2008年02月14日

「易々と穏やかな目の、かつての悪童」私見“マイク・タイソン”

 
 優しい目を宿していた。さも起きがけの軽食を喰らい、ほっと満足感に浸っているかのような。
 穏やかに易々と伝わってくる、かつて“悪童”と謳われた男の微笑。

 まるで毒気の抜けた貌(かお)を覗かせている。彼の中で“争い”は終わったのか!?とふと、殊更に思う。思う私は、そんな私に少しばかりの“道化”を感じて、それは淋しさという感情よりも、“時の魔術師”がここにも居たのか?という、嘲りにも似た感情。

 時代はとうに過ぎ去ってしまっていたのだ。彼はかつて“最強”を欲しいままにした、そう、屈指のファイターだった。

 やがて彼はぽつりと呟いた。
 「記憶してもらうだけで幸せだ」
 彼にいまや寄り添う風は、もはや彼のものでは無いことをはっきりと自覚しているかのような風情で。

 
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   どこにでもいそうな、どこにいても出遭えそうなありふれた目を湛えている。それがまたどことなく温かい思いをも抱かせる微笑であった。  マイク・タイソン。  かつて世界を席巻した、男。  南アフリカの地にて、ロイターのインタビューに応じた際の、彼のこの一言。    「記憶してもらうだけで幸せだ」  婦女暴行罪で刑務所に収監されたことを?  イベンダー・ホリフィールド戦にて無性か否か、耳を噛み千切ろうとしたことを?・・・  子ども向けチャリティー募金活動に勤しむ彼は、 「戦争のない場所であればどこへでも行きたい」と述べ、更に「だが、ケニアには行けない。あそこは内戦状態にあるから」と補足したとも伝えられた。  そうして「もう、自身は“悪童”でもなんでもない。ボクシングへの関心も無い」とコメントを発している。  「年を取り過ぎたと感じる。記憶してもらうだけで幸せだ」と最後に彼は微笑と共にそう、呟いたそうである。


 私の“悪童”への想い出は鮮烈だ。たった一度っきり、この目で直に見たが、その一度っきりの試合が彼のプロ初の“負け試合”であった。

 1990年2月11日、東京ドーム、vsジェームス・ダグラスにおける10ラウンドKO負け。この年、私は東京・文京区は本郷の地にあって、住処から春日通りを降りれば頭上、見渡せる東京ドームへと自転車を漕いで向った記憶がある。

 私と同世代に当たる彼はまさしく当時、“時代の寵児”であった。多くのマス・メディアが彼を白日の下に晒していた。格闘技系の雑誌はこぞって彼の“特集”を組み、またよく売れたそうだ。私は知り合いから頂いたチケットをスラックスのポケットにしまい、その日は“歴史的一戦”をこの目で見るが為に通常より更に早めに住処を離れたはずである。

 まるで自身が闘うかのような興奮と期待を胸に潜め、坂道を転げたはずでもある。

 “歴史的一戦”そう、当座から格闘技ファンはきっと少なからずこう、思っていたことだろう。マイク・タイソン、奴はボクシングの歴史に名を刻む、後世、語り継がれる男に必ずやなるであろうと。そのタイソンが、この日本でタイトル・マッチを行なう。

 “歴史の目撃者”足れ!!私の中でハイライトシーンは望む前から決していた。壮絶なる、タイソンのKO負けシーン。つんのめって倒れても良い。当時の私なりの邪な観念だが、そういう虫が働いたというよりも、その方がはるばる海を渡ってやって来る“時代の寵児”にはお似合いのように思えた。

 そうして彼は、私、私たちが予見していたかのような、預かり知らぬタイソンらしからぬ闘いを見せ、さもあっさりと敗れた。

 敗れた瞬間のち、「これではつまらないな」と苦虫を噛んだ。苦虫を噛んだが、また「ここからの」彼を見たい、見続けてみたいという、新たなる欲求が私の中で渦を巻いた。“時代の寵児”だからこそ「負けるが良い」「負けたあとこそ見たい」。

 その後のタイソンはもう、拳闘ファンならずともよくご存知の通り、様々なパホォーマンスを見せつつも往年の煌きは少しずつ、失せていった。過年、ロープに寄たりかかり尻餅を付く彼を見やった時、「だから真剣勝負は切ない」と素直に思った。墜ちだせば坂道を転げるように墜ちる者が有り。筋書きの無い、作意無き世界。

 タイソン、彼こそもその範疇の外では無かったか!?・・・

 やがて彼にスポットライトを当てるマス・メディアも引き潮の波間の如く、緩やかに緩やかに減っていった。

 世情の者達が彼を話題に乗せぬいまとなってロイターはまるで突如として、彼をトピックスという形で発信してきた。その話題の“一言”が、

 「記憶してもらうだけで幸せだ」

 私の中で、確かに臥すまで消えぬであろう、“時代の寵児”足りえた者の記憶。微かかもしれぬがいまはただ、そういう“一言”を吐いた彼に対して口惜しさがあることを私はここに白状しておきたいと思う。


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posted by 美城丈二 |23:32 | 美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
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