2008年04月06日
「有難う!!みちのくプロレス」地方巡業で改めて見知ったプロレスというジャンルの深奥
「みちのくプロレス」さんがプロデュースする我が古里興行に妻と二人の子を伴って見に行って来ました。「みちのく」さんは当地、初お披露目、やはりザ・グレート・サスケ選手の登場の際は盛り上がっておりましたね。 私の世代ではやはりサスケ選手、新崎人生選手が群を抜いて知名度を得ておりますが、私の子らのお目当ては“義経”選手。気さくにサインや握手に応じてもらえました。上の子は恥ずかしげにけれど嬉しそうに私に促されて握手を求めておりました。帰り際には出口で気仙沼二郎選手が「この雑誌は岩手だけで発売されているのですよ」と会場で売られていた『Standard』というスポーツマガジンの表紙絵、ご自身のお写真の横にサインを頂き、サスケ選手はもとより、野橋真実選手らのサインも頂いて、子供達は本当に嬉しそうでした。都心の会場ではなかなか触れ合う機会が少ないプロレスラーたちに地方の会場ではより身近に接することが出来る。地方巡業の愉しみのひとつがこのアットホーム感でしょう。ファンひとりひとりを大事に思い、接する。そういう「みちのく」さんらしい良い興行であったなと感じました。お客さんは六分の入り。やはり満員のお客さんで埋まった会場を子には見せてあげたかったし、選手にも満員の観衆の最中、試合をさせてあげたかったという思いこそ本音ではありますが、私が幼い時分に思い焦がれた感銘が少しでも子らにも伝えられたらという「親ばか」な感覚はともかく満足げな表情の我が息子たちを覗き見て連れてきて良かったなとひと安心、感慨を抱いた次第です。 “相手の技を受ける”ことがプロとは申せ、きっちり受けるべきところは受け、対戦者の良さを引き出しつつ試合が終われば滴る汗ひとつ拭わず並んだファンに笑顔を振りまきつつサインや撮影に応じる。新崎人生選手以外ほとんどの選手が私と同じくらいの背格好、或いは低い選手が自身のそしてファンの夢を繋ごうと精力的な“姿勢”を見せる。時に一階席から二階席へとひとり、じっと試合の行方を見据えていた私は様々な感覚に囚われました。そして試合が終わればオフサイド、敵も味方の区別無く、ファン交流に努める。改めてプロレス興行の面白さ、深みを味わった一日となりました。
私はご存知の如く、幼い時分よりマスクマンには特別な畏敬の念を抱いてきました。「千の顔を持つ男」ミル・マスカラスは私がこの世界を見続けるきっかけとなった“メキシコの英雄”であり、マスクマン伝説という、古き良きマスクマン像を抱かせるに充分な武勇伝を有しておりました。四六時中、寝ているときでさえマスクを脱がないだとか、後年、聞き及んだ、頭を洗う際もマスク越しにシャンプーを振り掛けるだとか、そういったいわば或る意味微笑ましいエピソードは情報過多の現代には無い、幻想感漂わすものであり、マスクを脱がず第三者にはけっして素顔を見せぬという世界観はマスクマンとしての神秘性を高めるものであり、ファンを大事に思う、ひいては一己のプロレスラーとしての誇りにも通じるものだと感じてきました。 だから、マスクマンは誰が為に恒に試合のたびに飛ぶのでは無く、己のマスクマンとしての威信の為に飛ぶことこそが、翻ってファンの幻想を守る思想なのだと感じたとき、よりマスクマンへの憧憬は強くなった。 「みちのく」さんにはそういう思想性をも含めた価値観を強く感じさせてくれる“何か”が伝わってくる団体だなと普段から思っておりました。それはメキシコ修行時代にど田舎の町を転戦し、三世代(祖父・父・子)というひとびとがこぞってリング上で繰り広げられる試合に歓声をあげている、そういう風景に衝撃を受けて、プロレスというものは老若男女問わず楽しめる世界観があるのだということを改めて強く感じてご自身の古里である東北地方に根を張る団体運営を打ち出したザ・グレート・サスケ選手が立ち上げた団体であるということに起因していることは言うまでも無いことでしょう。 「みちのく」さんもこの“プロレス氷河期時代”にあって苦戦されておられる。新崎人生選手がサスケ選手の政界進出を受け、「社長」業に就かれてのち、所属選手の刷新を計られたり、それまでの地方興行における赤字を大都会興行で得た資金から補填していく遣り方では無く、全国から寄せられる「当地にも是非、来てほしい」という声を反映させる形での「売り」興行を増やし、コスト軽減に努めるだとか、いくつもの施策を打たれてきたことも聞き及んでおりました。 私の中でプロレスというジャンルは総合格闘技なるポテンシャルのものからけっして目を逸らさずに向き合って挑んでほしいという観念がある一方で「みちのく」さんのように飽くまでもプロレスというジャンル、そのひとりひとりのファンを大事に思い、地方をあまねく廻る、古き良きスタイルに拘りを抱き興行されていく団体こそ、いつまでも残ってほしいという思いが恒に同居しており、なかなか自身なりに整理を着けつつ論を進めていくことが時に大変なのですが(苦笑)、お客さんを増やさんが為だけに変に笑いをリングに持ち込まずに今後も、プロレスというジャンル特有ともいうべきマスクマンとしての幻想を保ちつつ、是非に躍進あれ!!と願わずにはおれません。その為の協力を私も拙文ながら「筆力」なるもので誠に微力ではありましょうが今後も続けてまいりたいと思っております。 我が子のリングの動きに合わせて興奮し、立ち上がって声援している姿を見つめていたり、朗らかに義経選手の話しを試合後、身振り手振りで語ってくれる子らの顔を望んで、ふと「やはりされどプロレスなのかな?」と改めて思わせてくれる、良き興行でしたね。月並みな言葉ですが、「みちのくプロレスさん、愉しい思い出を心より有難うございました」 ☆筆者・過去執筆文より ⇒『美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代“地方巡業という名のノスタルジー”』
posted by 美城丈二 |15:54 |
プロレス、この果て無き浪漫 |



