2008年05月20日

【昭和プロレスは何処?】義を貫き和を愛した“金網の鬼”「無骨を尊び人柄でファンを魅了した、国際の漢」ラッシャー木村

 ラッシャー木村と言えば筆者においては、どうしても“無骨”なイメージが先に立つ。その往年を知るファン、くちさが無い連中にかかれば「どんくさい」という揶揄する向きがあったことも事実だ。何より“金網の鬼”というネーミングである。甘いマスクや華麗極まる業師としてのイメージはファンに植え付けがたいものとなる。
 大相撲・宮城野部屋出身のプロレスラーが我が国初の「金網デスマッチ」を行なう。そこにあるのは薄暗い照明の下で繰り広げられる、大男ふたりのごつごつとした殴り合いが全てか?その朴訥とした人柄など窺い知る術も無い。またそれでも十二分にお客さんが入った時代である。

  監修・竹内宏介(元「月刊ゴング」編集長)、流智美(プロレスライター)に拠る『「不滅の国際プロレス1974-1981」DVD-BOX』を改めて見やる。昨年、購入したものだが、見る度に往時の断片的な記憶が尽きぬ感慨を抱かせる。“人間風車”ビル・ロビンソン、“元祖・怪物”モンスター・ロシモフことアンドレ・ザ・ジャイアント、“人間台風”ドン・レオ・ジョナサン、“岩石男”ジョージ・ゴーディエンコ、“鉄人”ルー・テーズ、“流血大王”キラー・トーア・カマタ、“放浪狼”ジプシー・ジョー、“神様”カール・ゴッチ、ダスティ・ローデスとデイック・マードック“ジ・アウトローズ”として全米を席巻することになるふたりの初来日映像、“帝王”バーン・ガニア・・・・往年のファンにとっては垂涎もののDVD-BOXだが、懐かしくも驚異の漢たちに混じってあのストロング小林と対峙したラッシャー木村の勇姿も垣間見ることが出来る。 
 
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 “国際のエース”“金網の鬼”ラッシャー木村というプロレスラーに再びスポットライトが当たるのは、その「国際プロレス」が団体としての機能を停止し、「はぐれ国際軍団」として新日本プロレスのマットに躍り出た時だ。ご存知、1981・9・23、いまや伝説と化す「田コロ決戦」新日本プロレスの創立10周年記念興行第2弾・ブラディファイトシリーズ最終戦の舞台上においてメーンのvsタイガー戸口戦を前に “総帥”アントニオ猪木の眼前に現れた者こそラッシャー木村、そのひとであった。

 木村の「どんくさい」というイメージは言うまでも無く、「田コロ決戦」アントニオ猪木と対峙した際に会場の怒号・喧騒にそぐわぬ一言を吐いたことにも起因していようが、新日本という当時のメジャー団体の長である猪木に対してまるで「国際プロレス」を愛し続けたファンに報いたいが為に猪突猛進、怖れることなく前進して放つ逆水平チョップの凄みは猪木自身を大きく仰け反らせるだけでなく、ひしひしとブラウン管を通じても十二分にその威力が感じられるものがあり、「どんくさい」と蔑まれるにはあまりにももったいないプロレスラー像であった。

 時の猪木とのvs「国際軍団」、1対3マッチ。いま改めてあの闘い模様を思い描いてみても、よくぞこの屈辱のマッチメークを受けたものだと思う。昭和57年11月4日、舞台は蔵前国技館、木村・浜口・寺西の「国際軍団」に対し「新日本」は総帥・猪木、ただひとりというマッチメーク、それも「国際軍団」は猪木をフォールすれば勝ちだが猪木は三人をフォールせねば勝ちでは無い、という誠に変則的かつ無謀なルール設定。再びその翌年、2月7日、舞台も同じく蔵前国技館にて変則デスマッチを強行する運びとなる次第だが、そういうシュチュエーションで一度ならず二度も闘わねばならぬほど、この一連の猪木vs「国際軍団」抗争劇を盛り上げてみせた猪木の手腕もさることながら、徹底して悪役に身を扮した木村らの悪漢ぶりもまた見事という一語に尽きた。変則デスマッチに至る木村らの暴行、9月21日、大阪府立における猪木vs木村「敗者髪切りマッチ」では敗れたはずの木村が猪木の髪を場外で切りつけ、館内暴動騒ぎをも起こしてしまう始末。これら観客のヒートぶりはまたプロレスのリングが異様に“熱かった”時代の副産物とも言えようが、木村のひととなりを知る関係者においてはこの“抗争劇”は未曾有の出来事であったらしく、のちの証言において「あれほど憎まれる存在たるとは・・・」と目を見張るほどの“活躍”を見せてもくれた。あまりの憎悪ぶりに自宅を突き止められ、転居せざるをえぬ事態にまで至る猪木vs「国際軍団」の加熱抗争。(ちなみに1vs3変則デスマッチ発表を受け、「しかし、あまりの屈辱的マッチメークじゃないですか?」と、時の新日本事務所に電話し、抗議したのは猪木信者と称されていた、若かりし頃のまた“熱い”私自身でもあったのだが・・・苦笑)。

 そんな猪木との一連の抗争劇に終止符を打ち、UWF、全日本と流れ着き、しばし故・ジャイアント馬場と新たなる抗争劇を演じるも、「なんだか、兄貴に思えてきた」という対戦者である馬場を慕うマイク・パホォーマンスを行い始め、遂に朴訥とした普段の木村、その“らしさ”爆発という、ファンとの共有意識を前面に打ち出すことによって、一躍、リングの人気者と成したラッシャー木村という一プロレスラー。

 回顧という、懐かしさを纏う「国際プロレス」という団体の中にあって、黙々と“金網の鬼”としての任務を遂行した木村もまた昭和プロレスの一頁を飾るに相応しい武人であった。現在は病に臥し、その姿を公の場で望むことはまず叶わぬことであろうが、往時の木村ファンにとっては未だにその胸中、“勇姿”は燦然と煌いているはずである。「国際プロレス」すなわち“昭和プロレス”は遠きに在(あ)りし。だが思い起こせれば、またいまでもその残像はここ(胸中)に在ることをはっきりと自覚する次第である。(敬称略) 


 ☆筆者・電子書籍最新作、ご愛読メールに筆者、心より感激致しております。 20080422-01.jpg
 ⇒『魂暴風anthology-Act1 The best selection』
 *Thought・10’s chapter title
 『はじめに道ありき“新日本プロレス道場編”』 
 『もはや甦ることは無い
  “人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑』 
 『12歳の疾走“ミル・マスカラスに想いを馳せた、片路48km”
  いまもきっと胸に棲む、青春の瞬間(とき)』
 『“プロレスの凄みを引き出す”猪木、天龍、小橋が体現してみせた
  vs“不沈艦”スタン・ハンセン戦』 
 『脆さと優柔不断ぶり“師に反発し、師をこよなく愛した両雄”
  藤波辰爾とジャンボ鶴田』 
 『“最強”かつてそこに執着した、在るファンが見た一夜の幻!?
   小川直也とは一体、何者であったのか!?』 
 『「プロレス道に悖(もと)る」猪木の求心力を著しく貶(おとし)めた、
  あの事件“前田日明”【長州力顔面襲撃事件】』
 『“Is it cheerful?(やぁ、元気かい?)”未だ忘れられぬ名優!!
  “狂犬”ディック・マードック』
 『“立ち上ってくる妖気”踏みとどまることを知らぬ小橋建太という、執念』
 『“アルバトロス殺法”キラー・カーン“あほうどりが奏でたプロレスラーとしての
  矜持ゆえの夢”』  


posted by 美城丈二 |15:18 | 美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
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