2007年03月28日

初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

 ひとに歴史在り。

 いくつかの‘あの時代’の証言者たちによる「回顧録」を紐解く。「回顧録」すなわち、転じて「未来への提言、主張」。売らんが為の商業誌ならではのまさに扇情的なタイトルは致し方ないとして目を瞑るが(特にそれはプロレス物の「回顧録」なるものに多いのだが)、「いまだからこそ明かそう」式の‘暴露本’的内容の書物には嫌悪感が、まず先に立つ。自身のみの感慨かもしれぬが、やはり「夢を破られた」みたような感覚が沸き立ち、空しさを感じてしまうから。たが、中にはおやっと心動かされ、「夢の続き」を見せてくれるかのような、「あの頃の夢を具現化」したかのような、識見豊かな良質のものもあり、興味は尽きない。

 あの山本小鉄氏の‘現在・過去・未来’に対する識見などは、何度、読ませていただいても胸すく感慨を抱かせる。氏の‘嘆き節’は(失礼!!)、私の嗜好にぴたりと合い、欲する世界観にうん、うん、と素直に頷いてしまう、氏ならではの‘迫力’があり、が為、私は私なんぞなりに、これまで思い巡らしてきた徒然なるものをその文章に重ね合わせ、幾度と無く感慨ぶれる。

 「回顧録」とはすなわち己の生き様を振り返る、いわば道の確認作業でもあろうかと思う。大迎に構える必要もないが、やはり‘ひとに歴史在り’で敬意を恒に払う必要性をも感じてしまう。私も含め、プロ格論者たちは、いいたいことをいいたいように、また書き殴ってもいるが、やはりそこにも節度をわきまえるという精神は必要で、ただ、自身のいいたいことをだらんと並べるだけでは、見る人によっては底が割れてしまう代物だということを肝にしかと銘じておかなければならないだろう。私も私なりに、非難・批判・中傷・暴論‘その一方的、咎(とが)’からは逃げおおせまい、役回りを背負う。心して思う事柄のひとつでもある。


 そんな思いさえ抱かせる氏が、「あのふたりも困った奴らだった」と、嘆きつつも(再び、失礼の段、お許しを!!)愛好崩すのが、あの‘高野兄弟’のことである。
 今日は、その兄、ジョージ高野氏のインタビュー(『プロレススキャンダル事件史3』宝島社刊。構成・文章はフリーライターの栗原正和氏に拠る)を改めて読ませていただいた折りの、私なりの感慨を書き綴ってみようかと、思う。ここにもまた「ひとに歴史在り」であろうとも思うがゆえに・・・。

 ジョージ高野氏と申せば、やはり「ザ・コブラ」は外せない。初代タイガーマスク人気爆発、驚愕の、引退、そのあとを受けてのリング登場はやはり、氏自ら語るところに拠れば、「自分でも、最初から素顔でやったほうが良かったかもしれないなんて思ったりもしたよ」とある通り、凄まじきプレッシャーの中でのリング‘葛藤’でもあったようだ。あの当時、大抵のプロレス者たちは、初代タイガーと見比べており、これは形を変えた、あのボクシング界、アリとホォアマンにも通じる気脈とも受け取れようか。そんな氏が「コブラ」誕生の経緯を語り、そうして師・猪木氏に対する矜持を述べられている。「猪木さんがいたから、注目を浴びることが出来た。猪木さんから学ばせてもらった精神や技術だから、ファンに伝えることが出来た。師匠がいたから弟子がいる。猪木さんがいたから、ジョージ高野がいるんだ。」まして未だに「猪木近衛兵」としての思いも語られており、様々な紆余曲折、何故、SWSに転じたかも明かし、勘考は尽きない。

 こういったインタビュー形式のものには、えてして本音の部分が隠されており、眉唾ものもあとを立たないが、私は彼の‘歴史’をうすらうすらと紐解く段になって想いが重なり、頷ける事柄が多々、あった。なにより、若き頃の彼を、若き日の私は、あの“上野毛”の道場でしかと目撃しているのだ。当時の私は、その異様とも思えし、練習風景を見て、唖然とし、「あの汗にはウソはあるまい」と感じ入った者のひとりだから、彼の“回顧録”には合点がいくことが多いのも自身、頷けよう、というものだろう。

 「(SWS設立は)プロレス界にしてみたら大きなチャンスだった。でも、うまく歯車がかみ合わなかった。SWSが失敗だったなんて絶対に言いたくない。いま考えると、もっと話し合えたらと思う部分がたくさんある。いまはいろんなことがわかるようになったけど、あのころ、やっぱりオレは軍人を通してた。軍人てのは、禁欲的なところがあって、自分が儲けようともしないで、人も儲けさせない。当時、カネはあったのになぜもっとうまい使い方をしなかったのか、いまになって言われたりもするけど、ほんとうに知らなかったんだ。厳しい練習して強くなって、いい試合ができればいいっていうのが一番で、それ以外のことに頭が回ってなかった。ほんとうなら、自分が儲けて、人も儲けさせてやらなきゃいけない。軍人だけじゃやっていけないのが、世の中なんだって後になって気づいた。でも、軍人の気持ちも忘れることだって出来ないから、難しいところだよ」

 SWS崩壊後も氏の流転は続いたが、未だにその気概は潰えてはいないようだ。「猪木さんがよく、バカになれって言うけど、オレはあの考え方が好きなんだ。いまオレはバカになれて良かったと思う。猪木さんの精神を受け継いでいってると思う。勿論、猪木さん、坂口さん、はじめ自分と関わってきた、すべての選手、すべての関係者に心から感謝している。(中略)『継承権』がある以上、なんらかのアクションは起こしていく。(中略)それもこれも、猪木さんの精神を伝えていかなきゃと思うから。猪木さんは師匠であり、父親でもある。ただ、こっちももう16やそこらの子供じゃないんでね(笑)」

 SWSプロレスとは一体、なんだったのか?
 部屋割り制度、すなわちジョージ高野一派の『パライストラ』元新日勢、そして天龍一派の『レボリューション』元全日勢、この構図だけでも時のプロレス内情に詳しい者には、折り合いなどつくはずがないと察せられる。そこに、更に谷津・若松一派として『檄』が加わる。田中八郎元メガネスーパー社長のファンもどき発想から生まれたものだから、所詮、上手くいくはずもなかったのだと簡単に論じてしまえるほどの、安っぽい金満プロレスだったのか、どうか?識者に拠れば、SWSこそプロレス界の未来を開く、いわば礎になれた、と見る向きもあるが、いまとなってはまさに砂上の楼閣というもので、この論調はやはり、今だからこその‘過去、振り返り’論調の域を出ていない。

 だが、もしも続いていたら?もまた“if”なのであり、プロレスの歴史にその後、存していないのだから、SWSプロレスなるものの定義は、難解な論じごとということになり、そういう観点で見定めれば、上記の私の‘過去、振り返り’論調もただのそれこそ‘私の感想文’ということになってしまう。

 プロレスは他の格闘技よりも、“人生を映す、万華鏡のようなもの”とも語られている。人生を映すとは、やはり内省的なものだから、“金満プロレス”と名付けられてしまったSWSプロレスが長続きしなかったのは道理かもしれないが・・・?。

 「カネは大事だよ。でもそれだけがすべてじゃない」
 SWSプロレスに己の理想を信じ、転じた男の苦悩が、私には見え隠れするが、いかがなものだろうか?

 (この稿は、前出、『プロレススキャンダル事件史3』宝島社刊。構成・文章はフリーライターの栗原正和氏に拠ったものです。改めて、ご了承ください。)

 *ご指摘を受け、表記を変えた一文がございます。ご指摘、誠に、有難うございます。  

posted by Jyouji Yoshiki |21:35 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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この記事に対するコメント一覧
Re:初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

SWS。当時僕は週刊プロレスの愛読者。週プロに間違いはない!と信じきっていたので、メガネスーパーの田中社長が大嫌いでした。金満プロレス、金でレスラーを買いあさった。等など。

田中社長のその後のインタビューが載っていましたが、あの方は本当にプロレスが好きだったんですよね。それを排斥してしまったように思う。

プロレスの市民権を叫びながらプロレスの四文字を持つ専門誌が新市民を認めなかったんですね。

あの熱はなんだったんでしょう?

ジョージ高野、かっこよかったですよね。黒いパンツに真っ赤なキラキラのショートタイプのレスリングシューズの時が一番好きでした。

posted by のり | 2007-03-29 11:02

Re:初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

 にりさん、いつもお付き合いくださって、とても感謝いたしております。かの弟、高野俊二にボクサー志願させたり、大量離脱後とはいえ、セミ抜擢したり、猪木氏の期待は、この‘兄弟’には大きかったのですが・・・。兄と共に弟も流転・・・人の人生なるものの哀感を感じてしまうと申せば大げさ、なのでしょうかね。

 「ジョージ高野、かっこよかったですよね。黒いパンツに真っ赤なキラキラのショートタイプのレスリングシューズの時が一番好きでした。」

 この視点こそ、のりさんらしくて私はほんに、好きですよ。また大いに気を吐きますから、どうぞお付き合いくださいませね。丈

posted by 美城丈二 | 2007-03-29 22:58

Re:初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

新日時代の
俊二のドロップキック(バズーカ砲)は本当に凄かった

あれより凄いドロップキックは見たことない気がする

posted by ヒロとも組んでいたなあ | 2007-03-30 00:14

Re:初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

たしか弟はヤクザとのいざこざで海外へ逃げたって聞いたな。この兄弟と同じPWCにいた高木三四郎のDDTがブレイクしてるのはなんかひにくな感じがする。

posted by おk | 2007-03-30 06:51

Re:初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

 自分はSWSの旗揚げ2連戦に足を運びましたが、ジョージの試合はかなりよかったという記憶があります。
 それと、コブラも後半に時折見せていたヒール系のムーブは、いい感じでしたね。
 
 SWSに関しては、後に本人も認めていますが、単純にターザンがフロントに入ることが出来なかったので、全日にすりよってSWS潰しを画策したに過ぎないと思っています。SWS旗揚げ前は、ターザンが「自分が団体を興すとしたら?」といった記事が頻繁に登場したり、意味もなく若松のインタビューが掲載されたり、当時はSWSの存在自体が明らかになっていなかったので「?」がついていたのですが、SWS旗揚げが発表されて合点がいったのを覚えています。それと手の平を返したようなSWSへの批判記事の数々。

 業界の未来を憂いての批判ではなく、単なる私怨によってプロレス界の未来を閉ざしたことは、かなり罪深いと思います。
  

posted by tetu | 2007-03-30 11:21

Re:初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

謎のマスクマンとして登場した「ザ・コブラ」。
タイガーマスクの華麗さにはほど遠かった・・。
技の失敗はお約束で、マイクアピールは英語で行い場内から笑いが起きる始末・・・。
そんな不器用なヒーローは僕も大好きでした。
彼の試合は毎回かかさず録画しました。
美城さんのせいで見たくなっちゃいましたよ(笑)。
家に帰ったらまだあるかもしれない。
探してみる事にします。

posted by J | 2007-03-30 17:09

Re:初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

☆ ヒロとも組んでいたなあ さん、高野弟は、猪木も期待していた、それこそ俊英だったのですが、プロレスラーとしては大成したとは言い難いですよね。長身で瞬発力を有していただけに残念でしたね。
☆おkさん、高木はプロデュース力が有り、時代を見定める能力を有していそうな気配なので、私は‘今後’を見定めようと思っております。このプロレス苦境時代に、どう、切り込んでゆくのか?
☆tetu さん、ターザン山本氏の‘SWS’憎し、並びに潰しはさすがに凄まじき有り様、でしたね。文筆に強さを持つ、論客ならではのファンを見方につけてしまう論調、是非はともかくとして、私は一貫して‘ファイト派’‘ゴング派’だったので、読み流す程度ではありましたが・・・。
☆Jさん、いつもいつもコメントを頂き、嬉しき限りです。
‘そんな不器用なヒーローは僕も大好きでした。
彼の試合は毎回かかさず録画しました。
美城さんのせいで見たくなっちゃいましたよ(笑)。
家に帰ったらまだあるかもしれない。
探してみる事にします。’
ハハハッ、なにより、‘時の魔術師’の仕業によって、振り返るは美しきことなり、唯の回顧趣味でもありますまい。ますます、今後もあの時代が登場します。美城流、ジャンボ鶴田論、私なりの思いを書き連ねようとは思っておりますよ。
 皆様、コメント、深く感謝致します。丈 

posted by 美城丈二 | 2007-03-30 18:54

Re:初代タイガーマスクの影で、ひっそりと咲き、泣いた花!!そしてSWS転出!!流転の人生“ザ・コブラ”ことジョージ高野の意気っぷり

ザ・コブラ。才能豊な若手レスラーの変身。
Jrヘビーでの戦いで一時代を作った。
しかし、ドス・カラスなど軽量のヘビー級レスラーとの戦いのほうが、彼の力がより発揮できたのでは?と思う。

posted by 作州力 | 2007-03-30 21:10

高野兄弟

高野兄弟が活躍してた頃私は20歳位だった。とてもカッコいいプロレスラーという印象だった。前田明よりもプロレス独特がカッコよさを感じた兄弟という印象だった。swsに転進してテレビから姿を消した時は若干の寂しさを感じたが、週プロとゴングで若松・天竜らとのカラミををチェックしていた、金持ちプロレスといったってメガネヤがどれだけの資金力があるんだと思った。でも社長との写真での選手の笑みが何とも不思議に見えた。相撲のような道場制なんて私には理想に感じた。そして週プロ・ゴングからだんだん消えていった。佐山とは違いデカイ体でアメリカンプレスとストロングスタイルが融合された兄弟が好きだった。時代が平成になりジョージが新団体を設立したような記事が出た時が期待していたが残念ながらそれっきりだった。コブラ(素顔でもいい)と俊二をもう一度観たい・・・。

posted by プロレス同好会 | 2007-03-30 22:28