2007年11月13日
“立ち上ってくる妖気”踏みとどまることを知らぬ小橋建太という、執念-その第2稿
「臓器ひとつを取ってプロレスラーとして復帰したものを知りませんよ。この先、何が起こってもしらないから。・・・でも駄目だといっても復帰するんでしょ?」 そう、主治医に問われた小橋選手は、 「・・・はい。」 はにかむようにそう、返答したと言う。 先のマスコミ報道における横浜市立大学附属病院・中井川担当医との遣り取りのひとこまである。 室温40℃を越す道場での修練。体重を増やそうと考慮するが為のタンパク質過度の搾取が災いしたのか、8月時点での“数値”はかなり悪かったと報じられた。 「おなかがすいたら水か黒豆茶。ウーロン茶だと、カフェインが入っていて睡眠を妨害するから。」 それらひとつひとつの仔細な報道に「このひとというひとは・・・」と私は溜め息が途絶えなく吐き出るかのような思いの元、見つめてもきた。 腎臓がんからの驚異的とも言える復帰。 20007・12・2ノア日本武道館大会。 この“復帰”はそれだけで“事件”である。 復帰戦チケット売り出し、即完売という事実も納得のいく“現象”というものであろう。
私にとっても、小橋健太というプロレスラーには思い入れが強い。 過日、私は一プロレスファンとして小橋選手に僭越ごとながらお見舞いをと激励文を送らせていただいたが、事情が許せれば横浜市立大学附属病院に直接お伺いに参じたかったのだが・・・。 いくつもの想い出が纏(まと)う小橋選手にあって私なりに過去を手繰り寄せれば、氏によって私の中に長く留まっていた“新日本ブランド”なるものに対する幻影をさっぱり雲散霧消させてくれたことがやはり大きく、思い起こされる。 在京の折り、その武道館大会であのスタン・ハンセンと対峙した小橋選手のファイトを始めて目の当たりにしたときの驚愕。リング上で倒されてもなぎ倒されても幾度と無くすっくと聳(そび)え立ってくる小橋選手のその足元からまさに“妖気”なるものが立ち上るさまを感じて、私は身震いする思いさえ至ってしまったのである。 ひとり、その帰路、感慨に陥った。 「もはや、ああなると新日も全日も無いな・・・」 私の誠に素直な感銘であった。 技術うんぬん、その前に人間力なる気概、気迫、気骨、そういったものが見る者に対して鬼気迫ってくるとでも称すべき感覚。敢えてあそこまで“受けねばならぬ”プロレスというジャンルの特異性に私は肝が縮まる感さえ抱いた。 受ければ受けるたんびに疲労は蓄積されるが、それら疲労を“凌駕”しようといわんばかりの練習量・・・。そこにはいわずもがな、飽くなき修練を日々の糧として自身に課す小橋選手のプロレスラーとしての矜持、プライドぶりが覗われ、感嘆に耐えない。 12月2日は小橋選手がファンに向ってその長く苦しい闘病生活に打ち勝った“執念”を見せつける日になると思われる。 今後も上手く付き合っていかなければならぬ病名ではあるが・・・この世で選ばれし一己のプロレスラー・小橋健太の今後にどうか幸、多かれと私は祈念して止まない。 ほんに・・・どうぞご無事で。 いまはただ、そのことを案ずるばかりだ。
posted by 美城丈二 |08:55 |
プロレス、この果て無き浪漫 |



