2007年03月27日

故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

 昨年、12月13日、元『週刊ファイト』編集長で、I(アイ)理論として名高い、井上義啓氏が永眠、なされた。私が並み居るプロレス記者の方々の中で、その書かれる記事において、もっとも信頼を置く、‘活字プロレスの祖’とも知られた、お方だった。ネット上ながら、そのご冥福をこころよりお祈り致したき所存。

 そんな氏の存命、私の幼き頃から『週刊ファイト』紙上で繰り広げられるところの、‘ファイト・ドキュメンタリー劇場’は分けても秀逸な文章群で、その先見の明、卓越したひどく文学臭に満ちた物言いは、毎回、私の欲する嗜好にぴたりと符号して、毎週、その発売を楽しみにしていたものである。

 そんな氏が、いまや歴史上、伝説化している猪木の1978年11月25日(現地時間)西ドイツ・シュトゥットガルトにおいて行われた一戦、ローランド・ボックVS猪木に関するコラムをものされた雑誌が、我が手元にある。(株式会社MAX発行『格闘技完全裏の本』)

 *この続きは、是非、こちらにてお読みくださいませ。
   ⇒『ファイト!ミルホンネット版魂暴風*a martial art side 』

posted by 美城丈二 |07:12 | “魂暴風”popular request column |
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この記事に対するコメント一覧
Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュッツガルトの惨劇』

ローランボック! ドイツでの試合をTV観戦できませんでした。 ただ 当時金8仲間からボックの凄さは 聞いてましたし、 日本に来日して長州と闘った試合をTV観戦し、ボックの凄みには呆れるるばかりでした。ボックについての悪い噂は ファイト紙上でも読んだ覚えがあるのですが当時花の10代の自分にはチンぷんカンプン。
I編集長については、他の方々が書いておられるので、割愛しますが、当時の猪木のいい面、悪い面を認めたうえで、プロレスラー猪木を愛した方だと思いました。 追伸 当時のファイトの最終ページ当りにはよく、日活のポルノの記事がありひそかに楽しみにしてました。

posted by 123どえ~ | 2007-01-29 17:01

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュッツガルトの惨劇』

 コメント、嬉しいです!!

 ‘当時の猪木のいい面、悪い面を認めたうえで、プロレスラー猪木を愛した方だと思いました。’

 そうですね。氏はたとえ猪木氏にもときには手厳しい意見を書かれておられましたね。読ませていただいていくつか想いだす事柄もたた。

 ‘追伸 当時のファイトの最終ページ当りにはよく、日活のポルノの記事がありひそかに楽しみにしてました。’

 (笑)。それも想いおこしましたよ(笑)。地方の一プロレス新聞。生き残るにはいろいろ目を瞑らねばならないこともあるというもの、でしょうね(笑)。

 そんな『週刊ファイト』も昨秋、休刊。寂しきこと限り、です。

 また是非、お越しくださいませ。丈

posted by 美城丈二 | 2007-01-29 22:42

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

格闘技、いいですね。
熱いです。
特に昔のものは今でも
楽しめるもの多いですよね。
また来ます♪

posted by 寅右衛門 | 2007-01-30 16:22

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

 歯医者様が!?・・・
 寅右衛門さん、コメント、誠に有難うございます。励みに致します。   丈

posted by 美城丈二 | 2007-01-30 19:16

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

 I編集長の文章を読む為にファイトを購読してました。

 …偶然にしても、ファイト=I編集長を象徴するかのような、昨年。

 改めてご冥福をお祈りします。

posted by akinaka | 2007-01-31 09:06

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

 ‘I編集長の文章を読む為にファイトを購読してました。…偶然にしても、ファイト=I編集長を象徴するかのような、昨年。’

 akinaka さん、コメント、誠に有難うございました。僭越ながら、あなた様の故・井上義啓氏に対する想いがじんわり、私にも伝わってまいりました。私も改めてそのご冥福をお祈り致したき次第です。また是非、宜しかったらお越しくださいませ。    丈

posted by 美城丈二 | 2007-01-31 15:35

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

I編集長には色んな事を考えるキッカケを与えてもらったような感じです。
ローラン・ボックは懐かしいですね。
新日本プロレスのストロングスタイル路線には欠かす事の出来ないスパイスの役割になった感があります。
てっきり小説家として活動されてるものだと思ってたので訃報にショックを受けました。
美城丈二さんが取り上げてくれてうれしかったです。ありがとう。

posted by ぷう | 2007-02-03 17:29

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

 ぷうさん、こちらこそわざわざコメントをいただき、有難うございました。

 そうして遅ればせながら、ようこそお越しくださいました!!。

 井上氏は、さまざまなジャンルで活躍された、いわゆる‘その道の達人たち’も敬意を表した、偉大なる‘ものかき’でした。

 その足元にも私は及びませんが、私も日々、精進致しておる次第です。

 今後とも、どうぞ宜しく。また是非、お越しくださいませね。
           丈

posted by 美城丈二 | 2007-02-03 19:04

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

はじめまして
どの記事も大変深い考察のもとで書かれているので面白く読ませていただいてます。

ただ、時折過去の記事の再掲があるようですが、
加筆などされたのでしょうか
もうしそうならばその個所をお示しいただけると
いいのですが

水をさすようなコメントですみません

posted by N | 2007-03-13 19:29

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

中学生だった当時、ドイツでの試合をTVで観戦しましたが、ドイツ遠征が確か11月で、猪木は、帰国してすぐに新日本の「プレ日本選手権」というシリーズに、緊急参戦したと思います。その時のTVで流れた猪木のコメントが「23日間で20試合という過酷な日程は自分のレスラー人生で貴重な経験だった。」と言っていたのを憶えています。
ボックの印象は、足の筋肉が発達していて、結構怪力であり、また、スープレックスの凄さも記憶にありますが、猪木がローキックを連発してもあまり効いていなかった事が印象深いです。
「ファイト」でボック特集号も読んだ記憶があり、オリンピックで金メダルをとる事を目標にしていたが、アマチュアの世界に嫌気がさして、29歳でアマレスからプロレスへ転向したという記事もあったと思います。
ボックも日本での呼び名がなかなか定着しなかったレスラーの一人です。ローラン=ブルック、ローランド=ボック、ローランド=ブルック、ローラン=ボック等いろいろと変わりました。
今どうしているのか全く不明。現役で、歳がわかければ、PRIDEで活躍していたと思います。

posted by h8671998 | 2007-03-21 09:13

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

そうですか、I編集長亡くなられたんですか・・こちらの御記事で初めて知った次第です。遅くなりましたがご冥福をお祈りいたします。

私は主に90年代の「ファイト」紙「読者のページ」欄によく投稿させて頂いていたものです。
かつて総合格闘技の隆盛に背を向けるUWFと新日の対抗戦は「コップの中の嵐だ」と投稿したところI編集長に「いい視点だ」とお褒めいただいたのを憶えております。

その後、I編集長が危惧したとうりに時代は動き私自身プロレスからも「ファイト」からも縁遠くなってしまいましたが、「ファイト」そしてI編集長から受け取ったシュートスピリットは現在も私のなかで健在です。そう思いたいです。

対ボック戦。TVでみた感想は「よくもまあこんな試合、テレ朝流すなあ」というものでした。公開殺人ショーだと感じました。まったく技を受けないボックに達人的な受身で凌ぐ猪木・・・私はこの試合をみてむしろ猪木は凄いとおもいました。
なつかしいお話、どうもありがとうございました。

posted by れお | 2007-03-21 11:39

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

 始めまして。美城です。

 “「ファイト」でボック特集号も読んだ記憶があり、オリンピックで金メダルをとる事を目標にしていたが、アマチュアの世界に嫌気がさして、29歳でアマレスからプロレスへ転向したという記事もあったと思います。”

 想い出しました。私も読んだ記憶があります。ボックは、VS藤原やVS健吾かな?、初来日時が印象深く、VS猪木戦は、確か元日決戦、ハンセン全日転出後の大一番だったと思いますが、いかんせん、全盛時のコンディションには程遠かったようで、本領発揮とまではいきませんでしたね。

 シュトゥットガルトの一戦は当時すでに神格化されており、観衆の期待を大きく削ぐ内容に私もいよいよとTVを凝視していただけに、残念な結果でした。

 プロレスのダイナニズムという点を考慮におけば、やはり私には猪木VSハンセンであり、俗に言う“キラー猪木”という観点に立てば、VSシンが最も相応しいような・・・?プロレスはただ勝てば良い、という競技ではない為、いろいろな視点はあるとは思いますけれど・・・。

 されど、ボックは“イノキイズム”という世界観には無くてはならない存在観を有したレスラーだったとは思います。

 “まったく技を受けないボックに達人的な受身で凌ぐ猪木”

 それもまたプロレスというならば、この一戦もまたそれをも内包する“イノキイズム”とも言いえることでしょう。

 やはり猪木のプロレスにはありとあらゆるエッセンスが詰まっていると思います。・・・されど、猪木です。

 ご来訪、誠に有難うございました。丈 

posted by 美城丈二 | 2007-03-22 23:23

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

自分が週刊ファイトを初めて購入したのは、中学3年の時で、休刊となった昨年の時の最終販売価格は280円でしたが、28年前当時の価格は150円でした。東京スポーツが40円という時代でした。
井上編集長の記事というか文章は、当時中学生だった自分にとっては結構難解で、はっきりいって「何が書いてあるのかよくわからない」というのが率直な感想でした。ただ、何年も読んでいくと井上ワールドに引き込まれ社会人となっても継続してファイトだけは購入していました。
「ファイト直言」「ファイトドキュメンタリー劇場」「底が丸見えの底なし沼」等の言葉が思い起こされます。
ファイトの記事自体もおもしろかったのですが、自分としては、読者のページがわりと好きで、ファイトを読まれている方のいろいろな意見、見方を、自分の意見と比較する事が重要な事でした。はっきりいってファイトの読者のレベルは高かったです。いまにして思えば、故井上編集長も、質、レベルの高い週刊紙作りを目指した事により、読者のレベルも上げ、ファイト編集部も読者もともに切磋琢磨することで、双方の良質化、ハイレベル化を目的としていたのではないかとも思います。
多分、自分達のようなファイト世代の人間には本当に「大事な人がいなくなった」というのが本心ではないでしょうか。

posted by h8671998 | 2007-03-24 12:19

Re:故・井上義啓氏に捧ぐ!!『我が、シュトゥットガルト(Stuttgart)の惨劇』

 「底が丸見えの底なし沼」・・・井上ワールド全開ですね(笑)。

 “いまにして思えば、故井上編集長も、質、レベルの高い週刊紙作りを目指した事により、読者のレベルも上げ、ファイト編集部も読者もともに切磋琢磨することで、双方の良質化、ハイレベル化を目的としていたのではないかとも思います。”

 私も、同意見です。そのご推察通りかと想います。かの、村松ともみ氏も「ファィトは、プロレスの見方を変えた」などと直言なされておられたし、私も実際、読者欄をも、楽しみに読んでもおりました。

 プロレスは、“人生を映す、いっこの万華鏡にも似たり”ある識者もそう申されております。私も更に研鑽して、一歩でも、氏の書かれたご文に近づけるように日々、思考して参ろうと想います。

 まぁ、私は私なりに“なんと読み難い美城ワールド”と一部、揶揄されている文章体ではございましょうが・・・(笑)。

 再びのご来訪、誠に有難うございました。今後ともどうぞ宜しく誼のほどを。美城丈二、でした。

posted by 美城丈二 | 2007-03-24 12:48