懸けていた気持ちを忘れずに今後も自身信じるプロレス道を邁進していただきたいと、誠に僭越ごとではありましょうが、私も一プロレスファンとして願っております。
コメント、嬉しき限りです。今後もお見知りおきくだされば幸いに存じます。丈
posted by 美城丈二 | 2007-07-14 23:52
Re:無邪気さと煌々とした目と大谷晋二郎選手
今回のコラムはほのぼのしていていいですね。
私はいい年こいてまだ新婚生活楽しんでる(?)状態ですので、子供とプロレストークができるなんて羨ましい限りです。
「AWAベルトは見せてもらったのかい?」
「額の傷は凄かったかい?」
等々、質問責めにしたいですね。
地方巡業と子供が憧れるかどうかというのが私の中では非常に重要でもありますので、ZERO-ONE MAXの地道な活動はすばらしと思います。新日時代から喜怒哀楽を全面に出し、プロレス界一熱い大谷晋二郎がやっている事もあり、応援しない訳にはいきませんね。
私は試合会場で「誰のファン?」と近くにいる子供に聞くのが好きで、(むこうからしてみるととんでもない迷惑?・笑)最近はそのような事が出来ずにフラストレーションが溜まっております(笑)。
「おい、友美!おまえの名前はものすごいレスラーからもらったんだぞ!」と早く言いたいですね。
またまた妄想癖が出てきましたので、ここらへんで失礼いたします。
posted by J | 2007-07-16 11:01
Re:無邪気さと煌々とした目と大谷晋二郎選手
Jさん、
“「おい、友美!おまえの名前はものすごいレスラーからもらったんだぞ!」と早く言いたいですね。”
そこまでジャンボに思い入れがお深いのかと・・・。
私なりの家族小風景です。お粗末でした。
コメント、誠に嬉しく思います。丈
posted by 美城丈二 | 2007-07-18 20:55













