2007年08月19日

時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”「敢えて“かけさせて”プライドを吐くテーズの妙。」

 ☆時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側”
 「敢えて“かけさせて”プライドを吐くテーズの妙。」
 あの“バック・ドロップ”を巡る攻防戦・
 猪木vs“鉄人”ルー・テーズ 


 NWF世界選手権試合
 アントニオ猪木vsルー・テーズ
 1975(昭和50)年10月9日・蔵前国技館

 前年、ストロング小林、大木金太郎と立て続けに撃破し、まさに名実共に飛ぶ鳥を落とすかのような勢いをその背に得ていた“全盛期・猪木”にあの“不滅の鉄人”と謳われたルー・テーズが現役カムバック、果敢に挑んだ一戦。戦前におけるこの試合に対する“勝負論は”一向に盛り上がることも無く、それはまた是非も無いことであった。幾ら“鉄人”と謳われた男でももはや60手前、誰が望んでも猪木の“勝利”は揺ぎ無いものであったろう。
 

 
 時のスポーツ報道・マスコミはこぞってこのテーズのカムバック・猪木挑戦をはやしたて煽(あお)った。だが、戦前から“勝利”が動かぬ試合に興味を津々とはそそげまい。新間営業本部長(当時)は一計を案じ、この試合に風格と興味を味付けするが為、裁く特別レフェリーにアントニオ・ロッカを招聘(しょうへい)した。リング上に集いし“伝説”の勇者たち。“鳥人”ロッカ・“鉄人”テーズそして当時“いま伝説”とも謳われた“燃える闘魂”アントニオ猪木の揃い踏み。

 プロレス者の血は騒いだ。こういうシュチュエーションの試合であってこそ大いなる勘考が沸くと言うもの。受けの天才、猪木の試合運びはどうであろう?バックドロップはどこで火を噴くのか!?試合中盤か、いや終盤、ここぞというときに繰り出されるのか?テーズの往時を思わせる、或いは猪木すら知らぬ高等テクニックは出るのか?バックドロップはどういった形で決まる?猪木が無造作に首をロックするはずが無い・・・などなど勘考は山のように沸いた。

 ところがいざ試合が始まってみると、やや試合開始直前までたるみ気味だった観客をアッと言わしめる攻防が起こった。ゴングが鳴るやいなや、もみ合いを経ていきなりテーズの往年の必殺技“バック・ドロップ”が炸裂してしまったのである。もんどりうって後頭部を抑えた猪木はたまらず場外へエスケープ。この試合のサブ・レフェリーであったミスター・高橋が血相を変え、命拾いした猪木に対して安堵の表情を浮かべている(或いはご本人にお伺いしてみないと知れないが、ミスター高橋氏も同意の上とも思えし、“あまりのいきなりの”バック・ドロップであったことは事実だ)。

 この試合開始早々のバック・ドロップは館内に詰め掛けたプロレスファンたちにもしや猪木が負けるのではないか?・・・などと十二分に思わせるに足る“衝撃波”となって伝播し、俄然、“勝負論”が浮上してくるとは心憎い演出であったとも申せよう。

 筆者の手元にはあまたの試合における各プロレスマスコミの“時の時評”ともいうべき資料集みたようなものがあり、今回もこの稿を編むにあたって仔細に紐解いてみた。

 やはりその出色の論評としては週刊ファイト紙上における井上義啓氏の“バック・ドロップ”に纏(まつ)わる批評が際立っているように思える。猪木vsテーズ戦後におけるテーズの記者会見での発言を捉えて一筆啓上なされておられるのだ。

 「私が猪木を“投げる”ことは容易(たやす)い。だが猪木に“完璧”なバック・ドロップで“投げられたとき”私は私の負けを覚悟した。」

 この一語に焦点を当てテーズのバック・ドロップに対する強烈な拘りを一文としてものされておられる。

 筆者が思うにこの際の“完璧”とはテーズらしい人柄を偲ばせ(ご承知のごとく往年の猪木は片足が流れてしまうバック・ドロップであり、けっしてスープレックスを得意としているようには思えなかった)
 往時、ならばあの“ゴッチ”ならどう、発言するのかな?と勘考を巡らしたものだった。私は往年におけるゴッチがジャーマンに捕らえられるシーンを見たことが無い。つまりゴッチにおいてはそのフェバリット・ホールドはゴッチのみの“所有物”であり、誰にもかけさせまいというゴッチらしい技に対する“窮屈ぶり”偏屈ぶりさえ思わせて興味深い。今では当たり前のように他者の“必殺技”を誰しもが使用する時代であり、そこに歴史の変換をも思わせるのだ。

 敢えてバック・ドロップを“かけさせて”それを“私の負け”だと称したテーズの懐深さの妙。

 だからといって私は生涯ジャーマンを“かけさせなかった”(であろう)ゴッチを批難はしないが、ただ見方によっては数多くある技のひとつに過ぎないバック・ドロップにしても“元祖”とも言うべきテーズにしてみれば、“投げられる”だけでそのプライドに関する私見を公にせねばならぬほど、技ひとつひとつに対する拘りも感じられた時代であったのだと言うこと。

 まるで無作為のように“平気”で同じような技が“横行”している時代背景にあって(時代の変換として“新技”を開発していくということも誠に大変だろうなとは筆者なりに思慮してはいるが)こういった技に対する攻防戦もあったのだということを記しておきたくて今回、猪木vsテーズ戦を稿にした次第である。


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posted by 美城丈二 |11:46 | 時代の目撃者・シリーズ“あのアングルの向こう側” |
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