2007年04月16日
陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
1988・7・17、かの元祖・超獣ファンには忘れられぬ日だろう。ブルーザー・ブロディ、自ら名付けた『ブロディ革命』その途上、彼は、興行主によってドレッシングルームで刺され、尊き命を散らした。プエルトリコ、バイヤモンスタジアムでの惨劇悲惨。だが、裁判では、その現場に居合わせたレスラー達が揃って証言を拒否したとされ、挙句、興行主、ホセ・ゴンザレスは無罪判決を言い渡されたという。 私たちが知るブロディの、棺に横たわる彼の亡骸は、なんと厳かで安らげな表情をしていたことだろう。“トラブルメーカー”生前の彼に附されたけっして有難くはないであろう、その傲慢無礼と揶揄された性格、レッテルからは、誠に想像し難い“死への装束”様相ではあった。 *続きは是非、こちらにて読了くだされば幸いに存じます。 ⇒『ミルホンネット版魂暴風2感涙のトップ外国人レスラー篇』
posted by 美城丈二 |21:34 |
プロレス、この果て無き浪漫 |
この記事に対するコメント一覧
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
まさしくこれからどんなに伝説を残すであろうと思われ、悲運の死を遂げたプロレスラーの一人ですよね。訃報を耳にした時の何ともやりきれない気持ちは今でも覚えています。
プロレスに熱中していた頃、ブロディファンのなんと沢山居た事か。実は私もあまり好きではなかったんです。『本気でやったらブロディと鶴田は最強だ!』という私の周囲のプロレスファンとの論議には黙ってうなずき、嫉妬にもにた気持ちがいつも心の中にありました。『最強は新日だ』と信じてやまない頃ですので、私としてはその場に大きな声で論議できなかった自分に対しては、逆によく我慢したんだな、と思ってしまいます。それだけ、認めざるを得ない強さだったんですね。でも、UWFとの対抗戦の時ブロディなら前田をやっつけてくれるという、複雑な気持ちもありました。
ブロディコピーは沢山います。しかし、アンドレ同様不世出のプロレスラー。代名詞とも言えるチェーンを振り回し、咆吼しながら観客席まで練り歩くさまは彼にしかできない。
全盛時とは言えないアントニオ猪木のブロディ戦で猪木の猛攻にエプロンの隅のチェーンを四つんばいになりながら取りに行っていたのを見て、勝ったとテレビの前で喜んでいた。次の日ブロディ信者から『アレ、猪木から逃げてたよな』と聞いた時の言いようのない優越感は未だに覚えています。純粋だったんですねぇ。
私の中では、今では「ただ強い」と思うプロレスラーの五指に入っています。
posted by ビリー・ジャック | 2007-04-17 08:46
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
もうあれから20年経ちますか・・。
月日が流れるのは本当に早いものです。
我がジャンボ鶴田のライバルと言えば、真っ先にあがるのがハンセン、ブロディの超ミラクルパワーコンビです。上半身ならハンセン、下半身ならブロディ、スタミナならジャンボと勝手に格付けして論じていたのを思い出します。
三人に共通しているのは、体がでかく、一発で仕留める必殺技を持っており、やられるのがうまい(大袈裟?)というまさに王道プロレスのど真ん中を行っていた事ではないでしょうか。
ハンセン対ブロディのシングル対決。是非見てみたかったなー。
こういう想いにさせてくれるのも、昭和プロレスの心地良さなのかもしれないですね。
posted by J | 2007-04-17 10:30
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
ブルーザーブロディそうですね、考えてみれば彼が亡くなってもう20年経つんですね。早いなーと言うのが率直な感想です。考えてみれば引退してまだそれ程年月のたっていないハンセンやまだまだバリバリの天竜の後ろに彼の姿が見え隠れしているんですよね。そのせいかなー?と思います。何より衰えを見せずに亡くなって、元気なままのイメージが今だにあるんですよね。彼のプロレス人生も波乱万丈。売れてないテリトリーにばかり行き、そこで自分のポジションを勝ち取る。メジャー団体と契約してもプロモーターと衝突の繰り返し。新日も結局彼を引き抜いたのは衝撃的でしたが(ブロディが売り込んだみたいですが。)使いこなせなかったと言うか持て余してましたよね。ファイターとしてよりもスキャンダルのイメージが強いのは確かです。でも私の中ではブロディ対ジャンボ鶴田のインターナショナル戦でのスパーヘビー級のド迫力の一戦が今でもベストバウトなんですよね。ブロディがキングコングニードロップで勝ち、ロードブレアースやファンと抱き合いながらの雄たけびは今だに鮮明に記憶していまう。ここらへんから三冠統一のストーリーが始まったような気がします。全日復帰後、少なくとも日本では「プロモーター」馬場を心から信頼、信用していた様に思えます。しかしカルロスコロン(一味?)が殺傷して死亡したのは明らかみたいだし、どういう手口で無罪になったか定かでは無いですがプエルトリコとはどういう国なんですかね?ブロディや家族もさぞや無念だったと思うなぁ・・・合掌
posted by 鈴木敏朗 | 2007-04-18 00:24
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
こんにちは。
当方にとってのブロディは、やはりドリーとインターヘビーを争っていた時期から鶴田との一連の戦い(前期)までが本物と思っています。
馬場の16文キックを受けても、ドリーのエルボースマッシュを受けても、レイスのヘッドバッドを受けても、テリーのナックルパートを受けても、
鶴田がジャンピングニーを叩き込んでも、一向に倒れない超獣、その後ハンマーをうち下ろし、相手をロープに振って、あの巨体でドロップキック。
コーナーに寄りかかり右腕を高く掲げ、そのまま走り込んでキングコングニー。
お約束のムーブなのですが、そのどれも1つ1つが思い出です。
新日本に「運命」の曲にのって登場したブロディでしたが、当方個人の印象と致しましては、猪木との試合からは何も伝わって来なかった気がします。
おそらく猪木信者でなかった当方にとって、何もフィルターがかからず観戦した感想だからなのかもしれません。
むしろもう少し時期が遅ければ、ベイダー、バンバンビガロ、バンディあたりとブロディのからみがあったかなと、そちらのほうが残念です。
みなさまご執筆されていらっしゃる「鶴田vsブロディ」インターヘビーの試合(ブロディがピンでベルトを奪回)ですが
確かブロディは内蔵疾患か何か?をしたあとで、既にぶよぶよの肉体(全盛期に比して)となっており
ロードブレアース会長や、ファンとの抱擁、涙の雄叫びなど、感動的なシーンではあるのですが、落日のブロディの一こまのように記憶しています。
どちらかと申しますと、鶴田が初めてブロディをリングアウトで破り、インターヘビーを奪取した試合や、
ハンセンと組んで、PWF(世界)タッグ初代王者決定リーグ戦で、馬場、ドリー組をボコボコにした試合のほうが猛烈な印象に残っています。
(血まみれのドリーをブロディがスローイングして、ハンセンがラリアットを叩き込み、倒れた所に、キングコングニードロップという、
人として、それだけはやってはいけない連携を見たときは、ドリーが死ぬと思ってしまいました(苦笑)馬場さんも場外で寝ていたわけですけれど)
ブロディが全日本で活躍した時期は、残念な事に「両リン」全盛時代で、たくさんのドリームマッチが実現しているのですが
それのほぼ全ての試合が、両者リングアウトで終わってしまっていたと思います。
後楽園ホールで実現した「Bブロディ、JスヌーカvsSハンセン、Tゴーディ」という世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦も、やはりお約束で両者リングアウト。
きちんと結果がでるカードは、「Sハンセン、Bブロディ、Jスヌーカ」vs「G馬場、J鶴田、G小鹿」とか、そういう感じで
そこは小鹿じゃなくて、天龍だろう!とか、いつも思っていました。まあ天龍になればなったで、両者リングアウトになるわけなのですが・・・
当方当時のテレビ中継はほとんどすべてビデオに残っていますので、いつか機会がございましたら美城さまと酒を片手に楽しく観たいものです。
posted by あんぱん | 2007-04-18 20:04
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
いつも楽しみにしています。今回は自分が好きだったブロディということでものすごく感謝してます。
リング外ではわがまま,自分勝手と言うことは伝えられてましたが,リングの上では世界最強幻想を感じさせてくれた数少ないレスラーだったと信じています。繰り出す技は少ないですが,どれも
フニッシュになるほどの威力,説得力がありました。
印象に残っているのは「世界のプロレス」でみたフレアー対ブロディですかね。
素晴らしいレスラーでした・・・
posted by max | 2007-04-19 22:15
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
ビリー・ジャックさん、ようこそ。現役プロレスラー晩年の猪木氏にとっては、まさに“最期の大物”ブロディ戦。結局、あの頃は、猪木VSブロディしか目玉が無く、このカードしかお客が入らなかったわけです。まだまだ前田氏等は集客力という点で劣っており、あれからかなり後まで新日本は猪木氏に頼らざるをえない状況が続いてしまった。VSブロディ戦は、私はやっぱり猪木氏全盛時に見たかったカードだったのですが、無いものねだり、VSブロディ戦はどれもこれも様々な意味合いにおいてどちらも負けられず、戦績はほとんど傷をつけぬ結果となってしまいました。ブロディが初来日時から新日本なら、もっとこのカードは起伏のある、後世の人々に語り継がれるかのようなドラマも生んだとは思うのですが・・・。“運命”の楽曲にいざなわれるように後楽園に登場した、ブロディ。あのインパクトを超えられない、その後に収束してしまいましたね。このあたりのドラマの作りようが“プロレス”のまた難しいところでもありますね。コメント、誠に有難うございます。
posted by 美城丈二 | 2007-04-19 22:20
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
Jさんにとってはまさに“忘れ難いプロレスラー”のひとりなのでしょうね。ブロディ・・・往年の鶴田氏のある意味、最強のライバル外人です。ただ、私が腑に落ちぬのは、では何故、故・ジャイアント馬場氏とは名勝負が生まれなかったのか?生まれがたかったのかなという、命題。どちらもJさんご指摘の通り、受けの美学を本道とするレスラーです。なのに、どうも噛み合っているようには思えがたかった。いくつか私なりに推理する考えもございますが、あまりに長くなりそうなので、この件もまたコラムにものしたい案件とは考えております。プロレスはまさに“底が見える底なし沼”かと。深い闇底を私なりに今後も、ものしてまいろうと思います。コメント、誠に有難うございました。丈
posted by 美城丈二 | 2007-04-19 22:34
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
美城さん禁断(笑)の「王道プロレス論」是非、実現していただきたい。
私の中では、ジャンボ鶴田はストロングスタイルに憧れれ続けていた、と勝手に想っております。ただ、実現できるチャンスは一切与えられなく、唯一の反抗が黒のトランクスだったのではないかと・・。
ブロディはその鬱憤を晴らしてくれる数少ないレスラーだったのではないかと・・・。
プロレスはまさに“底が見える底なし沼”
名言です!
これだからプロレスはやめられません!
posted by J | 2007-04-20 10:17
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
鈴木敏朗さん、いつもコメント、有難うございます。ブロディは今更ながらに思うに、全日本時代が全て、でしょうね。晩年の猪木氏では名勝負を演出できなかった。唯一、初戦のみ、妖しき光芒を放つ戦い模様ではありましたが・・・。私も対角線上を走りこみ、ニーを決めるシーンが未だに鮮明に覚えておりますよ。最強外人レスラー、その只中に居たレスラーであったと思います。コメント、誠に有難うございます。丈
posted by 美城丈二 | 2007-04-20 22:27
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
あんぱんさん、ようこそ。美城です。“当方当時のテレビ中継はほとんどすべてビデオに残っていますので、いつか機会がございましたら美城さまと酒を片手に楽しく観たいものです。”私がもう少し有名になりましたら、是非、一升瓶を抱えて参りますから、酒をくらいつつ、往時のプロレス観戦としゃれこみましょうかね?(笑)。ネット上とは申せ、縁り良き縁を感じております。いつの日にか、お会いできます、その日まで。文章を編む身と致しまして、もう少し我が暮らしが良くなり、つまり、もっともっとものを書き込む時間が欲しい為、せっせと生きるのではなく、有余が欲しいのです。今後とも、よろしくお付き合いくださいませ。丈
posted by 美城丈二 | 2007-04-20 22:35
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
maxさん、あなたさまのご期待に沿うコラムとは言い難かったかもしれませぬが、私なりのブロディ観をものしてみました。ブロディはまだまだ私の欲する(探求する)世界観を有したレスラーなので、今後もときに彼を引き合いに登場させるかもしれません。今後も是非、よろしくお付き合いくださいませ。丈
posted by 美城丈二 | 2007-04-20 22:38
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
Jさん、私なりには、故・鶴田氏がいわゆる“燃える相手”とは実力的に同等か、格上の相手かと。その点、ブロディはその“燃える”相手だったと思っておりますよ。翻って、極論となりますが、かの天龍選手にはやはり、その心の奥底。格下との意識が、いい意味でも悪い意味でも内在している試合運びだったのではないのかなと勝手に当方も“妄想”しておりますが・・・。今後も私なりの極論話し、お付き合いくだされば幸いです。度々のコメント、嬉しき限りです。丈
posted by 美城丈二 | 2007-04-20 22:46
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
こんばんわ。ブロディはスタイリッシュなレスラ-でしたね。そういう意味では丈二さんが書かれているように典型的な「昭和」のレスラ-だったと思います。登場シ-ン、ム-ブ、など自己演出において当時はカッコいいと思っていましたが。彼にとって転機になったのは、「ハンセン全日参戦」です。これ以降は俗に言う「ストロングスタイル」を打ち出していった「タフな」レスラ-になっていきましたね。まぁそれでも「鶴田戦」は
本来の「ブロディ」ではありましたが。ブロディと鶴田選手の「プロレス観」はほぼ同じだったように思えます。あくまでビジネスであり、そのためにどのように自分のキャラクタ-を確立していくのか?またどのようにドラマ(スト-リ-)を作っていくのか?よくいえばその余裕が「ブロディ最強論」を生んでいるのではないでしょうか?ブロディがもっとも迫力あった試合は新日参戦前の両国国技館での長州とのタッグ対決。長州選手を一方的に攻め、長州選手の価値を貶めました。一方鶴田選手は長州軍団参戦時、仲野選手とのシングルマッチで顔面にドロップキックを喰らい、プッツン。いずれも本人たちの中では、自分より「格下」の選手であったことが、ビジネスの枠を
超えてしまった原因だと思います。価値観の似た二人は手の合う二人でした。ただ試合としては見ていた僕にはあまり緊張感が伝わらなかったのは事実です。話は変わってハンセン、ブロディの「ミラクルパワ-コンビ」の初めての試合放送のあの興奮は今でも忘れません。また蔵前での世界最強タッグ最終戦で「鶴田天龍」をハンセンのラリアット一閃で決着した試合は最強タッグのベストバウトだと思っています。馬場選手の評価はいまいちでしたが、個々人の実力、お互いの関係性(今の言葉で言えば互いにリスペクト、またライバル心)を鑑みれば、最高、最強の「タッグチ-ム」だったのではないでしょうか?全日本にしてみればウォリア-ズを得て、ブロディ流出はその後の両者の活躍(ウォリア-ズは僕の中ではダメ外人、ブロディはハンセンといないとちょっと)を見れば、「失敗」でしたね。前田選手VSブロディは本当に見たかったですね!!
posted by BASS | 2007-04-21 03:02
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
BASSさん、ようこそ。美城です。ブロディは俗に言う“自己プロデュース力”に長けたレスラーで在り、チェーンを振り回す入場は言うまでも無く“プロレス内ギミック”で、無論、BASSさんにこのようなことは釈迦に説法と申すものなのでしょうけれど、“プロレス外プロレス”を本当はやりたかったレスラーではなかったのかと・・・。私はこのような言い回しは好きではないのですが、いわゆるプロレスを超えたシュートの世界でもかなりの実力を有していたと思われるわけです。その憂憤、もやもやが時として爆発し、おっしゃられる長州戦や、格下の相手に必要不可とも言うべき戦いをしかけた。ですから、“ブロディ最強説”はけっしておとぎ話の世界ではなく、やはりそういうものを匂わすだけの雰囲気、更にはそこを嗅ぎつける洞察力を有した、当時のプロレスファンも多かった、ということになり、またしばし私は思案の内に暮れたのでした。このような“昭和のプロレスラー”いまはいずこ。あの頃が凄絶に、そして“愛おしく”感じられて仕方ありません。誠にコメント、有難うございました。今後とも是非、お見知りおきくださいませ。丈
posted by 美城丈二 | 2007-04-21 19:14
Re:陽はまた登らず“革命途上”で冥土に臥されたブロディの終末
やっぱ最強なら全盛の頃の前田でしょう、何せアンドレを完全に叩きのめしたんですから。
あの数々の蹴り技はハンパじゃないですよ、もしブロディと戦ったら、若干前田の方が有利かもしれないですね。
posted by 前田こそ最強!! | 2007-07-24 21:45


