2007年08月06日
“どうしても見たかった神様”新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ その第2稿
『あれから遙か35年“私がどうしても見たかった”新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ』 遂に念願叶って見た“神様”の姿。 手の取り合い、絡み合い。足の取り合い、絡み合い。Mr.ゴッチが猪木氏の背後に廻る。ざわめく背広姿の大人たち。
そのビデオソフトにはメーンの猪木vsゴッチ戦以外に複数の試合が収録してあった。あの猪木氏と東京プロレス時代からの因縁のひとであった力道山門下時代の兄弟子“豊登”の飛び入り友情参戦。リング上では込み上げた涙を必死でこらえる猪木氏が居る。山本小鉄氏は既に泣きじゃくっている。抱きつく大男たち。猪木氏の先妻・倍賞美津子氏の登場。はなやいだ雰囲気の後、旗上げ戦準備に奔走し、誠に体調不良とのちに情報として蓄えられていた猪木氏の、遂に背後を捉え、 私にとっては当時、“伝説”でしか知らなかったMr.ゴッチの原爆固めが炸裂した。 (アッ!!)と胸の裡(うち)で叫んだかも知れず・・・。だが、ロープ際、ブレークを命じられる両雄。猪木氏は命拾いした格好であった。師直伝とされる卍固めを繰り出した猪木氏もリバースで身体を叩きつけられてスリー・カウントに沈んだ。 不思議な試合であった。遂に見ることの叶った猪木vsゴッチ戦ではあったが、オーソドックスな闘い模様以前に“遂に見ることが出来た”Mr.ゴッチに当時の私はただただ酔っていただけなのかも知れなかった。興奮というより、なんとも言えぬ安堵感。両の肩に知れずこもった力が抜ける感覚があった。 県下の高校を卒業後、上京したのち、ある方を介して元週刊ファイトの編集長であられた故・井上義啓氏にお逢いさせていただいた時、私は氏がこの猪木vsゴッチ、旗揚げ戦のカードが「氏の最も記憶に残る一戦」と伺うことが出来、詳しく氏のお時間の許す限りにおいて、その訳をお聞かせいただいた(この時、氏は先年から長文の投書を度々送り続けていた私の本名を覚えておられて、さも嬉しそうに愛好を崩されつつお話しなされた。そのことがまた先達てのことのようにも思い出され未だに言い知れぬ感銘を起こさせる)。 氏に拠れば、この旗揚げ戦は当初、師が愛弟子である猪木氏に花を持たせる形で「猪木氏の勝ち」が決していたそうである。しかしこれを不服としたMr.ゴッチが試合直前に勝敗は成り行きだと告げ、これを猪木氏が了承。“負け”を認めた猪木氏がフォールされた格好となった。こういった言わば今で言うところの“予定調和”ではない試合が猪木氏のカードにはふんだんに存在しており、だから「猪木の試合は面白いのですよ」と力説なされておられた。 私は井上氏に幾度も幾度もいくつもの疑問を提出させていただいたが、氏はまさに立て板に水の如し、誠に流暢な語り節で私の疑問をことごとく払拭なされた。 私は深く満足して家路へと向った、その胸中が今でも在りなんと残っている。 ひとそれぞれに未だ深く横たわる、猪木伝説。ひとそれぞれにおいて解釈はそれこそひとそれぞれで良いと思う。いくつもの伝説の一戦にまたひとそれぞれの想い出が照射されているように、筆者にもこの猪木vsゴッチ戦、忘れようにも忘れられぬ想い出が纏(まと)わりついている。それは大袈裟な物言いが許されるなら“私固有の猪木vsゴッチ戦”なのだと想う。 今では“我が最も多感”であったであろう時期にあのMr.ゴッチの勇姿を垣間見れて幸せであった、と私は私を顧みる。 Mr.ゴッチのご冥福を心よりお祈り致します。合掌
posted by 美城丈二 |09:53 |
プロレス、この果て無き浪漫 |


