2007年07月05日
“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
幼き頃につぶさにプロレス専門誌(紙)に目を通していると、度々、ビリー・ライレージム(Billy Riley Gym)なる固有名にぶつかった。 ビリー・ライレージム・・・・・・ この出身の猛者たちは、倒されても執拗にまさに大蛇のそれのごとく諦めず相手に纏(まと)わりついてくるところから、通称・Snake pit(蛇の穴)として怖れられた。穴とは、ジムの創始者、ビリー・ライレーがイギリス・ランカシャー地方のウイガンという炭鉱の町出自であったところから、炭鉱、その穴のことを指す。 いくつかの識者のものするところに拠れば、このビリー・ライレーなる人物、誠に勇ましく強者であったらしく、当時(1920年代)、開かれた腕自慢の者たちの大会ではことごとく優勝をさらい、その大会にて得た賞金でジムをも創設したとされる。 そのジム、我こそはと道場破りも跡を絶たず、されどビリー・ライレーはその度にねじ伏せ、地方ならず時の国王すら知る存在でもあったとある識者は述べてさえおられる。 その闘い模様のスタイルはいわずと知れた地方名が附された“ランカシャー・レスリング”が主でランカシャーとはまた俗名、“シュート”とも呼ばれており、相手との信頼関係のもと行なう通常のレスリングとは違い、シュートレスリング、真剣勝負を基調としている。 出身者では、あの“神様”カール・ゴッチ、“人間風車”ビル・ロビンソン、“爆弾貴公子”ダイナマイト・キッドと錚々(そうそう)たる面子を輩出しており、なるほどと幼き時分にひとり、感慨に耽ったものである。 そんなビリー・ライレージムが廃れたのは、いわゆるショーアップされたプロレスが台頭し始めた時期に平行しており、過酷であまりに厳しい練習メニューを時のプロレスラー自体が敬遠し始めたことから起こっているという、悲しい現実・・・。 なにもショーアップされてしまったといっても関節技に終始するかのようなプロレスリングが“最上”と筆者は声高に述べたいというわけではない。 筆者はプロレスの“華”なるものはスープレックスに在りと思う論者のひとりなのだ。組み付き、相手が踏ん張ろうとしても強引に後方に投げ落とす。ねちっこいグラウンドテクニックも大向こうを唸らせる玄人好みの攻防ではあるが、この三者に限ってもその“スープレックス”の担い手であったわけだし、何より通常の試合を逸脱した闘い模様でも十二分にマニアを唸らせることが出来た。 要は、そういう基調、ベース(base;底辺)なるものが疎かになってしまったのでは無いか?と思っているだけである。 以前は地方の会場でもつぶさにその攻防を眺めていると、おやっ?と思えるシュートまがいの攻防によくぶち当たったものである。本気か!?こいつら?と腰をつい、浮かしてしまったことも度々、あった。それら攻防はけっしてベースを疎かにした鍛錬からはまたけっして生まれないとも思うのだ。 筆者は川の流れのごとし、まさに息をつく暇さえ与えぬかのような、まさしく“流れる攻防”もけっして嫌いでは無く、ただごつんごつんと大男が殴りあう光景にも色めき立ったものである。 薄暗い館内に映える大男たちの“腕くらべ”。遠く、1920年代のその攻防さえ鑑みれば、プロレスリングなる世界の攻防もまして他の格闘技に比すとも劣らぬ輝きを放出していると思えたのは、筆者固有の思いとは言い難いであろう。 魅せることも大事。己の意思をアピールすることも必要。対戦相手を光らせることもひとつのプロレスなるジャンルの“掟”ではあろうが、いまやこの基調、レスリング基本をないがしろにしたかのような、まさしくプロレスなるジャンルに対するリスペクト感のかけらも無い試合、裏で人知れず鍛錬に明け暮れているかのような感覚をまったく感じさせぬリング絵巻が横行しているかのようにもまま見受けられる昨今、幼き頃に筆者が遠く馳せた、あの思いという奴は一体、なんだったのか?との思いに至ってしまうこともしばしある。 筆者もまた老い朽ちてしまう、古いレスリングファンのひとりである。だから、ただの“オールドファンの繰言”だと十二分に認識し、また軒昂に糾弾する気ももはや毛頭無いが、願わくばせめてプロレスと謳う限りは、あの筆者らが幼き時分に夢見ていた、そのプロレスラーとしての矜持足れや、ひとかけらもあれ!!とは思うのだが、まさしく悲しいかな、いまや筆者のそんな嘆きは嘲笑われるだけだろうか? “プロなのだから、プロとしての力量・技術をお見せする。それ以外はプロとは呼べない。” 全盛時のロビンソンの言葉である。筆者の心根の拠り所、代弁者とはまさに氏のこの思いだ。これぞ、筆者の知るプロレスラーの意気、生の声でもあろうかと思う。 ☆皆様のご支持の賜物です。近日、第4弾、刊行を予定致しております。 ⇒『ファイト!ミルホンネット版魂暴風*a martial art side』 ⇒『ミルホンネット版魂暴風2感涙のトップ外国人レスラー篇』 ⇒『ミルホンネット版魂暴風3忘れ難き青春の日本人レスラー篇』
posted by 美城丈二 |09:17 |
プロレス、この果て無き浪漫 |
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Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
タイガーマスクの虎の穴を連想させる、めちゃくちゃ怖そうな集団ですね。
こういう謎めいた集団の話大好きです。
相手のバックを取り合う攻防って最近見ないですよね。アマチュアレスリング見ると、現代のプロレスより全然おもしろいですよ。手の取り合いから始まり、バックの取り合い、投げるか投げられないかの攻防。プロのリングでもそういうせめぎ合いが見たいですよ。
バックを取られた方は相手の攻め疲れを狙い、敢えて技を受ける。仕掛ける方もギブアップで無くピンフォールで勝ちたいのでタップは取りにいかない。昔は純粋にそのように思ってました。
「敢えて受ける」という意味がスタミナ消費から美学に変わってきた為に見る側の目線も変わってきてしまったのだと思います。
ブックが認識されている現代で何を言ってるのかと思います。学生プロレスをやっていた先輩が言ってました「プロがあれだと学生の出る幕がなくなっちゃたね。」と。
プロレスラーは常人では絶対になれない、選ばれた人間の世界であってほしいと切に願います。
posted by J | 2007-07-05 17:30
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
Jさん、
誠に僭越なる物言いではございましょうが、故・梶原一騎先生は、このビリー・ライレージムの俗名をもじって“虎の穴”と命名なさったそうです。腕に覚え有りの氏でもあり、その存在はご存知であったのでしょう。
“相手のバックを取り合う攻防って最近見ないですよね。”
日本でも武藤vs蝶野辺りまではよく見かけた光景でした。いまはプロレス自体に触れる機会が少なくなり、“無我”興行等で垣間見るくらいです。バックの取り合い、レスリングの基調はまさにそこにありますね。また、がっしと組み合った後に後方へ投げ落とす、フロントスープレックスは私のお気に入りのそれです。
かのMr.ロビンソンはその著作の中で猪木氏と鶴田氏の強さを評価されておられました。共にレスリングが出来た相手・・・。高円寺にて住まわれ、コーチをなさる。氏にまた再び、お逢いしたいですね。
コメント、毎回、誠に嬉しき限りです。お見知りおきくださって大変、ありがたく思っております。暑さ厳しさ募る折りです。どうぞお身体、ご自愛くださいませ。丈
posted by 美城丈二 | 2007-07-05 19:45
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
はじめまして、半魚と申します。
いつも興味深く拝見させていただいてます。
『プロレスなるジャンルに対するリスペクト感のかけらも無い試合、裏で人知れず鍛錬に明け暮れているかのような感覚をまったく感じさせぬリング絵巻が横行しているかのようにもまま見受けられる~』
全く同感です。
プロレスラー自身が”プロレス”というジャンルに甘え、悪い意味で開き直り、安易な気持ちでリングに上がる。
そこには世間、他のジャンルに対する意地もなにもない。
素人同然の体格、当然持っているべき本物の強さすら求めようとしない。
”他に比類なきジャンル”だったはずのプロレス。
プロレスラー自身の意識が変わらない限りプロレスの浮上はありえないと思います。
posted by 半魚 | 2007-07-05 23:08
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
ランカシャーレスリングとかキャッチアズキャンと呼ばれるスタイルは、レスリングというスポーツの成り立ちからいうとプロレスの源流に位置するのでしょうか。
初期の格通で作家のC・W・二コル氏が父親からカンバーランドスタイルの手ほどきを受けたと語っておられるのを読んだ記憶があるのですが、同じ英国内で発生、伝播したスタイルなのに有り様が異なっているらしいのも興味深いことではありますが。
ただこのランカシャーレスリングというのは、一歩間違うとリング上が戦いの場でなく、技術の発表会場になってしまうこともままあるように思えるのですが。
J・鶴田選手とB・ロビンソンとの対戦などその典型だと思うのです。
鶴田選手のナチュラルな強さをロビンソンの蛇の穴仕込のテクニックが翻弄し、たまらずロープに手を伸ばすジャンボ。
クリーンブレイクに場内から”おーっ”という歓声と拍手みたいな。
その頃は闘志溢れる喧嘩レスリングが好きだった私にはその展開がどこか鼻についたものでした。(今は勿論異なる見解ですが)
そんな私の”蛇の穴”スタイルへの偏見を覆してくれたのが、マーティン・ジョーンズ選手ですね。
飛ぶ鳥落とす勢いだった初代タイガーとのシングルマッチで、タイガーに実質何もさせず、ロープワークをすかし、膝や腕を無慈悲な角度で決めて声無き悲鳴を上げさせたうえで、最後は返し技でピンフォール負け。
勝者だというのに青息吐息のタイガーを尻目に、涼しい顔のジョーンズ選手を見て、己の習得した業に自信を持つ仕事人師の誇りを垣間見た気がしました。
posted by KAKI | 2007-07-06 01:16
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
年末近くに必ず忠臣蔵やりますが、
何度見ても号泣ですね。
おなじ内蔵助でも、演じる役者さんで
まったく印象が違います。それは脇役の
演技にもよりますよね。
猪木さん、馬場さんはもう再び日本マットに
存在しないであろう「主役」
そして、かつての脇役さんたちはもう
「名優」ぞろいでした。
オーラ、と一言で言ってしまえばおしまいですが、レスラー一人ひとりにファンの心を捕らえる
伝説がありました。
そしてその伝説の中でも、ひときわのどきどき感があったのが、この「ビりーライレー」という名
でした。蛇の穴・・・なんという響きでしょうね。二匹の蛇が互いを飲み込むために絡み合う、
いろいろな想像が頭をよぎりましたね。
渓谷のつり橋から逆さずり・・・これはもう
日課だろう、と。
トラやライオンなんかと戦うときはお医者さんが付いているのかなあ・・・夜は岩をくりぬいた
鉄格子がある部屋で食事は生肉・・・・
もう犯罪の域ですよね、そのジムは。
「インドの王族で凶暴なレスラーがくる!」
「えーーーー!」みたいなドキドキがあった時代。
これだけ情報が発達した今、レスラーの筋肉
一つとっても、「プロテインだ、薬物だ」などと
ファン=マニア的な知識先行型になってきている私たちファンにも伝説不在の責任??の一端があるのかもしれません。
レスラーの神秘性がなくなったのか・・・・
しかし、レスラーの神秘性は現存しているのですよ。それは「受け」を美学としているその基本、
そして、ショービジネスなんだ、という徹底した信念だと思いますね。
よく、「あの額の流血は自分で、血がたくさん出るところを切ってるんだ」などとおっしゃる方がいらっしゃいますが、もしそれが本当だとしたら、すごいことです。普通出来ませんよ。どれだけの信念とプロ意識があれば己の額を切ることが
出来るのでしょう。そのプロ意識にわれわれは
感動し叫び、そして信じることが出来たわけですよね。それは今のレスラーも持っているものだと
信じています。
WWE時代の田尻さんが、そのブログで「プロレスがショーか本気か?という議論はさておき、2m
を超すレスラーのキックが顔面に飛んできたとき、ああ、死ぬな・・・と感じることは事実」と発言されてました。
これがレスラーなんですね。この言葉だけで、
私はプロレスをずっと見ていくことが出来ます。
倒れるときは顔から落ちろ、と亡くなられた
藤島親方がおっしゃったそうですが、
やはり。真実を知ってらっしゃる方だと思います。
いま、総合格闘技にもかげりが見えてる気がします。かつての猪木さん、馬場さん(五十音順です)のような主役が再びリングに立つこと、
願ってやみません。その時こそ、プロレスが再び輝くときだと思います。
・・・・・うーん・・・旦那を信じながらも
ときどき携帯電話をチェックしたくなる古女房
・・・ファンとはそんなものかもしれませんね。
posted by naruhodo | 2007-07-06 09:52
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
おはようございます。
いつも丁寧にお答え頂き、ありがとうございます。
ビルロビンソンは高円寺で道場を開いているのですか?驚きです。
スープレックスっていいですよね。
ここ一番の猪木のジャーマン、4種類投げれるジャンボ、俺はもっと投げれると前田明、封印してしまった藤波のドラゴン。その原点はゴッチやロビンソンのライレージムと聞くと感慨深いですね。
前田が凱旋して、ダブルアームスープレックスでそのままフォールした衝撃は鮮明に覚えてます。
ジャンボを超える使い手が現れたとジェラシーさえも感じました。
posted by J | 2007-07-06 10:24
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
半魚さん、
初めまして。ようこそ。
時代が求めたせいなのか?時代がそうさせたせいなのか?誰しもがプロレスのリングに上がれる時代が来てしまいました。明確な線引きがないからこうなってしまったのか?日本のプロレスもいまやまさに転換期にあるようです。私達が望む方向へと向っているのか?悲しきかな、そうとは思いがたいですね。
KAKIさん、
いつもお気にかけていただいて嬉しいです。
以前、調べたところに拠れば、イギリスには古くからいくつものスタイルの流派があったようです。ランカシャースタイルのレスリングはそのひとつに過ぎない。私も鶴田vsロビンソンの攻防にはKAKIさん、仰られるところの匂いは感じましたが、いま見返してみると、何故にこうも“ほっ”とさせる空間があるのか?(笑)。いまのレスラーうんぬんということよりも昔のレスラーには、日々の修練を思わせるレスラーがたくさんおりました。勝負では負けても試合では俺の方が上、そこかしこにそういう匂いを漂わせていたレスラー達がいまはあまりに懐かしい、そう思えてしまう私が古い人間だということなのでしょう。(下卑た感覚では無く、素直にそう、思います)
naruhodoさん、
熱きコメント、ほんに嬉しいです(笑)。
“最強神話”なるものが崩れたとき、プロレスというジャンルの衰退が始まったとするならば、新たに“最強神話”を創造せねばなりません。誠に言うは易しでしょうが、いま一度“道場論”に立ち返るべきときが来ているのかもしれません。ファンは有りがたいもので、こういう時代でさせ、きちんと見ているひとはあるものです。私も、“逆風”に負けずにしかと見定めていきたいと思いますね。
Jさん、
度々、嬉しいです。
Mr.ロビンソンは見識違いでなければ宮戸優光氏に乞われ、スネークピット・ジャパン、その道場でコーチをなさっておられます。UWFインター時代からの流れですね。
ジャンボのスープレックスは相手に“優しい”奥ゆかしさがございましたから(対戦相手の力量に応じ使い分けておられたので)、それはそれで味がありましたよ(笑)。一度でいいから、クラッチをはずさないスープレックスを見たかったなぁ。ジャンボの技量なら、きっと出来たでしょうに。何より、馬場氏に敬虔な方でしたからそれはやりたくてもやらなかったというのが正しい見方でしょうかね。
私はやはり、Mr.ロビンソンの“ダブルアームスープレックス”(国際時代)がリアルで見た中でNo.1ですね。
皆様、誠に真摯なるコメントを有り難うございました。毎回、恐縮致しております。今後ともお見知りおきくだされば誠に幸いに存じます。丈
posted by 美城丈二 | 2007-07-06 20:21
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
ビリーライレージム通称”ウイガン”またはタイガーマスクで有名な虎の穴の由来ともなった”蛇の穴”としてイギリスが世界に誇る一世を風靡した道場。現在のオリンピックスタイルのレスリングではなく極めるレスリング、”ランカシャースタイル””キャッチアズキャッチキャン”と呼ばれる昔ながらのレスリングを基盤にしていました。もっとも当時60年代以前のヨーロッパのレスリングジムはこういうスタイルが当たり前だった様で、”ウイガン”出身の”人間風車”ビルロビンソンの著書によると「オリンピクで金メダルを取る事よりもビリーライレーに”お前もレスリングで飯を食える様してみるか・・”と言われた事が重要だった。アマチュアのチャンピオンも所詮プロの一流には歯が立たない事は当時は当たり前だった。」と述べてます。野球のイチローが「オリンピックはアマチュアのもの、僕は出ません。」とよく言ってます。実際メジャーリーガーはオリンピックに出場しないし。昔のレスリングもそんな感じだったのですかね。
時は流れ21世紀。「総合格闘技」なるものが幅をきかせてきてそこに出場するプロレスラーの敗北をよく見かける今日この頃。この現状を天国にいるビリーライレーをはじめOB達は嘆いてる事でしょう。昔ながらの”キャッチアズキャッチキャン”のようなレスリング道場は本場ヨーロッパでも絶滅状態、私の大好きなビルロビンソンが最後の伝承者として東京杉並区高円寺で情熱を燃やしてます!頑張れ僕らの”人間風車”!!
posted by 鈴木 | 2007-07-06 20:39
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
鈴木さん、こんばんわ。
鈴木さんは、今回のコラムには必ずやコメントを寄せられると思っておりましたよ(笑)。
Mr.ロビンソンとMr.アンドレをこよなく愛された鈴木さん。私とかぶりますね(笑)。
時代が違うのだ!!といってしまっては、誠に悲しい時代と申しましょうか、どんどんこの思いとはそぐわない現実を見せられてしまいますね。“逆風”ながら私なりに思うさまを少しずつでも書きとめてまいろうと思います。今後とも宜しくお見知りおきくださいませ。丈
posted by 美城丈二 | 2007-07-06 21:29
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
いつも楽しみに拝見させていただいています。
美城さんの見る人たちへの誠意溢れる文章、私は大好きです。
最近、気になった事ですが、ブログランキングのジャンルを変えられたのはどうしてですか?
気持ちを込めてクリックしても、プロレスや格闘技とは関係のないランキングに辿り着くと少し淋しいです。
もう一度プロレスや格闘技のランキングでトップを目指して下さい。
posted by ロン・バス | 2007-07-07 14:36
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
美城さん、こんばんわ。見すかれてましたか?そりゃビリーライレーだウイガンだのと言われれば黙っていられません。美城さんの挑発に乗ってしまいました(笑)。当時から”ワーク”、”シュート(レッスル)”などと隠語はあった様ですが、あくまでもプロとしての強さ、誇りがあっての暗黙の了解。(当時も見かけだけのショーマンはいたみたいですけど。)現在のプロレスラーと名乗る人達もそこだけは忘れないでもらいたいと思います。
posted by 鈴木 | 2007-07-07 19:50
Re:“最強を追い求めて”『時代と共に消えうせたライレージムの末路』
ロン・バスさん、
温かい励ましのお言葉、有り難うございます。お越しくださる方々への私なりの誠意をきちんと表明致したくて、どうしても感謝の意を書き連ねてしまうのです。今後ともお見知りおきくだされば幸いに存じます。
鈴木さん、
いつもながらお気に留めていただいて、嬉しき限りです。英国でもいまでは“レスラーもどき”がまま横行しているそうで、我が友人の英国在住者も嘆いておりましたよ。彼はそうそう、プロレス等は見ないくちなはずなのに、傍から見ていても、その“寒々しさ”は感じる様子。私の同世代は好む好まざるに関わらず、80年代のあの黄金期を通過しておりますから、いかに当時のプロレス絵巻が世間に届いていたのかという反証とでも言いえるものでしょうね。世間を巻き込んでいく・・・プロレスのダイナミズムは、コップの中の嵐に終始しているようでは発揮されないと思います。嗤われてもよし、立て、立つんだ、プロレス!!そんな思いでいっぱいです。
御二方、誠にコメント、有り難うございました。今後ともお見知りおきくだされば幸いに存じます。丈
posted by 美城丈二 | 2007-07-08 10:07


