2008年05月04日
この先、“新・全日本”の道を繋ぐ者「四角いジャングル・その光と影」
あくまでも、一プロレスファンの戯言として。新日本プロレス、08・04・27「大阪府立」武藤敬司、99年12月10日、天龍源一郎に敗れて以来の3061日ぶり、“新日本至宝”IWGP戴冠劇。まずは、この戴冠劇を受けてこの後の動向が注目される人物とは、かつて“闘魂三銃士”のひとり、蝶野正洋だろう。
まことしやかに噂される、蝶野の新団体、或いはプロモーション独立。棚橋・中邑・後藤、ニュージェネレーションの台頭を許し、レスラーとしての“主役”からは遠ざかって久しい蝶野。見方によっては武藤の戴冠劇はその動向に対する牽制のようにも思えようか? クレバーな蝶野正洋のこと、この時期での独立劇は、乱立するプロレス団体による弱小化というプロレス界の現状を鑑みてみても、私情による自身の経済的推移を鑑みるうえにおいても、この時期においては有り得ないと筆者は考えている。 どちらにせよ、武藤敬司、IWGP戴冠劇は、“新日本”“全日本”の大同団結を意味し、経済的経営的諸事情から無論、文字通り合併することは難しくとも、今後の“拠り良きプロレス界”発展の為に必要な“措置”であったと考えられる。8年4ヶ月、3061日ぶりの戴冠劇は様々な憶測をファンに生ませるインパクト大な“措置”ブックと成り得たのだ。さぁ、ここからどう、物語が紡がれるか?年を明けての新日本、1・4東京ドームまで「新日本‐全日本抗争劇」を引っ張るとなれば二転三転のアングルが必要となってくる。 IWGPに全日本プロレス至宝・三冠ヘビーベルトが絡んでくることはけだし自明の理か?ならば先の全日本04・29三冠戴冠劇、諏訪間幸平陥落後のストーリー展開は見ものとなる。 中邑真輔にしても諏訪間幸平においても新日本・全日本の未来を担うほどの逸材ではあろうが、まだまだ“お客さんをバンバン引っ張ってくる”だけの確固たるステータスは得ていない。箔付けの為の戴冠劇、そして王座陥落。今後の大同団結へ向け、まだまだ道は険しい方が良い、という按配か?。本当の意味でのベルトを背負っての両者の“茨”の道は来年以降となりそうだ。 プロレス界は、恒にファンとの“化かしあい”、ジキルとハイド、更に幾様にも違った顔を覗かせつつ、覗かれつつ、連綿と時代を繋いできた。そこには人間味、人間ドラマという“受けることを宿命付けられた”プロのレスラーの持つ執念、時として醸しだされた背景をもファンは嗅ぎ分けつつ、だからこそ他では味わいがたい“深みを伴った格闘浪漫”として語り継がれてもきたはずだ。 使い古された言葉ではあろうが、リング上に血の滲むかのような修練の跡、滴る汗が垣間見える限りどのようなストーリー展開でも見続けてくれるファンは残るだろう。ならばこの「新・全日本抗争劇」“描き手側”も後世に名を残すほどの人間ドラマを描いていただきたいと切に願う。そこに選手の汗という“影”が寄り添ったとき、「新・全日本」の浮上の目は有る、と私は信じてやまない。(敬称略)
posted by 美城丈二 |11:55 |
魂暴風【pickup report】 |



