2007年09月10日

『総合格闘技こそ最強のプロレスである。』今こそ、閉塞感を取り払うとき。我が、IGF第2弾興行観戦録

 
 もどきではどこまでいってももどきである。悲しいかな、これでは世間と向き合えぬだろうなと、思い至ってしまわざるを得なかった。先のIGF興行第2弾、じっとオープニングから見続けたが、遂に高揚感は得られずじまいだった。

 IGF・・・閉塞(へいそく)し、総合とのあまりの垣根を取り払おうと立ち上がった団体、興行では無かったのか?

 藤原喜明選手どころか、筆者が幼き時分に焦がれ続けた猪木氏であるのならば、氏自らが控え室を飛び出し、リング上の選手を恫喝(どうかつ)してもかまわぬくらい、誠に大味で緊張感があまり感じられぬ、まさに弛緩(しかん)したリング絵巻ではなかったか?

 その闘い模様は安っぽい、約束だらけのプロレスを行なうリング上ではけっして無かったはずだ。あのアントニオ猪木の冠名がついた興行なのである。少なくとも平均点を目指して「やれ、成功でした。」と安堵の溜め息を漏らすような興行を行なってもしょうも無いと思われるのだが・・・?。

 このままではまさしく先細り、UFOの二の舞になることは必定?

 ならば、いまこそ総合(ガチ)を全試合通して行い、それをプロレスだ!!と定義しうるほどの方向転換が必要なのではないか・・・?

 小川選手も相変わらず、プロレスの何たるか、凄みを醸し出せないままである。あの1・4vs橋本真也戦における“いっちゃってる小川”はそれこそどこへ行ったのか?

 コーナーポストに押し込められてもがきあえぐ小川。
 橋本選手の“必死っぷり”。
 組み付かれてその勢いをなんとかヘッドロックで食い止めようとする攻防。
 ああいった“ぎくしゃく感”ぶりは見ていて緊張感漂う攻防であった。

 ぎくしゃくしていても“真剣”そのものだから見ている者に迫力が伝わる。

 それこそプロレスだ!!と吐かれたら少なくとも筆者は是認していたはずだ。

 殺るか、殺られるか?この緊張感を醸し出せるプロレスラーが本当に少なくなった。

 このままで良いのだろうか?・・・

 

 先だって発売された『G魂リング』の巻頭を飾ったのはかのGKこと金沢克彦氏による猪木氏インタビュー記事であった(筆者なりに、猪木を超えずしてプロレス界の未来は生まれない、という金沢氏のメッセージだと従えた)。このインタビューにて猪木氏は「プロレスに“お笑い”があってもかまわない。強けりゃいいんだ!弱いなら芸人を目指せよ。」と言っておられるが、言葉尻だけを捕らえても、かつての少なくとも筆者が見知っている猪木氏はこのような発言を公の場で行なうひとではなかった。女子プロレスさえ言下に否定したひとである。自身の思い描くプロレスを後進の者が行なっていない、そのジレンマがそう言わしめるのか?筆者には解し難いが、現行のプロレスを行なっている限りにおいてはプロレスというジャンルの再生など、露も無いであろう。あの賢明な猪木氏がそこに気付いていないはずがない。もはや、筋肉増強剤に頼りきった異人レスラーに大枚はたいても仕方がないではないか?

 

 筆者が嫌いと言うか、よく判りかねる概念、言葉のひとつに“純プロレス”という定義がある。

 “純プロレス”って一体、なんなんだろう?

 たとえばノア旗上げ一年目における小橋vs秋山の熱戦、ああいった受身の技量に裏打ちされたプロレス試合が“純プロレス”だと言うのなら納得がまだいくが(・・・スプリングの加減があまりに利いているマット上での攻防だと揶揄する向きがあっても。)、もともと筆者においては“純プロレス”なるものは懐刀にいつでも“シュート試合”に至っても対応出来る技術を持ち合わせたうえで“敢えて相手の技を受けることによって起こるプロレスラー特有の凄み”これこそを醸し出せるプロレス試合こそ“純プロレス”だという意識がある。

 総合ちっくなプロレスでは猪木氏が提唱した“格闘芸術”などまさしく生まれないであろう。ロープワークの攻防にすぐ頼りたがるスタイルではもはや若年層でさえ、厭(あ)いてきてしまっている。

 かつてまだ猪木氏がオーナーの座に居座っていた時代の新日本プロレスにあって、井上義啓氏を始め、一部の識者から「総合格闘技を行い、それを新日本プロレスだと謳え!!」という提唱がなされ、それは“アルティメット・クラッシュ”という形で具現化しかけたが、頓挫した経緯がある。のち、新日本プロレスは従来型に収束し、“盟主の座”から転げ落ちている。

 いまこそ、荒療治が必要である。総合のリングに転化すれば、総合なうての選手も参画し易くなり、それを『これこそプロレスだ!!』とそのまま謳ってしまえばよい。

 筆者は幼き時分から“敢えて受けるプロレス”の凄みに痺(しび)れっぱなしで生きてきた人間である。往年のハンセンvsアンドレなど、その最たるものだとの認識である。そうしてそういう技量とは別にプロレスラーの素の優しさに触れ、そのことを後進の方々に伝えたくて様々書き込んできた人間でもある。

 ゆえに、そんな誠に凄まじい、そして深みのあるプロレスというジャンルなるものがこのまま閉塞、沈みっぱなしではあまりにも悲しく物憂く思っているひとりでもあるのだ。

 いまや若年、特に総合ファンには“プロレス”というジャンルの概念は甚(はなは)だ歪められて伝わっているように思われてならない。

 そんな事態が非常に憤懣(ふんまん)やるかたない。

 かつて猪木氏は『プロレスこそ最強の格闘技である。』と高らかに宣言した。ならば今こそ断を下すべきときだろう。『総合格闘技こそ、最強のプロレスである。』そのことを真に具現化する為に。


  ☆想いの丈を
   渾身込めて、
   執筆致しました。
   宜しく読了くだされば、
   幸いに存じます。
 ⇒『ファイト!ミルホンネット版魂暴風*a martial art side』
 ⇒『ミルホンネット版魂暴風2感涙のトップ外国人レスラー篇』
 ⇒『ミルホンネット版魂暴風3忘れ難き青春の日本人レスラー篇』
 ⇒『ミルホンネット版魂暴風4最強神話“流転”篇』
 



 

posted by 美城丈二 |22:30 | 魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
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