2008年05月10日

美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代”Act⑤【ローラン・ボックの“戦慄”】

美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃”
  Act⑤【ローラン・ボックの“戦慄”】
 
 『シュツゥットガルト(Suttgart)の惨劇』
 この一語には、往年の猪木信者たちを色めきたたせるほどのかくも“衝撃性”を含んだ背景がある。後年、「地獄の墓掘り人」と称されるようになる、「欧州界の帝王」とも謳われたローラン・ボック(Roland Bock)と約2年半ほど前にvsアリを通過し名実共に「世界の猪木」と称されていたA・猪木との一戦は猪木の欧州遠征シリーズの決勝戦として組まれている。
 
 1979・11・26
 西ドイツ・シュツゥットガルト・キーレスバーグ
 4分10ラウンド制
 ●A・猪木(10回判定)R・ボック


 シリーズ・23日で6カ国を股にかける、国境越えの長距離移動、一日2戦を含めた全20戦の過密なスケジュール、受身の取りづらい硬いマット、不慣れなラウンド制、時の欧州界を代表するかのような格闘家たちとの死闘、のちに様々な憶測と風評を呼んだ、このシリーズにあって猪木とボックの問題の一戦は、シリーズ顔合わせ、3度目のことであった。

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【ボック最強論に対し、アンチテーゼを唱えておられた井上義啓氏・私達は井上氏によってボックの“負”の部分を知ることとなった】


 連戦の疲れからか、右肩と左すねを痛めていたとされる猪木には試合開始時から精彩が無い。そこへ容赦の無いボックのエルボー・パット、えげつない角度から落とさんとするスープレックスの“猛威”が襲いかかる。必死に掴みかからんとするボックを振り切り、ドロップキックで応酬する、猪木。それでも迫り来るボックに防戦一方となりずるずると後退していく。まさに必死の攻防。時に握り拳を作り、応戦する猪木だがほとんど何もさせてもらえぬといった按配でフル・ラウンドを費やしてしまう。

 確かにこの一戦だけを評し、両者の闘いぶりを“試合経過”としてつぶさに見た通りに記せば、猪木の「完敗」ということになるのであろう。だが、この一戦をリアルにTV観戦したとされる、あの故・ジャンボ鶴田氏において「ああいう試合を放映していいのか、どうか!?・・・首をひねらざるをえなかった」と言わしめたほどプロレスというジャンルが唯一持つ、敢えて対戦者の技を受けて魅せるという精神、他ジャンルには無い奇特性からは逸脱した闘い模様であったことはやはり事実であろう。ボックの攻めのあくどさと猪木の技をほとんど受けつける気など毛頭無いといった調子のまさにボックの“卑屈さ”は後年、この『シュツゥットガルトの惨劇』と評されるに至る背景が公になる段において、果たしてあれを惨劇と呼んでよいものか?穿った見方かもしれないが思いはやはりそこに至るのである。

 有識者、元週刊ファイト編集長であられた故・井上義啓氏は「あれはプロモーターも兼任していたボックのまさしく“黒い謀略”であって、世界という冠を持つに至った猪木に何がなんでも“勝ってやるのだ”という、あくどい遣り口であった」とはっきりと断罪なされておられるし、こうなるといまや“伝説”と化す一戦の雲行きもとんと怪しいものに思えてくる。

 とはいえ、ボックの実力が定かでは無かった、という証明にも成りえない。新日本来日時の木村健吾、長州力らを葬った、まさに素早く、且つ、地を這うかのような低い体勢からの一気の引っこ抜き、急角度で落としてみせたスープレックスを目の当たりにしたとき、私は思わずTVのブラウン管の前で唸った、いや呻(うめ)いたものである。

 (受けるという行為に背を向けた!?いや、本調子ではないのだからこういうスタイルにならざるをえないのか!?或いは・・・!?)

 本国での猪木との対戦後、交通事故に遭い、ベストな状態には程遠いとされた新日本来日時の一齣。

 1982年1月1日、S・ハンセン全日本転出を受け、初の“元日決戦”で再び雌雄を決しようと闘ったふたりではあったが、不可解なボックのレフェリー暴行に拠る反則負けに終わっている。

 総合格闘技なるものが“バーリ・ツゥード”という段階を経て、徐々に整備化され、競技として広く世間に喧伝されていく以前の時代のお話し、物語り。当時としてはボックのまさに“苛烈”なる攻めは対戦者の良さを飲み込み、まさしく自身の強さのみが強調されうる代物に過ぎなかったのだとただ断言して良いのだろうか!?

 のち、ボックの再度の日本来日は遂に実現には至らなかった。一説には猪木の欧州遠征時のギャラ(時のNWA、AWA、WWWF、三大王者並みの一年分に相当するギャラとされる)をなんだかんだといちゃもんをつけ出し渋ったボックに対する報復の為に来日させ、その際のギャラで欧州遠征時のギャラを相殺した、との裏話めいた側面も聞き及んではいるが真相は果たしてどうか!?

 往時の日本プロレス界、もう一方の雄、“御大”故・馬場氏はボックに関し、遂に黙したきり、ついぞボック招聘には動かなかった。

 『シュツゥットガルトの惨劇』
 以後、ボック最強論を引っさげ、論陣を張る識者も多数おられたが、ボックは今日(こんにち)の総合格闘技隆盛の時代にあってどのような思いの元、見つめていると言うのか!?或いはその思いはなんら他なのか!?ふと私はそんな思いを抱かずにはいられなかった。



 【アントニオ猪木 欧州を往く もうひとつの猪木伝説】

【1】1979年11月7日(現地時間、以下同) 
西ドイツ・ラーベンスブルグ・オーバーショワルツェン・スタジアム 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(体固め、5R1:33)W.ルスカ● 

【2】11月8日 
西ドイツ・デュッセルドルフ・フィリップス・ホール 
▽4分5ラウンド 
○A.猪木(反則、5R3:40)R.ボック● 

【3】11月9日 
西ドイツ・フランクフルト・フェストホール 
▽3分15ラウンド 
○A.猪木(逆エビ固め、4R1:15)カール・ミルデンバーガー● 

【4】11月10日 
西ドイツ・ハンブルグ・スポーツホール 
▽4分10ラウンド 
△A.猪木(10回引き分け)ジャック・デラサルテス△ 

【5】11月11日 
西ドイツ・ハノーバー市・メッセホール 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(逆腕固め、5Rタイム不明)ジャック・デラサルテス● 

【6】11月12日 
西ドイツ・ベルリン・ドイッチェランドホール 
▽4分10ラウンド 
▲A.猪木(両者リングアウト、5R1:11)R.ボック▲ 

【7】11月13日 
西ドイツ・カッセル市・エセスホール 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(体固め、5R0:53)ジャック・デラサルテス● 

【8】11月16日 
西ドイツ・キール・コンサートマネージメント 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(腕固め、4R2:20)ウィルフレッド・デートリッヒ● 

【9】11月17日 
西ドイツ・ミュンヘン・セベルスメイヤー・スポーツホール 
▽4分10ラウンド 
△A.猪木(10回引き分け)W.ルスカ△ 

【10】11月19日 
スイス・バーゼル市・セントヤゴス・スポーツホール 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(反則、5R2:35)ジャック・デラサルテス● 

【11】11月19日 
オーストリア・ウイーン市ウイナー・ホーレン・スタジアム 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(反則、4R1:32)オイゲン・ウィスバーガー● 

【12】11月20日 
西ドイツ・ザールブルッケン・ザーランドホール 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(体固め、4R0:57)ジャック・デラサルテス● 

【13】11月21日 
西ドイツ・ルートウィフハーヘン・エバートホール 
▽4分10ラウンド 
▲A.猪木(両者リングアウト、4R2:51)ウィルフレッド・デートリッヒ▲ 

【14】11月23日 
オランダ・ロッテルダム・マホイ・スポーツランド 
▽4分10ラウンド 
△A.猪木(10回引き分け)W.ルスカ△ 

【15】11月24日 
西ドイツ・ドルトムント・ベストフォーレンホール 
▽4分10ラウンド 
△A.猪木(10回引き分け)オットー・ワンツ△ 

【16】11月26日 
西ドイツ・シュツットガルト・キーレスバーグ 
▽決勝戦4分10ラウンド 
●A.猪木(10回判定)R.ボック○ 

【17】11月26日 
ベルギー・ルーティッヒ・カントリー・ホール 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(逆さ押さえ込み、4R1:42)チャールズ・ベルハルスト● 

【18】11月27日 
ベルギー・アントワープ・スポーツパレス 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(反則、4Rタイム不明)W.ルスカ● 

【19】11月28日 
西ドイツ・シュウェニケン・アルセラングホール 
▽4分10ラウンド 
○A.猪木(反則、2R終了)W.ルスカ● 

【20】11月29日 
オーストリア・リンツ・スポーツホール 
▽4分10ラウンド 
△A.猪木(10回引き分け)オイゲン・ウィスバーガー△ 

【番外】11月29日 
スイス・チューリッヒ 
▽エキシビジョン 
A.猪木(勝敗なし、10分)ルーズ・ハンスバーガー 


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 *Thought・10’s chapter title
 『はじめに道ありき“新日本プロレス道場編”』 
 『もはや甦ることは無い
  “人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑』 
 『12歳の疾走“ミル・マスカラスに想いを馳せた、片路48km”
  いまもきっと胸に棲む、青春の瞬間(とき)』
 『“プロレスの凄みを引き出す”猪木、天龍、小橋が体現してみせた
  vs“不沈艦”スタン・ハンセン戦』 
 『脆さと優柔不断ぶり“師に反発し、師をこよなく愛した両雄”
  藤波辰爾とジャンボ鶴田』 
 『“最強”かつてそこに執着した、在るファンが見た一夜の幻!?
   小川直也とは一体、何者であったのか!?』 
 『「プロレス道に悖(もと)る」猪木の求心力を著しく貶(おとし)めた、
  あの事件“前田日明”【長州力顔面襲撃事件】』
 『“Is it cheerful?(やぁ、元気かい?)”未だ忘れられぬ名優!!
  “狂犬”ディック・マードック』
 『“立ち上ってくる妖気”踏みとどまることを知らぬ小橋建太という、執念』
 『“アルバトロス殺法”キラー・カーン“あほうどりが奏でたプロレスラーとしての
  矜持ゆえの夢”』  







posted by 美城丈二 |16:51 | 時代の風・シリーズ“80’S プロレス黄金狂時代” |
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