2007年08月02日

“どうしても見たかった神様”新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ その第1稿

 
 『あれから遙か35年“私がどうしても見たかった”新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ』

  
  1972年(昭和47年)3月6日
 新日本プロレス旗揚げ戦 東京・大田区体育館
  アントニオ猪木vsカール・ゴッチ


 幼すぎた私には思慮の外であった。小学年へと進み、ある縁故もあって多くのプロレスラーたちと交わるようになると、気心も働いて当時、NET(現・テレビ朝日)の『ワールドプロレスリング』中継や日本テレビの『全日本プロレス中継』を欠かさず見るようになった。
 新日本旗上げ戦はノー・テレビであり(我が地方において)、当時を回顧すれば故・ジャイアント馬場氏も未だ日本プロレスのひとであった。
 猪木vsシン、vs小林、vs大木・・・と、まるで夢遊病者のそれ、何かに憑(と)り付かれたかの如くテレビ画面を食い入る様に見つめる頃になると、私の中で“この猪木の、あの新日本の”旗揚げ戦を知りたい、見たいという欲求が次第に強く、大きくこの胸中を支配するようになっていった。
 当時から、既にMr.ゴッチは“神様”という異名をもって命じられてもいたし、何より幼くして興味を抱いたことにはありとあらゆる手段を用いても(とはいっても幼い人間の考える範囲までだが)執拗に究明せねば気が済まぬような性質もあって、私の中ではMr.ゴッチに対する幻想が加速するままに募っていった。

  
 だが、当時は昭和高度成長の時代とは申せ、ビデオデッキなど普及してもおらず、レコード仕様の名勝負集みたいなものでその気配を鑑みるばかりであった。
 そんなある折り、当時は月刊誌であったゴングかプロレス誌の広告欄にまさに往時の私が両目をひんむくほどの(けっしてこの表現は大袈裟ではありません)ある情報が載っていた。確か、ビデオ・パック・ニッポン社であったかどうか?、猪木氏の名勝負を一まとめにしたビデオソフトシリーズが発売される旨、掲載してあった。一本が1万うん千円するほどの高価なもので、私はその広告記事を眺めるたびに溜め息を尽いた。vs小林戦、vs大木戦はもとより、あの“狂虎”シンとのNWF奪回戦等、まさに咽喉(のど)から手が出るほどに欲しいソフトシリーズであった。
 そのラインナップの中に・・・新日本旗揚げ戦・猪木vsカール・ゴッチ戦は“存して”いた・・・。
 
 (旗揚げ戦を見れぬものか・・・・・・)

 通販で一本、一万幾ら・・・当時、私は新聞配達少年であった。何も欲しいものが買いたいから新聞を配っていたのでは無く、厳格苛烈な実父が「根性がつく」となかば強引に私に強いていたアルバイトであった(当時は小学生でも新聞配達のアルバイトは許可されておりました)。買おうと思えば買えた。だが、ソフトだけ買ってもデッキが無い。そんな折りも折り、私の逡巡(しゅんじゅん)を拭(ぬぐ)い去る、ある出来事が起こった。現在でも親交のある友人・Kがなんとその親にビデオデッキをせがみ購入したという(のちに言うところの彼は“ボンボン”である)。
 私はKに、見る為の了解を取り付けると、大事にしまっていたプロレス雑誌の広告欄、その住所旨、送金した。実父には素直に「欲しいビデオがあるから」と貯金してある金をせびってまで。幼くして嘘をついたが最後、どんな痛い目にあうか、身に沁みて知っていた実父の怖さ。案外に父は「・・・お前が貰った金だから」と至極あっさりと了解して金を出してくれた覚えがある。

 未だにこれだけは忘れまい。私が生まれて初めて購入したプロレスビデオは猪木vs小林、そして猪木vsゴッチであった。



 

posted by 美城丈二 |10:28 | プロレス、この果て無き浪漫 |
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