2007年05月19日

時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「これぞ、熱き時代の産物!?新日・暴動史“TPGと海賊男”

  
  
  “叫び”はひとを、時に絶望の淵に堕とす。
  “叫び”はひとを、時に慰撫する感情にも似たり。

 
 TPG=たけしプロレス軍団。
 ビリー&ガスパー=海賊男。

 アントニオ猪木率いた“プロレス格闘集団・新日本史”において、一大汚点とも言うべき“暴動”大事変は、このふたつに極まる。物が飛び交い、怒号渦巻く館内。火をつける者さえ現れ、いつ果てるともしれない館内にあって、リングに必死の形相で駆け上がり、土下座し、ファンに詫びたのは、あの“新日本を誰よりも愛してやまぬと公言していた”ケロちゃんこと、田中秀和リングアナだった。

 或いは、暴動は“時の不運”そう、断じて軽薄に吐き捨てなされた、お方もおられるかもしれない。だが、翻れば、それだけ、リング上の格闘絵巻にファンの心根をぐんぐんと引き込んだ“罪”はけっして軽くはなく、ましてはなはだ、重い、“十字架”のそれにも比する事柄でもあったろうと思う。

 かえすがえす、“あの時代”のプロレス絵巻は遠くなったとの改めての、感慨。

 まさに“猪木凋落”によって、その事件は起こったはずで、私も当時、やりきれない思いのもと、そのTVに映し出された事変を、見つめていたものだ。

 猪木アングル、上手くいけばしめたもの。タイガー・ジェット・シン『伊勢丹襲撃事件』。まだまだ記憶に新しい、小川直也『vs橋本真也、1・4決戦』『アミン(当時の)大統領との仰天対戦計画』『モハメッド・アリとの格闘技世界一・世紀の大決戦』『増殖!!S・S・マシン』『観客不在の“巌流島”での闘い』まだまだ、挙げれば誠にキリが無い。

 TPG、海賊男、あれはりっぱに猪木氏アングルの中において、失敗作の最たるものだ。TPGは、ベイダーという、ある種、未曾有の怪物を生んだが、無論、それは“後付け”の解釈に過ぎぬ。リング上を、“ファンの喜怒哀楽、その集積場”なんぞと定義しうるならば、あのアングルは、誠に誠に味の無い、ファンへの仇行為と断じられても致し方は無い。

 それだけ、プロレスファンがリング上の絵巻に身を乗り出していた、熱く焦がれていた証左だと、
 それだけ、プロレスファンが、“アングル”ではなく“ハプニング”或いは“アクシデント”と従えていた証拠だと、
 論じる識者もおられるが、この見方はやはり、思い入れ持ち、感涙を傍らにおいて、TVに釘つけになっていた世代の人間にとっては、悲しい論評だと思わずにはをれない。

 いつしか、あの時代は隅に追いやられ、時の“アングル暴き”が横行し、先のファンはまさしく無き崩し的にひとり去り、ふたり去り、消えていった。

 現行のプロレス界を思うとき、あの時代の産物とも言うべき、“暴動、その在りよう”を思うとき、時代の隔世を思わずにもをれないが、あの時、果たして、その声あらん限り、叫んだ者達は一体、いま、どこに収束してしまったのかと、私は私なりに独り、憂う。

 いまや、“総合格闘技”なる世界が幅を利かせ、まさしく、あれら“アングル”を必要としない時代に突入した。裏を返せば、それだけ、いまの格闘技ファンは試合結果なるものに敏で、性急性ばかりを追求する、底の軽いファンもまた多し?などと記すれば、またまたお叱りのコメントでも多数いただくことになるのであろうか?

 “アングル”を“アングル”と思わずに“ハプニング”だと信じて、リング上を従えていた時代。武藤をあの地で襲った最初の海賊男の正体は“猪木そのひと”だなんぞと、まさに“アングル暴き”に奔走する類の人間にはけっして入り込んでいけない、ファン心理というものが、まがいものとしてではなく、真実として存していた時代。

 その思いを、誰が哂えよう・・・。
 その思いの丈を、誰が嘲笑しえようと言うのか・・・。

 新日本・暴動事件史。それは、私にとって、誠に不可解な、けれど熱のある時代の産物でもあったのだよとの従え方の方が、いまは、かさねがさね恐縮だが、悲しい、そして誠に心地良い、従え方であろうとも思う。

 その暴動の首謀者?が未だに、プロレス界に苦言を呈している、この事実!!だから、私は、こう、言いたいのだ!!
 「アントニオ猪木!!いまこそ、本気になってくれ!!いまこそ、プロレス界の為に立ち上がってくれ!!」
 かつての信者の、ひとによっては哂われよう、やるせない、この心の発露です。

posted by 美城丈二 |09:51 | 時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側” |
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タイガーマスクにファンタジーを夢み、IWGP決勝戦での猪木とホーガンの戦いに胸躍らせ、前田日明や長州力の生き方に自分を投影していたのに、ある日突然プロレスを観なくなってしまった。 …本当に突然だったんだな。こうやって振り返ってみるまで思い出せ...

2007-05-19 11:33 | 続きを読む
この記事に対するコメント一覧
Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「これぞ、熱き時代の産物!?新日・暴動史“TPGと海賊男”

嗚呼、あの頃はテレビもゴングまで待てないなどと副題を付け、プロレスラーをいじり笑い者にしていた時代と思っています。

あれは正直、許せなかったですね。プロレスラーのギミックとアングルを笑い者にする。そんな浅はかな感情と考えが当時のテレビに映し出されるたびに切なく、時には激しい憎悪まで抱いていた。

あの頃は少しプロレスそのものから距離を置こうとしていた。「プロレスなんかいつまで観てるんだよ」それは特撮ヒーロー物を中高生まで観ている者を蔑むような、そんな感じであり、それを観ない事が格好良い事。今から思えば、なんと自分の器の小さい事か。しかし、やはりプロレス好きは何処にでも存在した。プロレスを語り合っていた頃が懐かしい。

海賊男は、馳だ!いや、猪木だ!何度も言うようですが、結果は誰でも良いんですよね。その時その時をハプニングと捉え、それを熱く語り合い、テレビの中に感情移入する。そんなプロレス絵巻が当時にはありましたね。

今、もし暴動が起きたならどうなりますかね?プロレスを越えた事件になるんじゃないですかね。

アントニオ猪木、もう少しでいい。本気になってくれ。あなたしかすがるものがありません。

最近、明るく語る材料がないですね(笑)何だか自分の文章も暗いなぁ(苦笑)

posted by ビリー・ジャック | 2007-05-19 12:51

Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「これぞ、熱き時代の産物!?新日・暴動史“TPGと海賊男”

私は、あそこにいました。

そしてあそこは確かに、
大きな転換点になったのだと思います。

あのとき、あのアングル(ハプニングでもいいですが)。
猪木は突然のカード変更を提案しました。
「どうですかお客さん!」

その返事は、渦巻くブーイングとなって返りました。

それは、あの観客が求めているものとは離れ過ぎていたからです。
そして、その反応を見て臨機応変に動くことは、もう猪木には出来ませんでした。
結局は、用意されたアングルに無理矢理持って行き、それがあの暴動を生んだわけです。

つまり、あの時点で猪木は「客が読めなくなった」わけですね。
新日の凋落も、あそこから始まった気がします。

その後の猪木の動きにしても、コアな少数の人間の流れはいつもあったでしょうが、大きな流れを作り出すことはずっと出来ないままでいるように見えます。
と言うか、ハズしてばかりなのではないでしょうか。

「客が読めなくなった」猪木。
あれから、ずっと読めないままでいるように見えます。

その猪木がどう頑張っても、もう空回りするだけではないでしょうか。私には、あまり期待出来ません。
残念ですが。

posted by main | 2007-05-19 14:33

Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「これぞ、熱き時代の産物!?新日・暴動史“TPGと海賊男”

激動の20世紀末に、'リアルファイト'が格闘の世に生を受けた。
それにより、いやそれと同時に、擬似的なものが否定され、時に『アングル、ショー』などと揶揄されるようになった。
無論、今後もプロレスは益々衰退の一途を辿っていくだろう。
しかし、リアルファイトを生んだのは、紛れも無くプロレスそのものである。
プロレスの果て、いやプロレスそのものが、今後もリアルファイトであるに違いない。
そう、20世紀に感じたあの興奮のように・・・

posted by この世の果て・・・ | 2007-05-19 15:18

Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「これぞ、熱き時代の産物!?新日・暴動史“TPGと海賊男”

週刊誌で見たケロちゃんの土下座シーン、衝撃的でした。「ケロ泣くな、お前は悪くない。」みたいな見出しだったと思います。
リングアナウンサーなんて、レスラーになりたくてもなれない人がやってるんだろうと思っていましたが、あのような人々が興行を支えているんだという事を初めて、そして痛烈に知らされた気がしました。

いわゆる暴露本というものを、私は見たことも見る気もないので何がアングルで、何が真実かは分かりません。しかし、プロレスを最も愛していた裏方、ファンが日に日に離れて行っているのは紛れも無い真実です。
そのような方々にもう一度夢を見させてほしいです。

posted by J | 2007-05-21 11:05

Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「これぞ、熱き時代の産物!?新日・暴動史“TPGと海賊男”

僕もそのシーン週プロで見ました。

逆に僕はそこから週プロを買い始めました。
それまではテレビ観戦しかしない子供でした。

暴動が起きたとか関係なく田舎の僕ら子供にとって話題はベイダーの強さでした。

このコラム初期に話したように僕らの地域はテレビ放映は何週か遅れていました。で、有線テレビでリアルタイムに見ている友達からの話。

「昨日すごかった。たけしがつれてきたベイダーに猪木が歯のたたんかった。けどあれはその前に長州と試合ばしたけん。ばってんベイダーはでかかけん。強かばい。」

まだ見ぬ強豪にワクワクしましたよ。その強さがあったからこそ藤波のベイダーに勝った時の喜びや、アンドレからギブアップを奪った腕固めで猪木がベイダーからギブアップ勝ち。といったその後の闘いが楽しめたと思います。

見たままを楽しみたいものです。説得力があれば今だって素直に流れを受け入れて熱くなれると思います。

TPGがやっちゃいけなかったのは、井手らっきょが青の時の猪木の真似をすぐにしたこと。新日がいけなかったのはそれをやらせないと約束していなかったこと。

posted by のり | 2007-05-21 13:46

Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「これぞ、熱き時代の産物!?新日・暴動史“TPGと海賊男”

猪木の神通力が没落した時でしたよね。あの頃は全日本が馬場さんが鶴田、天竜にバトンタッチして保守本流のプロレスに邁進して、一方UWFの出現により今まで猪木が馬場さんにしてきた事を猪木が前田にやられて、それでもピークの過ぎた猪木が主役でいようともがいていた時。かつての全盛期の”猪木新日本”を知る新日フリークには歯がゆかったと思います。メインイベントになるはずの猪木対長州(たしか長州がレスラー生命を賭けた一戦だったと思いますが)がTPGの出現によりベイダー戦になるという茶番劇。たけしを始めとした、たけし軍団の登場など・・現在のハッスルを観てる人達なら受けるだろうけど当時の新日フリークには(というかプロレスファンには)無茶苦茶な”猿芝居”でしたよね。色々な物が投げられながらの猪木対長州から猪木対ベイダー戦までの流れ。ある意味プロレスファンとして情けなくて忘れられません。猪木に付き合わされた長州はどんな思いで試合をしていたのでしょうか、ケロちゃんの立ち上がれないほどの号泣は・・満足したのはまたや猪木だけ?

posted by 鈴木敏朗 | 2007-05-21 23:12

Re:時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「これぞ、熱き時代の産物!?新日・暴動史“TPGと海賊男”

 ビリー・ジャックさん、
“あの頃は少しプロレスそのものから距離を置こうとしていた。「プロレスなんかいつまで観てるんだよ」それは特撮ヒーロー物を中高生まで観ている者を蔑むような、そんな感じであり、それを観ない事が格好良い事。今から思えば、なんと自分の器の小さい事か。しかし、やはりプロレス好きは何処にでも存在した。プロレスを語り合っていた頃が懐かしい。”
 大相撲界がまたぞろ八百長疑惑で揺れておりますが、大相撲ファンに比べたら、プロレスファンはなんと度し難いものか?(苦笑)常識人なら、まず見ない!!論じない!と蔑まれてきたプロレス。プロレスの魅力にとりつかれた者の、それは避けては通れぬ世情の反発。だからこそ“妄想”と嗤われても最強論を掲げてしまう。プロレスファンには罪は無いのです。その純真性が、暴動へと発展した。そういう意味合いではやはり、猪木氏の引退は遅すぎたと思考してはおりますが・・・。

 mainさん、
“つまり、あの時点で猪木は「客が読めなくなった」わけですね。新日の凋落も、あそこから始まった気がします。”
 私はこういったことにも目を背けない、立場を有する人間でもあります。涙ながらに土下座し、猪木氏に訴えかけた一ファン。あの涙にはなんの言葉をも飲み込まざるをえない魂の叫びにも通じる尊さを感じる次第でもありまして、私はmainさんに反論は致しませぬよ。

  この世の果て・・・さん、
“無論、今後もプロレスは益々衰退の一途を辿っていくだろう。しかし、リアルファイトを生んだのは、紛れも無くプロレスそのものである”
 リアルファイトの先に果たして何が勃興するのか!?私なりに大いなる課題でもあるわけです。

 Jさん、
“いわゆる暴露本というものを、私は見たことも見る気もないので何がアングルで、何が真実かは分かりません。しかし、プロレスを最も愛していた裏方、ファンが日に日に離れて行っているのは紛れも無い真実です。
そのような方々にもう一度夢を見させてほしいです。”
 私も、まったく同意見です。そういう意識のもと、興行を企てる人間も現れなければ、プロレス界には未来はありませんよ。

 のりさん、
“見たままを楽しみたいものです。説得力があれば今だって素直に流れを受け入れて熱くなれると思います。”
 のりさん、おっしゃられる、その熱さを説得力有りきで見せられる、演じられるレスラーが少なくなりました。プロレス界自体にいわゆる吸引力が無いいま、それをレスラーに求めることは酷というものなのでしょうか?私なりの疑念というか、疑問・考察の範疇ですね。

  鈴木敏朗さん、
“現在のハッスルを観てる人達なら受けるだろうけど当時の新日フリークには(というかプロレスファンには)無茶苦茶な”猿芝居”でしたよね。色々な物が投げられながらの猪木対長州から猪木対ベイダー戦までの流れ。ある意味プロレスファンとして情けなくて忘れられません”
 興行主として、猪木氏は責められても、是非も無し、でしょうね。だから、猪木のせいでプロレスは駄目になったと嗤われる。悲しいかな・・・私が接していた頃の猪木氏とは思え難かった。暗澹たる思いで私はあの暴動を見つめていた、その記憶が未だまざまざと記憶に残っております。

 皆様、誠に丁重なコメント、有難うございます。私なりの発露、今後も、ものして参ります。丈

posted by 美城丈二 | 2007-05-22 10:03