2008年04月13日

アンドレやハンセンの影でひっそりと煌いた“流星”その名はマスクド・スーパースター

 初出:2007・9

 空前のスカイ・ハイブームを生み出した“仮面貴族”ミル・マスカラス人気への嫉妬心からだったのか!?、或いは女子プロ人気に対する敵愾(てきがい)心もその影ではあったかも知れぬ。とにかくひとつひとつのシリーズを好評のうちに終わらせねばならぬ。時の新日本プロレスは『流星仮面』マスクド・スーパースターの売り出しにかかった。

 既にその名はスーパースター、
 入場時にはお茶目にデフォルメされた似顔絵をあしらったTシャツを着て、勇躍、登場!!。決め技は全日本系で言うところの“ジャンピング・ネックブリーカー・ドロップ”であり、ワンハンド・バックブリーカーや往年のドン・レオ・ジョナサンばりに見栄えの良いハイジャック・バックブリーカー等を多用してあの藤波辰爾辺りをブンブン振り廻していた。後年、WWE(時のWWF)にてまさに怪力を“売り物”にした『ザ・デモリッションズ』を結成したが、日本では“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントや“ブレーキの壊れたダンプカー”スタン・ハンセンの影に隠れ、今一歩、人気が上がらなかった。

 
 どうしてもシリーズの“華”とは言い難いマスクマン特有の“華麗さの無さ”や体躯がいい割には“他者とは違うスケール感”を表情が分かり難いマスクマン特有だろうか、試合終盤まで上手く醸し出せない等、災いし、識者においても評価はまっぷたつに割れた。NO.2の位置に満足していたのか、どうか!?或いはそういう概念のほかを思考していたのか、どうか!?けれど当時の新日本は蔵前最終興行でメーンに猪木vsマスクド・スーパースターを配すなどして、まさに“必死に”氏のことをアッピールしていた。

 本名、ビル・イーディ・・・
 氏の公式サイトを覗いてみると、美辞麗句とは想い難い、日本での活躍に満足しているかのような“回想談”を読むことが出来る。

 氏、自らこう語る、猪木との覆面と賞金をおのおの賭けた“タフ”な試合。ストロング・マシーン増殖化の一環として、マスクド・スーパースターとしてのマスクに対する拘りに逡巡(しゅんじゅん)しつつの“スーパー・マシーン”への変貌。

 猪木がなんとか持ち上げたといわんばかりのジャーマンで仕留められた相手でもあり、藤波のヘビー級転向“飛龍10番勝負”の対戦者として、その藤波に逆さ押さえ込みにて敗れた相手でもあった。

 だが或るときからプロレスファンの間では、氏はアンドレの大のお気に入り、なんでも語り合える親友同士だとのマスコミ報道を経て、筆者の見方も修正せざるをえなくなった。

 これはけっして揶揄(やゆ)しているのではなく、氏は氏なりの“マスクマン”としてのギミックを充分、氏の領分において楽しんだのではなかろうか?マスクマンゆえに大男たちが時にオフザリングで見せる“素顔”を垣間見ることは少なかったが、アンドレやマードック、アドニスらとまさに“愉快に”日本国中をサーキットしただろうなという想像は容易に働く。

 WWE圏内におけるストロング・マシーン増殖化の折には、「アンドレがどうしても一緒にサーキットしようと言うものだから・・・」と、この辺りの発言の裏に、マスクの内に隠されていたまさしく“素の思考性”が垣間見えるようで興味深い。

 氏も、多くのかつての異人レスラーがそうであったようにプロレスのリング上、ショーアップしていく世界観を懸念していたと言う。

 “デモリッションズ”はそんな意識下の“背徳の姿”ということなのだろうか?

 過ぎる日々、会場で幾度となく見上げてきたマスクド・スーパースターの勇姿。いまでも米国・インディー団体にてその勇姿を披瀝(ひれき)していると聞き及んだ。驚くと共に、私は素直になんだか人知れず、笑みがこぼれた。そう、あれは振り返れば一瞬の煌(きらめ)き。見る者によっては燦然(さんぜん)と輝いて見えたろう、見えたはずだ。誰が名付けたか?“流星仮面”・・・。あまたの星屑(ほしくず)の群れを横目に、まさに一瞬にして過ぎ去っていく流星。笑みのあとは懐かしさばかりが想われて仕方が無かった。


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posted by 美城丈二 |11:36 | “魂暴風”popular request column |
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