2008年02月07日

“けっして倒れないという矜持”私が知るあのボクサーへの追憶『ブリーダー(流血者)』チャック・ ウエップナー

 初出1999・3 “魂暴風”popular request column

 
 「俺の勲章は曲がった傷だらけの鼻だ。既に6回、折れているが、そのたんびに俺は自分に言い聞かせたものだ。この折れ曲がった鼻こそ、俺の勲章というやつじゃないかと」


 1975年3月24日、オハイオ州リッチフィールド・リッチフィールドコロシアム。あまりの追憶の彼方だ。

 
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 先年、“キンシャサの奇跡”において当時21歳の若き獅子、ジョージ・フォアマンを破り、WBC・WBAヘビー級チャンプに返り咲いた34歳のモハメッド・アリがまるでひとつの余興でもあるかのようにまるで勝ちは火を見るより明らかだと言わんばかりに組んだ、一戦。


 兵役拒否によるブランクをものともせず、「人間機関車」と謳われた怪物・ジョー・フレージャを打ち負かしたフォアマンの牙城を切り崩し、再び世界の頂点に立ったアリが、「そういう夢を与えても良いだろう」とさも傲慢いっぱいに受けてたった相手こそ、後年、あの『ロッキー』のモデルとなった、ホワイト・トラッシュに生まれ貧しい少年時代に喧嘩ぐらいしか能が無かったとされる、当時WBAヘビー級・ニュージャージー州チャンプの“老ボクサー”チャック・ ウエップナー、そのひとであった。

 チャンプ返り咲きに凄まじい労力を要したから、初防衛戦は楽な相手で良かろう、ただしそこにアリ流浪漫を与えてやれ!!・・・ブラック・パワーに代表される黒人開放の波において、ひとつの英雄として紛うことも無き“象徴”足りえたアリとしてもただ、あっさりと初防衛戦を行なってしまっては勿体無い、何がしかの色を添え、アリがチャンプであるならやはり一味違うぞ、といった演出を施したい、そのような背景があったとされるアリvs ウエップナー。

 筆者の手元には往年を懐かしむことが出来るボクシング雑誌がある。我が亡き父の所有していた雑誌群のひとつ。この一戦を前にしてもあのアリの“いつもながらの吼えっぷり”は健在で「「オハイオの田舎者に、世界チャンプのボクシングを見せてやるから、まぁせいぜいすぐに終わらないように(世界戦当日まで)鍛えておきな」毒舌は恒だが、これに対し、ウエップナーは「けっして私は倒れない。15ラウンド、闘って倒れず私がクズ野郎ではないことを証明したい」と応戦している。

 既に、闘う以前から勝負は決していた。アグレッシブに勝ちを予見するアリと“決して倒れない”と負の観念を闘う前から持ち出している、ウエップナー。だが、Mr.ウエップナーに関しても幾度も記述したことだが、プロボクシングにおいてこの“決して倒れない”という意気地は、まさにその世界観の最たる凄みなのであり、殴るという行為に明け暮れた男の矜持を指し示す言葉として、まさしくこれほど誉れ高き意気地も他に見当たらない観念でもあろうかと思う。

 そうしてフルラウンド、遂にウエップナーは倒れなかった。ラウンドを重ねるごとに余裕を失い、狂乱気味に罵声を浴びせるアリ。必死になってそんなアリをなだめすかそうとする、トレーナー。片や、ウエップナーは青色吐息、なのにただ黙々と前に出てくる。9ラウンドにスリップ気味とはいえ、ウエップナーが先にダウンを奪った時、アリの混乱は度し難い屈辱となって彼に推しかかってきたであろう。コーナーに押し込められても決して倒れないウエップナー、レフェリーが分ける度にファイティングポーズをとり続けるウエップナーに「どうせ直ぐに終わるだろう」とたかをくくっていた観客席から、どよめきと遂には大歓声が起こり始める。11R、12R、それでも彼は倒れなかった。13R、14R。最終R、無残に膨れ上がった顔面と血筋をそのまなじりに湛えつつ遂に彼は尻餅をつくが、そのとき終了を告げるゴングの音色はその大歓声にかき消され、彼はまさしくその“公約”を成し遂げる。

 稀代のスーパー・スター、アリゆえのドラマとも囁かれた。だが、ウエップナー側に立てば、決して恵まれてはいなかったボクサー人生においてようやく訪れた檜舞台・・・。識者においては彼はこの一戦に文字通り“ボクサーとしての命”を、ひいては“己の人生”をも賭けていたのだと賞賛なさる方もおられたほどの苦闘の歩み、その光と影。ウエップナー、彼の“ボクサーとしての矜持”をそこに垣間見る思いが沸き立ち、未だにこの一戦に対する筆者の勘考は尽きることを知らない。

 “負けると判っていても立たねばならない”

 言い古された言葉だろうが、そういう境地はまさにこういった一戦を指すのかも知れない。

 後年、あの猪木氏との“異種格闘技戦”にて来日したときのなんともいえぬ笑顔もまた忘れられない。

 金の為に晩年はあのアンドレとも闘ったが、それもこれもこの彼の“プロボクサー時代の遺産”とも言うべき一戦があったればこその所作だろう。


 リアルタイムにてTVカメラに映し出されたチャック・ ウエップナーのこの一言。

 「俺の勲章は曲がった傷だらけの鼻だ。既に6回、折れているが、そのたんびに俺は自分に言い聞かせたものだ。この折れ曲がった鼻こそ、俺の勲章というやつじゃないかと」

 そう言ってニヒルに笑みを湛えた彼に、少年の頃の筆者が鮮やかに投影されている。

 (敵なのに、凄い奴・・・・・・)

 未だに忘れ難いプロボクサーのひとりですね。

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posted by 美城丈二 |18:59 | 美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
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この記事に対するコメント一覧
Re:“けっして倒れないという矜持”私が知るあのボクサーへの追憶『ブリーダー(流血者)』チャック・ ウエップナー

ウェップナーに対し、突如ブーン!という音が鳴るほどの勢いで猪木の飛び上段回し蹴り!

これが後の延髄斬りでありましたね。
モンスターマンとの二度目の対戦でも出たかな

後々、頭部で寸当てみたいになりましたが、当時は勢いというか迫力が全く違いましたね~

posted by katsu | 2007-07-07 22:18

Re:“けっして倒れないという矜持”私が知るあのボクサーへの追憶『ブリーダー(流血者)』チャック・ ウエップナー

たしか去年だったか、ESPNのボクシング番組にゲストとして招かれてました。大柄な身体をさっそうとしたスーツにつつみ、いい笑顔で、すっごくダンデイだったですよ。

posted by senorjapones | 2007-07-08 05:09

Re:“けっして倒れないという矜持”私が知るあのボクサーへの追憶『ブリーダー(流血者)』チャック・ ウエップナー

  katsuさん、
 そうなんですよね。当時、猪木氏の『異種格闘技戦』の相手に決したとき、驚いた記憶がございまして。我が亡き父がボクシングが大好きで、よく一緒に往時、見たものでした。“延髄斬り”からのボクサーへの敬意を表すとも言うべきえび固め・・・。猪木氏のいまでいうところのフィンガーグローブ姿が懐かしい限りですね。

  senorjaponesさん、
 氏が、未だに健在なのは何よりですね。やはり思いの丈を綴る方々には、それ相応の感慨というものがございますから。現役引退後、幸多かれと心底、私は思っておりますね。

 御二方、コメント、嬉しき限りです。誠に有り難うございました。丈

posted by 美城丈二 | 2007-07-08 10:28

Re:“けっして倒れないという矜持”私が知るあのボクサーへの追憶『ブリーダー(流血者)』チャック・ ウエップナー

『彼の人生はこの一瞬に凝縮される』
とロッキーを演じたスタローンがコメントしていたのを聞いたことがあり、美城さん
の記事を拝読してリアルタイムで観れなかったリアル・ロッキーの勇姿に熱いものがこみ上げてきました。

ですが敗者として、世間の人々に記憶されるのはウェップナーなどほんの一握り。
漫画の話で恐縮なのですが、『あしたのジョー』の矢吹丈はタイトル戦ではことごとく敗れているわけで、記録上は後世に語り継がれることのない選手だったわけです。

勝者を重んじるからこそ、敗者も称えることができる心のゆとり、これからも持ち続けていきたいですね!

posted by K3VOY | 2007-07-21 15:29