2007年04月21日

もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 私は、猪木VSアンドレ戦を好まなかった。「怪物退治」その有り様が色濃く感じられて、それはつまりアンドレの強さを薄々、認識していた証拠だろうが、攻められる際の、あの悲痛な表情がまた物悲しく感じられて、注視に耐えられなかった。

 公式のプロフィールとしては、身長が7フィート4インチ(約223センチ)、体重が520ポンド(236kg)とあり、これではあまりの“巨人病”そのものではないか!?(けっして彼を蔑視して或いはそういう方々を指して、差別用語なるものを用いているわけでは有りませんので、ご了承願いたい)全盛時から、短命に終わると蔭で囁かれ、ビール、ワインを一夜にして何ダースも開けていたという目撃談を聞くに及んで、幼い頃からのなんとも度し難い、怪物に対する悲壮感がまた強く感じられ、私はますますアンドレの試合を好んで見なくなっていた。

 *この続きは、是非、こちらにてお読みくださいませ。
   ⇒『ファイト!ミルホンネット版魂暴風*a martial art side 』にて。

posted by 美城丈二 |22:16 | “魂暴風”popular request column |
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この記事に対するコメント一覧
Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

ぼくが初めてテレビでみた新日本の試合が猪木対アンドレでした。(でも猪木対上田の五寸釘マッチの記憶もあるのでハッキリしませんが)
コーナーに追い詰めてのヒッププレスを猪木さん
が逃げるのが印象深かったですね。
日本ではヒ-ルでもアメリカではベビ-フェイスの色合いが濃かったですよね。
昔のアンドレは不敗神話がありましたけと゛
現代の大巨人はコロコロ負けてますよね。
(ビックショーとか)

posted by max | 2007-04-08 18:50

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 maxさん、お久しぶりです、美城です。私は国際プロレス、モンスター・ロシモフ時代のアンドレは記憶に無く、後年、ビデオで見たくちなのですが、確かに大男ではあったけれど、そんなに“巨人”というイメージはありませんでした。ただし、新日時代のアンドレは・・・。既にこの世のひとでは無くなって、10年以上。昭和の異人が、懐かしく思えます。コメント、誠に有難うございました。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-08 21:11

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

2度目のコメントになりますが、毎回楽しみに拝見させて頂いております。

昭和新日に憧れていた時代に、強かった外人選手はと聞かれれば真っ先に出てくる人の一人でした。でも猪木信者でしたので、ワールドプロレスリングの始まりでアンドレをリバース・スープレックスで投げている所は猪木の強さを象徴しているようで、特に今でも印象に残っております。それだけ、幼いながらにアンドレに対しての畏怖というか、強さを感じていたんだと思います。
プロレスラーは普段とマットでは別人だと聞かされていましたが、上記のくだりでますますセンチメンタルな気分にさせられます。
訃報を聞いた時、常に連絡を取り合っていなかったが、良くプロレスを楽しんでいた幼なじみに連絡してしまうほどの衝撃を受けた覚えがあります。

今の時代、アンドレより大きくて重いヤツが居たとしても、当時のアンドレにはなれませんよね…。

posted by ビリー・ジャック | 2007-04-09 08:49

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 ビリー・ジャックさん、コメント、誠に嬉しく思っております。美城です。

 「今の時代、アンドレより大きくて重いヤツが居たとしても、当時のアンドレにはなれませんよね…。」

 誠に申される通り、かと。アンドレだけは私の中でもまさに“別格”な強さを有したレスラーだったと思います。ボディスラムで投げただけでもステータスになる。これだけでも当時のアンドレの凄さが感じ取れますよね。それだけに“一度っきりの遭遇”はなんとも私に言い知れぬ感慨を抱かせました。本当は、心優しき異人、あの巨体であれほど動けるレスラーはもう二度と現れないでしょう。

 「Legend wrestler of Award」BBSと題し、リンク集より“魂暴風BBS”、こちらも好評開催中でもあります。合わせて、今後とも是非、末永いお付き合いが出来ますれば幸いに存じます。誠にコメント、有難うございました。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-09 19:50

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

アンドレ逝去の前に自宅で撮影した写真を雑誌で見た時「ああ、ここまで柔らかい笑顔が出来るんだな、いい笑顔だな」と感じた事があります。
素の笑顔を知らない我々にとって、その写真が彼の人間味を初めて感じた瞬間だったのかも知れません。

「異形」の扱いではなく「強い」扱いとして猪木と戦った……私はそう信じたいです……彼の誇りの為にも……

posted by POM | 2007-04-09 20:44

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 POMさん、コメント、嬉しく拝見致しました。美城です。

 “「異形」の扱いではなく「強い」扱いとして猪木と戦った……私はそう信じたいです……彼の誇りの為にも……”

 猪木氏は、そう、強さをひしひしと感じながら戦っていたと思いますよ。だからこそ、猪木氏が勝つ場合は、ロープにもたれる形でのカウントアウト負けや、アクシデント的負けが多く現出、したのだと・・・。

 お話しの、アンドレ、晩年の笑顔は、私も見た記憶があります。心から彼の冥福も祈らずにはをれませんね。

 コメント、誠に有難うございました。今後とも、宜しければ当サイトにまた是非、お越しくださいませ。

posted by 美城丈二 | 2007-04-09 22:00

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

ご無沙汰いたしました。
ロビンソンが来て、アンドレが来てうれしい限りです。
アンドレは、国際時代の「モンスターロシモフ」の時代からみていました。事実上の世界最強という言葉は彼の為にあるということもいえます。
前述のローランド=ボックとのセメントマッチ(西ドイツで対戦。ボックがバックドロップ、Wアームスープレックスでアンドレを投げた試合として有名。ボックはこの試合でアンドレの体重をもろに足で踏ん張って投げたため、足がおかしくなったという逸話あり)、ロッキーⅢへの出演が決まったホーガンへの制裁等の話より、真の裏番はアンドレでした。
と言われつつも、本当は心優しき大巨人でした。
日本で成長し、アメリカへの橋渡しをした故吉原氏への恩を忘れない義理固い人でもありました。
昭和の時代に活躍した人たちが次々と姿を消していくのはさみしい限りです。心に残るレスラーが今の時代にほとんど感じられないのは悲しい。
(美城様。久方ぶりで申し訳ありません。先般ご指摘ありましたペンネームの件(「h8671998」)ですが、実はh=小生のイニシャル、867=ハルナ←小生の娘の名、1998=娘の生まれた年 の掛詞です。数字の羅列でなく実は意味があった事でしたので、お許し頂ければこのまま登場させていただければ幸いです。無理言いましてすいません)

posted by h8671998 | 2007-04-11 00:18

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

昔話の鬼みたいな存在でしたね、アンドレは。
普通の人間より歯の数が多い、飛行機の中のアルコールを全て飲み干した、グランドになると必ずおならをする(笑)、ピンフォールをとったら何千ドルの賞金を出す等々。

ボディースラムで投げただけでも次の日学校で大盛り上がりし、足を折ったモンゴル人(当時は本当にモンゴリアンと信じてました。)が来日するとなればその話題だけで何日も語れました。

アンドレからギブアップを取った時のアントニオ猪木が、丸坊主でおおはしゃぎしている姿は未だに鮮明に覚えてます。

当時は、アンドレと対戦する相手は可愛そうと思っていましたが、今考えると、負けてもともとだったので一番おいしい相手(by武籐)だったのかもしれませんね。

今後も、コラム楽しみにさせていただきます。

posted by J | 2007-04-11 08:36

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 h8671998さん、お久しぶりです、美城です。h8671998さんの勘考に沿うコラム執筆となり、相好崩しております。誠に嬉しき、コメント拝読となりました。有難うございます。

 僭越ながら、私たち世代にとっては“昭和のプロレスラーたち”はただ、青春時代というフィルターを通してのみでは眺めることが出来ない、何かしら、それらをも超越した世界に存しているかのような輝きを感じてしまうのですが、いかがでしょうねぇ?また懐古趣味だけに留まらない奥行きの深さと申しましょうか、そのような赴きさえ感じられる。今後も私なりの、“あの頃格闘絵巻論”をものしてまいろうと思いますので、今後とも、どうぞ宜しくお付き合いくだされば幸いに存じます。ペンネーム、娘さまの名からお取りになられておられるとは、誠に失礼の段、恐縮致しております。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-11 22:27

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 Jさん、度々のコメント、誠に嬉しき限りです。いま、現在、Jさんご希望の、まずは“ジャンボ鶴田論”私なりに模索致してはおりますが、はてさてお披露目後、Jさんのご希望に沿うものであろうかと、しばし黙考(笑)。鶴田氏、健在なら、アンドレVS鶴田という、全日ファン、垂涎のカードも見れたことでしょうに、今更ながら、ときの移ろいははかないものであるなぁと思考致してはおる次第です。

 アンドレには全盛時において、既にその佇まいに、独特な影を私は感じておりました。果たして、あの影はなんだったのか?コラム執筆後もまだ物足りぬ書きようであったと私自身は反省致してはおりますよ。アンドレに関してもまだまだ筆、足りませぬね。コメント、いつもながら、誠に有難うございます。ご支持、何よりの励みです。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-11 22:41

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

私が学生の頃、後楽園ホールに観戦に行ったときアンドレと同じエレベーターに乗りました。エレベーターの狭さがアンドレのでかさを更にでかく感じさせ、「これは誰も勝てない、サブミッションもクソもあるか!」と脅威を覚えました。ボクシング等格闘技好きの友人達は例の如く「プロレスはインチキだ!」と知ったかぶって言ってましたが、猪木、ゴッチ、ロビンソンではなく、彼らの強さの説明のウンチクをするよりも「じゃーアンドレに勝てるか?」の一言で皆苦笑いして言葉に詰まっていたのを記憶しています。もちろん私は勝ち誇っていました。挙句の果て、「アンドレがバレーボールでブロッカーをやればオリンピックで金メダルを取れる。」などと今となってはわけのわからない事を言って友人達もなぜか納得していました。「もしも」があるとしたらアンドレ対前田のセメントは全盛期のアンドレの時にしてほしかったでね。愛すべき大巨人、永遠に!

posted by 鈴木敏朗 | 2007-04-12 01:53

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

こんにちは。
鶴田論模索していただいているとは、うれしい限りです。
美城さんがどのように語られるか、楽しみでもあり少し不安でもあります。自分の恋人論を自分の尊敬する人物から語られる感じでしょうか?

どうか遠慮無く、想うがままに書いてください!
彼は既に天の上の人になってしまいましたので。

今ごろアンドレとHWGP(ヘブンレスリンググランプリ)をかけて死闘を繰り返している事でしょう。
思わず天国のプロレスまで想像してしまいました。
失礼いたしました。

posted by J | 2007-04-12 10:25

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 鈴木敏朗さん、再びのコメント、誠に有難うございます。やはり全盛時のアンドレは“規格外”以外の何物でもない。ゆえに、アンドレを公然と最強だと論じることが、どこか面痒い面もあったのだと思います。日本人は、いま一歩、人気が上がらない、現K‐1王者のように、馬鹿でかい格闘技者を好まないと申しますか、なにかしら賞賛しない癖があるような気がいたしております。裏で流した汗が感じられる格闘家や、修練を重ね、驚くような高等テクニックを見せるかのような格闘技者を好む。そういった点でも“規格外”のアンドレは可哀相な面が多々ありましたね。いまは、静かに黄泉の国で横たわっていることでしょうね。合掌。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-12 21:23

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

“自分の恋人論を自分の尊敬する人物から語られる感じでしょうか?”

 Jさん、誠に恐縮です。

 ひとそれぞれの“夢の領域”・・・。好きなレスラーの話しで時が過ぎることが、もどかしいほどの語りっぷり。あの時代が夢であったというのなら、今後も夢の続きをあいしばらく感じていたいものだと謂うのが、私なりの感慨なのです。Jさんはじめ、多くの方々に賛同していただいている、らしい、私の“夢の領域”のお話し。誠に文筆家冥利に尽きるというものでしょう。今後とも、是非、ご愛顧のほどを(笑)。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-12 21:31

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

そうですね、美城さんの言うとおり
、アンドレに思い入れのあるプロレスファンてあまりいないと思います。規格外過ぎるし、人間臭さを感じなかったです。名勝負というのも無かったですよね。レネグレイという二線級と組んでのタッグリーグ優勝もしらけて観ていた記憶があります。田コロのハンセン戦くらいですかね?猪木をもってしても持て余してましてましたよね。逸話にしても東京から新大阪に行くまでにひかり号にある酒を全部飲んだとか等...怪物伝説ばかりでしたよね。私的には髪の毛を短くしてワンショルダーの晩年のアンドレに哀愁を感じ「モンスター」から開放されて強い弱いは別にして好きでした。

posted by 鈴木敏朗 | 2007-04-12 23:38

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

わたしは金曜夜8時よりも、土曜夕方5時半側のファンだったものですが
外国人選手層が厚かったとはいえ、アンドレが全日本マットに上がり
馬場さん、鶴田さん、そしてファンクス、ブロディと対戦する事を夢見ておりました。
 晩年それらの一部は実現はしたとはいえ、既にエルボードロップを投下するのが精一杯で
せめて田園コロシアムでハンセンと戦った頃のアンドレであって欲しかったと
いまでも思っております。
 当方にとってプロレスラーとは身近な存在であってはならないなどという
非常に窮屈な考えを持っておりまして、
そういう意味では、京王プラザホテルで、ビール瓶2ケースをあけてしまうなど
規格外の存在であったアンドレは、まさに畏怖すべき存在であり、夢の存在でありました。
 古館アナの実況もまた、アンドレの存在をさらに大きく、イメージをかきたててくれる手伝いをしてくれ、絶品でした。

posted by あんぱん | 2007-04-13 07:36

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

美城さんこんにちは。

私のアンドレの思い出。
ノーTVの後楽園ホール、立ち見での観戦。
猪木・藤波vsアンドレ・グレイ。
会場の一番後ろで目撃した猪木がアンドレをボディスラムで投げた瞬間。
子供だった私は信じられないものを目撃した思いで両足がブルブル震えてしまった。
後にも先にもプロレスを見て震えあがったのはあの時だけです。

昔からアンドレを見るたびに映画「フランケンシュタイン」を連想してしまっていた当時の私も美城さんがアンドレに遭遇した時に同席されていた女性達と同様の目線でみていたんだろうな、と少し申し訳ないような気持ちになりました。

posted by ちぃまる | 2007-04-13 14:04

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

  鈴木敏朗さん、再びのコメント、誠に恐縮です。私なりには、あの“ジャイアント・マシーン”マスクを被って登場した瞬間からアンドレに、己の衰えを感じた何かが起こったのではないか・・・などと夢想致したりした記憶があります。まさに“規格外”からギミックを背負った瞬間、“人間”アンドレが現出したかのような・・・。アンドレ・ザ・ジャイアント、ある意味、80年代プロレスの象徴でもあろうかと思います。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-13 20:01

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 あんぱんさん、ようこそ、美城です。

 “当方にとってプロレスラーとは身近な存在であってはならないなどという非常に窮屈な考えを持っておりまして”

 人間離れ、している・・・それはまさに畏怖すべきプロレスラーに必要な要素かと思います。ゆえに“人間離れ”している、過酷な修練の賜物によって見る人々を感嘆させる、プロレス世界を生み出す。そういう意味でも80年代プロレスはプロレス界、最後の隆盛となりました。コメント、誠に有難うございます。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-13 20:06

Re:もはや甦ることは無い“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑

 ちぃまるさん、コメント、誠に有難うございます。

 “昔からアンドレを見るたびに映画「フランケンシュタイン」を連想してしまっていた当時の私も美城さんがアンドレに遭遇した時に同席されていた女性達と同様の目線でみていたんだろうな、と少し申し訳ないような気持ちになりました”

 いえいえ、僭越ながら、そういった視点は私自身も含め、皆々持つ、感情だと思われますので、気になさることも無いと思いますよ。規格外のアンドレにいま、私たちは“郷愁”を重ねている。強すぎたがゆえに、私たちの心の片隅にいつまでも残っているのでしょうね。誠にコメント、有難うございました。丈

posted by 美城丈二 | 2007-04-13 20:11