2007年04月22日

『時代は回天せず』私が“接見”した「凶虎」時代のシン、それらへの追憶

 敬称略にて。
 思い出すことなど。 

 猪木と“死闘”を演じている頃、つまり私の十代時分前半、“凶虎”タイガー・ジェット・シンは確かに怖ろしく近寄りがたい、存在だった。毎週、繰り返される悪行の限り。大の大人が興奮し、絶叫していた時代。ほとんど技らしい技をしかけず、リング外に猪木を引きずり込んでいたぶる、蹂躙する、やりたい放題。リングに戻れば“虎の爪”コブラ・クローを繰り出し、まさに必死の形相でロープにすがろうとする猪木。観客が固唾をのみ前座試合を見守り、館内が一転、メーンともなればやんやの歓声に包まれていた時代でもあった。

 プロレスのスペクタクル、そのシリーズが毎週毎週、最終興行日の大決戦に向け、まさに一代大河ドラマ化していた時代。

 ある週、火を噴き、目を焦がされた猪木を見て、幼い私は血の気が引き、そうしてはたとあることに思い至った。


   *続きは是非、こちらにて読了くだされば幸いに存じます。
   ⇒『ミルホンネット版魂暴風2感涙のトップ外国人レスラー篇』

posted by 美城丈二 |09:19 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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ハッスル・ハウスvol.23 戦慄のタイガー・ジェット・シン! 【 そらそうよ!!】

前回同様、川田利明の歌から始まるファイティング・オペラ「ハッスル」。 ちなみに今日は「千の風になって」を歌った(笑) そんな感じで始まったハッスルで、セレブ小川の後楽園ホールでのシングルマッチという、普段はまず見れないような試合も組まれていた。 意外とと言っては失礼だが、ヒールのほうが試合運びが上手いような気がする。 とは言っても「しょっぱいよ!」という声が会場内であがっていた。 しかしヒールと言えばタイガー・ジェット・シン! いや、ここは浜田翔子さん風にシンさんと呼ぼう(笑) そんなシンさんが坂田亘を襲い...

2007-04-22 22:39 | 続きを読む
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Re:『時代は回天せず』私が“接見”した「凶虎」時代のシン、それらへの追憶

とある駐車場の興行で、シンが投げたパイプ椅子から、プロレス初観戦のおばーちゃんとお孫さんと思われる小学生を必死に守ったのを思い出しました。
奴はまさに「狂虎」でしたね。
今でも会わせてくれると言われても、確実に断ります。そんなシンを果敢に責めた丈二青年、怖いもの知らずも程があります(笑)。
最近団体は増えましたけど、地方巡業はめっきり減りましたよね。電柱に貼ってあるポスター見ただけで興奮していた頃を、ふと思い出しました。

posted by J | 2007-04-23 17:36

Re:『時代は回天せず』私が“接見”した「凶虎」時代のシン、それらへの追憶

シンですか。実際にはあの猪木の腕折りは過去の映像としてしか見ていません。リアルタイムでは見れなかったのか、それとも見ていたけどあまりの衝撃で自分の中で見ていない事にしていたのかは定かではありませんが。

残念な事に私の住んでいる地方ではなかなか新日の興業は見られませんでした。インターネットなんてそんな便利なモノがある時代でもなく、当時の情報収集といえばテレビと週プロです。週プロも中学になってようやく買えるようになっただけですが。

何度も言うようですが、当時の現象がギミックでありアングルだと言われれば現在は納得せざるを得ないのかも知れません。しかし、プロレスはその範疇ではないと信じています。今だから思う訳で、その多感な時期に感じた事が全てプロレスです。

当時は父、祖母とよくプロレス観戦をしていました。祖母はグリグリの保守派で、日本人が大好き。しかもベビーフェイスを年老いてながら、力一杯応援していました。その中でもシンは最高の標的でした。何はなくともシンがやられれば良い、と。

父は猪木が嫌い。延髄切りなんか効くか!!と、当時はチャンネル権を持っていた為、言いたい放題。
その父はシンを最高の選手と称え、真面目にやったら、一番強いと言い放っていました。

良くも悪くも、タイガー・ジェット・シン。あの当時のあの人は誰からも一目を置かれていましたね。

シンも憧れた人。ダラ・シンでしたっけ?どんなプロレスをしたんでしょうね。今思うと、インド人は何か底知れぬ畏怖と共に、知的な感じがします。

posted by ビリー・ジャック | 2007-04-23 21:04

Re:『時代は回天せず』私が“接見”した「凶虎」時代のシン、それらへの追憶

 Jさん、私なりの回顧録までお付き合いくださって恐縮です。シンには何かしら言い知れぬ人間が本来生まれ持っている“魔性”のようなもの、邪悪なるものと申しましょうか、子供心に、そういったものを感じていたのでしょうか?本当に怖い、近寄りがたい雰囲気を有しておりました。いまだからこそ、そう、思える次第で、「そんなシンを果敢に責めた丈二青年、怖いもの知らずも程があります(笑)。」いえいえ、怖かったのは事実ですが、やはりあの当座は、私もまったく幼い感覚から少しずつ意識が変化していった時期で、何より、そんな“魔性のもの”に関心が人一倍あった、だからこそ、シンの前にも歩を進められたのかな?と、述懐してはみたのですが、自分なりにかつての自身が“だいそれた行為”をしたのだなとは感じております(笑)。

 それにしても、“24時間”演じていたなどという、振り返って賞賛されうる人間とは、まさに神に選ばれしもの特有の、のち恍惚感を感じてしまうであろうほどの人間だけに許された賞賛かなと。そのひとりがあの“凶虎”タイガー・ジェット・シン、そのひとであった。

 あれから、20数年が経ち、私なりの勘考をものした次第です。コメント、誠に有難うございました。丈


posted by 美城丈二 | 2007-04-23 21:45

Re:『時代は回天せず』私が“接見”した「凶虎」時代のシン、それらへの追憶

 ビリー・ジャックさん、ようこそ。美城です。誠に僭越な物言いではございましょうが、ご尊父の識眼はさすがかと。「その父はシンを最高の選手と称え、真面目にやったら、一番強いと言い放っていました。」シンの師匠は確か、セメントに強いと謳われたフレッド・アトキンスです。そのシンが、師匠に絶賛されたとされるレスリングセンスを押し殺し、“凶虎”を演じる。ここに私なりの“昭和プロレス”の奥深さを感じるのですが、いかがなものでしょう?

 いわゆる、最強論議。総合界であくまでも最強と申せば、リングの上での話しということになります。ならばストリートファイトなら・・・?ここでも“元祖・なんでもあり男”シンの存在が鈍い光を放ってくる。もうこうなると、格闘センスがどうだとかああだとかの論じごとではなく、人間として一線を越えられるか?ということにもなり、翻って、真面目にやったら、一番強いということは、真面目にやらなくても一番強いかも知れず、私は幼い時分、密やかな勘考として、もしやシンこそは・・・?とも思っておりましたけれどね(笑)。タイガー・ジェット・シンとは、そういう密やかな勘考をも思わせるだけの力量を有した、まさに“稀有な悪玉・凄玉”でしたね。

 本コラムにもお付き合いくださり、誠に有難うございました。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-23 22:25