2007年05月28日
時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「戦慄の“雪の札幌・長州襲撃事件”猪木の時代を支え、流転の人生を歩んだ藤原喜明にみる男としての矜持」
本来は何事にも細やかな方だと、様々な識者の方々から聞かされた。 いくつもの世に上梓された書籍群なるものをつぶさに紐解いても、氏が、師として敬う山本小鉄氏と“プロレスの神様”Mr.カール・ゴッチの誕生日にはいまでも花をかかさず贈られるとの記述が見てとれ、氏の人柄が滲みでようお話しに、失礼ながらも氏の容相とはあまりにかけ離れた、ひととしての奥ゆかしささえ感じられ、微笑ましき思いをも抱かせられる。 “藤原組長”・・・。 氏は新日本プロレス在籍当時、猪木氏の付き人を務め、またそれは猪木氏の全盛時に比例していた時期でもあった為、猪木氏の猪木氏足らん在りようをつぶさに見てこられた方として、その、そこかしこでの当時の回顧録なるものは読了するに値し、興味が尽きない。 猪木氏の、一連の“異種格闘技戦”において、用心棒的存在であったのは有名な話しだが(かつて、猪木氏と藤原氏の関係を揶揄し、「怖いときは、藤原さん」と前田日明氏は指摘なされておられた)“我が閣下”と揶揄交じりで猪木氏を呼ばれるあたり、なんとも言い難い、氏の猪木氏に対する“ない交ぜ”の感情を通り越した誠に深い畏敬なるものが感じられて、往時の、“人気沸騰”の新日本プロレス、その一ファンであった私としては懐かしさばかりが際立ってしまい仕方が無い。 あの藤波辰巳(現・辰爾)戦でのデビュー以後、長らく“前座の鬼”であった。プロレスラーとしては佇まいが地味だとの理由から、なかなかチャンスが巡ってこなかった。 だが、一説によれば、あの“藤波vs長州”名勝負数え歌、その熱がやや醒め始めた頃に、思案した猪木氏が、藤原に指名し、入場花道に現れた長州を襲わせ、新たな遺恨作りを行い、これが大変な反響を呼び、氏は一躍、“時のひと”として脚光を浴びることとなる(更なる一説では、当初、この襲撃役は元・在籍の小杉俊二氏に命じたものを小杉氏が拒否。ならばと藤原氏に指名がかかったとの説がある)。 1984年2月3日、雪の札幌、鉄パイプ襲撃。鮮血に染まる長州力。試合は行う前にノーコンテストという裁定が下され、これを不服とした藤波選手が、札幌中島体育センター館外に駆け出し、「こんな会社、やめてやる!!」とあんに猪木氏の“アングル”を非難する言葉を吐いてしまったとされ、センセーショナルな話題を集めた。 だが、のち、多くの識者が論じられておられるように、この襲撃事件によって、長く前座に留まっていた氏が、長州の敵役とは申せ、一躍、メーンエベンターにのし上がったのは、まがうことも無き、事実であろう。 ラフファイトに終始しながらも要所要所で、ギラリと光るいぶし銀、道場で培った関節技を披瀝し、多くの、観戦暦の浅いファンに新たなプロレスの見方、視点を植えつけた。 長州選手のラリアットを切り返しての脇固め、随所随所で見せる関節の取り合い、応酬、まさに芸術品とも思えし、ヘッドシザースの妙技。猫も杓子もロープに飛ばしてのラリアット、その風潮傾向に“待った”をかけたとも思えし、その“職人芸”の数々。 氏は、その後、氏をこよなく慕う、前田日明氏の『UWF』に移籍。移籍の際には、長年補佐してきた猪木氏を思うあまりに「断腸の思いです」なる言葉を発した。 そうして藤原組を設立し、船木誠勝氏や鈴木みのる選手らの面倒を見て、やがてフリーの立場となった。 その流転の人生は、けっして氏の望むものではなかったであろうと察する。氏の性格を鑑みれば、ひとつところでリング上の在りように集中していたかったはずなのだ。だが、ひとの生き様を司る“見えざるもの”の命によって、氏はそういう人生を歩まれてはこられなかった。氏を求める者が居る場所に、氏は求められるがままにいざなわれたと見るべきか。 時代の波がUWFなる“運動体”を押し上げたとき、“見えざるもの”は遂に、氏に“前座の鬼”では無く、“戦慄のテロリスト”でも無く、“関節技の鬼”としての領分を分け与えたかのようにも思える。 そうしてそれは同時に、プロレスなるものの魅力が、大型ファイターが肉弾相打つ攻防によって魅せる弩迫力性だけに留まらず、些細に思われがちなねちっこい関節の取り合いでさえも、見方によっては輝くものであるのだよという、立証を図らずも示したようで、誠に感慨深い。 雪の札幌長州襲撃事件。藤波選手にかみつくことによって長い低迷期から這い出した長州選手と、その長州選手を襲うことによって浮かび上がった“前座の鬼”はいまも時に黙々と対戦相手の腕を足を、極め続ける。 レスラー、それぞれの色、それぞれの流転人生。プロレス世界が見る者の心根具合で、何色にも変化する、まさに万華鏡にも似たり、とは誠に含蓄深し、言い得て妙なる言い回しであろう。
posted by 美城丈二 |15:45 |
時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側” |
この記事に対するコメント一覧
Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「戦慄の“雪の札幌・長州襲撃事件”猪木の時代を支え、流転の人生を歩んだ藤原喜明にみる男としての矜持」
こんにちは、Jです。
昔、友人に「レスラーになったら誰に師事したいか?」と問われ、真っ先に答えたのが藤原喜明でした。
今回のコラムを読ませていただいて、その回答は間
違いなかったなとの確信を得ました。
>氏が、師として敬う山本小鉄氏と“プロレスの神様”カール・ゴッチの誕生日にはいまでも花をかかさず贈られるとの記述が見てとれ
>氏は、その後、氏をこよなく慕う、前田日明氏の『UWF』に移籍。移籍の際には、長年補佐してきた猪木氏を思うあまりに「断腸の思いです」なる言葉を発した。
男の中の男ですね!
学生の頃は彼がアキレス腱固めをやれば、みな真似をし、脇固めをすれば、また真似をする。シュートでは一番強いと思わせるだけの説得力がありましたね。
UWF崩壊後、週プロの藤原喜明人生相談コーナーで、「何故ロープに振られて戻ってくるのですか?」との問いに、「戻りたいからだよ!」という返答をしたのがものすごいインパクトが残っております。
新日本に戻ったからには、ロープに振られたら戻る、ヘッドバットも一本足でやる。そこに義理人情を感じずにはいられませんでした。
そういう男に自分もなりたいですね。
posted by J | 2007-05-28 17:38
Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「戦慄の“雪の札幌・長州襲撃事件”猪木の時代を支え、流転の人生を歩んだ藤原喜明にみる男としての矜持」
実はですね、アントニオ猪木が一番であるのに何も疑うことなく、紛れもない事実なんですが、藤原嘉明は一番好きなプロレスラーです。何だよ、矛盾してるじゃないか?と言われそうですが、それはそれ。アントニオ猪木は別格なのです。
長州襲撃は今でも脳裏に鮮明に焼き付いております。あそこは私ももちろんリアルタイム。私の周りの長州ファンのなんと多い事か。その人気絶頂の長州をパワーホールが流れてるのに、何してるんだ?しかもあの人だかりは何だ?と。
あの頃はまだゴールデンタイムの放送で古舘伊知郎が実況をしていた最高の時だと記憶しています。やっぱり、実況は古館氏ですよね!賛否両論ありそうですが・・・。その絶叫と共に血だるまの長州力。そして手ぬぐいを巻いた藤原嘉明。あぁ、最高のシチュエーション。今思えばそんなアングルだったのですね。小杉氏とは意外でした。実は小杉氏は同郷です。ヤングライオン杯も制して少し期待してたんですけどね~。
テロリスト。そんな言葉がピッタリな職人。藤原嘉明の真似ばっかりしてましたね。Uから帰ってきた時がプロレスラーとして一番輝いて見えました。以前のコメントにも書いたような気がしますが、Uコスモスのビデオでの関節講義に痺れて、どんなに犠牲者を増やしていたか。
腹固めって良いですよね。どんな技なのか何処が効くのか、そういう事が気になっていましたね。あぁ、藤原嘉明。全盛期ならばヒクソンをも凌ぐとか凌がないとか。そんな幻想を抱かせてくれそうな強者の一人ですよね。
取り留めもなく長文を書いてしまいました。藤原嘉明は今でも大好きなプロレスラーの一人です。
posted by ビリー・ジャック | 2007-05-28 20:11
Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「戦慄の“雪の札幌・長州襲撃事件”猪木の時代を支え、流転の人生を歩んだ藤原喜明にみる男としての矜持」
“昔、友人に「レスラーになったら誰に師事したいか?」と問われ、真っ先に答えたのが藤原喜明でした。”
“テロリスト。そんな言葉がピッタリな職人。藤原嘉明の真似ばっかりしてましたね。Uから帰ってきた時がプロレスラーとして一番輝いて見えました。以前のコメントにも書いたような気がしますが、Uコスモスのビデオでの関節講義に痺れて、どんなに犠牲者を増やしていたか。”
Jさんといい、ビリー・ジャックさんといい、藤原嘉明選手に思い入れたっぷりですね(笑)。私もまた、そのひとりです(笑)。いぶし銀です!!。浪花節です!!。男の浪漫です!!(笑)。言葉では計りがたい、世界観を有した、懐の深さを感じられる方ですよね。猪木VSペールワン戦を始め、格闘技戦での、まさに“生き証人”でもあられるわけで、そのお言葉はかなり重いと思うのです。UWFのちの、引退カウントダウンでの猪木戦。試合後にリング上で抱き合って泣かれましたよね。感激して、私も泣きましたね。いまや、伝説と化している、TVの企画のひとつで、タイガーマスク挑戦に駆けつけた素人をこともあろうに木っ端微塵、その腕を折ってしまわれた。プロレスをやらせても、無論、シュートにおいても凄まじい凄みを有したレスラーだと思います。バーリ・ツゥードを指して「あれは、美しくない」と一刀両断なされた姿勢に、氏のプライドを見たようで感銘を受けたことを記憶致しております。
藤原選手、私の中の畏敬のプロレスラーのおひとりです。
お二方、誠にコメント、ありがとうございます。丈
posted by 美城丈二 | 2007-05-29 12:52
Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「戦慄の“雪の札幌・長州襲撃事件”猪木の時代を支え、流転の人生を歩んだ藤原喜明にみる男としての矜持」
藤原の名前聞くと懐かしさを感じますね。
彼の伝説といえば猪木と試合するルスカのスパーリングパートナーをまかされ彼から2度タップを奪ったことと新日の道場に道場破りがきた時の相手を猪木からまかされていたことだと記憶していますが。
オレが思うに猪木は藤波や長州よりもある意味藤原の存在を認めていたような気がしますね。
posted by ok | 2007-05-29 16:28
Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「戦慄の“雪の札幌・長州襲撃事件”猪木の時代を支え、流転の人生を歩んだ藤原喜明にみる男としての矜持」
okさん、コメント、誠に有り難うございます。
「彼の伝説といえば猪木と試合するルスカのスパーリングパートナーをまかされ彼から2度タップを奪ったことと新日の道場に道場破りがきた時の相手を猪木からまかされていたことだと記憶していますが。」
懐かしきは往年の新日本時代でのひとこまですね。藤原選手はいまでも猪木氏に逢うと、ただ、にやっとお互い笑い合うだけで、それだけでも解り合える何かがあると、仰られておられます。ですから、
「オレが思うに猪木は藤波や長州よりもある意味藤原の存在を認めていたような気がしますね。」
とのコメントは、僭越なる物言いながら、言いえて妙かと思われます。独特の味がある、いまや残り少ない“職人肌”の選手ですね。
コメント、誠に有り難うございます。丈
posted by 美城丈二 | 2007-05-30 08:02
Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「戦慄の“雪の札幌・長州襲撃事件”猪木の時代を支え、流転の人生を歩んだ藤原喜明にみる男としての矜持」
藤原、僕も好きです。
あのおっさんが出てきた時は衝撃でした。
鍛えているとは見えない体。厳つい顔。
決して派手さのないレスリングスタイル。
負けても価値の変わらないプロレスラーだったと思います。むしろ負けても評価を上げるレスラーだったと思います。
新日対UWFの時、みんなが望んでいた猪木対前田。その期待をあっさり覆したのが藤原でしたよね。しかしあの時の猪木はいただけません。藤原のアキレス腱固めに対し角度が違うとのアピール。あのおかげで前田のハイキックを喰らう結果になったようなもんです。
熊と戦ったりやっぱり藤原はすごいプロレスラーです。
posted by のり | 2007-05-30 10:58


