2008年01月25日

シリーズ“讃歌”『“四角いジャングル”は未だこの胸に潜む』

 筆者注;本稿は、
 シリーズ“讃歌”「いまでもこの胸に“棲む”離宮の飛来人、その名はミル・マスカラス」初出;1998・6の抜粋改訂稿です。

 
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 それら、一葉一葉の写真を見る度に、強く焦がれた頃の幼い自分の在り様が思い出される。時代がいくら回天してもひとの心に棲む憧憬人はなかなか離れ難いものだ。いくつかの、後世のひとびとが後付する時代なるものを経てみてもまたその時代を軽々と超え、懐かしさと共にふつふつと沸き起こるあの圧倒的な存在感はどうしたものだろう。大人として歳を重ね、日々にやつれ、追われ、せっせと汗だくで生き抜こうと必死にもがくあまり、ひとはいつしか幼い頃の自分を見失うがまたそれもこの世の恒、ふと或る日我れに帰り、思い起こせる自分が居たことを覗い知ることが出来るならばまたこれもひとつの“生”の証し、いまを生きているという言わば存在証明とも言うべき代物でもあるのだろう。老いてのち知る境地もあろう。ただ懐かしさだけに浸る訳にもいかない“事情”というものも横たわっていよう。  だが、私は未だにそう、易々とは忘れないのだ。忘れない自身を誇りに思えるなどという不遜な感覚、気配ではなくただただ輝いてみえた彼らの躍動感が未だに時代を飛び越えた位置で生きる人々にも連綿と繋がっているという、驚愕(きょうがく)感。そのことにこそ強く思いは馳せる。  ・・・ 


 ミル・マスカラスは私のプロレスというジャンルを見続けることとなる、その“原点”のひとである。 離宮、メキシコはサンルイスポトシ州 出身、1942年生まれとされるルチャリブレの英雄、マスカラスが初めて日本に“飛来”したのは1971年(昭和46年)の年だった。ものごころついていた私はTVで流れたジクソーの“スカイ・ハイ”に何がしか心躍らされる感覚を抱いた。後年、この“入場テーマ曲”はマスカラス来日初年度からのものではないという“事実”を知らされるわけだがメキシコ流とされるストレッチ系の技の数々、見事にビルドアップされた体躯、ましてあのコーナーポスト最上段からのダイブなるものに来日ごとのシリ-ズ放送では食い入る様に見つめていたものである。

 
 先頃、発売されたGスピリッツ紙上でもマスカラス特集は組まれ拝読させていただいたがまさに“国宝級”という称号はマスカラスならではともいうべき感覚を配すものかも知れない。誠に私事ながら私のふたりの子等に見せると目をきょとんとさせていた。いまやプロレス中継さえない我が地方のこと、隔世の感は堪えぬが、青空を背景に一葉の写真に納まるマスカラスは未だに歳を取らぬ。無論、マスクマンゆえの“許された世界観”だが、ひさびさにじっくりと様々、思い起こしつつ読み進ませていただいた。

 ・・・

 私はもはやあの頃に戻りたいなどと思わない壮年の域に達しつつあるが、こういう私を覗いつつも知ったあたり、プロレスに対する思いはついぞ潰えないであろう。枯れることはないのだ。こののち後年、願わくばいま現在のプロレスをも“熱く”語りたいものである。そのことに一抹の不安を抱きつつも・・・。

                   再筆記(2007・11)
 

posted by 美城丈二 |21:07 | “魂暴風”popular request column |
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